(16) 出航
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回、いよいよ和馬達が島を脱出します。
それでは、第16話の始まりです。
5人が、装備品を集め始めてから、2時間後……。
皆で協力し、急いで準備を行ったかいもあり、必要な装備品は、すぐに揃えられ、全てログハウスの玄関へと集められた。
今回、準備した装備品の内、1週間分の食料については、前回の様なコンバットレーションではなく、アルミパッキングされた乾燥食料と缶詰類が揃えられ、保存性と嵩張らない点が考慮されていた。
他の装備品については、1週間分の充分な飲料水と携行缶に充填されたガソリン、更にライト、バッテリー、メタルマッチ、レインコート、防水シート、寝袋、ザックなどが揃えられ、後は、明日の出発を待つだけとなった。なお、今回の脱出計画については、5人で充分に話し合った結果、行動期間を2日間とし、2日間北上を続け、もしも何も成果が得られなかった場合には、すぐに行動を中止して、島へと引き返す事とした。
本来なら、長期間の航行を続けたい所を往復4日間に短縮した理由には、海上を航行中に、もしも 天候が急変し、ボートが危険な状況に晒されてしまう事を少しでも回避したいという考えがある訳だが、それでも、和馬と雄太にとっては、まだ気掛かりな点が残されたままとなっていた。
その気掛かりな点とは、もし、2日間北上して何も見つからず、そのまま引き返す事になった場合、無事に、この島へと戻ってこれるのかという事についてであった。仮に、行動を中止して島へと戻る場合には、南の方角を目指し、逆の航路をたどることになる訳だが、例えコンパスを使ったとしても、この小さな島をすぐに見つけられるのかどうかについては、怪しいものであり、現在位置すらもわからぬ、この広い大海原で、再びこの島へと戻って来るのは、やはり至難の技ともいえる。
もちろん、今回の計画を考えた和馬や雄太も、島へと戻っては来れない事態が発生する可能性については、既に覚悟はしており、充分に承知した上での決断であった。
この2日間という限られた期間の中で、もしも助けを求める事に成功しなければ、もう戻って来れる可能性は低く、下手をすれば、そのまま漂流から遭難という末路をたどり、最後に待ち受ける結末は「死」であろう。
これは、どう考えても、一か八かの命懸けの行動であり、全く分が悪いとしか言い様のない計画ではあったが、それでも和馬と雄太は、元の生活へと戻るという目的を果たす為、例え危険だと解っていても、行動せずにはいられなかったのだ。
こうして、かなり急ではあったものの、首尾良く準備が整った事で、いよいよ明日、潮が引き始める8時には、出航する事となった。
翌朝
早朝から、5人は前日、和馬達が磯釣りを楽しんでいた磯場付近へと装備品を運び込み始めていた。
実は、この磯場の一部は、入り江状になっており、比較的水深もある為、ボートの接岸には、もってこいの場所であり、波さえ静かであれば、岩へと船体を横付けさせて、装備品を積み込む事が充分可能であった。
この日は、天候も良く、干潮を迎え、波も穏やかである為、出航の条件としては、全く申し分無く、後は、岩場にずらりと並べられた装備品を順にボートへと積み込んでしまえば、出航準備は完了である。
「よし、それじゃあ、俺達は、ボートの所へ行って来るよ」
「わかったわ。私は、麻美ちゃんとここで待ってるね」
「了解。じゃあ、行って来る」
「ふ〜う。礼菜先生。麻美、疲れたあ」
「はあ〜、私も」
これから、ボートを取りに行く為、砂浜海岸へと向かって歩いて行こうとしている和馬達を見ながら、岩場へと座り込んだ礼菜と麻美は、疲れた表情を浮かべながら、小さく手を振って、男達3人を見送る。
どうやら今回は、前回、行った探索と比較すると、装備品量が比較にならない程多く、その荷物の運搬の為に、早朝からログハウスと磯場との間を2往復する羽目になってしまった事で、すっかり礼菜と麻美は、疲れて、へたり込んでしまった様である。
「じゃあ、礼菜さん、麻美ちゃん。ちょっと待ってて下さいね。すぐにボートを持って来ますから」
「は〜い。行ってらっしゃい。和馬君、急がなくてもいいからね」
「はい、はい。それじゃあ、ちょっと行ってきます」
和馬は、礼菜達に小さく手を降ると、雄太や大島と共に砂浜海岸へと向かって歩いていった。
しばらくして、ボートトレーラーが置いてある砂浜海岸へと到着した和馬達3人は、昨日準備しておいたボートトレーラーの側へと立ち、船体全面に掛けられていたブルーシートを外し、ボート内へと放り込むと、今度は、船体の縁へと手を掛けた。
「さあ、海に向かってトレーラーを押しましょう!」
「了解!」
「よしきた!」
「行きますよ。せ〜の」
和馬の掛け声と共に全員が力を合わせ、潮が引き始めた海へと向かってボートトレーラーを押し始める。
「くそっ!上手く押せないな」
「ああ〜、畜生!砂に足をとられているな」
「ここは、3人の力を上手く同調させて、一気に押し上げましょう」
「解った。けど、上手く行くかな」
3人は試行錯誤を繰り返しながら、トレーラーを押し続けるが、どうしても、ボート本体の重量と柔らかな砂によってタイヤが砂地の中へと潜っていってしまう。
それでも、3人は、諦める事無く、海を目指し、ボートトレーラーを力一杯、押し続ける。
この重量物と格闘する事30分、やっとトレーラーは、目指していた波打ち際へと到達し、最後の一押しで、タイヤは海水へと浸かり、ボートの船体にも波が当たり始める。
ここで、大島が、ボートとトレーラーとを、しっかりと固定していたロープを手でほどきながら、丁寧に束ねてゆく。
「さあ、ボートを押すぞ!」
「よおし、行くぞ!」
固定ロープを全て外し終え、自由に動かせる状態になったボートは、大島の掛け声と共に、男3人によって力一杯押された事により、ゆっくりとトレーラーの上から滑り落ち、大きな波しぶきを上げながら、船体の半分以上を沈ませた後、今度はゆらゆらと海面へと浮かび上がった。
「よしっ!上手くいった!さあ、みんな、乗って、乗って!」
穏やかな波間に浮かぶボートの縁へと手を掛けた3人は、船体へと上半身をもたれ掛からせると、1人ずつ順番にボートへと乗り込んでゆく。
和馬と雄太が、ボートへと乗り込み終えた事を確認した大島は、束ね済みのロープをボートへと放り込んだ後、ゆっくりと体を乗り入れた。
「さあ、出発しましょう」
和馬の合図と共に、船尾へと座った雄太が、勢い良くエンジンスターターロープを引っ張り、エンジンを始動させる。
雄太は、4サイクルエンジンが発する力強いエンジン音を聞き、無事にエンジンが始動した事を確認すると、徐々に燃料スロットルを上げ、エンジン回転数を上げてゆく。
次第に高まってゆく4サイクルエンジンの力強いエンジン音と共にボートは、正面から打ち寄せる小さな波をかき分け、海上を進み始める。
どうやら、和馬の読み通り、今なら潮が引き始めている事によって、潮が外海へと払い出している為、船体へと向かって当たって来る波も、そう多くは無い様だ。
「和馬君の読みが当たったな。それじゃあ、今から、一旦、沖合いまで出るとしよう」
ここで雄太は、一旦、ボートを岸から100m程、沖合いまで前進させた後、今度は、礼菜達が待つ磯場へと向かう為、ゆっくりと左へと舵を切った。
朝日で煌めく海面上にて、緩やかにターンを描いたボートは、砂浜海岸線を横手に見つつ、更に突き進んでゆく。
磯場へと向かって、巧みに舵を切る雄太の前では、船首側へと座った和馬が双眼鏡を覗き込んで、接岸ポイントを探し始め、更にその後ろでは、大島が、先程、束ねたロープを船体の縁に開けられた穴へと通し、しっかりと結わえ始める。
「あっ!あそこだ!雄太さん、あそこです」
「おっ!見つけた。見つけた」
礼菜と麻美が待つ、入り江状になった磯場を見つけ出した和馬は、接岸ポイントへと向かって指を差し、それを確認した雄太もポイントを目指して、大きく舵を切る。
一方、対岸の磯場では、岩場の上に並べられた装備品の隣で、礼菜と麻美が岩に腰掛けたまま、のんびりとボートの到着を待っていた。
「あっ!あれ、そうなんじゃないかな。礼菜先生来たよ。ボートだよ!」
「あ、本当だわ。来た、来た」
今、自分達のいる磯場へと向かって進んで来る白いボートを見つけた礼菜と麻美は、声を上げながら、大きく手を振り始める。
「あっ、礼菜さん達、こっちに向かって手を振ってるよ」
「本当だ」
遠くから、手を振る2人の小さな姿を見つけた雄太は、これから磯場へと接岸する為、徐々にエンジンスロットルを下げ、スピードを落とし始める。
やがて、ボートは入り江へと入り、更にスピードを落としつつ、接岸ポイントの岩場へ向かって近づいてゆく。
「おお〜い。このロープを受け取ってくれ〜い」
速力を完全に落としたボートが、接岸ポイントのすぐ側まで、ゆっくりと接近した所で、ロープを掴んだ大島が、そのまま岩場へと向かって、大きく放り投げる。
上手く岩場へと落ちたロープを今度は、礼菜と麻美が、両手でしっかりと掴み、ゆっくりと引っ張り始める。
ボートの船首側付近に結わえられたロープが引っ張られた事により、岩場に対して斜めの向きになったボートは、舳先から岩場へとぶつかり、乗船している3人に軽い衝撃が伝わってくる。
「よし、舳先が接岸したぞ」
「それじゃあ、俺から先に降ります。大島さん、もう1本のロープをお願いします」
「解った」
岩場へと接岸した舳先から、岩場へと飛び降りた和馬は、礼菜からロープを受け取ると、そのまま引っ張りながら、近くにある突起状になった岩へと幾重にも巻き付け、素早く結わえる。
「一本目、固定完了!」
「和馬君、もう一本いくぞ!」
「了解!」
「ほらっ、行った!」
大島の掛け声と共に、今度は、ボートの船尾の位置からロープが投げられ、これを掴んだ和馬達3人が一斉に引っ張り始める。
この時、ボートの船尾へと結わえられたロープが引っ張られた事により、今度は艫が岸へと引き寄せられ、ボートの左舷側面が岩場へと当たる。
こうして、ボートは、岩場へと上手く横付けされた形となり、しっかりと船体を固定する為、和馬が艫側のロープを岩へと結わえている間に、今度は大島がボートから降り、並べられている装備品の1つを手に取った。
「それじゃあ、荷物をボートに積み込むとするか」
ここで、和馬も大島と共に装備品を手に持つと、ボート内で待機している雄太へと手渡しをし、効率良く荷物を積み込んでゆく。
手際の良い連携作業によって、すぐに装備品の積み込みは終了し、額から流れ落ちる汗を手で拭った和馬は、一息ついた後、再びボートへと乗り込んでいった。
いよいよ、出発を前にして、波で静かに揺れているボート上へと立ち上がる和馬と雄太の姿を見た大島は、2人の腰から太ももの位置にかけて、大型のマチェットが装着されている事に気付く。
「あれっ?2人共、そのマチェットを下げていくのかい?」
今回の様に、海上を航行するのであれば、マチェットは、全く必要無いだろうと、不思議そうな表情を浮かべながら質問する大島に対し、和馬が黒い革製シースに収められたマチェットを手で軽く叩きながら答える。
「ええ。この前の探索で、藪こぎの必要が出てきた時に、こいつがあって大助かりしたんですよ。だから、これは、まあ、お守りみたいなもんですかね」
和馬の返事に対し、大島は納得して頷く。
「そうか。お守りか。なるほどね。では、そのお守りが、君達に幸運を運んでくれる事を祈っている。和馬君、雄太くん。必ず、また再会しよう」
「はい!」
和馬と雄太は、差しのべられた大島の手を握り、お互いに固い握手を交わす。
「和馬君、雄太君。もしかして、その服装も縁起かつぎみたいな物なの?」
今、2人が着ている服装が、オリーブドラブ色のカーゴパンツに濃いグレー色のワークシャツ、更には履いている靴が、紐が足首の位置まで編み込まれた黒いワークブーツといった、前回の探索時と同じ格好である事に礼菜は気付く。
「いや、いや、これは、行動し易い服装を選んでいたら、たまたま前回と同じ物になってしまっただけですよ」
「なあ〜んだ。そうなんだ。私は、てっきり縁起かつぎか何かで、同じ服装にしたのかと思っちゃった。あ!そうだ!それはそうとして、そういえば2人にこれを渡さなきゃいけなかったんだ。はい、これ。道中の無事を祈って、2人にお守り」
上着のポケットから、小さな青いお守り袋を2つ取り出した礼菜は、少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら、和馬と雄太へと手渡す。
「急いで、作った物だから、少し作りは雑なんだけど、麻美ちゃんにも協力してもらいながら作ったの」
「あっ、ありがとうございます。大切にします」
「いやあ、これで運気が一気に上がるかも知れないなあ。どうもありがとう」
真心のこもった温かみのある手製のお守り袋を笑顔で受け取った和馬と雄太は、礼を言いながら、礼菜と麻美へ向かって頭を下げる。
「和馬君、雄太君。絶対に無理だけは、しちゃ駄目だよ。気をつけて行ってらっしゃい」
「和馬お兄ちゃん、雄太お兄ちゃん。頑張ってね。麻美、寂しくなっちゃうけど……。ううん。すぐにまた会えるんだから、待ってる……」
麻美は、笑顔を浮かべながら、右手を握って、前へと突き出し、親指を立てた。
「グッドラックか。よし。俺達も」
幸運と航海の安全を願って出されたハンドサインを見て、和馬と雄太も同様に麻美へ向かって、グッドラックのハンドサインを送る。
「それでは、行ってきます。後の事をよろしく、お願いします」
「それじゃ、みんな、行ってきます」
ここで、大島と礼菜は、岩に結わえられていたロープをほどいて、手早く、まとめた後、和馬へと手渡し、船尾へと座った雄太は、出航の為、握ったスロットルをゆっくりと上げ始める。
これより、ボートを離岸させる為、船体側面へと両手をついた大島が、力を込めて、船体を押し出すとボートは、沖へと船首を向けながら、ゆっくりと岸から離れてゆく。
沖へ向かって針路を取り、海面上に白い航跡を残しながら、次第に遠ざかってゆくボートを見つめていた大島は、片手を大きく上へと上げると、去ってゆく2人に向かって、大声で叫ぶ。
「和馬君、雄太君。無事を祈ってるぞ!」
「ありがとう、大島さん。みんな行ってきます!」
和馬は、ボート上から、大きく手を振りながら、皆にしばしの別れを告げる。
入り江を出て、沖へと向かって突き進むボートは、更にスピードを上げ、岸で手を振る3人の姿が次第に小さくなってゆく。
最後に和馬が、見送る3人に向かって大声で叫ぶ。
「必ず。必ず、助けを連れて戻ってきます。みんな待っていて下さい!」
やがて、沖合いへと出たボートは、最初の目標を目指して、北西の方角へと針路を取り、勢い良く波を切って進む船体の後方には、島の全景が見えてくる。
およそ2ヶ月過ごした島。
そして、助けを待つ大切な仲間のいる島……。
その島の姿も次第に小さくなってゆく。
ここで、雄太は、島へと向かって一礼すると、もう再び振り返る事無く、前方を見据え、エンジンスロットルを全開にした……。
最後まで、読んで頂きましてありがとうございます。
第16話「出航」いかがだったでしょうか。
次回の話では、第1目標としている対象物へと和馬達が到達します。
では、次回をお楽しみに!




