元・高校生活14日(病院に戻りました)
いつもありがとうございます!
最終回間近!
ラストまでお付き合いいただけると嬉しいです!
日曜日の午後は車に揺られて、早三時間ほどが経った。
私が入院していた街の大学病院に戻る途中、街の景色はとても美しく見える。
……何故かしら。二週間ほど離れていただけなのに。
病院の玄関に着きタクシーのドアが開くと、目の前には見慣れない男性が立っていて、その人は私を見ると頭を下げた。
「『普津沢』といいます。うちの峯岸から、弥生さんを病室まで送るようにと頼まれていました。お荷物をお持ちしましょう」
「あら、ありがとうございます」
自力で歩けるようになったと言っても、私は荷物を簡単に持つことができない。本当に助かるわ。
ちゃんとアフターケアもしていただけるなんて……梅先生の組織はきっと大きな『医療ボランティア』系の組織なのねぇ。
普津沢さんは見かけによらず力持ちで、ひょいひょいと荷物を持って病室に運んでくれた。
「どうも、助かりました」
「いいえ、こちらも仕事なので。あぁ、あと少しだけお時間よろしいでしょうか? これからの補助サービスや謝礼のことで、色々と書類にサインをいただきたいのです」
「えぇ、大丈夫ですよ。どうぞ……」
病室に備え付けのイスとテーブルに促すと、普津沢さんは自分の鞄からファイルを取り出し、次々に書類を出してくる。
「あら、これ全部にサインですか?」
「内容は私が説明いたしますので。もし、途中でお疲れになった場合は、また明日にでもこちらに伺います」
まぁ……二日も通うのではお仕事に支障が出そうね。
よし! 頑張って全部書いてしまいましょう!
「頑張ります!」
「あはは……どうか、ご無理はなさらずに」
大丈夫よ。数学のテストよりは簡単だわ。
張り切って書類を読み始めた時、私の目は老眼鏡を掛けていなかった。それに気付いたのは、書類の半分が過ぎた頃に「目、疲れないですか?」と普津沢さんに尋ねられた時。
目が…………若返っている?
まだ高校生の私が中にいるようで、ちょっとだけ嬉しくなった。
二時間後。
普津沢さんが一つ一つ教えてくださったおかげで、書類は思ったよりも早く書きあがった。
「はい、ご苦労様です。これで、弥生さんの検体としての実験は終了となります。あ、念のため……一つだけ、確認させていただきたいのですが……」
「はい。何でしょう?」
「今日、たった今から、貴女の実験のことは公には極秘事項として扱われます。突き詰めて言ってしまうと、貴女はもう、肘川とは何も関われない人間になります」
「そうですね」
「“16歳の『弥生 明乃』の姿”は、今後一切、公では使えません。貴女が思い出す範囲内のことだけです。もちろん、貴女は写真をSNSにあげたりもできません」
「ええ、解っております」
普津沢さんの確認は、若返る際に取り交わしたことをなぞっていくように思えた。
「……いいですか? “16歳の姿”はもう、戻ることも晒すことも許されません」
「…………え、えぇ……」
くどいくらいの確認。
「“姿”……です。そういえば、肘北の子たちは元気でしょうか?」
「……なん………………あっ!!」
私があることに気付いてハッとする。普津沢さんは私の顔を見て、ニコリと爽やかに微笑んだ。
私が思っていることを、普津沢さんが言っているのだとしたら……
「あの……若返ることはありませんが、若いつもりで暮らすことは……?」
「それは気持ちの問題ですから大丈夫です……良い『便り』が送れると良いですね。では弥生さん、どうかお元気で長生きされてくださいね」
「ありがとうございます。梅先生によろしくお伝えください」
普津沢さんは部屋の入り口で、深々とお辞儀をすると静かに去っていく。
病室に独り残された私は、彼が運んでくれた荷物を広げた。
「確か……茉央ちゃんたちがくれたものに…………あったわ!」
キレイな包装紙が掛かった贈り物。
まだ開けてはいなかったのだけど、そこにはカードが張り付いている。
『明乃ちゃん、元気でいてね!』
表にはこの一言だけ。
でも、これは茉央ちゃんたちらしくない。
「きっと、あの子たちなら……」
ぺりりり……
カードを剥がして裏返すと、
『明乃ちゃん専用!!
恋・勉強・おしゃれ・人間関係など
お困りのことがあったら
こちらまで!!
↓↓↓↓↓
専用フリーダイヤル(笑)』
「連絡先…………」
実は私は携帯を持っていない。だから、滞在期間中に連絡の交換はしていなかった。
そして、短い間に消える私に連絡をとりあうつもりは…………いいえ、本当は携帯を使いこなせるか、ちょっと怖かったの。
「茉央ちゃん……美穂ちゃん……」
たった二週間。
その二週間で得たものの大きさが、何物にも換えがたい。
そう思ったら、たまらず病室を飛び出していた。
長い廊下をフロアの突き当たりの、公衆電話が置いてある場所へ向かう。
………………よし、決めたわ。
深呼吸してから受話器を取った。
ピ……ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…………
一つ一つ、丁寧に番号を押す。
――――私はまた、新しいことを始めてみよう。
プルルル……プルルル……
「ふふっ……」
思わず、独り笑い声を洩らす。
呼び出し音が長く感じられたのは、私がワクワクしているせいだと思った。
土曜日、夜。
組織の休憩室。
峯岸「おい、ダルダルマイスター。腹はへってないか?」
浅井・兄「なんですか、梅先輩?」
峯岸「ここに大量の唐揚げやら、サンドイッチやらがあるのだが……」
浅井・兄「うお、旨そう!……って、これ?」
峯岸「足立と篠崎が作ったそうだ」
浅井・兄「リア充の施しなら受けないっすよ……」
峯岸「違う。弥生くんのお別れ会が中止になってな……弥生くんもまだ寝ている。今から私はマンションへ行かなければならない」
浅井・兄「あー……、予定より早く戻ったんでしたっけ?でも、あの子可愛いかったですよねー。おばあちゃんじゃなくなったら、付き合いたかったです!」
峯岸「…………ない…………」
浅井・兄「あ!うそうそ!まさか、検体に手は出さないですよー!」
ダルマイが慌てて首を振る様子に、峯岸は苦笑いをする。
峯岸「いや……そうではなくだな…………なぁ、もしも『このまま若返ることができる』と言われたら、お前は若返るか?」
浅井・兄「え?そりゃあ、若返りますよ。だって、今まで悪かった身体も健康になるんだし」
峯岸「……家族を捨てても?」
浅井・兄「……………………」
一瞬、場は何ともいえない空気になった。
浅井・兄「…………先輩、それはないっす」
峯岸「ん?」
浅井・兄「家族と天秤に掛けるのは…………無情っす。家族を大切に思っている人間には、そんなの『若返る方を選ぶな』と言われているようなもんです」
峯岸「そう……だな。きっと弥生くん……いや、弥生さんは若返えらないな。普通は、ないよな……」
何となく落ち込んで見える峯岸。
浅井・兄「梅先輩、何言ってんですか!!」
峯岸「うん?」
浅井・兄「先輩が『普通』を語っちゃダメっす!!というか、『IGA』の人間が『普通の尺度』になっちゃダメですよ!!」
峯岸「フッ……熱いな。サンドイッチがホットサンドになりそうだ。だが、お前の言う通りか」
浅井の前に缶ビールを差し出し、峯岸は苦笑する。
峯岸「もしも、弥生さんが『若返る』方を選べば、彼女は我々の一員だ。選らばなければ、普通の生活に戻っていくだけ」
浅井・兄「……先輩、弥生さんが我々を選ばないだろうというのが、寂しかったんですか?」
峯岸「フフ……寂しい?まぁ、多少はな。だが、私が少しばかり凹んでいたのは、もっと崇高な理由だ」
浅井・兄「理由とは?」
今度はニヤリと不敵に微笑む。
峯岸「私の『ロリニナール改』の効き目が、予想より短かったことに落ち込んでしまったのだ。本来なら、一分一秒たりともズレてはならないというのに……」
浅井・兄「あー、そっちですか。それの方が梅先輩らしいっすね。普通じゃないです」
峯岸「フッ。他には言うなよ」
浅井・兄「了解っす!」
もう一つ缶ビールを追加し、峯岸は休憩室をあとにした。
峯岸「……そういうことにしてもらうか」
“無意味な選択肢”
そんな言葉が頭を過る。
峯岸「もし……明乃くんが我々を選んだら……」
………………愚問だ。
峯岸「普津沢先輩に、元の病院に戻る書類を用意してもらうか……」
窓の外には星も見えないような、真っ暗な空が広がるばかりだった。




