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#089 いくさのあとで(後)

今回の内容はいわゆる『ざまあ』とか『わからせ』に該当すると思います。

対象が第二王子とかA級パーティリーダーとかではないので、カタルシスに欠けるかも知れません。

 模擬戦の翌日、私はそもそもの発端となった日と同様、五郎殿、そして赤羽陽斎殿と一緒に小田原城に登城し、応接間に座っていた。

 向かいにはやっぱり大藤与七殿と傅役さん。しかしその様子は初対面の時とは随分違って見える。

 与七殿は追い詰められた小動物のように落ち着きがなく、その一方で傅役さんは歴戦の老将のようにどっしりと構えている。与七殿に至っては、私の顔色を窺ってはビクッと身をすくませるという動作を繰り返していた。

 …まあ、彼にしてみれば没落した元名門の奥方に軍事(とくい)分野でボコボコにされた訳だから、強い苦手意識を抱くのも無理はないが。

 うんうん、その調子で今後は謙虚に生きてもらいたい。

 と、人生の先輩ヅラをしていると氏政兄さんがやって来たので全員平伏してお迎えする。


「一同大儀。(おもて)を上げよ。」


 氏政兄さんの定型文的な許可を得て顔を上げる。兄さんの顔は、以前と違ってどこか吹っ切れたように見えた。


「では早速…結、そして陽斎。昨日の振る舞い、真に見事であった。それに引き換え…。」

「お、お言葉にはございますが御屋形様。拙者は負けを認めてはございませぬ。勝敗は未だ決しては…。」


 よせばいいのに与七殿が弁明を試みると、氏政兄さんはぎろりという音が聞こえそうな勢いで睨み返した。


(さえず)るな、不心得者め…お主が此処におれるのは誰の忠節あっての事か、分からぬか。細則に反して騎乗の儀、お主の傅役が腹を切って詫びると申し出た。その忠節に感じ入ればこそ、不問に付したと申すに…まずは傅役に礼を申せ。」

「は、はっ…爺、礼を言う…お主がそこまでしてくれたとは、つゆ知らず…。」


 与七殿が体の向きを変えて軽く頭を下げると、傅役さんはゆっくりと首を横に振った。


「若の傅役として当然の務めにございます。」

「う、うむ…されど御屋形様、やはり得心が行きませぬ。模擬戦に(はかりごと)を用いるなど…拙者は正々堂々戦ったと申しますのに…。」


 え、それ本気(マジ)で言ってる?


「…お主は北条の家風が肌に合わぬと申すか。」

「は?いや、左様な事は…。」


 氏政兄さんはおもむろに立ち上がると、北条氏康(ちちうえ)を思い起こさせる憤怒の表情で与七殿を見据えた。


「開祖早雲殿からこの左京大夫(わし)に至るまで…北条の戦は武勇と調略の両輪から成る。その(いしずえ)が上下の忠節である。手下(てか)の不平不満を見抜けず付け入る隙を作り…謀で翻弄された挙句に細則に背いて馬に乗り…早川殿との一騎討ちで醜態を(さら)した。お主の何処に北条家中の矜持(プライド)がある!」

「ひ…。」


 怯えきって呼吸さえままならない与七殿から忌々し気に視線を切ると、氏政兄さんは荒々しく座り直し、熊の鼻息のようなため息を吐いた。


「…赤羽陽斎。『越中の赤鬼』の渾名に違わぬ見事な采配であった。式部丞(政信)の置文に従う積もりはあるか。」

「置文の通り、式部丞殿の身代半分を頂戴出来るのであれば…いつまで時をかければよろしゅうございましょう。」

「あまり悠長にしてはおれぬ。半年で一廉(ひとかど)の足軽大将に鍛え直せ。多少手荒でも構わぬ…何か不便があれば文を寄越せ、手当て出来るよう手筈を整えておく。」


 陽斎殿は一礼して立ち上がると、腰が抜けた与七殿の首根っこを掴んで部屋の外へ引きずって行った。傅役さんも氏政兄さんに一礼すると、当然のようにその後を追って退出していく。


「結…此度は真に大儀であった。褒美に何か所望する事はあるか。」


 氏政兄さんの下問に夫の顔を見る。すると五郎殿は、いつもの微笑みを浮かべたまましっかりと頷いた。


「兄上の差配の下、式部丞殿の葬儀を改めて執り行っていただきたく存じます。」

「…それで、良いのか。」


 少し意外そうな氏政兄さんに、迷いなく頷き返す。


「此度の事は大藤家の跡目に関わる一大事にございました。それに乗じて別の望みを叶えようと企むのは(スジ)違いにございましょう。徳川の手前、公には行い難いという事情は承知の上、なれど…式部丞殿は足軽大将の身でありながら北条のため東奔西走し、他国にてその生涯を閉じられました。その忠節に異を唱えるようであれば、徳川の器もたかが知れるというもの…どうか、式部丞殿に最後の温情を。」


 これは昨晩、五郎殿と話し合った末の結論だ。ぶっちゃけ今川家の戦線復帰を願い出るという案もあるにはあったのだが、五郎殿自身が終始乗り気ではなかったため、こちらのお願いをする方針でまとまったのだ。


「式部丞め、お主らにここまで世話を焼かせるとはな…相分かった。葬儀は改めて執り行おう…北条左京大夫の名に懸けて。」


 苦笑交じりに承諾する氏政兄さんに、私と五郎殿は揃って(こうべ)を垂れたのだった。

百パーセント計算ずくで執筆しているとは口が裂けても言えませんが、ここ最近の大藤政信に関する妄想だらけのエピソードは『歴史の本流』につなげるための布石になっています。

RPGでたまにある「余計な遠回りかと思ったらメインストーリーを進めるためのフラグだった」みたいな連鎖反応をお見せ出来れば幸いです。

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