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エピローグ-2 ありえた未来と覚悟の答え

 目の前が開ける。

 そこはこじんまりとした個人店舗だった。

 正面にレジカウンターがあり、左右の棚には小瓶が並べられ、その中にはカラフルな液体が入っていた。

 ここは僕の故郷じゃない。それどころか、ここはまだ異世界だ。それを示すように文字がアイナ文字になっている。

 つまり転移は失敗したのか? もしかして、本当に遺跡転移でおかしなところに飛ばされた!?

 レイギスはもういない。僕が独力でどうにかしないといけないのか!?

 焦って周囲を見回していると、店の奥から女性が現れる。


「月兎さん、お帰りなさい」

「え、フレア? え、なんで……」


 出てきたのは薬師として姉弟子の元へ向かったはずのフレアだった。


「何を言っているんですか? それよりも、薬草集めてきてくれました?」

「え」


 そこで自分が籠を背負っていることに気付く。さっきまでは旅用の大型リュックだったのに。

 籠を降ろすと、中にはしっかりと薬草が入っていた。どれもフレアから教えてもらったものだ。


「なんだ、しっかりあるじゃないですか。それとも風邪気味でしょうか?」


 フレアが不意に近づくと、こつんとおでこをぶつけてきた。

 顔が近い。吐息が僕の唇にかかる。


「大丈夫そうですね。じゃあササッと下準備だけしてごはんにしましょうか。今日は特製の薬膳グラタンですよ」


 そう言ってフレアは籠を持つと店の奥へと戻って行ってしまった。

 何がどうなっているのか分からない。ここはフレアのお店? 僕はフレアに頼まれて薬草を集めてきていた?

 どうなっているんだ。

 訳が分からずその場に佇んでいると、奥からフレアに呼ばれる。

 思わず慌てて店の奥へと入った。


「え……」


 そこは大きな厨房だった。

 業務用の窯や寸胴鍋が置かれ、広い作業台にはまな板と食材が並んでいる。

 そして手際よく野菜の皮をむいているのはレオラだった。


「月兎、なにしてるのよ! 早く下ごしらえしちゃわないと!」

「あ、うん」


 気づけば僕は包丁を持っており、目の前には皮の向かれた野菜が並んでいる。一部はすでに一口大にカットされ木製のボールに積まれている。

 僕はレオラの手伝いで料理の準備をしているようだ。


「早くしないとお昼の開店に間に合わないわよ! お父さんに怒られたいの?」

「それは嫌だよ」


 あのおじさんに怒られるのは怖そうだ。


「もう、月兎が頑張って食堂を継いでくれるって言うから、お父さん張り切ってるんだからね。私のためにも頑張ってよ!」

「え、それって」

「なによ、お父さんが厳しすぎて私と結婚するのは嫌になった? だったらこの包丁でお父さんを斬らないといけないんだけど」

「いやいやいやいや、そんなことないから! 頑張るよ!」


 え、結婚? 僕とレオラが? それで僕がこの食堂を継ぐって?

 レオラ、探索者としては諦めちゃったの? いや、そう言う問題じゃない。僕とレオラが結婚ってどいうこと!?


「ほら、また手が止まってるわよ!」

「あ、あつっ」


 慌てて降ろした包丁は、野菜と共に見事に僕の指を切った。

 しっかりと痛みがある。血も出ている。これは夢じゃない?

 自分の指を眺めていると、その手を引き寄せられた。


「月兎さん、指先に怪我が。手当をしましょう」

「アテネ」


 いつの間にかまた景色が変わっていた。

 アンドロイドの少女アテネは、メイド服からハンカチを取り出し僕の血をふき取る。そして傷口に絆創膏を貼ってくれた。


「あ、ありがとうございます」

「共にお嬢様にお仕えする仲ではありませんか。それにいずれはお嬢様との婚約も視野に入れているのでしょう? こんなところでつまらない失点をしてはいけませんよ」


 今度はセレスティーヌさんの婚約者か。


「月兎様、こちらにいらっしゃいましたか」

「ミリアルさん、どうかしましたか?」

「お嬢様が月兎様をお呼びです。おそらくまた出かけられるのでは?」

「お忍びデートですね」

「ステラさん、からかわないでくださいよ」


 お嬢様の部屋に向かいながら考える。

 どうやらここでは僕はセレスティーヌの内定婚約者であり執事らしい。職場の同僚とも関係は良好で、今はこっそりとセレスティーヌ様と出かける仲か。

 ここまで頻繁に変われば、ここがどんな世界なのかもなんとなく分かってきた。

 そして部屋に付き、ノックして扉を開けるとセレスティーヌ様が抱き着いてくる。


「お待ちしておりましたわ月兎様! 今日もお出かけしますわよ!」

「お嬢様、自分は執事なのですから、敬語は――」

「二人の時にお嬢様は禁止ですわ! レティとお呼びくださいませ月兎様」

「あ、うん。ごめんねレティ」


 僕がレティと呼ぶと、セレスティーヌ様は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 そして腕を掴まれ屋敷を出ると、そこはダンスホールだった。また場面が変わったようだ。

 次の相手は――やっぱりか。

 僕の腕に手を回しているのは、アントレティア第三女王。どうやら僕はアントレティア様のエスコートをしているらしい。


「月兎様、いかがしましたか?」


 立ち止まっていた僕にアントレティア様が首を傾げる。


「いえ、なんでもありません。行きましょうか」


 エスコートなんて初めてだけど、自然と体が動いた。

 アントレティア様を連れてパーティー会場を歩き、色々な人に挨拶をしていく。国の重鎮や大商人、神官など国の中枢なだけあって人材は豪華だ。

 そんな中で一通りの挨拶を終えると、陛下が入場される。アントレティア様は王族と言うこともあり、最初の方の挨拶だ。僕たちが陛下の元へと向かうと、自然と道が開ける。


「陛下、この度はご子息のご誕生おめでとうございます」


 今回のパーティーの表向きは陛下の新たなご子息がお生まれになったことが名目だ。僕はなぜかそのことを知っている。

 僕はそれに沿わず陛下へと挨拶を述べる。


「うむ、ありがとう。めでたいことが続くな。我が子の誕生もあれば、今日はそなた達の婚約発表でもある」


 僕はアントレティア様のただのエスコートではなく婚約者か。そしてこのパーティーに合わせてそれも発表すると。


「アントレティア、幸せになるのだぞ」

「ありがとうございますお父様。でも心配は無用ですわ。だって月兎様は私の英雄なのですもの」

「そうだな。月兎君、周りが色々と言ってくるかもしれないが、王家は君の頭脳とその価値を認めている。下を向く必要はない。堂々と誇ってくれ」

「ありがとうございます」


 どうやらこの世界は、僕が王国を離れずそのままアントレティアと付きあうことになった世界のようだ。

 幸せそうなアントレティアの表情に、思わず笑みが浮かぶ。

 だがそんな世界にもすぐに変化が現れた。

 グッと反対側から腕を引っ張られる。


「だからこっちだって! 魔導具の地図を手に入れた私に間違いはないはずだ!」


 腕を引っ張っていたのはシェリスだ。地図を手に入れ、色々な世界を冒険しているはずだが、僕は一緒に冒険する仲間ということかな?

 シェリスは自信満々にあっちだと言ってるけど――


「シェリス、北を間違えてるのにどうやってその自信を得られるんだ……」


 地図の魔導具を手に入れても、シェリスはシェリスだった。


「くっ、このままでは実家にたどり着かない」

「だから僕が地図を見るって」

「いや、それでは私が成長したことにはならないだろう! 成長した姿の私を見せて、安心して月兎の嫁に出してもらわなければ」


 そう言う設定かぁ。

 シェリスに対して恋愛感情とか一切なかったんだけど、この世界では全てが恋愛感情に繋げられてしまうらしい。

 それともこれが僕の願望なのだろうか? だったら自分としてちょっと恥ずかしいんだけど……


「とにかく私を信じてくれ!」

「はぁ。分かったよ。シェリスを信じる」

「うむ!」


 僕が信じるというとシェリスは嬉しそうに頷き歩き出す。そして転がっていた石に足を取られバランスを崩した。

 慌てて腕を掴むが、その腕は別人のものになっていた。

 そろそろだと思った。


「ミレイナ、大丈夫?」


 激しい船の揺れで転びそうになっていたミレイナの腕を取り転倒を防ぐ。


「ありがと月兎。だんだん逞しくなってきたんじゃない?」

「もともと力だけは自慢だよ」

「これならおじいちゃんも安心して私たちに任せてくれそう」

「だといいんだけどね」


 ほぼ引退ぎみのミレイナのおじいさん。その後を継いで僕とミレイナが夫婦で舟渡をやっている。

 だけどまだまだ僕は半人前でなかなか認められていないらしい。

 まああのおじいさんのことだし、死ぬ直前まで認めるとは思えないけど。


「雨が強くなってきたし、船を陸に上げておこう」

「そうだね。流されたらたまったもんじゃないし」


 船を陸上げ場へと付け、ロープを結んで引っ張り上げれる。斜面になっているとはいえ、船一隻を引っ張り上げるのはかなりの重労働だ。

 土台に船を設置し引っ張り上げるまでに、僕たちは雨でびしょぬれになってしまった。

 ミレイナのシャツが透け、肌が露わになっている。その姿にドキドキしながら、僕はすでに濡れてしまった上着をミレイナへと手渡す。


「ミレイナ、それ着ておいた方が」

「あ、ありがと」


 ミレイナも見えていたことに気付いたのか、恥ずかしそうに上着を羽織る。


「けど私、月兎になら見られてもいいよ?」


 またドキリとした。

 思わず反対を向くと、僕は部屋の中にいた。服もすっかり乾いており、なぜか白衣を纏っている。


「月兎、この魔道具のことなんだけど――どうしたの?」


 そこにやってきたのは、本に視線を落としたままのステラの姿。


「いや、何でも」


 ステラの話に付き合いながら、ここが最後かなと思う。

 たぶんこれは転移の魔導具が見せている世界だ。僕の記憶から何かを読み取り、こんな世界を見せているのだろう。

 ステラは嬉しそうに魔導具やグロリダリアのことについて話し、僕はレイギスから聞いたことを頼りにステラのヒントになりそうなものを探す。

 どうやらこの世界の僕の中にはレイギスがいないらしい。そのことに一抹の寂しさを覚えるも僕は笑顔をステラに向ける。


「それと今度の発表はどこまでだそうか考えてるのよ」

「計画通りでいいんじゃないの?」

「それもそうなんだけど、ちょっと突き上げくらっててね。あんまり成果が出てないんじゃないかって。このままだと予算の削減もあるって脅されたわ」

「うーん、難しいね」


 国に提出する新技術の資料。当初の計画では少しずつ違和感のないように技術を小出しにするという話だったが、それが国には不満なようだ。

 お金を削られても正直なところあまり困ることはない。個別の魔導具修理の依頼でけっこうな額は稼いでいるし。けど国に不信感を持たれるのも面倒だ。


「いっそのことどこかに逃げちゃおうかしら。どこか深い森の中でひっそりと暮らすの」

「弟子はどうするの?」

「月兎と私の子供でいいでしょ?」


 するっとそんな言葉が出てくるあたり、やはりこの世界では僕とステラは恋人のようだ。


「私たちの子供なら、きっと頭のいい子が生まれてくるもの。きっと弟子を探す必要なんてないわ。森で動物や野草を取って、小さな畑とかも作って、三人で静かに暮らす。そんなのもいいと思わない?」


 この世界の子たちは、みんな僕に嬉しい言葉と全幅の信頼を寄せてくれる。

 だからこそこの世界が嘘だと分かるのだけど、心のどこかでこんな現実もあったかもしれないのかなと考えてしまう。


「ま、あまり先のことを考えても仕方がないわね。とりあえずは来週の資料をどうするか考えましょ」


 ステラは気を取り直して机へと向き直る。そんな後ろ姿を眺め、僕の視界は暗転した。

 本当にこれが最後だと良いんだけど――


「月兎、俺実は月兎のことが!「いや、それはない」


 とっさに否定してしまった。

 だって目の前にいるの金髪の少年なんだもん。それに声に聞き覚えがある。


「ハハハ、やっぱりか」

「レイギス――だよね?」

「おうよ。この姿で合うのは初めてだな」

「レイギスは自分がどんな状況なのか分かってるんだ」

「天才のコピーだからな! それぐらいは当然だ」

「だからあのノリ……」


 開幕男からの告白とか思わず殴りかかりかけた。


「ここはあの魔導具の影響だよね?」

「そうだ。一度転移すれば元の世界に戻れる可能性が少なくなる。だから未練を見せて覚悟を問う。魔導具が見せた未来は、妄想とかじゃなく全部あり得る可能性のある世界なんだぜ」

「そっか。それを聞いてちょっとホッとしてる」

「んで、俺がお前に決断を迫る役割なわけだ。もっともこの世界で縁の深かった相手ってことだな。ちょっと誇らしいぜ。月兎、お前は今まで見てきた可能性を捨ててでも元の世界に帰りたいか?」


 どの可能性も幸せな世界だった。愛してくれる人がいて、安定した未来が待っていた。

 けど、それでも――


「僕は帰るよ。それが僕の決断だ」

「そうか。よく言った!」


 レイギスがパチンと指を鳴らす。

 すると真っ暗だった周囲が光に包まれ、徐々に歪んでいく。

 まるで体が四方八方から引っ張られる様な感覚だ。


「お前の活躍、草葉の影から見守ってるぜ」

「レイギス死んだわけじゃないからね!?」


 そんな言葉を最後に、僕はこの世界アイナを後にする。


   ◇


 とっさに戻ってきた感覚に、僕はぎゅっと手を握る。

 衝撃が体を前へと引っ張るが、僕は足を付いて踏ん張った。

 直後、僕の目の前を信号無視したトラックがけたたましいクラクションと共に通り過ぎて行った。


「危なかった……」


 もう少しブレーキが遅れていたら、僕はあのトラックに跳ねられていただろう。


「君、大丈夫かい?」


 近くにいたサラリーマンが声を掛けてきてくれた。それに大丈夫ですと答え、お辞儀する。

 そしてペダルに力を籠め、自転車をこぎだした。


「戻ってきたんだ」


 今までのは夢じゃない。だって僕の左腕にはレイギスの作ってくれた腕輪が今も嵌ったままだからだ。


「レイギス、僕もこの世界で頑張るよ」


 僕に二度、命を与えてくれたこの世界で、僕は精一杯生きて見せる。

 もしかしたら、昇華した世界からレイギスが見ていてくれるかもしれない。そんなことを思いつつ、僕はペダルをこいでいく。

 

 そしてどんなキツイ坂でも、やけにペダルが軽く感じることに気付いたのは、それから十分後のことだった。

これにてデュアル・センシズは完結となります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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