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(31) 整備工場

読者の皆様、お待たせいたしました。

今回は、第31話「整備工場」をお送り致します。

少々、グロテスクな表現も出てきますので、注意の上、お読みください。

それでは、どうぞ!

広い二車線道路へと足を踏み出した和馬達は、周辺警戒を続けながら、目標である整備工場を目指し歩き始める。

前方に見えている整備工場迄は、距離にして、およそ100m程であり、本来ならば、この程度の距離であれば、一気に走って行きたい所なのだろうが、今の和馬達にしてみれば、極力、周りに目立つ様な動きや大きな足音はたてたくは無かった。

とにかく、今、行動において心掛けるべき大事な事は、静かに目立たずにであり、どこに潜んでいるのかわからない感染者に、こちら側の動きが悟られてしまう事だけは、絶対に避けなければならないのだ。


張りつめる緊張の中、何時何時(いつなんどき)建ち並ぶ民家の陰から、あのおぞましい姿の感染者が現れ、襲いかかって来るやも知れぬという恐怖感が常に2人につきまとう。

また、目標迄の距離にしても、たかだか100m程度の距離だというのに、今の2人にとっては、なかなか辿り着く事の出来ない、とても長い道のりにも感じられる。



側道を離れ、車線中央へと進む2人の先には、両ドアが大きく開け放たれた黒いセダンがセンターラインを跨ぐ形で放置されており、一歩ずつ近づくにつれて、何やら鼻をつく、強烈な悪臭が漂って来ている事に2人は気付く。




『ううっ!何だ?この臭いは!』




『うあっ!こいつは……。どこかに死骸か何かがあるのか?』




漂って来る悪臭を遮る為に、慌てて鼻と口を手で覆う2人であったが、1度、鼻から吸い込んでしまった臭気は、最早どうにもならず、吐き気をもよおした2人は、耐えられずに思わずえづき始める。

この、動物性蛋白質の腐敗によって発生したと思われる、耐え難い程の悪臭は、放置車両に近づくにつれて、ますます酷くなり、既に鼻では無く、口による呼吸を繰り返し始めていた2人は、やっと放置車両迄、辿り着いた所で悪臭の発生源を目の当たりにする事となった。




『こいつは酷い』




『やっぱり死臭だったか。それも、よりにもよって人間の腐乱死体の……』




放置車両の裏側、つまり、和馬達から見て、車両の陰となる位置に殺戮による犠牲者と思われる亡骸が横たわっており、その骸は、夏の炎天下に晒され黒く変色し、至る箇所から滲み出た腐汁と無数に這い回る蛆にまみれた無惨な姿となっていた。

夏の暑さに伴う腐敗の進行により、もはや性別すら、わからぬ程、崩れつつある身体には、未だ感染者による幾つもの噛み後が残り、しきりに群がるハエは、不快な羽音をたてながら、その傷痕を黒く覆い隠す。



「これが、逃げ切れ無かった者の末路なのか……」



アスファルト道路上にて、無惨な姿となって横たわる亡骸を見つめていた和馬は、口元を手の平で覆ったまま、小さく呟いた。

もしも、感染者相手に逃げ切れず、更に自分の身を守る事が出来なければ、あの様な最後が待っているのだ。

つまり、下手をすれば、目の前の犠牲者と同じ末路が、今日、いや、次の瞬間に自分達の身に訪れないとも限らない。



「犠牲者は、気の毒に思うけど、自分達も、絶対にこの人と同じ末路を辿らない様に、もっと気を引き締めないといけませんね」



「ああ。そうだな」



本土に上陸して、まだ一日目だというのに、感染者に続き、またも精神的負荷の高い物を目の当たりにする事になった2人の顔は、既に蒼白なものとなっており、額から滲む冷や汗は何度、手で拭っても、なかなか止まる事は無かった。



「くそっ!全く何て世界なんだよ!」



とうとう、足を踏み入れてしまった、この狂った世界に対し、吐き捨てる様に呟いた和馬は、今、目の前に横たわる不幸な犠牲者の冥福を祈り、少しの間だけ亡骸へ向かって手を合わせた後、今度は放置車両の車内を調べる為、運転席側の方へと歩いて行った。




『まあ、ダメ元でも、一応見ておくか』




海側より飛来して来る砂によって、薄汚れた車体の運転席側へと回り、曇ったサイドガラス越しに車内の安全を確認した和馬は、開放状態になったドアの隙間へと首を伸ばし、埃にまみれたハンドル周辺を覗き込んだ。




『まあ、実際、こんなもんだよな』




この時、もしもトラックが手に入らなかった場合の保険として、あわよくば、このセダンの確保も考えていた和馬ではあったが、残念ながら、ガソリン残量を示す燃料計の針は、空の位置を指しており、結局は期待外れのガス欠だというオチに思わず肩をすくめながら苦笑いをした。




『多分、この車は、エンジンを掛けっ放しだったんだな。なら、バッテリーだって、すっかり上がっちまっている事だろうな。はあ、まあいいや。次の車を見てみよう』




目の前にある黒いセダンを諦め、車体の側から離れた和馬は、再び整備工場を目指し、雄太と共に歩き始める。



「雄太さん。あそこにある車も見ておきますか」



「ああ、そうだなあ。まあ、一応ね」



路上にある放置車両は、余り、当てにはならんぞと、言わんばかりに気の無い返事をした雄太の前方には、更に2台程の放置車両が、まるで進路妨害でもするかの様に見事に斜め向きの状態で置き去りにされているのが見える。




『期待は、出来ないだろうけど、一応コイツもみておくか』




マチェットを前へと突き出して構えつつ、放置された軽ワゴン車へと近づいた雄太は、薄汚れたサイドガラス越しに車内を覗き込み、無人である事を確認すると、今度は運転席側のガラス窓に顔を近づけ、ハンドル周辺を確認し始めた。




『ああ〜、所詮、こんなもんだよな』




どうせ、放置車両にろくな物は無いだろうと予想していた雄太は、ハンドル下を覗き込んだ後、やっぱりな、と言わんばかりに肩をすくめて見せた。




『やれやれ、持ち主が抜いていったか』




残念ながら、この車両には、エンジン始動に必要なエンジンキーが刺さってはおらず、どうやら、所有者は盗難される事でも恐れたのか、車両を放置する際に、わざわざキーを抜いてから、逃げた様であった。



「雄太さん。その車はどうです?」



「この車さあ、エンジンキーを抜いてあるんだよね。普通さあ、緊急事態で逃げるんなら、わざわざキーなんて抜いて逃げるかねえ」



「まあ、確かに一刻を争う事態だったら、エンジンを切ったりしている時間だって惜しいですからね」



「そうだろ。そう思うだろ。だってさあ。命が懸かっているんだぜ」



「これは、恐らくなんですけど、慌ててエンジンを切った後に、いつもの習慣でエンジンキーを抜いていったんじゃないですかね。でも、まあ、本当なら、一刻を争う時にそんな事をやってる場合じゃないんだろうけど」



「だよなあ。まあ、いずれにせよ、ここにある放置車両は駄目だな」



「ですね。あの整備工場よりも手前に、後もう2台、放置車両がありますけど、あれは後回しにしましょう」



「そうだな。それが良い」



ここで、2人は、路上で余り目立った動きをするよりも、目的である整備工場へと辿り着く事を最優先にする事に決め、再び前進を開始する。



太陽の強い日差しによって焼けたアスファルト道路にて、仰向け状態で横たわる作業服姿の遺体の横を通り過ぎ、2人は、やっと目的の自動車整備工場へと辿り着く。



「よし、ここまでは、何とか無事に辿り着いたぞ」



「次は、整備工場内に誰もいない事を願うばかりですね」



「うん。ここから先も無事に事が運ぶ事を祈るよ」



これより、整備工場内への進入を行う為、3階建て家屋程の高さがある建物の大型シャッター前へと立った雄太は、早速、シャッターを引き上げ様と、目の前の取っ手へと手を掛けた。



「ん?あれ?びくともしないぞ」



今、雄太が上げ様としているスチールシャッターは、大型車両の搬入も可能な程の出入口に備え付けられている大型シャッターだけに、そもそも、それなりの重量があるのか、もしくは、内側から鍵が掛けられているのかは解らないが、とても雄太1人の力では、持ち上げられる様なシロモノでは無かった。



「うっ!くそっ!ちょっと、こいつは無理だな」



数回程、持ち上げを試みた物の、とてもではないが、この大型シャッターを持ち上げる事は、無理だと諦め、取っ手から手を離した雄太の元に、一旦、別行動をして別の入口を見つけて来た和馬が戻って来る。


「雄太さん、シャッターはどうですか?開きそうですか?」



「いや、駄目だ。もしかしたら、内側から鍵が掛かっているのかも」



「鍵か。実は雄太さん。こっちにも、別の入口があるのを見つけたんで、そこから入ってみませんか?」



「別の出入口か。で?どこに?」



「雄太さん。そこです。そこに出入口が」



和馬が指差す先には、整備工場と隣家の塀との間に作られた細い通路があり、どうやら、この通路を少し入った先に整備工場への入口ドアがある様だ。



「よし。じゃあ、すぐに行ってみよう」



「ええ」



前方の安全を確認した和馬達は、人ひとりが通るのが、やっとな程の狭い通路を進み、整備工場のスレート壁に取り付けられた入口ドアの前へと立った。



「ドアに鍵が掛かっていなければ良いんですけどね」



「そうだね。後、ついでに整備工場内に誰もいない事についても祈るよ」



「ええ。それじゃあ、雄太さん。ドアを開けてみますよ」



薄汚れたアルミ製のドアノブを握った和馬は、隣でマチェットを構える雄太の顔を見て頷く。



「よし。和馬君、開けてくれ」



高まる緊張の中、強張った表情のまま、頷いた雄太は、整備工場内に感染者が潜んでいる可能性も考え、万が一の場合に即応出来る様、マチェットの切っ先をドア側へと向かって突き出す形に構え直す。

握ったドアノブをゆっくりと回し、やがて最後まで回し切った和馬は、もう1度、雄太の顔を見て頷いた後、そのまま静かにドアを引いた。

錆びついた蝶番が発する嫌な軋み音と共にゆっくりと開いたドアの隙間から、慎重に工場内を覗き込んだ雄太は、内部に誰もいない事を確認すると、OKを表すハンドサインを和馬へと送り、先に中へと進入する。

続いて和馬も、マチェットを構え、静かに工場内へと進入すると、ゆっくりとドアを閉め、ドアロックを掛けた。



「良かった。誰もいないし、車の方も、そこそこ入庫している」



「良いねえ。よし、和馬君。早速、調べてみようぜ」



全く人気が無く、静まり返っていた整備工場内に奥側へと向かって歩いてゆく2人の足音が響く……。

最後まで、読んで頂きましてありがとうございます。

第31話、いかがだったでしょうか?

今のところ、あらすじを第66話まで書き上げたのですが、この分だと、第2章終了までには、話数が第70〜80話位になるのではないかと思います。

今後も、このあらすじを加筆修正しながら、投稿を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

それでは、次回をお楽しみに!

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