(33) 場内探索 2
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回は、「場内探索」の後編をお送りいたします。
それでは、どうぞ!
『これは、一応キープしておくか』
鈍く光る金属チェーンによってまとめられたエンジンキーの束を掴んだ和馬は、既に燃料探しを諦め、手動式ウインチや牽引用ワイヤー、手動式燃料抜き取りポンプを運んでいた雄太と合流し、トラックへと戻った。
「雄太さん。結局、燃料は、ありませんでしたよ」
「いやあ、残念ながら、俺の方も同じ結果だ」
「そうなると、千葉市に行く迄の間に、どこかで燃料を調達しないといけませんね」
「そうだなあ。道中で調達するとなると、ガソリンスタンドか。いや、待てよ。今は、全停電している訳だから、給油ポンプは動かないか。そう考えるとガソリンスタンドは無理だな」
「災害対応型のガソリンスタンドなら、停電時でも、給油は出来ますけど、肝心の軽油がまだ残っているかどうか……」
「そうだな。あの混乱時に全て抜き出されている可能性は高いよな。そうなると、後は、放置車両から抜き出すしか無い訳か」
「ええ。今の所は、ディーゼル車を見つけて、そこから軽油を抜き取るのが一番確実な気がしますね」
両手に持った牽引用ワイヤーと手動式ウインチを荷台へと置いた雄太は、和馬の意見に納得して頷く。
「よし。和馬君。そのやり方で軽油は調達するとしよう。ところでさあ。和馬君が持っている、その鍵の束は何だい?」
「ああ、これですか。これは、ですねえ……」
和馬は、トラックの荷台へと上がると、積載されているキャンピングカーの車体を手の平で軽く叩いた。
「この車のエンジンキーですよ。多分……」
手に持ったエンジンキーの束の中から、適当にキーを選び出した和馬は、その1つを手に取り、早速、運転席側のドアに取り付けられた鍵穴へと差し込んでみる。
「あれっ。ハズレか」
「和馬君。本当にその鍵で合っているのかい?」
「多分、この中にアタリがあるんじゃないかと……。おっ!回った!」
次のキーへと差し替えた所で、早くも適合するエンジンキーを見つけ出す事に成功した和馬は、嬉しそうな表情を浮かべながら、ドアロックを解除し、ゆっくりとドアを開けてみる。
「よし。開いたぞ!」
開いた運転席側ドアの隙間から、体を乗り入れた和馬は、ハンドル下へと手を伸ばし、握ったエンジンキーを差し込もうとするが、何故か、途中で止め、そのまま手を引っ込めた。
「どうした?和馬君。エンジンを掛けてみないのかい?」
「う〜ん。エンジンを掛けてみようとは、思ったんですけどね。何か今、大きな音を立てるのは、マズイんじゃないかと思って……」
エンジンキーを車内のシート上へと置き、静かにドアを閉める和馬を見ていた雄太は、納得して小さく頷くと、両手を合わせながら、軽くポンと手を叩く。
「そうだ。確かにそうだよな。今、大きな音を立てるのはマズイもんな」
「それに、まあ、このキャンピングカーのエンジンが掛かるのかどうかについては、別に今やらなくても良い訳だし、例え、掛からなくても、これは、これで、就寝用スペースとしても使えますしね」
「まあ、そうだね。この車のエンジン始動確認は、後でやるとして、今は、取り敢えず載っけたままにしておこうぜ」
「ええ。それじゃ、雄太さん。次は、トラックのエンジン始動といきますか」
「うん。そうしよう」
いよいよ、これから出発への最終準備へ取り掛かる為、トラックの荷台から降りた和馬は、雄太と共にキャビン側へと歩いてゆく。
「雄太さん。このトラックのエンジンを掛ける前に、ちょっと、やっておきたい事があるんですけど」
「ん?やっておきたい事って何だい?」
「実は、外の安全確認だけは、先にやっておきたいんですよ。その確認については、自分が一度、外に出て行って様子を見てきますんで、問題無い様だったら、雄太さんにエンジン始動の合図を送ります」
「エンジン始動前に安全確認か。なるほどね」
「それで、手順についても、一応考えてみたんですけど、まず自分が外に出て、周辺の安全確認後にエンジン始動OKの合図を送ったら、雄太さんには、すぐにエンジンを始動してもらいます。次にエンジンが始動したら、俺の方でシャッターを押し上げるんで、出入口が充分に開いたら、俺もトラックに乗り込んで、いざ出発です」
「なるほど。あっ!1つ聞きたいんだけど、もしも、だよ。もしも、このトラックのエンジンが掛からなかった場合はどうするんだい?」
「そうですねえ。駄目だった場合には、残念ながら、諦めて中止するしか無いですね。恐らく、エンジンを掛けようとした時のクランキング音を聞きつけて、感染者の奴らが、ここに集まって来るでしょうから、すぐに工場を離れて、また別の場所にトラックを探しに行く事になると思います。それじゃ、雄太さん。これから俺は、外の様子を見てきますんで、雄太さんは、トラックの方をよろしくお願いします」
「うん。わかった。あと、それから、和馬君。外に出る時は、充分に気をつけてな」
「了解です」
指でOKサインを出した和馬は、閉鎖状態となっているスチールシャッターの前へと歩いてゆく。
『確か、さっき雄太さんは、このシャッターが開かないと言っていたよな。と、すると、そもそも、このシャッター自体が重いのか、ロック状態になっているのか、そのどちらかだな』
恐らくは、内側から鍵が掛けられてロック状態になっているのではないかと予想した和馬は、シャッターの前へと立つと、まずはロックを解除するツマミの様な物はないかと探し始める。
『あっ!あった!これか』
シャッターに取り付けられた解除ツマミを見つけ出した和馬は、早速、指先でつまんで回しながら、ロックを解除し、次に取っ手へと手を掛けると、ゆっくり上へと向かってシャッターを引き上げ始める。
もしかすると、その大きさから考えてみても、かなりの重さがあるのではないかと思われていたシャッターだったが、予想に反して、そう重くも無く、意外にすんなりと人が屈んで通り抜けられる程の開口部が生まれた。
『よし。開いたぞ。さて、行くか』
身を屈めた状態の和馬は、まずは、安全確認の為、シャッターの開口部から顔を出し、外の様子を伺う。
『良かった。正面の道路にも今の所、人の姿は無いな。よし。念の為、もっと先の方も見ておこう』
今、ここで、事前に外の状況を把握しておく事は、和馬達にとっては、非常に重要な事だ。
何故なら、もしも、徘徊している感染者達が、この整備工場へと接近していた場合、何も知らずにトラックのエンジンを掛け様とした時点で、響かせたクランキング音によって、たちまち群がられ、取り囲まれてしまう可能性があるのだ。
また、この時、上手くエンジンが掛かってくれれば、まだ逃げ切れる可能性もあるのだが、大きなクランキング音を出した挙げ句にエンジンが全く掛からなかった場合には、逃げ場を失い、最悪な結末を迎える事になるのは言うまでも無い。
その様な悲劇的結末を未然に回避する為にも、事前に偵察をしておく事は、重要であり、もしも感染者が接近していた場合には、静かにシャッターを閉め、エンジンも掛けずにそのままやり過ごしてしまえば良いだけなのだ。
後は、相手が通り過ぎるまで、そのまま気配を悟られぬ様、息を潜め、完全に姿が見えなくなってから、再び、出発準備に取り組めばいい。
要は、こちら側の気配を察知されぬ様、相手より先回りして行動し、見つからない様にする事が肝心なのだ。
だが、相手を上手く出し抜き、先回りして行動しようと考えた偵察行動が、この後、裏目に出ようとは、まだ、この時の和馬や雄太は、全く知るよしも無かった……。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第33話「場内探索2」いかがだったでしょうか。
次回は、いよいよ和馬達が厄介な状況へと陥ってしまう事となります。
このピンチを2人は、どう乗り切るのでしょうか?
それでは、次回をお楽しみに!
追伸
第2章の中盤辺りで感染者と充分に渡り合う事が出来る武器アイテムが登場する予定です。
マチェットだけでは心許無かった和馬達が一体、どんな武器を手にする事になるのかについては、また後書きにてお知らせしたいと思います。




