元・高校生活13日(最後の役目)③
お読みいただき、ありがとうございます。
今回で『肘川編』は終わりです。
最終回はもう少し続きます。
それは長い長い夢のようで、とても醒め難く、ずっと眠っていられたらと願わずにはおれないことでした。
しかし、夢とは……すがって生きていくには、あまりにも脆く儚いものなのです。
だから私は現実に向き合いました。
だってそうでしょう?
私に楽しさを教えてくれた友人たちは“夢”ではなく“現実”を生きているのだから。
……………………………………
…………………………
土曜日の午後。晴天の下、大通りを二人の少女が笑顔で話しながら歩いているのが見えた。
一人は、くりっとした大きな瞳とセミロングの髪の毛、世間でいう『ナイスバディ』と呼ばれるスタイルの持ち主。
もう一人は、艶やかな黒のロングヘア。大和撫子と言ってもいいような、楚々とした大人しめの美少女。
「明乃ちゃん、急に具合が悪くなったって言うけど……最後に一目くらい会えるかな?」
「どうかな? でも、まだマンションにいるかもしれないし、ダメ元で行ってみよう!」
二人はこれから去り行く友人に会いに行く。
以前、聞いていた情報を頼りに、友人である“彼女”に会いに行こうとしているのだ。
この二人は、近くにある『肘川北高等学校』の生徒。
これから起きる運命をまだ知らない。
――――――だから、止める。
「あの……すみません。少しよろしいですか?」
「「え?」」
少女たちは大通り歩道の真ん中で呼び止められ、声の主の方へ振り向いた。振り向く姿はとても嫋やかでキレイ。
「もしかして……『足立 茉央』さんと『篠崎 美穂』さんかしら?」
「は、はい……」
「そうですけど……?」
急に名前を呼ばれて少し警戒する様子を見せるが、私はできる限り優しく微笑んで静かに話すように心がけた。
「私は…………」
――――――その時、
バタバタバタバタ…………
上空からアーミーグリーンの軍用ヘリが二機、迫って来るのが見える。
ボンッ!! バサァッ!!
大通りの真ん中に大きなネットが張られ路を塞いだ。
キキキキキキィィィッ!!
そこへ暴走した大型トラックが、白煙をあげてカーブを曲がって向かってきて…………
ザバァァァァァッ!!
バタバタバタバタバタバタ…………
トラックはネットに掛かった途端に、ヘリ二機によって持ち上げられた。
……確か、あのネットは強力な特殊金属ワイヤーで編んでいると、梅先生が言っていた。
バタバタバタバタバタバタ…………
まるで網に掛かったクジラのように、トラックを持ち上げてヘリ二機は夕方前の空の彼方へ消えて行った。
その光景に、頭の中ではワーグナーの『ワルキューレ騎行曲』がBGMとして響きわたっている。
一体、どんな力が働けば軍用ヘリが一般人のために動くのだろうか?
ダメよ……梅先生のやることに突っ込みはなしよ。きっとそれは『部外者』となった私が、考えてはいけないことなのだから。
トラックが速やかに退場したことにより、少女二人の背後に揺らめいていた“黒い靄”が消えていく。
これでもう、この子たちは大丈夫。
「あの……?」
少女二人はキョトンとした表情で、遠い彼方を見詰めている私に声を掛ける。彼女たちは今、背後で起きたことを知らずにいるのだから仕方ない。
「あ……ごめんなさい。私は『弥生 明乃』の祖母です」
「えっ!?」
「明乃ちゃんの!?」
あらかじめ考えておいたセリフを言い放つ。
そう……彼女たちの目の前に立つ私は『70歳のおばあちゃん』だ。彼女たちには16歳の『弥生 明乃』とはまったくの別人。
私は失った時間を取り戻そうとはしなかったのだ。
しかし以前の私とは違い、若い身体で鍛えた私の基の筋力は車椅子を必要としなくなった。自力で立って歩けている。
これを新しいリハビリに活用しようとするのは、とても素晴らしいことだろう。
「急にごめんなさいね。明乃があなた方が来てくれるかもしれないと、そう言っていたから伝言のために待たせてもらっていたの」
「伝言……って、明乃ちゃんは? もう行ってしまったんですか?」
「えぇ、申し訳なく思っていたわ……」
ごめんなさい。まともにお別れもできなくて。
「明乃がね、二人やクラスの皆にとても優しくしてもらって、楽しく過ごさせてもらったと言っていたわ。ありがとう。あの子と一緒にいてくれて……」
二人にはこう伝える。
明乃は元々身体が弱くまともに学校へ通えなかったため、峯岸先生が作った薬によって二週間だけ高校生活をできるようになった……と。
「これは峯岸先生が極秘で行った薬の実験なの。被験者の居場所も秘密になるから、あなた方と明乃とはもう会えない。でも、本当に感謝をしていることは伝えたかったの」
「会えないって……そんな……」
「せめてメールとか、電話で話すくらいは?」
「ごめんなさい……もう直接は……だから、最後に私が代わりに来たの」
「そんな……明乃ちゃん……」
美穂ちゃんが涙をこぼす。
「もし……何か伝えることがあれば、私が代わりに聞きます。一字一句、残さず伝えるわ……」
疑問でも、恨み言でも何でも。
「一字一句……」
茉央ちゃんが呟きながらまっすぐに私を見る。
「本当に、一字一句伝えてくれますか?」
「えぇ、間違いなく」
一言も洩らさず聞くから。
「私……私たち、明乃ちゃんのこと大好きです。最初に来たときも…………」
茉央ちゃんと美穂ちゃんが話し始めた。
初日、私を見て『とても可愛い』と思ったし、仲良くできると確信したということ。
お弁当の中身を皆で研究して、私が珍しそうな顔で楽しく作っていたこと。
体育を一生懸命頑張って次の日に筋肉痛になっていた私。その姿がちょっと可愛いと思ってしまったこと。
皆で温泉に行って何度もお風呂に入って牛乳を飲んだり、卓球したり肝試しで大変な目にあったりしたけど、色々な私を知れて嬉しかったこと。
その他、恋や生活の話で盛り上がったり、何でもないようなことでビックリしていたり、自分たちとは違う反応が楽しくて心地好くて…………
「……だから……ひっく、うぅ……またどこかで、会えたら……ひっく……」
「うっ……うぇええ……明乃ちゃん……うぅ~……」
気付けば、彼女たちは素直に泣いていた。
あぁ、こんなに想ってくれたなんて……私はなんて幸せ者なのでしょうか。
「…………ありがとう……」
思わず、心からのお礼を言っていた。
涙も出そうだったけど、それは堪えて精一杯笑ってみよう。
――――本当にありがとう。さようなら。
心の中で呟いた。
その時、茉央ちゃんが目を見開いて、私の顔をまじまじと見詰めてくる。そして、何故か驚いたように口を開いた。
「――――“明乃ちゃん”?」
「…………え?」
一瞬、ドキリと心臓が跳ねる。
「え、あ……すみません。おばあさんの笑い顔が、明乃ちゃんとそっくりだったから…………いえ、そういえば、おばあちゃんと孫ですもんね……?」
茉央ちゃんの言葉に、美穂ちゃんも私の顔を見詰めていた。
「「……………………」」
そして、何故か二人は顔を見合わせると、お互いに頷いて再びこちらに向き直る。
「あの……あつかましいお願いですけど……聞いてもらえますか?」
「何かしら? 遠慮せずにどうぞ」
「おばあさんのこと、明乃ちゃんの代わりに……ハグしていいですか?」
「わ、私も! おばあさんのこと、明乃ちゃんと思って……!」
この申し出に私は戸惑う。
「え、ええ? 私を? 私でいいの?」
「「もちろん!!」」
涙に濡れたキラキラした瞳で言われたら、断ることなんてできないわね。
「こんな、おばあちゃんで良かったら……どうぞ」
「じゃあ、失礼します!」
「……失礼します!」
ぎゅううう……
私より少し背の低い彼女たちは、しっかりと、でも締め付けない程度に私を抱き締める。
…………温かい。
身も心も、温かい布で包まれた気分。
とても落ち着く。
「…………“明乃ちゃん”。また会いに……ううん、メールくらいはしてほしい。声も聞かなくていいから、元気だと伝えてほしい。だから…………」
美穂ちゃん?
「私、例え“明乃ちゃん”がどんな人でも、どんな姿をしても“明乃ちゃん”だって思える。だから…………」
茉央ちゃん?
「「……だから、友達やめないで!」」
「…………茉央ちゃん……美穂ちゃん……?」
私は迂闊にも二人の名前を呼ぶ。溢れそうな涙を必死に堪えて、心からの言葉をやっと言う。
「……大丈夫……やめないわ」
「「っ!?」」
二人とも、驚いて私の顔を見上げていたけど、すぐにニッコリと笑って私の身体を放した。
「おばあさん! その言葉は“明乃ちゃん”の返事として貰いますね!」
「ありがとうございます。私たち、連絡待ってます! ……と、お伝えください!」
「……えぇ、了解しました」
私は二人から『明乃ちゃんへのプレゼント』を受け取る。
大きく手を振りながら、彼女たちはもと来た道を歩いていった。
見えなくなるまで見送って、私はある可能性にたどり着いていた。
「まさか…………」
まさか、二人は『私』に気付いたの?
こんな老人と若々しい友人が、同一人物であるということを二人とも想像できるの?
「突っ込みはなし……ね」
……それは分からない方がいい。
この肘川では、いつでも不思議なことが起こってきた。
それはとても楽しくて、とても優しいものだった。
「…………帰ろう」
私はまだ、まとめてない荷物を片付けに部屋へ戻っていく。
とある組織によって、大胆に交通規制されていた大通りには、いつもの自然な車の流れが戻ってきていた。
【ある男の体験】
それは、仕事で『肘川』の市街をトラックで走っていた時のこと。
……俺は度重なる重労働に疲れ果て、もはや満身創痍となった身と心でトラックに乗っている。
「くそ……もう、休みてぇ……」
もはや缶コーヒーくらいでは覚めなくなった目を擦り、大通りの交差点を左折した。
その時、トラックの後輪が内輪差で、歩道の縁石に大きく乗り上げてしまった。
「しまった!?」
……ブレーキ……なっ……!?
咄嗟にブレーキを踏んだが、何かが引っ掛かってブレーキが動かない。
なんと、ブレーキの奥にコーヒーの缶と、ドリンク剤の瓶がびっしりと入り込んでいるではないか!!
「くっそぉぉぉ!!」
慌てハンドルをきり、立て直そうとするもスリップした車体は斜めにドリフトをしながらカーブに差し掛かる。サイドレバーを引いてみたが止まらない!!
「と、止まってくれっ!!!!」
車体が滑っていく先には大きな歩道があり、そこには三人の人影が見えた。
若い女の子二人。それと、おばあさん。
「避けてくれぇぇぇっ!!!!」
堪らず目を閉じてハンドルにしがみつく。
バタバタバタバタバタバタバタバタッ!!
急に、頭上から爆音が聞こえた。
がくんっ!と、車体が大きく揺れたかと思うと、振り回される感覚と共に浮遊感に襲われる。
「…………………………?」
恐る恐る目を開けると、目の前のフロンガラスには良く晴れた青空が広がっていたのだ。
「飛んでる……? 何でトラックが?」
窓を開けて外を見ると、軍で使われる大型のヘリコプターが二機、俺のトラックをタモですくった魚のように網で運んでいた。
…………夢だろうか?
そこからヘリはかなりの距離を飛んだ。
辺りはすっかり夕方の気配に包まれていて……
「あぁ、なんてキレイなんだ……」
フロントガラスの景色は、水平線と夕陽の光景に変わっていて、なんとも現実離れした美しさだった。
状況が現実離れしているけど、それは棚の上に置いておこうと思う。
そこからしばらくして、俺はトラックごとある海岸の近くの駐車場へ降ろされた。
トラックのエンジンを切り、落ち着きを取り戻した俺は、ヘリコプターに乗っていた男たちに礼をいうために車外へ。
四人ほど駐車場に集まっていたが、その場で指示を出している風の中年の男性に声を掛ける。
「すみません!あ、あの……」
「ん?あぁ、あんたトラックの運転手か。危ない運転だったな、大事故の一歩手前だ」
軍人なのだろう。顔にいくつも傷がありがたいも良く、厳ついと言われるトラックの運転手である俺でも少し怖い。
「その……大事故になる前に助けていただき、ありがとうございました!!」
「あん? おれたちは、あんたなんか助けてねぇよ?」
「え?」
ふぅー……と、咥えていたタバコをフィルターギリギリまで吸い込んで、携帯の灰皿に押し付ける。
「俺はあんたが轢きそうになった、三人のレディを“救った”だけさ。トラックを網で“掬って”な。ハハハハッ!」
軽い親父ギャグを飛ばすと背を向けて遠ざかっていく。
夕陽に向かい去っていく人影は片手をあげ……
「じゃあな、あとは勝手にナビで帰んな。缶コーヒーとドリンク剤はほどほどにしろよ!」
「本当に……ありがとうございました!!」
軍用ヘリは俺を残したまま、夜になりかけた空へ消えていった。
よく分かんないけど、かっけぇなぁ。
色々と思うことはあるけど。
「突っ込みはなし…………だな」
俺は時々、仕事で肘川を通るがあそこはどこか不思議な雰囲気を醸しているのだ。
「…………帰ろう」
運転席の足元をキレイに片付け、俺はトラックのエンジンを回す。
とある組織によって連れてこられた海岸線を、俺のトラックは爽快に走り抜けた。
※よく分からないオマケ。
BGMはエアロスミスでお願いします。
最終回はまだです!
もう少し!




