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レナードと手合わせ

 平穏な生活を送れるのは学院生活だけ、それ以外ではエリザベートは修羅の道であった。


 魔王を討伐するための部隊のリーダーなのである。


 頼りない聖女様とその騎士たちを鍛えて魔王を討伐させる責任がエリザベートにはあった。


 というわけで近衛騎士団長ゲオルグが提案してきた演習場へ向かう。


 ちなみに授業をすっぽかしての演習であるが、学院長の許可を得ているので出席扱いにしてくれるのだそうな。持つべきものは話の分かる学院長である。


 さて、ゲオルグの指定した演習場所は王都より半日行った場所にある平原だった。


 魔王との会戦はあらゆる場所が想定されるが、もっともポピュラーな平原戦を想定するとのことだった。 


 ゲオルグいわく、


「魔王軍と戦うのに市街戦は想定したくない」


 とのことであった。市街戦になれば市民に犠牲が出るからだ。


 心優しき団長様であるが、エリザベートも同じ考えを持っていた。

 

 平原や森、山岳地帯で決戦を挑みたい。


 そんなふうに意志を共有すると平野で演習は始める。


 仮想魔王軍は赤いはちまきを頭に巻き、木刀で実戦練習を行う。


 あるいはもっとダイレクトにレベルを上げたいものは召喚士に魔物を召喚して貰う。実戦を通して実力をアップさせるのだが、聖女カレンはレウスとセシルに守られながら魔物を倒していた。彼女の場合、剣の稽古をさせても無駄だし、魔物と実戦を積んで経験値を分けてもらったほうがレベルアップは早いだろう。


 彼女のレベルはまだ10に届かないが、30、40になれば高位の光魔法を覚え、戦力の要となるはずであった。


 小高い丘の上から演習を観察していると氷の騎士レナードがやってくる。


「いいご身分だな。私たちがこれほど気合いを入れて稽古をしているというのに」


「ここならば皆さんの動きを逐一観察できますから」


「それでなにか収穫はあったかね?」


「やはり四騎士の皆さんは兵士たちとは素養が違いすぎますね。皆、優秀です」


「まあ、これでも幼き頃から鍛錬を欠かさなかったからね」


「兵士さんはレベルが高い人もいれば低い人もいます。玉石混淆といった感じです」


「それで俺たちは魔王討伐できそうか?」


「それは……」


 わたしよりも黒猫のルナに尋ねるべきだろう、彼の表情を覗き込む。


『魔王と対峙するには最低でもレベル50はほしいところだね』


 それをそのままレナードに伝えると、


「それではまだまだ精進しないといけないな」


 と苦笑いを漏らした。


 ちなみにこの演習で一番レベルが高いのはゲオルグでレベル40だった。四騎士たちは似たり寄ったりでレベル10台をさまよっている。カレンに至っては10未満だ。まあ、もっとも魔王復活まであと三年近くあるのでそんなに慌てる必要はないが。


「本当ならば最果てのダンジョンに特攻させて生き残ってきたものだけを育てたいのですが……」


 そんなスパルタは許されないらしい。


 さて、このように演習を見学しながら時折、エリザベートも魔物を召喚する。ワイバーンやキメラなどを召喚して戦わせ、レベルアップの手伝いをする。


 この程度の魔物でも兵士たちは徒党を組まなければ倒せない。四騎士たちでさえそうだ。エリザベートから見れば歯がゆいばかりであるが、ここで焦っても仕方ないと我が子の成長を見守るようにしていると土の騎士ルクスがやってきた。


「おい、レベル99女」


 周りをひょいと見回すが、女もレベル99もエリザベートだけであったので問い返す。


「ルクスさん、なにか用ですか?」


「おまえ、マリアンヌになにか入れ知恵をしただろう」


「ぎくり」


 と擬音で返してしまうのはエリザベートの浅はかさだった。


「やはりな。おまえの入れ知恵か。どうしてくれる。先日からマリアンヌの告白攻勢が鳴り止まないぞ」


「お付き合いすればいいではありませんか。マリアンヌさんは可愛いし、それに家格も釣り合いが取れます」


「あの娘と付き合ったら最後、もはや他の女に声を掛けることすらかなわなくなる。それは俺にとって拷問だ」


「色々な花々を愛でるのはいいですが、そろそろ腰を落ち着けてはいかがですか?」


「いいや、無理だね。まったく、本当に面倒な女だな、おまえは」


「はあ、竹を割ったような性格と言われますが」


「愚直すぎる。方便という言葉を知らないのだ」


「根が真面目なのでしょう」


「まったく不愉快だ。というわけでおまえに勝負を申し込む」


「まあ」


「一度、おまえと戦ってみたかったのだ。レウスは一撃でやられたが、俺〝たち〟はどうかな」


「たち?」


「一対一では敵わないのは承知だ。しかし、二対一ならばどうかな」


 格好を付けながら言う台詞ではないような気がするのだが、突っ込んだから負けだろう。


「一対一で敵わないならば共闘。いい判断です。そもそも魔王討伐はチームワークが大事ですから」


「ならば受けてくれるか」


「はい」


「ちなみに二人目の決闘者は私なのだよな?」


 と呆れるは氷の騎士レナード。


「ああ、そうだ。おまえもこの娘と直に戦ったことはないだろう」


「ああ、レウスがぼこられるのを横から見ていただけだ」


「しかし、おまえも騎士、その手のひらは熱くなっていたんじゃないか?」


「…………」


 沈黙をしたのはその通りだからだろう。


「たしかに私もエリザベートの力を見て興奮したよ」


「騎士とはそう言う生き物だ。強者を見ると興奮する」


 どうでもいいが、乙女を見て興奮するを連呼しないでほしい。


「分かりました。おふたりの相手をしましょう。ここでわたしの力を見せつけておくのも悪くはありません」


「ほほぉ、ずいぶん余裕だな」


「当たり前です。今のあなた方ならば束になって掛かってこられてもダメージを受ける気はしません」


「それはどうだか分からないぞ。さて、勝負は木剣でいいか?」


「ご自由に」


「勝敗は『まいった』というか、あるいは気絶したほうが負けだ」


「ならば手早く『まいった』と言わせて見せましょうか」


 そのように言うと剣を構える。氷の騎士レナードは正眼、土の騎士ルクスは大上段に構える。どちらも王道の構えだ。ちなみにエリザベートはただ剣を右手で持っているだけだった。エリザベートは剣術の稽古をしたことがないのだ。しかし、それでも後れを取ることはない。


 レナードが右側、ルクスが左側から同時に斬り掛かってきても、それぞれの剣をいなし、鋭い反撃をすることが可能だった。



 ごわん!



 木剣とは思えないような風圧を巻き起こす。


「こんな一撃を食らったら即座におだぶつだ」


「まったく、女、いや、生物とは思えないな。破壊神のあだ名は伊達じゃない」


 ふたりはそのように言いながらもエリザベートの一撃を避け続ける。


 レウスは直情的で動きやすい単純な剣技であったが、このふたりは知性派で直線的な動きはせず惑わせるような動きをしてくる。魔物とは違った知性ある動きに戸惑い、何発かいい一撃を貰ってしまう。


「あなた方は頭がいいです。知性ある動きをしています」


「レウスのようには行かないだろう」


 レウスディスりであるが、レウスが弱いわけではない。要は相性なのだ。レウスとエリザベートは同じパワー系の闘士(ファイター)であるゆえ、単純に実力差が出やすいのだが、このふたりは知性派でありかつ技術派なのでレベル差以上に健闘できるというからくりがある。


 レナードはレイピアを使って流線的動きをし、ルクスはロングソードで幻想的な動きをし、エリザベートを翻弄した。なかなかこちらの攻撃が当たらないが、膠着状態は永遠に続かない。レナードとルクスに疲労の色が見え始めたのだ。


 そりゃあエリザベートの致死性の一撃をかわし続けたら気力もすり減る。体力も普段より消費するに決まっていた。奇策になれ始めたエリザベートの一撃がレナードの肩口を捕らえると彼は吹き飛ぶ、そして返す刀でルクスの喉元に木剣を突き立てる。


「ま、まいった」


 こうして騎士との勝負は終わった。なかなかに面白い勝負だったが、やはりレベル99のエリザベートの敵ではなかった。軽く一汗かいたエリザベートは、


「さあ、皆さんにはもっと強くなって貰いますよ。せめてわたしに1以上のダメージを与えられるようになってくださいね」


 そのように言うとレナードとルクスは、


「そんな日が来るのだろうか……」


 とため息を漏らした。

「面白かった」

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