その4 皇太子ダリミル
ティトゥ達が町から連れて来たのは、チェルヌィフ商人シーロの遠縁にあたるという中年商人レオミール。
彼の雇った人工のおかげで、僕は体に入った鳩の残骸を取り除く事に成功したのだった。
『どう? ハヤテ』
『・・・ヨロシクッテヨ』
僕の返事にホッとするティトゥ達。
ひとまずこれで大丈夫だと思うけど、プロペラの破損の件もあるし、自然回復を待った方がいいだろうね。
それに既に日が西に傾いている。今からここを出ても飛べる時間はたかが知れているだろう。
だったらティトゥ達には昨日の町で一泊してもらって、明日、プロペラの様子を見ながら予定を決めた方が良いんじゃないだろうか。
僕がそう伝えると、ティトゥ達の間に何とも言えない微妙な空気が流れた。
どうかしたのかな?
そんなふうに僕が不思議に思っていると、チェルヌィフ商人のレオミールが僕を見上げて言った。
『その件ですが、私めにあなた様のお力を貸して頂けないでしょうか』
う~む。そんな話になっていたのか。
僕はレオミールの説明を聞いてうなり声を上げた。
『どうかしらハヤテ。私は悪くない話に思えるのだけど』
『ナカジマ様は甘い。チェルヌィフ商人は腹黒なんだから素直に信じちゃダメ』
『カズダ様、お国の商人をそんな風におっしゃらなくても・・・』
どうやらティトゥとカルーラの間で意見が分かれている様子だ。
確かに二人の言いたい事は分かる。
だけどこれって、二人のうち片方が正しくて片方が間違っているって話じゃないよね。
どっちの意見も最もというか・・・ さて、どうしたものか。
ちなみにカーチャは自分の意見を控えている。
だから僕が決めた方が自動的に選ばれるんだろうけど・・・ う~ん。
もう一度話を整理してみるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
このミュッリュニエミ帝国の現在の皇帝はヴラスチミル。
彼は父親である前皇帝に嫌われていたため、父が死んだことでようやく皇帝の座に就くことが出来た。
この時彼は37歳。この世界では遅すぎる帝位継承だったそうだ。
さて、前王がなぜこうまで自分の息子に帝位を継がせるのをイヤがったかというと、ぶっちゃけ息子には国を治める能力が無いと考えていたからのようだ。
帝国には近隣諸国にも名前の知られた非常に優秀な宰相がいて、彼が皇太子の教育係になっているそうだが、その彼をして匙を投げる程のダメっぷりだったそうだ。
・・・なんだろう。この世界に来てからやたらとダメ王族に縁がある気がするなあ。
まあ王族なんてものは同族経営の会社みたいなものだし、優秀な跡取り息子が生まれる確率の方が低いのかもしれないね。
ヴラスチミルは帝位に就くと、父親の念願でありながら成し得なかった偉業――半島の制圧に乗り出すことを決めた。
なんともはや。いきなりそういうのをぶち上げちゃう辺り、彼の父親と宰相は人を見る目があったんだろうねえ。
宰相はこの方針に対して強固に反対した。
急速に版図を伸ばした帝国は、その支配領域の広さに比べて組織が脆弱だった。要は国のサイズに対して、使える人材が不足していたのだ。
国内には未だに国人や豪族がその土地に根付いている地域も多く、彼らによる小規模な反乱や小競り合いは日常茶飯事となっていた。
前皇帝が半島制圧を望みつつ軍を動かす事が出来なかったのは、隣国にチェルヌィフ王朝という大国が存在しているからだが、国内の安定を先ず優先していたという面もあったようだ。
つまりは外に目を向けている場合じゃなかったのだ。
その宰相だが、昨年の夏、流行病で亡くなってしまった。
こうして皇帝の暴走を止められる者は誰もいなくなった。
皇帝は慎重に宰相の死を隠し通した。
そのため周辺諸国は、帝国軍が動き出すまで皇帝の思惑に気が付かなかったのである。
こういう話を聞くと、今の皇帝が全くの無能じゃないってのは分かるけど・・・
多分あれだな。皇帝は自分に対する自己評価よりも、実像はずっと小者なんだろう。
手の届く範囲の事は小器用にこなせるけど、大局を見て俯瞰で物を考える能力に欠ける人っているよね。
会社でも時々いる、部下として使う分にはいいけど、上司になると困るタイプの社員と見た。
この南征の結果は知っての通りである。
隣国ゾルタには圧勝したけど、ミロスラフ王国にはアッサリ負けた。
カエサル風に言えば、「来た、見た、勝った、そして負けた」。そんな感じである。
なまじ最初の勝ちがセンセーショナルだっただけに、皇帝はこの敗北が我慢ならなかった。
現在、皇帝は軍の再編を急がせている。一日でも早く敗戦の雪辱を晴らすつもりなのだ。
そっちが勝手に戦争を始めたくせに、負けて納得出来ないも何もないよね。
そんな理由で狙われるカルーラ姉弟って・・・ 全く迷惑な話だ。
さて、少し長くなったがここまでは帝国の現状説明。
話の本題はここからだ。
皇帝は現在42歳。彼には七人の息子がいたが、そのうち五人は赤ん坊の時に亡くなっていたり、病気で死んだりで、今も無事でいるのは22歳と3歳の二人の息子だけとなる。
このうち22歳の皇太子・ダリミル王子は、どちらかといえば父親よりもお爺ちゃん――前皇帝の方に似ているらしい。
例の宰相も、ダリミル王子の教育係として教えた際にその立派な受け答えと思慮深さに感銘を受け、「この方は将来優れた皇帝になるに違いない。帝国の未来は安泰だ」と太鼓判を押したんだそうだ。
僕なんかは、「偉い人が相手だし、多分にリップサービスが入っているんじゃないかな?」などと、疑いの気持ちを持ってしまうけど、実際にダリミル王子の評判はすこぶる良いらしい。
為政者として有能なだけでなく、人格的にも若くして落ち着きがあり、人に対しては公正で我欲も薄く、ついでにハンサムなんだそうだ。
ええ~っ、何その完璧超人。
イケメンで人格者で大国の王子様って、漫画の中のキャラクターですか。
引くわ~。
そんな完璧王子様だもんで、今や周囲はすっかり現皇帝よりも王子に期待をかけるようになっているんだそうだ。
そりゃそうだよね。僕が帝国国民でも絶対そう思うだろうしね。
しかし、彼の父親である現皇帝は、この息子が大嫌いなのだ。
何故って? 自分よりも出来が良くて、自分よりも周囲からチヤホヤされてて、死ぬまで自分に帝位を譲ってくれなかった父親に似ている息子が可愛い訳ないよね。
ちなみに王子は今回の出兵に反対だったらしい。
王子は宰相の薫陶を受けているんだからそれも当然か。
こうして皇帝は息子が政務を執れる年齢になっても、帝位を譲らずに皇帝の座に収まり続けているのだった。
奇しくも彼が嫌ってやまない父親と全く同じ行動を取っている訳だが――ベクトルは全くの反対方向だよね、コレ。
さて、この完璧王子だが、現在少々立場が危うくなっているらしい。
父親である皇帝に嫌われているから? まあそれもあるのだが、そうではなく。彼の支持基盤となる公爵家に問題が発生しているのだ。
彼の母親、皇后ラトベシュカ。彼女の実家でもあり、彼女の兄が現当主を務めているバルトネクトル公爵家。
このバルトネクトル領内が最近、大掛かりな河賊に荒らされているそうなのだ。
河賊とは何ぞや?
海の無法者達が海賊。山野の無法者達が山賊。
つまりは河賊は河の無法者達の事を言うらしい。
このミュッリュニエミ帝国には東から西に大河が流れていて、河賊はそこを行き来しながら川の周辺の村や町を荒らし回っているんだそうだ。
バルトネクトル公爵家の当主は甥である王子の後ろ盾。
という事は現在の帝国では戦争反対のハト派の中心人物となる訳だ。
つまりは戦争をしたい皇帝と軍部とは相反する勢力だ。
そのため、軍部は何くれと理由をつけては、河賊に対する討伐軍を出し渋っているそうだ。
まあ、あの敗戦からまだ半年も経っていない訳だし、人手不足なのは間違いないんだろうけど。
このまま領地が荒れてバルトネクトル公爵家の力が落ちれば、ハト派の内部分裂にもつながりかねない。
実際にそういった動きはもう出始めているそうだ。
慎重派の力が落ちれば、彼らが旗頭として担ぎ上げているダリミル王子の発言力も低下してしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『しかし、逆に考えればこれはチャンスとも言えるのです!』
チェルヌィフ商人のレオミールは僕に熱く訴えかけた。
『もし帝国軍の介入なしにバルトネクトル公爵家が単独でこの一件を解決出来れば、逆に発言力が増すばかりか、軍部の影響力を低下させることにもつながるのです!』
なるほど。
レオミールの言いたい事も分かる。
軍部はこの間の敗戦で影響力を落としている。
大軍をもってしてミロスラフ王国なんて小国に敗れたばかりか、いざという時に国内の治安すら守れないとなれば、軍の存在意義すら問われる事になりかねない。
『そしてこれはあなた方にも十分に益のある話なのです』
そう。これは僕達にとってもある意味美味しい話なのだ。
もしこの一件がキズとなって皇帝が退位、王子に帝位を譲らざるを得なくなったとする。
皇帝になった王子は、おそらく外征よりも国内の充実を優先するだろう。
当然、軍の予算は縮小され、現在の拡張路線は見直されるに違いない。
そうなれば非合法部隊をチェルヌィフに潜入させておく理由も無くなる。
金食い虫の兵器開発にかける予算など、いの一番に削られるに決まっているからだ。
こうして彼らは帝国に撤退。これ以上カルーラの弟が狙われる事も無くなる。
めでたしめでたし。
もちろん帝国の軍拡路線が改められて嬉しいのは、ティトゥ達、ミロスラフ王国の人達にとっても同じだ。
またあんな大軍で攻めて来られては、今度も防げるかどうかは分からない。
いや、この間はたまたま運良く勝てただけだろう。
普通に考えれば、ミロスラフのような小国が、大国の帝国を相手にして勝てるわけがないのだ。
・・・・・・
・・・ここは賭けに出るべきか。
僕は自分の考えをみんなに伝えた。
――と、ここまでが三日前の話だ。
次回「二兎追うもの」




