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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
六章 考古学者の少女とグロリダリアの魂
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6-20 残された残骸は大きな墓標となりて

 ピスミスさんたちが町へと到着したのは、翌日の夕方だった。


「お二人とも、ご無事で何よりです。魔物や巨大な飛行物体の情報を聞いて生きた心地がしませんでしたよ」


 宿の一室で、僕とステラさん、そして隊長のピスミスさんと副隊長のペレオーレさんが顔を突き合わせる。

 他の護衛はそれぞれに宿を取って休憩中である。もともとかなりの強行軍で僕たちと追い付こうとしていたところに今回の出来事でかなり無理をしてきたようだ。

 それでもこの二人は平然としているどころか、ピスミスさんに至っては宿で注文したワインを傾けている。かなり余裕そうである。


「結局あの情報はなんだったの? ここに来るまでにも色々と情報を集めてたけど、魔物がどうとか巨大な山がどうとかいまいち具体性のないものばかりで判断できなかったんだけど」

「狂った古代人が作った狂った兵器ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」

「町の外に進入禁止の山がありますよね? あれがその魔導具の残骸です。町の空から強力な砲撃を行い、町一つを消し去る危険な魔導具でした」


 ステラさんからの説明を聞いて、ピスミスさんもペレオーレさんも顔を顰める。

 嘘だとは思われていないだろうけど、そんなものが本当に存在するのかといった感じだ。

 まあ、あればっかりは実際に見てみないと分からないよね。情報センターから回収したあの映像を見せることもできるけど、もうこの世にない兵器のことを教えても意味がない。それに僕やレイギスはこのピスミスさんを少しだけ警戒している。

 ひょうひょうとしているけど、しっかりと情報だけは集めてくる。彼女自身がその意味を分からなくても、それがプアル王国の分かる人間に渡れば危険な可能性もあるのだ。

 ピスミスさんもプアル王国の軍人。国のためにグロリダリアの情報を集めている節があるのだから、こちらから出す情報はしっかりと調整しないといけない。

 ステラさんはもう大丈夫だろう。彼女は自分の道をちゃんと決めた。だから、必要以上にステラさん以外の人にグロリダリアの情報を出すつもりはない。


「そんなものがねぇ。よく対処出来たね。月兎君が一人でやったんでしょ?」

「領主様に頼んで兵士の力も借りましたから完全に僕一人の力というわけではないですけど、魔導具自体に関しては対処できるのは僕だけだったので」

「惜しいなぁ。やっぱりプアル王国に来ない? 月兎君ならいくらでも稼げるし、きっと美少女のハーレムだって作れるよ?」

「僕には帰るべき場所がありますから」


 お金や女性に興味がない訳じゃないけど、やっぱり僕は地球に帰りたい。

 帰って、父さんや母さんと暮らしながら、人の役に立てる仕事をしていきたい。それがこの心臓を貰った僕の夢だから。


「残念。まあそんな力を持っている人が欲望で動くタイプじゃなかったことを喜ぶべきなのかな?」

(月兎のことを試してやがったな。やっぱ食えねぇ奴だわ)

(ほんとにね)


 もし僕が今の提案に乗っていたらピスミスさんはどうしていただろうか? きっと僕の力を封じ込める算段を色々と考えたはずだ。それこそ暗殺も含めて色々な方向から。

 だから国に深くかかわるのは嫌なんだ。

 レイギスの力はどう考えても強すぎるから。

 さっさとプアル王国を出て正解だったかもしれないね。


(ま、こっちの国でどうなるか分からないけどな)

(大丈夫だよ。領主様は僕のことは分からないし、転移の魔導具の場所も近いんでしょ?)

(まあな)

「帰ると言えばステラさんも王国へ戻るそうですよ」

「ステラ、そうなのかい?」

「はい。私のやるべきことが今回のことで見えた気がしましたので」

「そうか。国王陛下からの依頼はどうするんだい? 一応月兎君からの情報収集が仕事だったろ?」

「十分収集出来たと判断しています。後は私の持つ情報を王国のために役立てるだけですから」


 ステラさんが王国からの支援を受けて僕に付いてきたのは、僕からグロリダリアの情報を得るためだ。それは前回の情報ステーションの資料で十分だろう。それに僕たちの旅の目的地である転移の魔導具まで後少しのところまで来ている。ここヌムルスからさらに北へと進んで二週間。まだ人の手の入っていない荒野にあるようだ。

 そこまでの間には目立った遺跡もないし、これ以上僕と一緒にいてもあまり得られる情報は無いだろうしね。それよりも、すでに得た情報の清算が必要になるはずだ。今の断片的な情報だけじゃあんまり役に立ちそうにないし。


「そうか。ステラがそう判断したのなら私たちはそれに従うまでだ」

「すみません、わざわざここまで来てもらったのに」

「なに、気にすることはない。王国へ戻るまで私たちの仕事は終わっていないしね。これからは月兎君に代わってしっかり守らせてもらうよ」

「お願いします」


 その後予定を合わせ、ステラさんたちの出発は兵士たちの疲労も考えて一週間後ということになった。

 僕の出発は馬車の関係上三日後になる。それを逃すとまた一週間待たないといけなくなるから。

 それまでに食料や水の準備をしておかないと。


(月兎、今日の夜少し動きたい。いいか?)

(また娼館?)

(いや、ポナムデイの残骸調査だ。何かが生きてる可能性もあるから、しっかり確認しておきたい)

(そういうことなら全然いいよ。むしろ、しっかり潰しておかないとね)

(そうだな)


 あれだけ派手に落下したし爆発も起こしたから生き残っている機関があるとは思えないけど、念のため調べておくのは必要だろう。

 僕もレイギスの意見に同意し、僕たちはポナムデイの残骸へと潜入することになった。


   ◇


 予定通り僕たちは深夜にこっそりと宿を抜け出す。そしてレイギスの飛翔魔法を使い、国の封鎖を悠々と飛び越えてポナムデイの残骸へと到着した。

 月と星の灯りしかない元平原は真っ暗といって差し支えない。だが、レイギスの暗視魔法が僕たちの視界をしっかりと確保していた。

 ポナムデイの地表付近は崩れた土砂によって完全に埋もれている。僕たちは上へと向かい、レイギスが脱出の際に開けた穴を探す。


(レイギス、あれじゃない?)

(お、そうだ、あれあれ。やっと見つかったか)


 数分間探し回りやっと見つけた穴は土砂によって半分が塞がっていた。それを吹き飛ばし、中へと侵入する。

 所々崩落の危険がありそうな場所を補強しつつ穴の奥へと進んでいく。そして僕たちはコントロールキューブのある部屋へと戻ってきた。


(なにから調べる?)

(とりあえずこれだろ)


 レイギスはコントロールキューブへと手を当てる。しかしキューブはうんともすんともいわないし、当然スクリーンも出てこない。


(エネルギーは来てないみたいだな。動力はちゃんと死んでそうだ)

(派手に逆流して爆発したみたいだしね)

(後は個別の機材の有無だな)


 あの鎧姿のイーゲルがずっとあの場に立っていたとは思えない。彼が暮らしていたスペースがあるはずだと言ってレイギスは辺りの探索を始める。

 そしてキューブのある台座の奥に隠し扉を見つけた。

 わざわざ隠してあるぐらいだから、何かしら大切なものか見られたくないものがあるのだろう。

 レイギスが若干ワクワクした様子で隠し扉を強引に吹き飛ばす。


(凄く質素だね)

(ちと拍子抜けだな)


 そこはイーゲルの私室だった。

 あるのは木製のベッドと机、そして鎧を整備するための機材が一式。それだけだ。

 生活の跡のようなものがほとんど見受けられない。きっと体を機械化させた時点で私生活のほぼ全てを投げ出していたのだろう。

 そして室内を探索したレイギスが、机の引き出しから一冊の本を取り出す。

 それは日記だった。最初に書かれた日付はレイギスたちが昇華を行った日。そして最後の日付は今から千年ほど前になっている。


(読むの?)

(あいつがなんでこんなことをしたのか分かるかもしれないからな)


 そして日記の一日目を読み始める。

 そこに書かれていたのは、希望に満ちたイーゲルの感情だった。

 科学を有する者たちが昇華し、世界は本当の姿を取り戻す。自然と共に生きるナチュラリストたちが、大地と共に共栄の道を進むだろうと。

 ナチュラリストだったイーゲルも彼らの集落で共に生活し、自然の中で細々と生きていたようだ。

 そこに変化が現れたのは三十年後、集落で三世代目の子供たちが生まれたころである。日記の中には不安感や不満が書き連ねられている。

 ナチュラリストから生まれても、子供が必ずナチュラリストになるとは限らない。残された情報や生活の中から、彼らは科学の存在を知り知識を求め始めたのだ。それは高度な知識や思考を有する人として当然の流れだったのかもしれない。

 だがイーゲルをはじめとしたナチュラリストたちは彼らの行動を批判し抑圧した。それが反発を生み、子供たちは集落を出て自らの生活を始めたのだ。

 森を切り開き、田畑を耕し、家畜を育て、それは今の世界から見れば文明と言うにはおこがましいレベルの質素なものだ。だが歴史を知るナチュラリストからすれば当然文明の始まりであり危険なものだった。

 だが彼らに対抗する手段はなかった。ナチュラリストである以上自然と共に生きる以上加工し効率化し対策を立てる人の知識を超えることはできなかった。

 子供たちの集落は次第に発展し、ナチュラリストの集落とは比べ物にならないほど大きくなった。

 そのころイーゲルは絶望していた。科学者たちの昇華により、この世界には自然と共に生きていく人のみの世界となったはずなのに、気づけばそんな科学者たちの予想した世界が始まりかけている。

 そして当時八十を超えていたイーゲルは決断する。自分がこの世界を正しく導かなければならないと。

 その時、すでにテロリストとして活動していたイーゲルは狂っていたのだろう。

 自らの思考を機械の体へと移植し、永久ともいえる時を得た。そして次第に発展していく世界を正すために、過去の知識から魔導具の製作に取り掛かる。

 それがポナムデイ。

 増えすぎた科学を有する者たちを効率よく殺すためだけの兵機。そして遺伝子を組み替え、その先兵として作り上げた魔物たち。

 やっていることは完全にイーゲルの嫌っていた科学者たちと同じこと。自己矛盾を抱えながら、狂ったイーゲルは人を殺すことだけを考え、この兵器を生み出したようだ。

 だがその代償は大きかった。

 時間がかかり過ぎたのだ。個人でまともな設備もなくこれほどのものを作り上げたのだ。掛かった年月は優に千年を超える。

 その間に機械へと移したイーゲルの心は徐々に擦り減り、人としての感情をほぼ失った。

 残されたのは、機械の肉体としてプログラムされている維持の方法と、科学者たちへの憎しみ。

 日記の最後には、こう書かれている。


 私は憎い。自然を捻じ曲げる人間全てが憎い。殺さなければならない。私を含めた、科学を有するもの全てを。


 もはや憎しみの化身となり、自分自身すら憎みながら生きてきた男の覚悟だった。

 レイギスはそっと日記を閉じて引き出しへと戻す。


(レイギス)

(戻るか。ここには何もなさそうだ)

(うん)


 部屋を後にし、僕たちはポナムデイの捜索を再開した。

 その後、まだ生きていた魔導具を何個か破壊し、夜明けが近づいてきたためポナムデイから脱出する。


(ま、大型のあれこれが生きてなくてよかった。これなら他の遺跡と同じレベルの発掘になるだろうよ)

(それなら安心だね。日記はおいてきて良かったの?)

(見つかるころには腐っちまってるだろうさ。それよりもあいつの覚悟はここを墓標にすることだ。その想いも一緒に眠らせてやった方がいいだろ)

(そっか)

(んじゃ帰るか)

(そうだね)


 東の空がゆっくりと白み始める中、僕たちは宿に戻り布団へと潜り込むのだった。

次回からエピローグ回。何回になるかはわかりませんが、多くて三ぐらいだと思います

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