コミック1巻発売記念『バレンタインSS』
※ディアとアーノルドが結婚したあとのお話しです。王位はまだ継いでおらず、アーノルドは王太子、ディアが王太子妃になっています。
ディアは、雪景色が広がる窓の外を見て、一人ため息をついた。
(まさかこんなに雪が積もるなんて……)
この国では、冬になっても雪が積もるほど降ることはなかった。それなのに、今、窓の外には白銀の世界が広がっている。
(今日は、せっかくアーノルドとおでかけができる日だったのに)
おでかけといってもいつもの視察で遊びに行くわけではない。それでも、アーノルドと一緒に外出できる貴重な時間だ。
「はぁ……」
昨晩、雪が大量に降り積もってしまったため、今日の視察の予定は全て延期にされてしまった。
しかも、この雪のせいであちらこちらでトラブルが起こってしまい、アーノルドは忙しそうだ。
ぼんやりしているディアに、優しく声がかけられた。振り返ると、ディアの専属メイドから侍女になったエイダが「温かいお茶でもいかがですか?」と聞いてくれる。
「そうね、いただくわ。もちろん、エイダも一緒よね?」
そう尋ねるとエイダは「はい、ご一緒いたします」と微笑んだ。
エイダと二人でお茶を飲みながら、ディアは「冬って、もっと楽しいことがたくさんあったような気がするんだけど」とつぶやいた。
「楽しいこと、ですか?」
「そう、ワクワクするようなキラキライベントが」
「冬の一大イベントといえば、女神様にお祈りしに神殿に行く、とかでしょうか?」
「いや、そういうのじゃなくて」
エイダの言うとおり、この国のイベントといえば女神を讃える神事なことが多い。
(あ、ということは、このイベントの記憶は前世の記憶なのね)
神々がこの世界から去り、ディアの前世の記憶もあいまいになってしまった。モヤがかかる記憶を必死に探る。
「えっと、冬のイベントといえば、白い髭のおじぃさんが深夜に家に忍び込んできて……全身が真っ赤で」
「ひっ!? こ、怖いお話ですか?」
「違うの。角が生えた動物が、そのおじぃさんを乗せて空中を飛びまわって」
「では、神話のお話ですか? 私は聞いたことありませんけど……」
「そうよね」
前世のイベントをこの国で再現するのは難しい。
(もっと単純で楽しいイベントはなかったかな?)
記憶をさぐっていると、色とりどりの小箱が見えた。小箱を開けると、ツヤツヤのチョコレートが上品に並んでいる。
「あっそうだわ、バレンタイン!」
「ばれんたい、ってなんですか?」
「確か好きな人にチョコレートを贈るイベントだったはず!」
「そんなイベントが!?」
目を見開いて驚くエイダに「もちろん、他の国の話よ」とごまかしておく。
「とっても、素敵ですねぇ」
「この国でも流行らないかしら?」
「それは、王太子妃であるお嬢様が……あっ、すみません!」
長年『お嬢様』と呼び続けていたエイダは、今でも二人きりのときにときどき間違って呼んでしまう。
「いいの。だって、エイダに『王太子妃殿下』なんて呼ばれたら寂しいわ。二人のときは、今まで通りお嬢様って呼んでね」
「はい」
ニコリと微笑むエイダは、話を再開する。
「ばれんたいんのことですが、お嬢様発案ならすぐに広がると思いますよ」
「そうかな? 実は、バレンタインは、女性からも好きな人に贈っていいの」
「それは画期的ですね!」
女神アルディフィアを信仰するこの国では、女性は清楚でつつましやかなことが良しとされている。
(まぁ、女神が現れなくなって神殿の力が衰えたから、そういう考えもだいぶ薄れてきたけどね)
「もちろん、男性から贈っても良いんだけど、せっかくだから、私からアーノルドに贈りたいわ。エイダ、手伝ってくれる?」
「はい、すぐに最高級のチョコレートを取り寄せて……」
張り切るエイダを、ディアは止めた。
「あ、そうじゃなくて、手作りしたいの」
「え?」
せっかくアーノルドにプレゼントをするなら、手作りチョコを渡したい。
「手作りといっても、チョコを溶かして固めるだけだけど……」
「ええ!? それって、お嬢様が厨房に入るってことですよね?」
エイダの顔は真っ青になっている。
「ダメかな?」
「ダメに決まっています!もし、お嬢様がケガやヤケドでもされたら……」
「そうよね……」
(もし私がケガでもしたら、お付きのエイダはもちろん、厨房関係者も罰せられてしまうものね。公爵令嬢時代も厨房には入れなかったのに、王太子妃になった今、入れるわけがないか)
「んー……」
窓の外は雪が静かに降り積もっていた。この寒さの中、アーノルドは公務を頑張っている。
「あ、そうだ!ねぇ、エイダ、あのね――」
ディアがエイダに耳打ちするとエイダは「それならできそうですね」と瞳を輝かせた。
一時間後。
ディアとエイダは、熱々のミルクとチョコレートを準備していた。
エイダがカップにミルクをそそぎ、そこにディアがチョコレートを入れていく。
スプーンでかき混ぜると、温かいホットチョコミルクのできあがり。
試しに飲んでみると、まろやかな甘さが口に広がり、身体がポカポカと温まる。
「うん、おいしいわ」
「本当に、おいしいですねぇ」
同じく味見をしていたエイダの頬が、ほんのりと赤く染まっている。
「じゃあ、他のメイド達もよんで、たくさん作って、皆に差し入れしましょう」
「はい!」
それからは、女性達でワイワイとホットチョコミルクを作り、王宮中の人に差し入れとして配ってもらった。
その際に「これは、バレンタインというイベントで、本来なら好きな人にチョコレートを贈る日だ」という説明をするようにお願いした。
メイド達は「任せてください」と楽しそうだ。
エイダと二人でアーノルドの執務室に向かいながら、ディアは微笑んだ。
「これで冬に楽しいイベントができたらいいんだけど」
「さっき、さっそくメイドの一人が想い人にホットチョコミルクを差し入れして告白していましたよ」
「フフフ、これは流行りそうね。そうと決まれば私達も」
ディアは、ティーセットを運んでいるワゴン(ティートローリー)から、カップをひとつとるとエイダに手渡した。
「はい、エイダも好きな人に差し入れしてね」
「えっ!? お嬢様!」
驚くエイダからワゴンを奪うと、ディアはアーノルドの執務室に入って行った。
アーノルドの側近に確認したところ、ちょうど会議が終わったところで入っても問題ないらしい。
執務室の中では、アーノルドを囲んで数人の貴族が集まっていた。皆、王太子のアーノルドに忠誠を誓っている若い貴族たちで、その中にはディアの兄ベイルの姿もあった。
人が入ってきた気配を感じたのか、一斉にディアに視線が向く。
「ディア、何かあったの?」
アーノルドが席から立ち上がった。
「忙しいときにごめんなさい。温まる差し入れを持ってきたの。よろしければ、皆さんもどうぞ」
ひとつだけカップを取ると、ディアはアーノルドに手渡した。
「これはね、バレンタインという他国のイベントがあって、その日は好きな人にチョコレートをあげるの。だから、はいどうぞ」
少し驚いた顔をしたアーノルドは、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「ありがとう」
カップを受け取ったアーノルドは「少し休憩しよう」と貴族達に言った。
その言葉を聞いた貴族達は肩の力を抜いてディアが運んできたワゴンに集まってきた。
「ホットチョコミルクです。甘いのが平気な方だけどうぞ」
兄のベイルが、鋭くホットチョコミルクを睨みつけている。
「ベイル卿は甘いものは、お嫌いでしたか?」
ここは実家のぺイフォード領でもないし、他にも人がいるので、『お兄様』ではなく気をつけて呼ぶと、ベイルは「王太子妃殿下、そのばれんたいん、とは?」と眉間にシワを寄せながら質問してきた。
「バレンタインは、他国の恋人達のイベントです。好きな人にチョコレートを贈る日ですよ」
「……なるほど」
うんうんとうなづくベイル。
もしかしたら、愛妻のセシリアにチョコレートを贈るつもりなのかもしれない。
「では、私はこれで失礼しますね」
アーノルドの耳元で「頑張ってね」とささやいてからディアは執務室をあとにした。
このホットチョコミルクを差し入れする作戦は大成功で、夕方になるころには、王宮中に広がっていた。
次の日になると、貴族だけではなく、民の間にも広がったようだ。
その際に、チョコレートは高いので、ミルクと雪の日にちなんで『甘いものや、白いものならなんでも贈って良い』というように変化していった。
こうして、この国独自のイベントが少しずつ増えていくのかもしれない。
三日もたてば、積もった雪も溶けて、元の日々へと戻っていく。
ようやく時間がとれたアーノルドは、ディアの自室でホッとため息をついた。
「こんなに雪が降るなんて、誰も思っていなかったね。雪のせいで交通機関は使えなくなるし、事故も多発して大変だったよ」
「お疲れ様」
アーノルドの横に座ると、ディアはギュッとアーノルドを抱きしめる。
「頑張ってくれてありがとう」
「ディア……」
結婚前はあれほど赤面して動揺していたアーノルドは、ニコリと微笑むと余裕の表情でディアをギュッと抱きしめ返してくる。
「ディアも差し入れをしてくれてありがとう。皆、疲れていたから、甘いもので気分が明るくなったよ」
アーノルドは、「はい、どうぞ」と真っ白な小箱をディアに手渡した。
「これは?」
「チョコレートだよ。本当は自分で買いたかったんだけど、ムリそうだから、ベイルに手配を頼んだんだ。それ、この国で一番高いチョコレートなんだって」
「高級チョコってやつね」
言われてみれば、真っ白な小箱には光沢があり高級感が漂っている。箱を開けると、ホワイトチョコが入っていた。
「うわぁ……食べていい?」
「もちろん、と言いたいところだけど」
アーノルドは小箱の中のチョコレートをひとつつまんだ。
「ディア。はい、あーん」
キラキラ王子様スマイルを浮かべながらそんなことをしてくる。
「……う」
「ディア? 嫌?」
「嫌じゃないわ」
大人しくあーんと口を開けると、コロンとチョコを口の中に入れられた。
「おいしい?」
「うん、すごく!」
「じゃあ、僕も食べさせて?」
「うっ」
(まぶしい! アーノルドがまぶしすぎるわ!? あんなに照れ屋さんだったのに、いつの間にこんな風なキラキラ王子様になってしまったの?)
ドキドキしながらアーノルドにチョコを食べさせると、アーノルドはふわりと笑う。
「僕たち、前にも、こんなことがあったね。あのときは、すごくドキドキした」
「今はもう、私に慣れちゃった?」
そうだとしたら、信頼されているようで嬉しいような、少し寂しいような気持ちになってしまう。
アーノルドは、「まさか」と首を振った。
「もちろん、今もドキドキするけど、最近は、恥ずかしがっているディアが可愛すぎて……」
「じゃあ、アーノルドは私が恥ずかしがるようなことを、あえてしているってこと!?」
「まぁ、それも少しあるかな?」
クスクスと笑うアーノルドが可愛いやら憎らしいやらで、ついにらみつけてしまう。
驚いたアーノルドは「ごめん、怒った?」とすぐに謝ってくれた。
「怒ってないけど、複雑だわ」
「そっか、ごめんね。これからはしないように気をつけるよ。でも……」
「でも?」
「この前、ベイルが言っていたんだけど、『妻セシリアは怒った顔も愛らしいんです!』って力説していて、その気持ちが今わかってしまったよ」
(お兄様……アーノルドに何を言ってるの?)
ディアがあきれていると、優しく手をにぎりしめられた。
「バレンタインのことだけど、この前、僕が話していた、冬の経済の落ち込みの解決案、だよね?」
「うん、そう」
この国では、雪はめったに降らないが、他国ではそうでもない。
冬になれば、国交が少なくなり、輸入も輸出もどうしても減少してしまう。
冬は人々は家にこもりがちで、経済が滞ってしまうので、どうにかできないとかと前に二人で話していた。
「効果があるのかはわからないけど、楽しそうなことをすれば、人もお金も動くかなって思って」
アーノルドはいつもニコニコしながら話を聞いてくれる。
「僕の側にいてくれるだけでも嬉しいのに、いろいろ考えてくれてありがとう」
「私、アーノルドのお役に立てているかしら?」
「もちろん」
ゆっくりとアーノルドの端正な顔が近づいてくる。唇が重なると、どちらのものかわからないチョコの味がした。
おわり
読んでくださり、ありがとうございます。
2023/2/15にこの作品のコミカライズ、コミックス1巻が発売します。
同時発売で、兄ベイルのお話『やり直し転生令嬢~』のベイル編(旧題:地味令嬢が氷の騎士様に溺愛される方法~私の推しはあなたの妹です~)』の書籍も発売です。
どうぞよろしくお願いいたします!
3/3追記:この次のページからいただきもののイラストを掲載しています。




