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観劇4

「お久しぶりです、ユリウス殿下」


アイリスは丁寧なお辞儀をした。マヤもそれに合わせて頭を下げる。


「そんなかしこまらないでよ。僕とアイリスの仲だろう?」


ユリウスは穏やかな笑みを浮かべている。


アイリスは姿勢を正した。


王城で会った時と違い、照れた様子はない。


何処か怖いと感じる笑みを顔にはりつけている。


そういえばマヤがさっきの騎士は陛下直属ではないと言っていた。


もしかして………。


「セイウスさんを呼び出したのはユリウス殿下でしょうか?」


アイリスの言葉にユリウスの瞳が揺れた。


「流石アイリス。彼が第二王子直属の騎士であることを見抜いたんだね。どうしてもアイリスと2人で話をしたくてね」


悪びれた様子はない。


マヤがアイリスを隠すように前に立つ。


「君も席を外してくれないかな」


「申し訳ありませんがそれはできません」


「へぇ………僕に歯向かうの?」


笑ってはいるが、声が冷たい。


ただの公爵家の騎士が王族に歯向かえばどんな罪に問われるか、知らないアイリスではない。


もちろん、ウィルネスがなんとかしてくれるとは思うが。


アイリスは慌ててマヤの前に出た。


「ユリウス殿下。彼女は公爵家の騎士です。彼女は私から離れないようにお父様から厳命されています。もし、破ればすぐにクビになるでしょう。どうしても彼女に席を外してほしいのであれば、お父様の許可が出たという書状をお持ち下さい」


「全く………ウィルネス殿がそんな許可出すわけないじゃない。アイリスは本当に頭がきれるよねぇ。わかったよ、彼女はここにいてもいい。ただし、後ろに控えていてね」


アイリスはマヤに


「大丈夫だから私の後ろにいてね」


と伝えてからユリウスに向き合った。


「セイウスさんを遠ざけてまで殿下は私に何のご用でしょうか?」


「せっかくゆっくり話せる機会なのにつれないなぁ」


「それに、先程サンシャ様とご一緒だったはずですが彼女はどちらに?」


「ああ、彼女なら城に帰したよ。アイリスと話がしたかったからね」


ユリウスの言葉にアイリスは驚いた。


「観劇のあとは食事に行くのがマナーだと伺っています。それなのに一人で帰したのですか!?」


「護衛はついてるよ。まぁ……父上に云われて最低限の接待はしたから問題ないよ」


「問題ありますよ!先に帰されたサンシャ様のことを考えると可哀想です。今からでも遅くありません。追いかけて謝罪するべきです。外交問題に発展します」


「婚約破棄すれば問題ないでしょ」


「リンファ様が黙っていませんよ」


母であるリンファは怒ると手がつけられなくなることで有名なのだ。


「相手がすぐに見つかれば問題ないよ」


ユリウスは動じない。


「お相手がすぐに見つかるはずありません」

 

「セイウスなんてどう?」


アイリスは思わず目を見開いた。


後ろでマヤも驚いている。


「伯爵だし、美丈夫だし問題ないでしょ。で、僕はアイリスと婚約するんだ」


「……えっ?」


「誕生日のパートナーはセイウスかもしれないけど、だからといって劇を二人きりで観に来るのは感心しないな。劇場は君たち2人の話で持ちきりだったみたいだよ」


「それは」


「婚約したんじゃないかとまで言われていたからね。このままじゃアイリスがセイウスの婚約者にされてしまうと思ったんだ。それで、その前に僕と婚約しようと話を持ってきたわけ」


どうやらユリウスはセイウスとアイリスが婚約したことを知らないらしい。


「私とセイウスさんは婚約しましたよ」


「へ?」


「今日、正式に婚約者となりました。陛下宛に早馬を送り認められました。陛下の許可を得た正式な婚約です」


いくら第二王子の子どもとはいえ、陛下の決定を覆す力はない。


「そんな………今日はサンシャ姫の接待で朝から城を離れていたから知らなかった」


「ですので殿下と婚約するとは絶対にありません」


アイリスがきっぱりとそう言うと、ユリウスから笑顔が消えた。


「父上は母上を誘拐して手に入れたんだよね。しかも結婚していたのに。その方法なら時間はかかるかもしれないけど、アイリスと婚約できる」


確かにそう言われているが、実際はお互いに相思相愛だった二人を引き裂いて無理やり結婚させられたのだ。


そのため、第二王子は結婚した相手に一切手を出さず、今の妻と共謀して誘拐事件を起こしたのだ。


陛下は無理やり結婚させてしまったことを反省して、二人の結婚を認め、前妻の再婚の世話もしたそうだ。


この事件がきっかけで貴族間でも恋愛結婚が主流となっていった。


ユリウスとアイリスには当てはまらない。


アイリスはユリウスに一切好意を持っていないのだから。



「ご冗談はおやめ下さい」


「冗談なわけないだろう?今から一緒に僕の部屋に行こう。アイリスが素直についてきたら手荒な真似はしないから」


「お断りします」


「どうして?セイウスより僕のほうがいいと思うよ」


「私はセイウスさんがいいので」


マヤが前に出ようとするのを制止する。


王族に歯向かえば極刑もありえる。


「とりあえず僕の部屋に行ってゆっくり話し合おう」


「お断りします」


もし何の用事もないのであればセイウスが戻って来るはずだ。それまでは絶対にこの部屋から出てはいけない。


「ほら、行くよ」


ユリウスがアイリスの手首を掴んだ。


「離してください!」


「ついて来てくれたらね。裏口に馬車を用意しているから」


「こんなことしたらご自分もタダではすみませんよ」


「どうだろうね。やってみないとわからないよ」


強く引っ張られてバランスが崩れる。マヤが支えてくれた。


「お嬢様、ご命令を。彼なら剣を抜かずとも制圧できます」


マヤが小声でそう言ったが首を振った。


マヤに何かしらの処罰があるような事態は避けたい。


「私のことなど考えないでください。私はお嬢様をお守りするのが使命です。ご命令を」


「アイリス、これ以上手荒な真似はしたくないから動いて」


どうしよう………外にはユリウスの護衛が控えているはずだ。


マヤが手を出せばすぐにユリウスの護衛が部屋に入ってくるはずだ。人数が多ければマヤが捕まる可能性がある。


王族の命を脅かしたとして、その場で切り捨てられる可能性だってある。


だからといって、ユリウスについていくわけにはいかない。


どうすれば………。


アイリスは心の中で何度もセイウスの名を呼んだ。


(セイウスさん、早く戻ってきて!)


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