その9 謎の連帯感
砂漠の空に朝日が昇る。
なんだろう。今朝は特にすこぶる清々しく感じる。
気分爽快な事があったような。どこかの誰かに元気を注入してもらった後のような。
そんな何とも言えないエネルギーが、体に満ち溢れている。そんな気がする。
ふむ。それに比べて何だろうね、このテントの中の散らかりようは。
大量の酒樽が転がっていて見苦しい事この上ないんだけど。
レフド叔父さんとその護衛の騎士達が倒れるように寝ている事から、彼らがここで一晩飲み明かしたのが分かる。
けど、それにしたって酒樽が多すぎやしないか?
一体君達どれだけ飲んだくれていたんだよ。
全く、人のテントを何だと思っているのやら。
僕が呆れる中、いつものように町の人達がテント前の広場に集まり出した。
『ハヤテ様おはよう』
『ハヤテ様、昨夜は随分と楽しんでいましたな。今朝は酒屋のオヤジが眠そうにしてましたよ。夜中に何度も買いに起こしたそうじゃないですか』
『そうそう。派手な騒ぎが通りの反対側のウチの家まで響いてたよ』
マジで? レフド叔父さん達、騒ぎすぎだろ。あんたどれだけ町の人に迷惑をかけてんだよ。
後でイムルフ少年から一言注意してもらおうかな。
地面の上で陽光を反射しているのは真鍮製の空薬莢だ。
子供達が親の目を盗んでは、こっそり僕のテントに忍び込んで空薬莢を拾い集めている。
彼らの目はお宝の山を前にキラキラと輝いている。
うんうん、分かるよ。空薬莢って色といい適度な重さといい妙にカッコイイよね。
それはそうと、僕はいつの間に20mm機関砲を発砲したのだろうか?
それにさっきから気になっていたんだけど、どうも昨夜の出来事が記憶からすっぽりと抜け落ちているみたいなんだよね。僕の体に一体何があったんだろう?
ちなみにこれだけ日が高く昇ってもレフド叔父さん達はまだ寝たままだ。
君達昨夜はどれだけ羽目を外したんだよ。
広場の奥で馬車が停まった。すっかり見慣れたカズダ家の馬車だ。
降りて来たのは遠目にも鮮やかなピンクのゆるふわヘアー。
ティトゥと彼女の少女メイドカーチャ、それとカルーラだ。
おや、イムルフ少年もいるな。
彼の護衛の騎士達は馬で馬車の後に付いて来ているようだ。
『ハヤテ?』
ええと、なぜティトゥは疑問形なわけ?
『ゴキゲンヨウ』
『・・・良かった。いつものハヤテですわ』
僕の返事にホッとするティトゥ。なんのこっちゃ。
『叔父上。何をやっているんですか』
イムルフ少年はテントの中を見回して呆れ顔になった。
『・・・酒臭い』
カルーラはイヤそうに鼻に皺を寄せている。
そういやそうか。あまり匂いが気にならない体なので、全然気が付かなかったよ。
『叔父上。しっかりして下さい。もう昼前ですよ』
『ううっ・・・ はっ!』
イムルフ少年に体をゆすられてレフド叔父さんはようやく目を覚ましたようだ。
キョロキョロと辺りを見回すと僕を見上げてギョッと目を見開いている。
そんな彼の様子をティトゥが気の毒そうに見詰めた。
『・・・その様子だと、私が帰った後も続いたみたいですわね』
『・・・むしろあれから酷くなった』
『それは・・・お気の毒ですわね』
疲れた顔でポツリとこぼすレフド叔父さん。そんな彼に同情を寄せるティトゥ。
いつの間にか二人の間にあった溝が埋まっているようだ。
そこには共闘した者達が持つ連帯感があった。
『ハヤテ様は反省する』
ティトゥから何か事情を聞かされているのだろうか? カルーラとカーチャがジト目で僕を見上げていた。
何故にそこで僕が出てくる訳?
『昨日は酷い目に遭ったわい。負け戦の時でもこれほどの疲労を感じた事は無いぞ』
レフド叔父さんのボヤキに、護衛の騎士達がウンウンと頷いた。
『サヨウデゴザイマスカ』
全員がジト目で僕を見上げた。
いや、さっきから何なんだよ君達は。僕が何かやったわけ?
『私も反省していますわ。今後はハヤテがあまりストレスを溜め込ないように気を配っておきますわ』
『そうしてやってくれ』
そして再び僕の目の前で繰り広げられる謎の連帯感。
言葉だけ聞くと僕にとっては決して悪い話じゃないんだけど、事情が全く分からないせいだろうか? なんだかムズムズするんだよなあ。
『叔父上。カズダ殿は可能な限りの協力を約束してくれました』
『交渉は上手くいったか。それは重畳』
『ええ。彼は我々を見送るために先に町の外で待っております』
レフド叔父さんはよいしょと立ち上がると僕に振り返った。
『ドラゴンは俺の手に負える相手ではなかったようだ。これで失礼する。ナカジマ殿、手間をかけたな』
『さようでございますか』
レフド叔父さんは『少々自信を失ったよ』などとこぼしながら、イムルフ少年を引き連れて僕のテントから出て行った。
今から次の町を目指すのだと言う。急げば夜になる前にたどり着けるんだそうだ。
彼らの姿が広場に消えるとティトゥがポツリと呟いた。
『何だか少し寂しい気がしますわ』
そうだね。色々と騒がしい人だったけど、決して悪い人達じゃなかったからね。
せめて彼らの敵討ちが上手くいく事を祈ろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
チェルヌィフ王朝の王都ザトモヴァー。
武装した一団が続々と都市の門をくぐっている。
彼らの紋章は六大部族戦車派の筆頭ベネセ家のもの。
そう。彼らは先週王城を陥落させたベネセ家の騎士団なのである。
領地からはるばる王都に到着したベネセ騎士団を出迎えるのは、これまたベネセ騎士団の一行。
謀反を成功させ、現在も引き続き王城を占拠しているベネセ騎士団である。
一人の騎馬武者が進み出ると馬から降りた。
いかつい顔に、獰猛な笑みを浮かべる男だ。
王城攻略部隊を率いた大将、マムス・ベネセその人である。
騎士団が割れると、一台の馬車が進み出てマムスの前に停まった。
従者がドアを開けると、四十がらみの男がイスに座っている。
マムスの兄であり、ベネセ家当主のエマヌエル・ベネセだ。
「よう兄貴。随分とのんびりとしていたな」
「嫌味はよせ。詳しい話は馬車の中でする」
マムスは副官に後を任せると馬車に乗り込んだ。
号令がかけられると、二つの騎士団は合流して王城へと向かった。
馬車の中でベネセ兄弟は、互いの情報のすり合わせを行った。
「首尾は上々。完全に不意討ちだったからな。あっけないもんだったぜ。王城制圧後も何の問題も無し。今の所大臣のヒゴの野郎も裏切る気配は見せていねえ。見ての通り王都も今までと変わらず。何の混乱もないぜ」
クーデターの夜、城内に突然現れたベネセ家の兵士。
彼らを手引きしたのは、この国の大臣ヒゴだったのである。
いや、今回の謀反そのものが、大臣イグノス・ヒゴが立てた計画だったのだ。
ベネセ家はその協力者。軍事面でのパートナーだったのである。
「そうか。だがアイツは帝国の紐付きだ。絶対に気を許すな」
「分かっているよ。ちゃんと信用出来るヤツを見張りに付けている」
彼らは大臣ヒゴに協力しているものの、決して信用はしていなかった。
なぜなら大臣は敵国、ミュッリュニエミ帝国に通じているからである。
「なあ兄貴。いつまであんな帝国を頭から信じる能天気な馬鹿野郎を自由にしておくんだ? アイツを生かしているだけで獅子身中の虫。いつこっちが裏切られるか分かったもんじゃねえぞ」
大臣ヒゴは、帝国の手先でもなければこの国を帝国に売り渡す売国奴でもない。
むしろこの国を心から憂いて、この国のために良かれと思って行動をしている。
ただ彼の最大かつ根本的な間違いは、”帝国と手を取り合えると思っている”という一点にあった。
「今はまだダメだ。帝国の監視の目がある」
「例の非合法部隊か。クソが! 大臣共、帝国の犬がのさばっているせいで、この国はメチャクチャだぜ!」
大臣ヒゴによって今の王城には親帝国派がはびこっている。
彼らを一掃しなければ、やがてこの国は帝国の手によって骨抜きにされ、根元から腐ってしまうだろう。
エマヌエルに権力志向が無いとは言えない。
が、それ以上に彼は帝国を憎み、敵視していた。
彼らの領地は帝国と国境を接している。
帝国の汚さと信用の無さは、手痛い経験と共に骨の髄まで思い知らされていた。
「先ずは城内を掌握する事だ。それと並行して他の部族への根回しを続ける。最低限、敵に回らず静観してもらえるだけでもいい」
「ちっ。まどろこしいぜ。騎士団を率いて脅し付ければ――わ、分かっているよ。内戦になればそれこそ帝国の思う壺だって言うんだろ」
かつて数々の戦場で武勇を鳴らしたエマヌエル。
戦いの傷が元で、今では馬にすら乗れない体になっているものの、その眼光はいささかの衰えも見せていなかった。
エマヌエルに睨み付けられてバツが悪そうにするマムス。
だがマムスは、口の中で「だが、もどかしいじゃねえか」と小さく呟いていた。
次回「ギルド商人マイラス」




