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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
ブライダルトレイン

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112/120

出区前点検

「よし、車内は異常なし。足回りとか機器の状態はどう? 鯨」


「大丈夫だよ。古い車両だから突然故障しないか心配だけど」


「それを気にしちゃしょうがない。いや、会社も気にしてるからそろそろ引退するのはわかってるけどさ」


 鯨と咲月の復縁から1年近い時が流れ、11月30日、朝10時。きょうはうろな町内に住む夫妻の結婚式を列車内で催すため、ふたりは海浜公園電車区に留置している車両の点検を行っていた。電車は営業を始める前の車庫などで、足回り、ドアの動作、その他各機器の状態を点検する。


 鯨が運転士で、咲月が車掌。この後、数名の社員が式場スタッフとして乗務する。


 使用車両は485系特急型電車。民営化前は全国の広い範囲で運転されていたが、徐々に数を減らし、うろな支社でも近いうちにこの車両を含むすべての車両が新型車両に置き換えられる。


「まぁ、何はともあれ、この日を無事に迎えられて一安心だね」


「そうだね。いろんなことがあったからね」


 昨年発生した女子高生殺人事件から、うろな支社管内の鉄道利用者は一気に減少。地元自治体は警察とグルになって隠蔽を図ったが、現代はインターネット社会。どこからか情報が漏れたようだ。マスコミだって嗅ぎ回ったし、この日本総合鉄道も政府や警察などの公的機関と密な繋がりがあり、一部の情報通にはどうしたって隠し通せなかった。


 利用者の減少に伴い、今後は利用者が増え続けている首都圏の輸送力を強化する。そのため、うろな支社からは多くの社員が東京、横浜、名古屋、大阪などの稼ぎ頭となっている支社もしくは渋谷しぶやの本社へ転勤となる見通しだ。


「うん。さて、ちょっと休憩したら、回送の時間だね」


「鯨が運転するところ、見てていい?」


「え、緊張する」


「普段は全然知らないお客さんたちに見られてるのに?」


「あれだって緊張するんだよ。撮影されたり仕切り板を蹴られたり怒鳴ってきたりする人もいるから」


「あぁ、私もこの前、胸ぐら掴まれた。茶色いグラサンの金髪野郎に」


「え、大丈夫だった?」


「ちょうど股間を蹴りやすい高さまで吊り上げられたから、ポコンと一発。んで、警察呼んで身柄引き渡し」


「そ、そうなんだ。とりあえず大事に至らなくて良かった」


 デッキで立ち話をした二人は、前方の運転台へ。左側の運転席に鯨、咲月はその右横に立つ。回送列車のため、車掌の咲月は必ずしも最後部にいなくても良い。


 淡い緑色の化粧板と、ごつごつした機器類や計器類。


 鯨は木製のブレーキレバーを嵌め込み、ブレーキ試験を始めた。


 ブレーキレバーは運転士の職場(運転区)で管理されており、運転士はそれを持ち出して乗務する。


 ただし昭和末期ころに製造された車両からは木製レバーが廃止され、鉄製レバーをゴムで覆ったものが主力となり、運転台と一体化。レバーの着脱も廃止されている。


 鯨が3時方向のレバーを時計回りに回転させ9時方向へ動かすと、電車はシュコーンと音をたて、空気を吐き出した。ブレーキが解除され、走行できる状態になった。


 それからまたブレーキを最大圧力までかけて解除を3回繰り返した。ブレーキの動作に問題なし。実は先ほどもブレーキ試験を行ったが、念のため。


「すごい! 鯨、運ちゃんみたい!」


「あ、うん、一応ね」


「こらこら硬くならない。事故のもとだよ」


「はい、ごめんなさい」


 赤だった前方の信号が、黄色、青へと変わった。


「よろしい。さて、そろそろ出発しないとね」


「うん。ふぅ……。右よし、左よし、前よし、出発進行、制限35」


 ブレーキを解除して、5段階あるマスコンハンドルを前へ動かして加速。弱めの2段階目で保ち、電車はゆっくり走り出した。

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