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その15 ピスカロヴァー伯爵

◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国軍がピスカロヴァー伯爵領の各貴族家に送った徴発部隊。

 それらは帰隊する途中の街道で、待ち伏せていたナカジマ騎士団によって次々に討ち取られていった。

 騎士団の攻撃は念入りかつ周到で、一人の逃亡者も許さなかった。


 こうして街道を行く徴発部隊の者達は一人残らず討ち取られてしまうのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ピスカロヴァー伯爵の屋敷の応接室で、オルサーク家の次男パトリクが居心地悪そうに座っていた。


 街道で帝国騎馬隊を全滅させた彼らは、怯えるピスカロヴァーの者達をなだめすかし、ようやくピスカロヴァー伯爵家に送り届ける事に成功した。

 パトリクは何度も弟であるトマスから念を押されていた通りに、伯爵に宛てた手紙を屋敷の家令に渡し、報告に戻ろうとしたところを、屋敷の主人から話があると一人引き留められたのである。


 パトリクは先程帝国兵から救った少女――レオナがピスカロヴァー伯爵の娘だと知っていたので、直接礼を言いたいのだろう、と深く考えずに屋敷に案内された。

 そのまま彼はここに連れて来られ、ずっと待たされているのである。


 流石は伯爵家の屋敷である。応接室の調度品はどれもパトリクが見た事もない程精緻な彫刻で彩られていた。


 あの時言い訳してでも帰れば良かった。


 自分の場違い感に、パトリクは早くも伯爵の誘いを受けた事を後悔していた。


 コンコンコン


 ノックの音にパトリクはビクリと背筋を伸ばした。




 部屋に入って来たのはパトリクの父親より少し年上の男。

 その装いと物腰から彼が屋敷の主人、ピスカロヴァー伯爵であるのは間違いないだろう。


 彼に続いて美しく着飾った少女がしずしずと部屋に入って来た。

 伯爵の娘、レオナである。

 レオナの可憐な美しさに、パトリクは伯爵の前であるにもかかわらず、思わず目を奪われてしまった。

 もちろんパトリクはさっきレオナの顔を見ている。しかし、あの時の彼女は髪は乱れてボサボサだった上に顔も泣き崩れた状態で、”哀れな少女”という印象でしかなかったのだ。


 そんな彼の視線を受けて、レオナは頬を染めて俯いた。


「パトリク・オルサーク殿。この度は娘の危機を救って頂けたこと誠に感謝する」

「えっ? あっ、いえ、こちらこそ。勝手に街道を騒がせた事、弟になり代わり謝罪致します。事情はそちらにお渡しした手紙にしたためてある通りです」


 事の次第はトマスから伯爵に宛てた手紙に記されているはずである。

 正直言ってパトリクはあまり事情を呑み込んでいなかった。それもあって、自分の口からの明言は避けたのである。


「ふむ。手紙は読ませてもらった。まさかオルサーク家がそのような事になっているとはな。大胆な手を打ったものだ。失礼ながら私はオルサーク殿がこれほど豪胆な気質を持たれているとは知らなかったよ」


 オルサーク家は隣国ミロスラフのナカジマ家と同盟を結び、帝国軍を相手に戦っている。

 もちろんこれはオルサーク家が望んだ展開ではなく、様々な要素が重なった偶然によるものだ。

 しかし結果としてオルサーク家は、現在のゾルタで唯一今も帝国軍と戦っている勢力となっていた。


 伯爵はパトリクをジロリと睨んだ。


「それで? オルサーク殿は自分達の行いが帝国軍をこのピスカロヴァー領に呼び込むきっかけとなる、あるいは、同盟自体がミロスラフ王国の策略である可能性は考えなかったのかな?」

「それは・・・申し訳ございません。私には父や兄の考えは分かりませんので・・・」


 冷や汗をかきながらしどろもどろになるパトリクを、レオナが心配そうに見つめた。

 伯爵はしばらく黙ってパトリクの様子を眺めていたが、やがて軽く咳をして言葉を続けた。


「それを君に聞いても仕方が無いようだ。それで、君の目から見てそのナカジマ家というのは信用できるのかね?」


 伯爵の問いかけにパトリクは勢い込んで頷いた。


「それは間違いないかと! 何せこの同盟にはランピーニ聖国が関わっていますから!」

「何?! どういう事だ?!」


 実はこの事はトマスの手紙には書かれていなかった。

 劇的な反応を示す伯爵に、パトリクは「しまった。これって言ったらマズイ話じゃないよな?」と目を泳がせた。

 しかし、一度口に出してしまった言葉を無かった事には出来ない。

 パトリクは観念すると、同盟の立会人としてランピーニ聖国からパロマ第六王女がやって来た事を明かした。


「王族だと?! 馬鹿な! 一介の男爵家同士の同盟にランピーニ聖国が王族を遣わせたというのか?!」

「しかし、あれは確かにランピーニ王家の紋章でした。もし(かた)りであればミロスラフ王国と聖国の間で大問題になると兄も言っておりました。あ、それとナカジマ家は男爵家ではなく、準伯爵家にあたるそうです」


 パロマ第六王女は聖国でもあまり対外的な露出の多い王女ではない。伯爵も辛うじて名前に聞き覚えがある程度である。

 しかしそれでも相手は聖国の王族だ。もし嘘であった場合、ことがバレればタダでは済まない。

 というよりも、こんな荒唐無稽なウソをつく方がどうかしている。相手を騙したければもっと本当らしい相手を連れて来るものである。


「それに聖国の後ろ盾があるというのはウソではないと思います。実際にウチも多くの支援を受けましたし」

「支援だと? 詳しく話せ!」


 伯爵に促されるまま、パトリクはオルサークとその周辺の家がナカジマ家から多量の物資の支援を受けた事を語った。

 これもトマスの手紙には書かれていなかった事だ。慎重なトマスはナカジマ家との関りを出来るだけ曖昧に記していたのである。


 もっとも、そんな彼の努力も兄の迂闊さで台無しなのだが。


「そんな事が・・・。 なる程、オルサーク家が帝国軍相手に戦っていられる理由がこれで分かった」


 伯爵は大きなため息をつくと、ふと隣に座る娘の方へ目をやった。

 パトリクにどうしてもお礼が言いたいというので同席を許していたのだが・・・。


 彼は少し考えるとパトリクに向き直った。


「度々待たせて済まないが、これほどの話、確認せずに済ませる訳にはいかない。その間この屋敷に泊まっていってはもらえまいか」

「えっ? いや、私は騎士団の役目がありますので・・・」


 突然の事に慌てるパトリクだったが、伯爵は彼の話を聞かないまま立ち上がると娘の肩を叩いた。


「お前は屋敷に滞在中の彼の世話をして差し上げなさい」

「! 分かりました! お任せください、パトリク様!」

「はっ、それはその、いえ、私には役目が・・・」


 嬉しそうなレオナに詰め寄られて、顔を赤くしながら眼を白黒させるパトリク。

 伯爵はパトリクの事は娘に任せると部屋を後にした。


 


 この後、伯爵に命じられた屋敷の家令は、自らオルサークにおもむいて詳しい事情を尋ねた。

 対応したオルサーク家長男のマクミランは、寄り親の家令直々の訪問に下手に誤魔化すことも出来ず、全てを正直に語った。

 伯爵は家令からの報告を受け、オルサーク家との繋がりを強める事を決めた。


 文治派の伯爵は、大きく力の衰えた”大鷲”バルターク家に代わってピスカロヴァー領を守る”剣”を欲していたのだ。

 帝国軍と勇敢に戦ったオルサーク家こそがその後を継ぐに相応しいと判断されたのである。


 伯爵はオルサーク家の格を上げ、周囲への発言権を強めることにした。

 幸いオルサーク家の周囲の家々は、物資の援助の一件でオルサークに並々ならない恩義を感じていた。

 オルサーク家の格が上がる事に対し、周辺の家々は喜んで賛成した。


 そして伯爵家とオルサーク家のつながりを強めるため、伯爵家の娘がオルサーク家の男子へ嫁ぐ事になった。

 言うまでも無く、レオナ・ピスカロヴァーとパトリク・オルサークの二人の事である。


 今回の帝国軍の南征はゾルタ国内に数多くの不幸を生んだが、二人の婚姻はそんな中で生まれた数少ない例外となるロマンスであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 トマスは前線本部となったウルバの村でナカジマ騎士団の者から報告を受けていた。


「そうですか。パトリク兄上は伯爵様に呼ばれて残ったんですね」


 彼らはピスカロヴァー伯爵家に向かう街道を封鎖していた者達である。


 彼らが言うには、帝国騎馬隊を全滅する事には成功したが、同行していたパトリクは伯爵から話があると告げられて、一人屋敷に案内されていったのだという。

 パトリクは騎馬なので後で追いついて来るかと思っていたら、結局追いつかれないままこの村にたどり着いてしまったというのだ。


「兄上が伯爵家の屋敷に・・・。 迂闊な事を話していなければいいんだが」


 不安そうなトマスだったが、トマスもよもやこの時の自分の不安が的中するとまでは思っていなかった。

 結果としてオルサーク家にとって悪い方向に向かわなかったのが幸いなのだが、それはまだ先の話。


 彼らがそんな話をしていると、ナカジマ騎士団達が走り回る音がした。

 そして外から聞こえる低いうなり声。


 彼らの主人であるティトゥがハヤテと共に到着したのだ。


 トマスも二人を迎えるために立ち上がった。



 ナカジマ騎士団が村の広場に整列する前に、ハヤテの大きな体が降り立った。

 ティトゥは風防を開けるのももどかしく、ハヤテの背に立ち上がるとトマスに叫んだ。


「帝国軍が動き始めましたわ!」


 この二日間動きの無かった帝国軍が、ついに再び、ミロスラフに向けて進軍を開始したのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 新年の三日。

 この日は大きな二つの出来事が起こっている。


 一つは帝国南征軍が再びミロスラフに向けて進軍を開始した事。

 もう一つはミロスラフ王国において国王が崩御。カミル将軍が騎士団を纏めて国境の砦に向かった事。


 奇しくも両軍互いに国境まで二日の距離にあった。


 後に”カミルバルト国王の新年戦争”と呼ばれる戦いはこの日から始まったとされている。

次回「進軍再開」

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