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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
六章 考古学者の少女とグロリダリアの魂
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6-19 落山の結末

 空で光が走る。その度に巨大な鳥が地面へと落ち、それを兵士たちの槍が貫いていく。

 そんな光景をステラは宿の窓から見ていた。


「これが――グロリダリア人の全力」


 本来ならば襲い来る巨鳥に恐れるべきなのだろう。実際に町の人々はただ鳥が落ちてくるだけでも悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 だがこの町でただ一人、ステラは違っていた。

 レイギスの魔法はこれまで何度も見てきたことがあったし、事前にあの鳥の存在も知っていた。家の中に入ってさえしまえばあの鳥に襲われる可能性も限りなくゼロになることも。

 その余裕からか、ステラはじっとレイギスと巨鳥達の戦いを観察する。


「これがレイギスさんの本当の力」


 今までもレイギスの魔法は何度かみたことがあった。だがそのどれもが手加減されていたことを知った時、ステラの心の中に宿ったものは暑くなるような興奮だった。


「凄い」


 何も身に着けずに空を自由に駆け、強力な魔法を次々と放ち強大な敵を屠っていく。それは人類の夢のような姿ではないだろうか。

 羨ましいと思っても仕方がないのかもしれない。

 だがそんな興奮も、レイギスが雲の中へと入り姿が見えなくなったことで次第に落ち着いてくる。

 大きく深呼吸して、いつの間にか強く握りじっとりと汗を握っていた手を開いた。

 今のステラは情報収集の部屋やレイギスの話から色々なことを知っている。今のレイギスのような自由さは無理にしても、空に浮かぶことのできる魔導具ぐらいは作ることができるだろう。

 しかしその先に待つのは、あの映像の光景だ。

 考えて技術を出さなければならない。自分の知る知識の中から、今の世の中の流れを見極め問題にならない程度のものしか出すことのできないもどかしさを感じた。

 そして不意に思う。今まで全力で魔法を行使することができなかったレイギスは、今の自分と同じような気持ちだったのかもしれないと。


「ずっと我慢していたんでしょうか」


 今も時々バチンという音と共に巨鳥が空から降ってくる。

 落下高度があるせいか、落ちた鳥たちはその衝撃でトドメをさす必要もなく死んでいた。

 もう兵士たちにすらやることが無くなり、戦いの光景自体が見えなくなったことで緊張が弛緩するのを感じる。

 少しずつ逃げ込んだ家屋から人が出てくる。

 そんな時だった。分厚い雲が突如として激しく流動し、壁が破られるようにその先端が顔を表す。

 ゆっくりと人々の前に現れたそれは、映像で見た時よりも機械的な姿をしたポナムデイだ。


「あれが、ポナムデイ」


 山をくり抜いて作られたその巨大な魔導具が町に影を作り、人々はその大きさに呆気にとられる。

 もはや今の世界の常識など完全にかなぐり捨てられ、ただ茫然とその巨体を見つめることしかできなかった。

 だが相手側はそんなステラ達に配慮などしてくれるはずもない。

 ゆっくりと下部が開いていき、そこから巨大な砲身が露出する。はるか上空にあるからこそ、その砲身は大砲程度の大きさに見えるだろう。だがその実際の大きさは、この町の領主の館のある敷地よりも遥かに大きな口径をしている。

 それを見た時、ステラは映像の光景を思い出した。

 放たれる光と消失する町。その光景がここでも繰り返されようとしている。


「レイギス、月兎さん、頑張って!」


 ただ待つことしかできない。ただ祈ることしかできないもどかしさに、空に向かって声を上げる。

 聞こえるはずもない。だが言わなければ自分の心が持ちそうにもなかった。

 数分ほどした頃、砲身の奥に光が灯る。

 その光は徐々に強さを増していき、まるで空に二つ目の太陽が昇った様な錯覚を覚えさせた。

 そこまでくれば、町の人々も直感的にあれが何かを悟ったのだろう。再びパニックが訪れ、我さきにと町の外へ逃げ出そうとする。

 今更逃げ出そうとしても意味はない。それを知っているステラは、レイギスたちを信じてじっと砲身を睨みつける。

 すると、その想いに答えたように、砲身から光が無くなった。

 放たれたわけではない。砲身の奥へと戻っていったのだ。

 直後にはゆっくりとポナムデイが動き出し、町の外へと移動していく。


「レイギスたち、やったんだ!」


 勝利を確信したステラは宿から飛び出した。

 レイギスたちの姿はいまだ見えない。きっとあの魔導具の操作をしているのだろうと、人波を乗り越えながら移動していくポナムデイの後を追う。

 そんな中、突如としてポナムデイから爆音が響き、黒煙が噴き出す。

 爆発音はその後連続し、ポナムデイの表面を吹き飛ばし火の手を登らせた。


「なにが!?」


 まだレイギスたちの姿は見えない。

 まさかあの爆発に巻き込まれていないかという不安が過った。

 町の外が遠い。その間にもポナムデイはどんどんと高度を下げ、郊外にある荒地へと下部を自重で押しつぶしながら墜落する。

 直後、これまでよりも遥かに強い光と爆発が周囲を襲った。

 町の外壁がいくつか吹き飛び、その破片が町中へと降り注ぐ。その光景を、ステラは人混みの中からただ見ていることしかできなかった。


 やっとの思いで外壁へとたどり着いたのは、ポナムデイが墜落してからしばらくしてからのことだった。

 外壁から見える光景は、巨大な岩と土の塊。昨日まで荒地だったそこには立派な山が生まれていた。

 外壁を守っていた兵士たちはその光景に呆気にとられ、誰も動くことができない。

 もはや個人の判断でどうにかなる規模の問題ではない。せめて領主が、普通ならば国が陣頭指揮を執って部隊を展開しなければならない事態だった。

 ステラは静止する兵士を振り切って外壁から飛び出す。


「レイギス! 月兎さん!」


 無事に脱出できただろうか? その陰をステラは見つけることができなかった。

 眼前に広がる巨大な山は、近づくものを拒むように今も崩落を繰り返し、周囲には土煙が充満している。


「レイギス! 月兎さん!」


 声の限りに叫ぶ。その声に答えたのは、突如視界を覆う小さな影。


「んな大声出さなくても聞こえるっての」


 その影の正体。レイギスはボロボロになりながらも、ニカッと笑みを浮かべてステラの前に着地するのだった。


   ◇


 余裕っぽくステラの前へと現れたが、けっこうヤバかった。

 爆発の瞬間、月兎はイーゲルが作った穴の中へと落ちて気を失った。直後、俺が表へと出てきてとっさに防御用の魔法を張り爆発から逃れたのだ。

 もし魔力の吸収範囲が床下まで広がっていたら、俺が出てきても何もできなかった。むしろ、身体強化が解かれてしまった分打たれ弱くなっていただけに、本当に危機一髪の状態だった。

 胸の中へと飛び込んできたステラを受け止めつつ、俺はホッと息を吐く。


「ま、何とかなったわけだし、良しとするか。月兎も気絶しちまってるし、町に戻ろうぜ。つか町の被害大丈夫か?」

「巨鳥と爆発したポナムデイの瓦礫で多少の被害は出ているみたいですけど、あれの砲撃を喰らうのに比べたらなんてことはないと思います。町も広いですし、すぐに復興が始まるのではないでしょうか?」

「そか。そりゃよかった」


 やっぱ多少の被害は出たか。まあ、その後始末は兵士と領主様に任せるとしよう。

 ポナムデイは爆発によって完全に破壊されているし、残骸を回収しても特に収穫はないはずだ。これはこのまま放置でいいな。

 いや、魔物が危険か? もし卵が残っていたりしたら、何が起きるか分かんねぇな。けどさすがに今から戻るわけにもいかねぇか。崩落に巻き込まれるのも面倒だし、少し落ち着いてから確認だけするとしよう。

 町の方の様子を見てみれば、野次馬のように人が集まり始めている。

 兵士たちは落ちたポナムデイに近づけまいと必死の様子だ。さっきまで恐怖に逃げ惑ってた連中だってのに、落ちた瞬間野次馬化している。


「あんまここにいるのも不味いな。さっさと逃げようぜ」

「そうですね。けどどうやって?」


 門は人だかり、壁の上にはたっぷりの兵士。まあ普通に入ることはできないだろ。俺が飛んでいるのも見られたわけだし。

 けどならそれはそれで吹っ切れるわけだ。


「しっかり捕まってろ。飛ぶぞ」

「へ?」


 ステラの腰を抱き寄せ、そのまま飛翔の魔法でふわりと浮き上がる。

 門に来ていた連中からどよめきが走ったが、ンなことは気にしない。

 そのまま外壁の上を飛び越え、俺はステラと共に町の中へと戻るのだった。


   ◇


 目が覚めた時、僕は宿のベッドへと戻ってきていた。

 体を起こして色々と動かしてみても、特に異常はない。そして脳裏の響くレイギスの声。


(おはよう月兎君。お目覚めの気分はどうかな?)

(体は大丈夫みたい。というか、なんだかスッキリしてる?)


 この感じ、身に覚えがある。そう、王都でレイギスが娼館に行ったと後の予期のような……


(レイギスまた娼館行ったの!?)

(戦いの後で昂ってたからな! まさかステラで処理するわけにもいかないだろ?)

(当たり前だけど! 当たり前だけど!)


 僕だって男だ。ちょっと娼館に興味があったりしたのに!


(それにいつまでも目が覚めないお前が悪い)

(どれぐらい寝てたの?)

(丸一日。ま、その分楽しませてもらったけどな!)

(くそぅ!)


 そんなことを頭の中で話していると、部屋の扉がノックされる。


「レイギスさん、いいですか?」

「どうぞ」

「んっ? あ、月兎さん目が覚めたんですね!」


 部屋へと入ってきたステラさんは、すぐに僕とレイギスが入れ替わっているのに気づいたようだ。


「はい。今目が覚めました。色々とご心配をおかけしたみたいで」

「良かったです。レイギスは大丈夫だって言うんですけど、やっぱり不安でしたから。あ、お腹空いてませんか? 外で簡単なものを買ってきたんですけど」

「ありがたいです。ちょうどお腹も空いてましたから」


 僕はステラさんから料理を受け取り、眠っていた間の話を聞くことにする。

 それによれば、ポナムデイの残骸はとりあえず領主の管理下となり、今は兵士たちが誰も入り込まないように封鎖しているようだ。

 町の復興も順調に進んでおり、同時に正確な被害なども判明してきているという。

 現状では死者は百二十六名。重軽傷者は千名を超えるようだが、この町の規模にあれだけの魔獣と魔導具が襲い掛かってそれだけの被害に収まったというのは奇跡的なレベルだろう。

 まあ、それを理解できるのはポナムデイの脅威を知っている、あの映像を見た僕たちと領主様だけなんだろうけど。


「それとピスミスさんから連絡がありました。明日にでもこの町に到着するそうです」

「そっか。こんな騒ぎの中よく来れるね。街道とか封鎖されてなかったのかな?」

「されていたみたいですけど、要人警護の名目で強引に動かしてもらったそうです」

「無茶させちゃったみたいですね。合流したら謝らないと」

「そうですね」


 本当はこの町でのんびり過ごすつもりだったんだけどね。まさかレイギスに誘われて行った遺跡が、こんな大事に発展するとは思わなかったよ。

 まあ、行ったからこそ被害が押さえられたわけだけど。


「それで私はピスミスさんたちと合流したらプアル王国へ戻ろうと思います」

「え、それは」


 もしかして怖くなってしまったのだろうか。だとしても仕方がないかもしれない。なにせ、ステラさんに見せた映像は凄惨なものが多く、その上ポナムデイという特級の危機にも遭遇したのだ。僕たちと行動することが危険ととらえてもおかしくはない。

 そんな考えが顔に出ていたのか、ステラさんは慌てたように否定する。


「あ、違いますよ! 二人のことが怖くなったとかそう言うのではありませんからね! むしろ、二人に関してはもっといろいろと知りたいことが一杯あります。けど、ここまで一緒に旅をしてきて、知ったこと、感じたことが色々とありました。レイギスからは決断を迫られもしました。その答えが今回のことで少しだけ見えた気がしたんです」

「どうするの?」

「少しずつ、正しく情報を出していこうと思います。その時代にあった必要な情報を少しずつだけ。きっと凄く難しいことかもしれないけど、それが私の知識の使い方だと思うから」

「けどそれってステラさんだけじゃ」

「当然私だけじゃ歳が足りません。私が死んだ後も、私の知識を残していけるように弟子を取ろうと思ったんです。性格なんかもしっかりと判断して、この人になら託せると思った人に私の持っている情報を全て託して、そうやって何代もかけてゆっくりと情報を出していこうかと」


 ステラさんはその為に、早速プアル王国に戻って情報のまとめと弟子探しをするのだという。

 国や人の思惑から離れ、少しずつ未知の技術や情報を小出しにする謎の組織。そんなものに、僕は少しだけかっこいいと思ってしまった。


「大変だけど、面白そうですね」

「はい。なんだかやりたいことが決まったらスッキリしました。今は早く動き出したくてうずうずしているぐらいです」


 その後僕たちは、どんな情報を纏めるのかなどを話し合い、ピスミスさんたちとの合流までの時間をゆっくりと過ごしていったのだった。

完結、近いです

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