(24) ボート上にて
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回は、ボート上でのやり取りがメインの話でありまして、とうとう和馬達のいた島の名前も判明します。
それでは、第24話「ボート上にて」始まりです。
島の入江を出たボートは、扇島沿岸部から離れ、一路、房総半島を目指して沖合いへと突き進む。
やがて、後方に見えていた島の姿が見えなくなろうとしていた時、和馬は振り返り、船尾で舵をとっている雄太へと話しかけた。
「源田漁労長を含め、島の人達は、最初は、随分と怖い感じがしましたけど、結局は良い人達でしたね」
「そうだなあ。ただ、一時は、俺達どうなるのかと、冷や汗ものだったけどな」
「ええ。確かに、あの時は、焦りましたけどね。でも、あの人達は、情報をくれたばかりか、今じゃ、とても貴重になった燃料や海図までくれたんですよね」
「そうだな。最後には、お互いに上手く和解する事も出来たし、結局、何やかんやで、親切な人達だったな」
「ええ。あ、ところで話は変わりますけど、雄太さん。本当に雄太さんは、自分と一緒に本土へ行くつもりなんですか?」
「ああ。もちろん、そのつもりだよ。え?何でそんな事を聞くんだい?」
雄太は、何故、今更になって、そんな事を聞いてくるのかと、不思議そうな表情を浮かべながら、和馬に聞き返した。
「こんな事を言うと、気を悪くしてしまうかもしれないんですけど、確か、雄太さんには、本土で待つ家族はいないんじゃないかと……。それに、ビデオ映像を見た、あの状況じゃ、命を落とす確率だって高そうだし、わざわざ雄太さんが命懸けで本土に行く必要は、無いんじゃないかと思うんです」
「まあ、確かに俺には、本土で待つ家族はいないし、和馬君の言いたい事も良くわかるよ。それじゃあ聞くけど、和馬君は、一体どうしたいんだい?」
「もう、今となっては、本来の目的だった、島を脱出して、助けを求めに行く意味も無くなってしまった訳で、それなら、もうこのまま、あの島へ引き返した方が良いんじゃないのかと」
「なら、和馬君は、もう本土へは行かないつもりなのかい?」
「いえ。そうじゃなくて、一旦、引き返した後に、雄太さんには、そのまま島に残ってもらって、本土には俺1人で向かおうと思うんです」
「おい、おい。何、言ってるんだよ。そんな事の為に今から、わざわざ島へ戻るって?それじゃあ、戻るのに余計な時間と燃料を使ってしまうだろう。ただでさえ、貴重な燃料をそんな事で無駄には出来ないよ」
「でも……」
「そりゃあ、和馬君の気持ちは良くわかるよ。さっきも言ったけど、俺には、家族はいないし、それなら、もう本土へ戻る理由も危険を犯す必要性だって無いのかもしれない。でもね。いいかい。今、本土が、あんな有り様じゃ、救出しに行くにしたって、誰かが一緒に行ってカバーしない事には、君1人では、絶対に無理だ。それこそ、源田漁労長が言っていた様に死にに行く事になってしまう。だから、そうならない様に俺も行く訳さ。これは、もう絶対に決めた事だから、止めても無駄だよ。いいね!」
どうやら、危険だとわかっていても、雄太が、和馬という大切な仲間を援護する為に、一緒に本土へと向かおうという決意は固い様である。
『雄太さんの決意は固い様だな。よし、せっかくの好意だ。ありがたく受け入れるとしよう』
素直に雄太の好意に感謝した和馬は、礼を言いつつ、丁寧に頭を下げる。
「雄太さん。ありがとう」
「なあに、良いって事よ」
和馬に頭を下げられた雄太は、少し、はにかんだ表情を見せながら、手で頭をかいた。
「ところで、和馬君。あの時、源田漁労長から渡された海図をちょっと見せてもらえないか」
「あ、はい。ちょっと待って下さい」
和馬は、漁労長から受け取っていた海図をポケットの中から取り出すと、身を乗り出して雄太へと手渡した。
「はい。雄太さん」
「ありがとう。ええっと、どれどれ」
和馬から海図を渡された雄太は、ここで一旦、エンジンスロットルを下げ、充分に速力を落としてから、受け取った海図を広げ始めた。
丁寧に4つ折りに折りたたまれていた海図は、新島周辺海域の詳細図が、A3サイズの紙にコピーされた物であり、雄太は広げた海図をじっと見つめた後、ある1点を指差した。
「あった。あったぞ!ほら、和馬君。これを見てごらん」
「えっ?どうしたんですか?」
和馬は、今、雄太が広げている海図が良く見える様に再び身を乗り出すと、彼が指差している海図上のある1点をじっと見つめた。
「あっ!雄太さん、これ!」
「ああ。俺達が、さっきいた扇島から、さほど離れていない位置に、たった1つだけ島があるだろ。この北神島と書かれている島が、多分、俺達が脱出した島なんじゃないのか?」
「ええ。そうだ!そうですよ!恐らく、この島で間違えありませんよ。そうか。俺達がいたのは、北神島という名前の島だったのか」
今、2人が覗き込んでいる海図によれば、新島の近隣には、扇島と北神島という小さな2島以外は、載ってはいない為、扇島との位置関係から考えてみても、2人が居た島は、北神島という名前の島でまず間違い無い様であった。
「和馬君。これで、島の名前と位置だけはわかったね。後は、俺達を島へと連れて行った理由だけが疑問として残る訳か」
「ええ。その疑問については、房総半島到着後に調べてみましょう」
「ああ、そうだな。よし、じゃあ、陽のある内に千葉県を目指すぞ!」
雄太は、再びエンジンのスロットルを上げ、ボートを徐々に加速させる。
力強く波を切りながら、ボートは、一路、房総半島を目指して突き進む。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
文中にて、「扇島」「北神島」という名前の島が出て来ますが、この物語だけの架空の島ですので、実在はしません。
それでは、次回をお楽しみに!




