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王立学院に帰ると普通に学生生活が始まる。
時折忘れそうになるが、エリザベートは王立学院に通う生徒。勉強が本道なのだ。
なので遅れていた分の授業を再履修させて貰いながら必死で皆に追いつく。
実戦はともかく、座学は真面目に授業を聞くことでしか取り返せない。
その日も魔法学と錬金学、それに動物学と歴史の講義をして貰う。
カレンとふたりだけの授業だ。
ちなみに歴史の授業で聖女の話となった。この国にまつわる聖女伝説を色々と聞かされる。
黒髪の聖女についての話が面白かった。
なんでも聖女の髪の色は金色か亜麻色と決まっているのだそうだが、希に黒髪黒目の聖女も現れるとのことであった。
そのもの黒き瞳を持ち、黒髪を束ねる。そんな伝承の聖女がかつていたそうな。
彼女は強大な魔力と屈強な肉体を持っており、ひとりで七大悪魔を倒し、魔王も屠ったそうで伝説の聖女と呼ばれていた。
カレンは、
「ふふふ、エリザベートさんみたいですね」
と語るが、エリザベートが伝説の聖女である可能性はない。なにせエリザベートは魔王の娘なのだ。
と心の中で反論をすると、使い魔である黒猫のルナがこのように言う。
『いや、案外、君が伝説の聖女の再来なのかもよ』
「どういうことでしょうか?」
『君はたしかに魔王の娘だけど、半分は人間の血が入っているんだ。魔族と人間のバランスを取る天秤のような存在なのかもしれない』
「魔族と人間の架け橋になれるということでしょうか」
『そういうこと。黒髪黒目の聖女も魔族と人間のハーフだったって伝承があるんだよ』
「それでもわたしには聖なる力はありませんから」
『そのうち発現するかもしれないってことさ。そうなれば君は対光属性の加護も得るから、文字通り無敵となる』
「まあ」
『暗黒の力と聖なる力が組み合わさるんだ。つまり暗黒の火と聖なる火が合わさり、炎となる』
「そうなったら僥倖ですね」
話半分に聞いておく。カレンとルナはエリザベートの可能性を信じているようだが、エリザベートは自身をそんなに高く評価していなかった。暗黒の存在として影から魔王を討伐することだけに注力したかった。
そのような感想を持ちながら歴史の補習を終える。
一週間ほどで授業の遅れを取り戻すと、他の生徒たちと共に履修することになるが、座学はともかく、実習では無敵に近かった。
魔法の実戦では的を砕き、一対一形式の戦闘では敵を瞬時に吹き飛ばした。
そのあまりの強さに〝普通〟の生徒たちは「チート」だ「戦いたくない」を連呼する。しかし、教師陣はそれを許さず粛々とエリザベートを戦闘実習に参加させた。
なんでも学院長の教えらしい。
「圧倒的強者に立ち向かうとき人はレベルアップする」
が彼の信条らしい。
それにエリザベートは魔王討伐軍を指導する立場にある。授業を通じて有力なものを見つけ、魔王討伐に参加させるのはエリザベートの義務であると断言した。
ちなみに今のところ四騎士以外にこれといった人材はいなかった。なので勧誘はしない。
さて座学と実技は問題なくこなせているが、社交という項目に点数があるのだとしたらエリザベートの得点はゼロ点だった。なぜならば新しいお友達ができないからだ。皆、エリザベートのことを「破壊神」と呼び、友達として見てくれない。嘆き悲しんでいると聖女のカレンがやってくる。
「エリザベートさん、気を落とさないで。頑張ってこれに出てはいかがでしょうか」
そのように言いながら手に握りしめていた紙を見せる。
「社交ダンス大会?」
「そうです。今度、校内で生徒会主催のダンスパーティーがあるそうなんです」
「ダンスパーティー……」
頭痛がしたのは前回の苦い記憶が蘇ったからだ。あれはまだ入学したての頃、新入生歓迎ダンスパーティーで味わった屈辱が蘇る。
「今度は大丈夫ですよ」
「あのときから破壊神というあだ名は広がっていました」
「そして初めてルクスさんに壁ドンされた日でもあります」
つまり、とカレンは続ける。
「あのときはルクスさんをのしてしまいましたが、今回はふたりで参加して仲良くダンスをすれば、エリザベートさんイコール凶暴という図式は払拭されるのではないでしょうか」
「その手がありましたか!」
目から鱗が落ちてくる。
たしかにエリザベートは新入生歓迎パーティーでこの国の第三王子であるルクスをのすという芸当をやってのけた。
その後、彼とは和解し、今では友人のように付き合っている。そのことを周知させればエリザベートの株が上がるのではないか、ということであった。
「たしかに素晴らしいアイデアです。さっそく、ルクスさんにお願いいたしましょう」
エリザベートはそのままカレンと一緒にルクスのところへ向かうが、彼は満面の笑みで、
「俺の女になるならいいぞ」
と畜生のような回答をくれた。
「「…………」」
女子ふたりは汚物を見るような目でルクスを見つめる。さすがにその視線に引いたのか、ルクスは、
「待て待て」
と言った。
「そのダンスパーティーとやらに出て俺に利点はあるのか? 俺は昨今、レベル上げで忙しいんだ」
先日、レナードがひとりで悪魔を倒したことにより四騎士内での序列が下がりつつある彼は危機感があるようだ。まっとうに修行をしているという話は本当のようである。ならば餌で釣るしかないか。
「わたしとダンスパーティーで踊ってくれたら、もれなくカレンさんとも踊れます!」
カレンは「え?」という顔をするが、多情なルクスはなかなかにいい反応を見せてくれる。
「え、エリザベートさん、私を生け贄の羊にするつもりですか」
「ダンスを踊るだけですよ。ルクスさんは紳士でダンスが上手ですからダンスの練習になります」
じーっとルクスを見るカレンであるが、ここは友人のためと我慢して羊になってくれるようだ。
「まったく、人を狼だと思っているのか、おまえらは」
「狼さんならば躾けられますが、ルクスさんを矯正するのは神様でも不可能です」
「そりゃあな。人類の半数は女、そのうち恋愛適齢期の女が5分の1はいるとしたらゆったりしているわけにはいかない。毎日デートをしたって全員とは付き合えまい」
「…………」
ここまで女好きなのはある意味あっぱれであるが、ともかく、次のダンスパーティーで彼と踊らなければいけない。そんな決意を込めるがそのように闘志を燃やしているとダンスパーティーの日が近づいてくる。
当日、メイドのクロエによって用意されたドレスを纏う――前にコルセットをする。
コルセットとは女性を締め上げる拷問器具のようなものだ。ウエストにくびれを人為的に作り出す器具で、ぎゅーっと締め付けられる。どれくらい締め付けられるかといえば通常の呼吸が出来ないほどの締め付けで、コルセット専用の呼吸法がある。エリザベートはマスターしているが、カレンはまだ馴れていないようだ。
ちなみになぜカレンがエリザベートの家にいるのかといえばそれはドレスを貸すためであった。彼女は裕福ではないため、ドレスを持っていない。なのでエリザベートのドレスを貸すことになったのだ。幸いと体型はほぼ同じなので着回しが可能であった。
カレンにはひまわりのような黄色いドレスを貸し、エリザベートは白い紋白蝶のようなドレスを着る。次いでクロエに髪を結い上げて貰うとふたりの美しい淑女の誕生だ。なかなかに美女力が高いと自負していると迎えの馬車がやってくる。
それに乗ってダンス会場のパーティーに向かうが、エリザベートはそこで事件に巻き込まれることになる。




