特訓とカツ丼
生徒会の恒例ダンスパーティーでなぜか決闘を申し込まれることになった侯爵令嬢エリザベート。
まったく、どこに行ってもトラブルが絶えない娘だ、というのは黒猫のルナの弁だった。
「わたしだって好きでトラブルに巻き込まれているわけじゃありませんよ」
激おこ案件である。
『まあ、それは分かるけど、まさかダンスパーティーに行って手袋を投げつけられるなんてね』
「わたしもびっくりしました。小説以外であんなシーンあるんですね」
『あるんだよ。それで決闘はいつなの?』
「明後日、学院の決闘広場を使います」
『そっか、事前に相手は分かっているの?』
「はい。なんでも国内無敗の決闘のチャンピオンらしいです。名前はセルバンテスさんです」
『な!? あのセルバンテスだって!?』
「知っているんですか?」
『うんや、知らにゃい』
ずこーっとよろけてしまう。
「なんで気を持たせるんですか」
『いや、なんかのりで』
ルナは『にゃはは』というと、
『それでも対戦相手の情報は仕入れておいたほうがいいね』
「ですよね」
『うん、マリアンヌは君が最強の令嬢だと知った上で代理人を立ててるんだ。きっとすごいやつに決まっている』
「はい」
「君は最強の令嬢だけど、最強イコール不敗ってわけじゃない」
「そうですね。複数人でこられたらやられてしまいます」
単純計算になるがレベル33の人三人が同時に襲い掛かってきたら負ける可能性はある。
『それに決闘は殺し合いじゃないから純粋な戦闘力だけでは計れない』
マリアンヌが申し出てきた決闘は胸に薔薇の花を挿し、それを散らされたほうが負けというものであった。こうなれば腕力よりも技術力がものをいう。
「やはりセルバンテスさんの人となりや戦闘方法を調べたほうがいいですよね。時間があるのですから」
『そうだね』
そのような結論に達したエリザベートはさっそく校内を回って情報を集める。
「マリアンヌさんが代理人として指名したセルバンテスさんとはどのような人なのでしょうか?」
四騎士のひとり、レナードに話を聞くと彼は自分の持っている情報を教えてくれた。
「彼はいわゆる決闘屋の異名を持つデュエリストだな。数々の代理決闘で勝利を収めてきた。二八戦無敗だと聞く」
「二八連勝しているってことですか」
「そうなるな」
「うう、強そうです」
「正直、腕力ならば君に敵うものはいないだろうが、技術力ならば話は別だ。今度の決闘は薔薇散らしなのだろう?」
「はい」
「ということは君が負ける公算が高いな」
なんでも学内の非公式ブックメーカーではセルバンテスのほうが勝利する確率は高いと読んでいるそうな。
「最強の令嬢の名は返上せねばならないかもな」
「うぅ、負けたらルクスさんとお話しできなくなってしまいます」
「ルクスと話すと電気ショックを受ける腕輪を装着せねばならなくなるのだったか。まあ、コミュニケーションは取れなくなるな」
「そうなれば魔王討伐に支障を来します」
「たしかにそうだ。まあ、それは私たちも望むところではない。協力しようか」
「本当ですか?」
ぱあっと表情を輝かせる。
「ああ、セルバンテスはレイピアの名手だそうな。私の得物もレイピアだしな」
「ありがとうございます!」
「しかし、わたしひとりでは仮想セルバンテスにはならない。レウスにも協力して貰おうか」
「ふたり掛かりでレイピアを使って攻撃してくれるんですね」
そういうことだ、とさっそくレウスを呼びに行くと彼は快く承諾してくれた。
「大剣以外の武器は下手くそだが、それを考慮してもいい修行になると思うぜ」
レウスはそのように言うと学院の修練所に行き、レイピアを抜いた。
「しかし、まあ、なんだね。この細身の剣は頼りない。ちょっと扱いを間違えれば折れちまうだろう」
「その通り。だから繊細に扱わなければならない」
「女の柔肌を扱うようにってか」
と言いながら剣を振るうがさすがは四騎士、普段の得物とは違うのにもかかわらずなかなかの技量を見せる。
訓練用のかかしの急所に的確に攻撃を命中させた。
「それではふたり同時に切りかかってください。それと胸に薔薇を刺してくださいね」
「薔薇を散らされれば負けなんだな」
「そうです」
と自分にも薔薇を刺す。
「一応、薔薇以外の場所は攻撃してはいけないことになっていますが、遠慮せず攻撃してください」
「うーん、女を刺すのは趣味じゃない」
「本気で来てください。セルバンテスさんは決闘の名手なんです」
「わかった。その白い肌が傷ついたってクレームはなしだからな」
「レイピアごときでわたしの魔法障壁は突破できません」
そのように断言するとレナードとレウスは同時に斬り掛かってきた。
二本のレイピアの挙動を読んで冷静にかわす。
レイピアは強力な刺突武器だが弱点はある。刺すことを主眼に置いているため、攻撃が点になるのだ。面や線での攻撃を考えなくていいのは楽であった。
なのでふたつ同時に点攻撃が来ても冷静にかわすことができた。
しかし、それにしてもこのふたりはすごい。的確に薔薇めがけて攻撃を加えてくる。
さらにこちらが薔薇を鷲づかみにしようと手を伸ばしても巧みにかわすか防御をしてくる。
もしもこのふたりどちらかとタイマンで決闘しても負ける可能性があるのではないだろうか。
薔薇散らしの決闘はなかなかにエリザベートが不利な設定の決闘のようだ。
『まあ、君は脳筋なところがあるからね』
黒猫のルナはひどいことを平然と言うが、間違ってはいないので反論が難しい。
エリザベートは知力よりも武力に長けた娘であった。
なので正面から愚直に薔薇を散らそうとするが、その瞬間を見計らったかのようにレナードは一閃を加えてきた。
それによってエリザベートの赤い薔薇が散る……。つまり負けたのだ。それを見てエリザベートは、
「これが実戦ではなくてよかったです……」
という感想を漏らすしかない。
レナードは不敵に微笑むと、
「史上最強の令嬢に一矢報いることが出来た」
と言った。
「エリザベート、これで君がどのような状況下でも最強ではないと立証できたな。これから先、魔王との戦いはどんどん厳しくなる。どんな悪魔が襲ってくるかわからないし、君自身も鍛錬しないと」
「そうですね。わたしは自分の圧倒的なパワーの上にあぐらをかいていました。レナードさん、もう一戦お願いします!」
「何度でも」
レナードはそのように答えると、レウスと共に再び斬り掛かってきた。
その後、六時間ほど一心不乱に模擬戦を行うが、三勝七敗という結果に終わった。
「はあはあ……、勝率は三割といったところです……」
レナードも息を切らせながら言う。
「最後のほうは連勝をしたから、君はコツを掴んだのかもしれないぞ」
「本当ですか?」
「ああ、恐らくだがセルバンテスにも五分に持って行けると思う」
レウスも同様に答える。
「セルバンテスっておっさんがどんなに強いかは知らないが、四騎士ふたり掛かりよりは弱いと思うぜ。たぶん、おまえが勝てると思う」
「レウスさんもありがとうございます!」
このように仮想セルバンテスの戦いを終えると翌日のセルバンテス戦に備える。家に帰ってお風呂に入ってじっくり寝るのだ。もちろん、夕食はおなかいっぱい食べる。このようにして決戦前夜を終えると翌朝になった。
朝、おなかをすかせて目覚めると、メイドのクロエは珍妙な食べ物を用意してきた。
食堂に置かれるひとつの食器。いつもは色とりどりの食器がいくつか並ぶのだが。
「これはなんですか?」
きょとんと尋ねると、クロエは無表情に言った。
「これはカツレツというものを卵でとじた食べ物です」
「まあ」
「東方ではこれを食べると勝負事に勝てるというジンクスがあるんです。今日はお嬢様の勝負日ですから」
「気を使ってくれたのね。ありがとう!」
「いえいえ、クロエはお嬢様の味方ですから」
そのように言われるととても嬉しい。にこにこしながらテーブルの上に置かれたどんぶりから蓋を取る。
とても美味しそうな匂いが充満する。カツレツには三つ葉も添えられており食欲を増進させる。
「とても美味しそうだわ」
しかし、目の前に並べられた二本の木の棒の意味が分からない。フォークとナイフを探してもどこにもないのだ。控えめに苦情を述べるとクロエは言った。
「カツ丼はハシと呼ばれる二本の棒で食べるものらしいです」
「これが噂のハシ!?」
ハシとは東洋に存在するナイフとフォークの代用品だ。この二本を使って食事を食べるのが東洋の習わしであった。本格派であるクロエはカツ丼を完璧に再現するだけでなく、食器なども完全再現していた。恐るべし、である。エリザベートはクロエに言われるがままハシを試すが、生まれて初めて使うハシはなかなかに難しかった。ちゅるんとカツを取り逃がしてしまう。しかしそれでもクロエはナイフとフォークをくれない。ハシで完食してこそ勝負に「カツ」ことができると信じているのだろう。
獅子は子を千尋の谷に突き落とすというが、クロエもまたメイドとしての厳しさを持っている女性であった。
いつもの倍の時間を掛けてカツ丼を食べ終えると、エリザベートはそのまま登校する。カツ丼のお陰か、学院に着く頃には闘争心がマックスとなっていた。




