#087 冬季特別演習:大藤与七vs早川殿『決着』
戦況:大藤与七が早川軍本陣に突入、早川殿と交戦開始
早川軍(北)130vs与七軍(南)2
「成程…『正道』とは一族郎党を捨駒にして、僅かな手柄を掴み取る事だったのですね。ご立派にございます。」
「言うなぁ!」
目を血走らせて斬りかかる与七殿。その分かりやす過ぎる太刀筋を見極めて寸前に小刀を差し込み、横に逸らす。
――瞬間、固い木と木がぶつかり合う音がした。まあ、どっちも木刀なのだから当然と言えば当然である。
私は今、本陣で与七殿の猛攻を捌いている。与七殿について来た傅役さんが一番隊所属の雑兵をまとめて相手取っている――若い頃は結構な持槍の名手だったそうだ、納得である――ので、一人で与七殿の相手をしなければならないのだ。
だが絶体絶命には程遠い。
こちとら幼少期に、百ちゃんに基礎をみっちり仕込まれているのだ。一対一で、相手の攻撃を受け流しながら救援を待つ…そういうスタイルの護身術には相応の実績と自信がある。
もし相手が五郎殿レベルの剣豪だったりしたら流石に危ないが…事前情報の通り、与七殿の武芸は北条家中の基礎基本クラス。その上重い甲冑を着込んだまま馬に乗って練兵場の端から端まで疾走、南の丘よりなだらかに造ったとはいえ本陣まで走って登って来たものだから、膝がもうガックガクである。
それでも木刀を突きつければ私が怯えて降参するとでも思っていたようだが、そんな行き当たりばったりに付き合う道理は私には無い。
後は適当に皮肉を囁けば、キレて襲い掛かって来るという寸法だ。
「はあ、はあ…でええええい‼」
「ほっ。」
「ぬあああああああ‼」
「それ。」
「とおおおっ‼」
「よっ。」
勿論こうして防戦に徹しているだけでは、与七殿をダウンさせる事など出来ない。
それは彼らの仕事だ。
「御前様、お待たせし申した。」
落ち着いた声と共に、男達が本陣に足を踏み入れる。赤羽陽斎殿と、寝返った足軽部隊を率いていた七名…計八名だ。
突然の横槍に驚く与七殿を、八人は自然な足取りで取り囲み…私はさり気な~く安全地帯に避難する。
まあ与七殿のプライドをへし折るためにも、本陣から動く訳にはいかないのだが。
「お、お主ら…この、恩知らずめ!父上の跡を継ぐこのわしに背くとは、いかなる了見か⁉」
「御父君の跡を継ぐか否か…それはこの模擬戦の勝敗次第にござろう。その上貴殿は足軽や忍びを『邪道』と称して毛嫌いしておられる…たとえこの模擬戦に勝ったとしても、御父君の手下を重用する気は端から無かったのでは?」
「…ッ。」
陽斎殿の言葉が図星だったのか、与七殿が黙り込む。
実際今回の策は、与七殿が政信殿の元手下に契約更改を約束していたら成り立たなかった。まあ、与七殿が政信殿同様使えるものは何でも使う主義だったら、そもそもこんな回りくどい事態にはなっていない訳だが。
「皆の衆、『鴉の陣』を布け!大藤流兵法の真髄を叩き込むぞ!」
陽斎殿の号令で、政信殿の元手下達が一斉に木刀を構える。
…そこからは有り体に言ってリンチだった。正々堂々もクソも無い数の暴力。
包囲陣を突破しようと与七殿が一人に斬りかかると、斬りかかられた方は防御に回り、背中から別の数人が斬りかかる。
それで決着が着けば与七殿もある意味ラクだったのだろうが…何度体に木刀が命中しても、陽斎殿が「刀では甲冑に刃が通らない」という事実を今更になって主張するため、審判役も戦死判定を撤回。無駄にプライドが高い与七殿も自分から降参を言い出せず、ボコボコにしばかれる羽目になった。
…結局与七殿は、十何回目かの戦死判定の後白目を剥いてひっくり返った。
そして、これ以上の模擬戦継続は不可能と軍監の松田憲秀殿が判断したため、模擬戦は早川軍の優勢勝ち、という結果に終わった。
「御前様、勝鬨を。」
若き主の失神を見て槍を置いた傅役さんを背に、陽斎殿が私に言った。
…正直気恥ずかしいが、仮にも総大将の私が締めないと座りが悪い。
私は平静を装って本陣の中心に立ち、握り拳を突き上げた。
「エイ、エイ、応!」
「「「「「エイ、エイ、応‼」」」」」
たった百人の軍勢の総大将、それが今日限定で私が果たした役割だ。
準備がどちゃくそ面倒で、責任感が半端無くて、用意した策が想定通り発動するかどうかも不安で、ヒヤッとする場面も何度もあって…五郎殿はこんなに大変な事を何度も、何十倍何百倍もの規模でやっていたのかとつくづく感心した。
でも、まあ…たまにはいいか。こういうのも。
隠し切れない高揚感を胸に、私は何度も何度も握り拳を突き上げたのだった。
戦況:与七軍の戦闘継続不可能につき、早川軍の優勢勝ち
状況を終了
早川軍(北)127vs与七軍(南)0




