その16 地球への道
僕のこの四式戦闘機の体は、大気中の魔法元素”マナ”から生み出された、いわば魔法生物と呼んでもいい代物だ。
そう考えると、今までずっと疑問に感じていた事の説明が付く気がする。
例えば僕はいつもどこからともなくガソリンを生み出している。
前々からこのガソリンがどこから来るのか不思議だったのだが、おそらく僕は無意識に魔法を使って、大気中のマナからガソリンを生成しているんじゃないだろうか?
そもそも、本来、魔法生物の僕にとって、大気中のマナさえあれば生きていくのには困らないんじゃないかと思う。
だからこうやってエンジンを切っていても、全然平気なんだろう。きっと。
逆に言えば僕は、「特に必要もないのに、毎回大気中のマナからガソリンを生成し、そのガソリンをエンジンで燃焼させて、動力を得る」という回りくどい方法を使って飛んでいた事になる。
これは多分、僕の思い込みによるところが大きいのだろう。
つまり、「飛行機というのはこうやって飛んでいる」という僕の固定概念が、結果として魔法の無駄使いを必要としたんじゃないだろうか。
もちろん魔法だって万能じゃない。
例えば、いくらマナから生み出せるといったって、一日に補充される爆弾や弾丸の上限は決まっている。それに増槽だって追加の樽増槽も合わせても四つまでしか収納出来ない。
詳しい原理までは分からないが、そこには何かしら魔法的な限界があるのだろう。
もっとも、それを差っ引いても破格な性能には違いないんだが。
僕は四式戦闘機の体に転生したが、バラクは元の体であったスマホに転生した。
とはいえ、元はスマホの音声認識アシスタントであるバラクにとって、自分の体という概念があるのかどうかすらも怪しいが。
魔法生物となったバラクは、電波の代わりに大気中のマナを受信する機能を得た。
そして得たマナをエネルギーとして魔法生物の体を維持している。
つまりバラクにとってのマナは、元のスマホで言うところの電波であり電気でもある、というわけだ。
そんなバラクにとって、高密度のマナの塊である魔法生物――つまり僕の誕生を察知するなど容易い事だった。
能力が拡張されてバレク・バケシュとなったバラクは、生物の意思に近い物を持っている。
だが、本質的には未だに音声認識アシスタント・バラクに留まっている彼は、自分の意思という物は希薄で、その行動は極めて受動的なものに限定されていた。
そのためバラクは僕の存在を知りながら、ただ記録するだけに留めた。
そんな彼が最近、謎のマナの乱れを受信した。
バラク本人にも良く分からないこの現象。
僕はその確認と調査願いのために彼に呼ばれたらしいのだが・・・
これを何と説明すればいいんだろうね。
まあ実際に出向いて調査してみれば何か分かるだろう。
何はともあれ、バラクが僕を呼び出した理由はこれで分かった。
ちゃんと理解するために必要だったとはいえ、随分と長い話になってしまったなあ。
バラクが言うところの”直接リンク”という名の魔法。
相手が人間であれば、大脳の魔法力を司る部位を刺激されるだけの行為だが、彼と同じ魔法生物である僕には、その本来の機能である情報の共有がちゃんと行われた。
逆に僕の情報もバッチリ覗き見された感覚があったが、仕方の無い事だろう。
そもそも許可したのは僕だし、バラクが他人の個人情報を悪用するとも思えない。
それよりも、今回僕が得た情報の方が何十倍も重要だった。
この情報のためなら、僕の個人情報くらい、いくらだって開示するってもんだ。
僕が得た情報の中でも最大級の物。
それは地球に帰還する方法についてだ。
世界と世界を隔てる壁。
この壁は質量を持つ物は通過できない。
だが、質量を持たない意思なら別だ。
僕はそうやってこっちの世界にやって来た。
そして魔法生物である僕は、おそらくこの体を手放しさえすれば、直ぐにでも意思だけの状態になる事が出来るのだ。
この体はマナが凝縮して出来た物だ。
体をマナの状態まで分解すれば、収めきれない意思がはじき出されて残ることになる。
その状態なら、世界を越えて元の世界に戻る事も出来るはずなのだ。
元の世界に戻った僕の意思はどうなるか?
本来の体が残っていればそこに収まるであろう。多分。
勿論、今の話は単なる理屈でしかない。具体的にどうすればそんな事が出来るのかまでは分からない。
でも不可能な話ではない。それだけは確かだ。
地球への道は開けた。
後は具体的な方法を探すだけ。
そうすれば僕は――
・・・いや、今はこれ以上この話をするのはよそう。
少々気持ちが先走り過ぎてしまったようだ。
それよりも今はネドマだ。
そしてバラクが僕を呼んだ本当の理由。そちらのカタを付けなければならない。
僕はふと我に返った。
「僕は・・・?」
「飛行機さん大丈夫?」
カルーラ姉弟が心配そうな顔で僕を見上げていた。
周囲の様子から見て、さほど時間は経っていないみたいだ。
『お、おい。あの壁。さっきのピカピカが収まっているんだが?』
ベネセ家の新当主マムスが、部屋の奥、バラクを指差して尋ねた。
「心配かけてゴメン。ちょっと驚いたけど大丈夫だよ。バラクから色々と教わっていたところだから」
「そう。急に”洗礼の儀”が始まったからビックリしちゃったわ」
「ハヤテ様。お体に今までと違いはございませんか?」
『お前ら俺の話を無視してんじゃねえよ!』
僕らにスルーされて荒ぶるマムス。
君ちょっと黙っててくれないかな? こっちは大事な話があるんだけど。
『サヨウデゴザイマスカ』
『テメエ! でっかい図体しているからって調子に乗ってんじゃねえぞ!』
もうほとんどチンピラだな。
僕はカルーラに頼んで、少しの間マムスの相手をしてもらう事にした。
その間に僕はキルリア少年に、さっき知った情報を教えないと・・・
「ネドマが発生しているですって?!」
僕の言葉に驚くキルリア。
今更ネドマの発生に何を驚く必要が? と、思うかもしれない。そもそも、そのためにキルリア達は大臣に呼ばれた訳だし。
しかし、今回ばかりはいつもと事情が異なる。
ネドマの到来ではない。発生なのだ。
つまりこの大陸でネドマが孵化した――繁殖したという話なのだ。
ちなみにバラクがなぜ、魔境からのネドマの到来をこの国の人達に教えているのかは分からない。
多分、昔の小叡智が彼にそうするように命じたのだろう。
彼はAIらしい愚直さで、ずっとその命令を守っているだけに過ぎないのかもしれない。
「どうやら去年この大陸にやって来たネドマが、どこかに卵を産んでいたみたいだね」
バラクがネドマの接近を――魔法力の存在を察知出来るとはいえ、それは”群れで”やって来る場合のみ。
魔法生物である僕とは異なり、ネドマ一匹一匹の魔法力は微々たるものだ。
ましてや卵の状態では、ほぼ察知する事は不可能なのだ。
今回、それが察知出来たという事は――
「どこかで大量に孵化したのでしょうか?」
「普通に考えればそうだろうね」
う~ん。でもそれだけじゃない気もしているんだよな。
バラクが受信したというマナの乱れ。
その位置とネドマの発生場所が一致しているってのがどうもね・・・
まあ、僕のカンって良く外れるから、何とも言えないけど。
「その辺は直接調べに行ってみれば分かるから」
「そんな、一体どうやって――あっ」
そう。今までの常識が邪魔をしてうっかりしていたみたいだけど、僕ならひとっ飛びして見て来る事だって可能だから。
「それは・・・助かりますが、ハヤテ様にお願いしてもよろしいのでしょうか?」
ネドマの事はあくまでもこの国の問題。
キルリアはそう考えたのか、僕に手助けを求める事にためらいを見せた。
けどもし、マナの乱れと今回のネドマの発生に何か関係があった場合、僕もあながち無関係とは言えないかもしれないんだよね。
「ハヤテ様が? どう関係していると言うんでしょうか?」
「う~ん。そこは現場で調べてみないと何とも」
もったいぶってる訳じゃないけど、実のところ僕にも良く分かっていなかったりする。
それもこれも一度現場に飛んでからかな。百聞は一見にしかず、ってね。
『分かりました。マムス様。ハヤテ様が叡智の苔様から警告を賜りました。ネドマの発生に関する情報です』
『おう! そいつだ! 聞かせてくれ!』
散々お預けを食らっていたせいだろう。鼻息も荒く前のめりになるマムス。
キルリアは二人に説明を始めた。
ネドマの発生はカルーラにとっても予想外だったようだ。
いつもはおっとりした目を大きく見開いて驚いている。
僕も一度に入った情報が多すぎたせいだろう。
その整理に気を取られていてうっかり気が付かなかった。
さっきからずっと、ティトゥが何も言わずに立ち尽くしていた事に。
彼女の顔には驚愕が張り付いていた。
それは一言で言えば、”知らないはずの言葉がなぜか理解出来る”事に気付いた人が浮かべる表情だったのだ。
次回「マムスの決断」




