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月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~  作者: 葉月双
十二章

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6話 滅多に見ることのない、《月花》最大戦力 一体、どこの誰が《月花》に対抗できるのだろう?


 ナナリアは花壇の花に水をやっていた。

 よく晴れた日の夕方前。

 ルンルンと、鼻歌を歌いながら、ジョウロで水をやっていた。


「ああ、花と戯れるナナリア様は実に美しい」


 ナナリアの側に立っているミノタウロスがうっとりした声音で言った。


「ふふ、私の次ぐらいに、この花は美しいわね」


 それはビオラと呼ばれる種類の花。涼しさが寒さに変わる頃から、暖かさが暑さに変わる時期まで咲く花。

 初心者にも育てやすく、花の色も複数あるので視覚的にも楽しめる花だ。


「我が輩は、もうずっとここでナナリア様と戯れていたい……」


「……いや、帰りなさいよ、大森林に」ナナリアが苦笑いしながら言う。「そのうちお兄様に怒られるわよ?」


「そうは言ってもナナリア様。あんな場所、人間など滅多に訪れぬので……」

「潰せなくて寂しい?」


 ナナリアが聞くと、ミノは力強く頷いた。

 ミノは人間を潰して殺すのが好きという変態である。

 セブンアイズには変態が多くて困る、とナナリアは思った。


「まぁ、私も暇だし、お兄様に文句言われるまで、いればいいわよ」


 ちなみに、ミノは体が大きいが、貴族王の屋敷の敷地内なら他者に見られる心配はない。

 屋敷を囲う壁が非常に高いからだ。

 あと、最悪はナナリアの【消失】に巻き込めば問題ない。触れているモノも一緒に【消失】可能なのだ。

 ミノと一緒に移動する時は、大抵【消失】を使っている。ちなみに、ナナリアはミノの肩に乗って、移動そのものはミノが行うことが多い。


「貴族軍も普通に負けたし、ナシオ様は何をお考えなのだろうか?」ミノが言う。「我が輩が参戦していれば、負けることなどなかったはず……」


「さぁ?」ナナリアはジョウロを地面に置いた。「貴族なんてどうでもいい、って態度だわね。アスラが全ての国の王に、貴族制度を廃止するって手紙を送ったようだけど、お兄様はそのこともスルーしてる。どうしてかしら? 貴族がどんどん没落するのは私も知ってるけど、別に今すぐ権力をなくさなくても……」


「分かりませんな。ナシオ様はかの大英雄にしか心を開いていない気がする」


「セブンアイズの1位ね」ナナリアが言う。「心を開いてるわけじゃなくて、あいつがお兄様を誘うだけでしょ? 性行為しか頭にない変態だから、私は嫌いよ。女みたいな見た目も嫌いだし」


「我が輩も嫌いである。我が輩のケツを犯そうとしたクソヤローである」


 ミノが小刻みに何度か頷いた。

 さて、お屋敷の中で紅茶でも、とナナリアは思った。

 その時だった。

 あり得ないほどの極大魔力を感じて、ナナリアは空を見上げた。

 ミノも同じように見上げた。

 空中でキラリと何かが光り、

 次の瞬間には屋敷を含む周囲を青い熱線が破壊した。

 ナナリアは咄嗟にミノに触れながら【消失】を使用。完全に世界から消えることで、その尋常ならざる破壊から逃れた。


       ◇


「ナナリア!!」


 ゴジラッシュの背中で、アスラが叫んだ。

 その声は澄んだ空によく通った。

 貴族王の屋敷のある都全体に響いたのではないか、と思うほどよく通った。


「ノエミはどこだ!?」


 アスラがゴジラッシュの背から飛び降り、続いてアイリス、マルクス、ティナが飛び降りた。連絡用に連れてきたレコ人形だけがゴジラッシュの背に残っている。

 現時点での《月花》最大戦力。

 アスラたちは遊びに来たわけではない。ノエミの居場所を吐かせるために来たのだ。最悪、そのまま貴族王家を滅ぼすために来たのだ。

 ナナリアは【消失】したまま出てこない。

 アスラはティナにハンドサインを出す。

 ティナは空中に飛び上がり、右手を天空にかかげる。


「時限魔法――」


 それはティナが何年もかけてMPを蓄積した魔法。

 数日でも使えるけれど、今まで使う機会がなかった。

 故に、固有属性でありながら神域属性に匹敵するほどの破壊力を持つ。


「――【雷電】!!」


 数多の光の筋、稲妻。

 空気を引き裂く音、雷鳴。

 ティナの右手を中心に放たれたいくつもの雷は、貴族王の屋敷を完全に破壊した。

 あるいは焼き尽くした。ゴジラッシュの一撃ですでに半壊していたのだが、ティナの魔法で完膚なきまでにぶち壊したのだ。

 ティナが着地した時には、もはや建物の原型はなく、焦げ臭い空気が漂っていた。

 わずかに残った柱などが燃えているだけの状態だ。

 屋敷の庭に生息していた植物も、全て息絶えた。


「なんてことを!!」


 姿を現したナナリアが叫び、同時にミノが跳躍。

 ミノは大きく腕を振り上げ、アスラたちに打ち下ろす。

 アスラたちは四方に散って、その拳を回避。

 ミノの拳は地面を大きく抉った。


「ああ、ナナリア! ナナリア!」アスラが叫びながら、ナナリアに接近。「ノエミはどこだ!?」


「今すぐ吐かないと、アスラはナナリアのことを拷問しますわよ!」


 ティナもナナリアに接近。


「教えるわけないでしょうが! 【王立騎士団】!」

「それは前に見た。よって、自分の実力を試すのに使わせてもらう」


 アスラは淡々と、降り注ぐ剣撃を回避する。初見の時はこの魔法でダメージを負った。

 ナナリアの攻撃魔法【王立騎士団】は、数え切れないほどの剣を生む。そしてその剣が達人の太刀筋で攻撃してくる。

 ただし、剣1本につき1度の攻撃だ。

 達人の太刀筋はアスラのローブを掠めることさえできない。


「うっ……」


 ティナも回避しているのだが、躱しきれずに傷を負う。だがそれは仕方ない。ティナには技術がないのだから。

 ティナは最上位の魔物で、貴族王の孫で、基本的な体力、腕力、速度、魔力が人間を超えている。だけれど、技術はないのだ。

 戦う訓練を全く行っていないのだ。


「ナナリア!」ティナが叫ぶ。「なんなら、ぼくも拷問してあげますわ!」


「私を拷問ですって!? 汚らわしいダブルめ!」


 ナナリアがティナに殺意を向ける。

 同時に、ジャンヌが残したティナの【守護者】が発動。

 漆黒の翼を翻し、堕天使ジャンヌが降臨する。

 ジャンヌはナナリアを攻撃しようとしたが、瞬間的な判断で【王立騎士団】の剣を先に始末した。

 ジャンヌの実力なら、この剣撃を防ぎ切るのは難しくない。

 達人の太刀筋など、かつて人類を滅ぼそうとした《魔王》の前では児戯に等しい。


「ジャンヌ!?」


 ナナリアが酷く嫌そうな表情をして、飛び退いた。

 ジャンヌに腕を落とされた記憶が蘇ったのだ。

 後ろ向きに飛んだナナリアが着地した。

 その瞬間、気配を消していたアスラがナナリアを背後から小太刀で貫く。


「……は?」


 ナナリアは自分の腹部から生えた細く反った刃を見て呟いた。


「私のこと、忘れただろう?」アスラが言う。「ああ、もちろん計算だよ?」


 ナナリアの殺意をティナに向けること。

 ジャンヌを出現させること。

 ナナリアがジャンヌを避けようとすること。

 意識がジャンヌに向いてアスラを一瞬忘れること。

 だから気配を消して、ナナリアが逃げる先で待つこと。

 それら全てが、アスラとティナの連携であり計算だ。

 まぁ、ティナは総務部なので、簡単な連携ではあるけれど。

 それでも効果は十分だった。


「私は君が何かする前に、君を殺せる」


 アスラは小太刀の刃が上を向いた状態でナナリアを刺している。


「ぼくと姉様もいますわ」


「ナナリア、またティナに殺意を向けましたね?」ジャンヌが漆黒のクレイモアを構える。「ここで今日、殺してしまいましょう。あたくし、生前でもあなた如きはいつでも殺せましたよ?」


 基本的な能力はナナリアが上だけれど、こと戦闘に至ってはジャンヌの方が技術的にも経験的にも圧倒している。


「はぁ? 私の方が……強いはず……でしょ?」


 ナナリアの方が力が強い。ナナリアの方が素早く動ける。ナナリアの方が魔力が高い。

 当然なのだ。魔物だから当然なのだ。

 でも、戦って生き残るのはジャンヌの方。


「人間の戦闘技術を舐めるなよ魔物」アスラが言う。「私らは弱い。弱いからこそ、技術でそれをカバーするんだよ。だから確かに、純粋な力なら君の方が強いだろう。でも、勝敗は別だよ。《魔王》ジャンヌが君に負けるはずないだろう?」


 白髪のジャンヌを弱い方と金髪の女性は言った。それは事実かもしれない。だけれど、その言葉が気に入らなかったのだと、アスラは今になって理解した。


       ◇


 ユルキ・クーセラは完全に気配を遮断したまま飛び、その状態を維持したままで落下し、そしてサルメを踏み潰した。

 ともすれば、サルメが大怪我を負いかねない一撃。

 レコはその一部始終を目撃したのだけれど、最初はよく理解できなかった。

 誰が、いつ、どうやってサルメを気絶させたのか。

 全部見ていたのに、しばらく認識できなかった。

 あ、ユルキって、ガチで強いんだ、とレコは心からユルキを尊敬した。隠密という一点において、ユルキの今の動きは完璧だった。

 それに、ほんの数秒で現状を理解し、それを打開した。恐ろしく状況分析能力が高い。これが正規の団員。レコやサルメとは違う、本物の《月花》。


 レコはサルメを助ける方法を見つけられなかった。逃げ出すことさえできたか怪しい。

 ワンテンポ。わずかワンテンポだけ遅れて、イーナも飛び降りていた。

 イーナは空中でローブを脱ぎ、着地と同時に魔王弓にかぶせた。

 サルメはユルキに踏み潰された衝撃で気絶し、魔王弓を手放していたのだ。

 ちなみに、イーナの首の裏にはアスラ人形がくっついている。

 イーナはローブで包んだ魔王弓を抱えてから、ユルキに【浮船】を使用。

 イーナの判断と行動も正しい。レコはただ戸惑い、何もできなかったのに。

 たぶん、とレコは思考する。

 2人は何の打ち合わせもなく、最善かつ完璧な行動を取った。


「クソバカが、テメェあとでガチでしばくからなサルメ。なんならティナ送りだクソ!」


 そう言いながら、ユルキはサルメを担いでジャンプ。


「……あたしらまで、死ぬとこだった……」


 イーナは酷く怒った様子で言ってから、レコに【浮船】を使用。

 レコはジャンプして、かつて地下室だったその場所から脱出。

 地上は酷い有様だった。かつて教会だった瓦礫がそこにあるだけ。

 イーナも地上に戻った。


「姿隠すぞ」ユルキが言う。「クソ! こんな派手なことしやがって! あークソ! なんで偵察ができねーんだよ! クソ! 来て良かったけど危なかったぜまったくよぉ!」


 ユルキたちは教会に入る寸前だったのだ。あと数歩で、あの紅い魔力の光線に巻き込まれていた。


「ごめんなさい」


 レコが素直に謝った。

 この惨状はよろしくない。

 あの時、サルメをもっと強く止めていればこうはならなかった。

 ツーマンセルで動いたのだから、レコにだって責任はある。


「……憲兵が集まる前に、さっさと行こう……」

「イーナ、逃走しながら拠点に連絡。迎えが欲しい。レコは脱出地点に向かえ。俺はサルメ抱えてっから、お前の面倒までみれねー。自力で来いよ。散開!」


 なんだかんだ、野次馬が集まって姿を見られているしもう街には残れない。

 ユルキがサッと姿を消す。

 続いてイーナも消える。ローブを脱いだイーナの服装は普通の村人のようだった。でも短剣をいくつも刺した特注のベルトが異様だった。

 たぶん見た人間は顔よりそっちを覚えるはずだ。

 レコはユルキやイーナほど上手に消えられないが、なるべく急いで姿を消した。


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