4
その部屋はやはり、この建物の中で特異な声質を持った部屋であった。それは彼らの言う「巫女」がいるからというだけではない、そのほかの理由があるように思えた。
その異質な雰囲気の部屋の奥で、彼女は静かに座っている。
「無事でしたか」
安堵の色をにじませながら、多々良が口火を切る。
「なんとかね。ここにいる人数が少なくて助かったよ」
ふたりが話しているのを、浅野は八坂の後ろから見ていた。彼女のローブの下を見極めようと、あるいは彼女の本当はどちらなのかを見極めようとしていた。
「浅野さんが出口のパスワードを解いてくれた。今なら出られるから、今のうちに行こう」
そう言いながら、八坂は八坂を縛る拘束を解きにかかる。その拘束はベルトのようなものでなされており、それらは非常に頑丈そうに見えるが解除するのは簡単にできそうである。
「あの、わたしは、その……こんな姿ですし」
それがどんな姿なのかを、ふたりはもう知っている。
彼女のローブの内側が、人あらざる触手にまみれていることを知っている。
「それでもここで気の狂った連中と一緒にいるよりも良いだろう?」
「でも……」
拘束用のベルトを全てはずし、それを捨てる。
「ほら、行くよ」
多々良は椅子から立ち上がってこそいるが、それでも踏み出すことはしない。あるいはできない。
「ふたりだけで……あっ」
多々良の言葉をさえぎり、浅野が彼女の手――否、触手を取って歩き出す。ローブ越しに伝わるぐにゃりとした感触に、決して少なくない嫌悪感を覚えたがそれを表には出さない。
「ちょっ、ちょっと――」
「ぐずぐず行ってないで行きますよ。後のことは後で考えれば良いんです」
あるいはそれは自分に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。彼女自身、どうしてこのような行動をとったのかがわからない。多々良に対する警戒心を持っていることもやはり事実なのである。
八坂もふたりの後を追う。
鉄のドアはすでに開いている。外の風が流れ込んで来ている。
八坂と浅野のふたりが外へ出た時、多々良はしかし、浅野の手を振り払った。そして数歩後ろへ下がりうつむいてしまう。
「どうしたんですか? 早く出ますよ」
再び浅野が伸ばした手を、多々良はまた後ろに下がって避ける。
「こんな姿でどうやって元の生活に戻るっていうんですか? 外で生きていくなんてできません」
「それは……」
浅野は言葉に窮する。それは彼女もわかっていたことだし、八坂も早い段階でそのことには気づいていた。けれどもあえてそれは思考の外に置いて、考えないようにしていた。
考えれば――この少女をここから救い出す手段がないことに気づいてしまう。
「無理を承知でお願いします。ここでわたしを殺してください」
「――っ」
「そ、そんなことができるわけないだろう!」
そう怒鳴り返すのだが、同時に外へ連れ出す残酷さにも気づいてしまう。多々良の言うとおり、あの触手の腕では日常生活を送ることすら困難だろう。なんならここからどこかへ移動している間に何か問題が起きてしまうかもしれない。誰かに見られれば、それだけで大騒動だ。
「お願いです。お願いします」
多々良は頭を垂れる。
「例えば、例えば君の体を元に戻す方法はないのか?」
多々良は答えない。
ローブの男から取り上げた拳銃を取り出す。
「えっ、ちょっと! 八坂さん!」
八坂は応えない。代わりに拳銃を両手でしっかりと握り、それを多々良に向ける。
「ありがとうございます」
多々良がそう言うと同時、発砲音が轟く。
力を失い崩れる多々良の体を受け止め、八坂は彼女を抱きしめる。人間ではあり得ない異質な感触も意に介さず、力強く。
「ごめん。僕を恨んでも良いんだよ」
流れ落ちる血が黄色い床を赤く染めていく。
「八坂さん……もう……」
どれだけそうしていたのか、いつまでもここでじっとしているわけにはいかなかった。
「あ、ああ。早くここから逃げよう」
後ろ髪を引かれる思いでふたりはその施設から逃げ出す。深い闇の中を右も左もわからぬまま、ひたすらに、とにかくその場から逃れるために走る。
ふたりがあの施設から逃げ出してから数日が経ち、現在でも行方不明者は出続けている。自分たちを誘拐した彼らがこの連続行方不明事件の黒幕であることは、もはや疑いようもないことであった。しかし変わったことがある。あの日から、犠牲者は女性が多くなった。あの組織は――あのカルト教団は、新たな巫女を探しているのだ。あの人を人とも思わない、狂気に満ちた実験を繰り返しているのだ。
彼女を殺したことに意味はあったのだろうか。
八坂の心にそれが引っかかる。
最後までお付き合いありがとうございました。
このシナリオは下記URLで配布しています。
http://ux.getuploader.com/CoCTRPG/




