6-17 砦の主
上部へと昇りながら進んでいると、窓のある通路へと出てきた。
そこから見える光景はまるで空の城だ。
影を生み出すもののない空の上で、さんさんと陽ざしを浴びて育つ木々は青々と茂っている。
大気圏外にいたにもかかわらず植物が普通に育っているのは、この山全体を覆うようにバリアのようなものが張られているからだろう。そうでなければあの魔物たちも繁殖することができないはずだ。
窓を破り外へと出た。
振り返れば絶壁に窓がぽつぽつと空いている。
この施設は、山の中を直接くりぬいて作られているのだろう。そこに人工物で補強を施しているだけのようだ。
それでも山一つを地下まで全部改造するのはそうとう大変だったはずだ。いや、一人でできることではない。だがあのナチュラリストに同レベルの仲間がいたとは思えない。
となると考えられるのは――
「人造人間か」
以前にも遺跡から発掘されたホムンクルスをメイドとして使っている家はあったしあり得ないこともないだろう。あのナチュラリストなら素材さえあれば一から作ることも可能なはずだ。
だが、ここまで一体もホムンクルスを見なかったのは気になる。これだけの施設を作ったのならば、防衛のためにある程度の数を配備していてもおかしくはない。
それともここまでの道は守る必要がないと判断していたのか?
いや、それはないはずだ。下部には動力炉やエネルギーキャノンの発射口があった。それを守らない理由はない。
ホムンクルスを配備できない理由があるのか?
(レイギス、どうしたの?)
滞空しながら思考にハマっていた俺に月兎が話しかけてきた。
「すまん、考え込みすぎた」
(敵がいないこと?)
どうやら月兎もそのおかしさには気付いていたようだ。
「ああ。ホムンクルスぐらいはいてもいいはずだ」
あいつらはタレットよりも遥かに優秀だし、独自の判断で敵の排除も行える。何より、自由に移動ができるから、集まって対策を考えたりもできる。
防衛設備としては自立型の防衛ロボよりも遥かに優秀なんだよ。そのせいでグロリダリア時代にはホムンクルスの武装は制限されていたが。
「そうか。こっちの考えを読んで罠を仕込んでる可能性もあるか」
(さっきの退魔防壁みたいな?)
「ああ。いっそう注意していくぞ」
(うん)
わざわざ元の窓から戻って通路を進む必要はない。
俺は絶壁に見える中で一番上の窓から飛び込み、再び通路の中を進んでいった。
扉が見えた。俺は魔法で扉を破壊し中へと飛び込む。
瞬間、大量のフラッシュと共に弾丸の雨が浴びせられる。とっさに床板を破壊してそれを盾に近くの物陰へと飛び込む。
弾丸が止み、周囲に静けさが戻ってきた。そこで改めて俺は室内を確認する。
どうやらここが俺の目的地だったようだ。
体育館ほどの部屋、その奥にコントロールキューブの設置された台座がある。その前には鎧のような人型が座っているが、機能を停止させているのか動く気配はない。
問題は壁際にずらりと展開したホムンクルスの部隊だろう。予想通りというかなんというか、装備制限が解除され、手にマシンガンを装備したホムンクルスが百体近く。その銃口は全てこちらを向いている。
「盛大な出迎えだな!」
「侵入者からの発言を確認、個体番号H-A-002を暫定親機と選定し返答を開始――侵入者に対して告げる。どのような要件であろうと我々は排除を優先する。投降の意思がある場合は、速やかに自害されたし」
「逃がす気は無いってことが良く分かる返答をありがとな! だが俺もここで引くつもりはねぇ。この魔導具は俺が管理下に置かせてもらう」
「守護機簒奪の意思を確認、全機に対して排除行動の開始を伝達」
同時に壁際に控えていたホムンクルスの半分が持っていたマシンガンを投げ捨て腕の中から刃を出現させる。
前衛と後衛に分かれたのだろう。マシンガンを捨てなかったホムンクルスたちが銃撃を再開する中、刃を持ったホムンクルスたちが駆け出した。
こちらは雷球を発動させ、弾幕を張る後衛組目掛けて雷撃を放つ。
一体二体はすぐに行動不能にできるが、後衛だけでも五十体。対応が間に合わないな。
なら――
浮遊魔法を発動させ、一気に物陰から飛び出る。こちらを狙って銃口が向けられるが、それよりも早く壁際を飛翔し一気にコントロールキューブを目指した。
あれさえ制圧出来ればホムンクルスのコントロールも奪取できる。わざわざ戦う必要もなくなる。
それに気づいたホムンクルスたちも俺を追ってコントロールキューブへと殺到するが、飛翔魔法を使っている俺の方がはるかに速い。
一足先にコントロールキューブへと手を伸ばす。その手はキューブへと届くことなく、突然現れた腕によって掴まれ俺の体は壁際へと投げ捨てられた。
「ぐっ」
(レイギス、大丈夫!?)
「ああ。今のは」
(あの鎧が突然動き出したんだ)
月兎が把握してるってことは、俺の視界の隅には映っていたってことだろう。キューブの方へと集中しすぎたか。
即座に飛翔を掛けなおし、天井近くまで一気に上昇する。その後を追うように、弾丸の雨が降り注いだ。
「あの鎧、死んでるわけじゃないのか」
(近づいた時だけ反応するのかな?)
「んな意味ねぇ事するとは思えねぇが」
まだ何か隠している。そう考えたほうがいいな。しかし、鎧がキューブを守っているとなると、簡単には近づけない。やっぱホムンクルスをどうにかするしかないか。
(数が多すぎる。減らすか数の強みを消さないと)
「通路まで退避だな」
四方八方から弾丸が来るんじゃこっちもよけきれない。せめて一方なら数も制限されるはずだ。
目の前にあるコントロールキューブをみすみす逃すのは癪だが、急がば回れか。
飛翔で通路へと逃げると、数体の前衛が追ってきた。そいつらを雷撃で破壊し、通路の壁を破壊して障害物にする。
ホムンクルスたちは俺を執拗に追うつもりはないようだ。扉のところからこちらの様子を窺うばかりである。
「こっちには時間がねぇってのに、もっと分かりやすく動いて欲しいもんだぜ」
(人工知能を作ったのはレイギスたちだけどね)
「だから色々制限してたんだぜ。それも取っ払っちまってるみたいだけどな」
おそらく武装の制限だけではなく、自立判断や思考能力の制限も外されているだろう。プログラムの根底にある指示を守るために何でもやるって感じだな。そんなホムンクルスはいざとなったら自爆特攻だって仕掛けてきかねない。命を持たないから躊躇いもない。そんな連中の特攻を防ぐのは至難の業だ。
「仕方ない。別の手段だ」
(なにか方法があるの?)
「騙し打ちはあんま好きな手じゃねぇがな」
俺はその場で魔法を発動させ床を丸くくり抜く。そこには配線用の空間が広がっており、人が一人しゃがんで通れる程度の高さはある。
俺はダミーをその場に残して穴の中へと入り込み、こっそりと扉の方へと向かっていく。
ホムンクルスも頭がいいからダミーだとバレるのに時間は掛からない。一分も持たせられればいい方だろう。だがそれだけあれば十分だ。
ホムンクルスの足元へと大量の魔法を設置して、もとの通路へと戻ってくる。
きっかり一分。設置された魔法が爆発を起こし、彼らの足元を一気に吹き飛ばした。
瓦礫と衝撃で吹き飛ばされたホムンクルスたちは大小さまざまな損傷を負っている。そこに飛び込み、魔法で一気にスクラップへと変えていく。
「人ってのは基本的に自分の視界の高さが注意範囲になるらしい。それを超えたり、下回ったりすると、とたんにその範囲は注意力が散漫になる。それはホムンクルスの方が顕著でな。あいつらは基本的に自分の視界内の情報しか処理できない。感覚に第六感なんてものが一切存在しない弊害だな。あ、ちなみに第六感ってのは本当に六つ目の感覚があるんじゃなくて、五感からの情報と過去の記憶を合わせた際に発生する偶発的なものらしいぞ。いわばデジャブに近いもんだな」
(へー)
言っている間にホムンクルスたちは次々に破壊され、その数が半数を下回った。
ここまで減れば、もはや相手ではない。再び室内へと飛び込み、今度こそホムンクルスどもを殲滅してやろうと意気込んだその時、俺の体を纏っていた飛翔の魔法が突然消失した。
地面への落下に対して、僕はとっさに受け身を取って着地する。
そして周囲の状況を確認すれば、残っていたホムンクルスたちも同様に崩れ落ち、電池が切れた人形のようにその場に倒れてしまっていた。
「レイギス、なにが!?」
(分かんねぇ。突然魔法が切れやがった――いや、まさかこれは!? 魔力が吸われたのか!?)
「吸われた!?」
立ち上がって警戒を強める。パタリと戦闘音が止み、静けさが戻った部屋の中、そこにわずかな金属音が響く。
キシキシと何かが擦れる音は、目の前に座る鎧から聞こえてきていた。
「あれが原因みたいだね」
(周辺から魔力を吸収して動き出すか。対魔導士には完璧な対策だな。退魔防壁なんか比じゃねぇぞ)
相手の魔法を使えなくして自分の力に変えるんだから、確かに対魔導士としては最強の兵機かもね。
そんな兵器はゆっくりと立ち上がり、こちらを見る。その瞳にはカメラのようなレンズがはめ込まれている。
「これもホムンクルスなの?」
その答えはレイギスではなく、目の前の鎧から帰ってきた。
「半分正解といったところだな。私はホムンクルスとして生き永らえている」
「生き永らえる。つまり元は人間ということですか」
「その通り。ここを守り、人を粛正するために生き続けるため、私は人の体を捨てた。そうしなければ、ここを完成させることすらできなかっただろう」
(ここを完成――コイツまさか)
「あなたはイーゲル・ルーゼットですか」
「ふっ、この世界にも私を知る人物がまだいたか。いかにも。私はイーゲル・ルーゼット! グロリダリア最後のナチュラリストにして最高の科学者である! ここまでこれたということは、貴様もグロリダリアの生き残りであろう。名を名乗れ」
「僕は月兎。グロリダリア人ではありませんよ。まあ、知り合いにグロリダリアの天才科学者を名乗っている人はいますけどね」
「……レイギス・ウッドワースか」
正直通じたことにかなり驚いていた。
ずっとレイギスの天才科学者って自称だと思っていたし。
「奴も面倒な置き土産をしてくれたようだな。だが、私が目覚めた以上何をしても無駄なこと。この場の魔法は全て私の動力となる以上、グロリダリアの力はこの場では無力!」
「確かにそうかもしれません。けど僕はグロリダリア人じゃない。だからあなたと戦う手段はまだ残されている!」
僕が剣を抜くと、イーゲルも鎧の隙間から剣を取り出した。
(向こうも動力にしてるだけで魔法は使えねぇみたいだな。なら月兎にも勝機はあるぞ)
相手から動く様子はない。時間がない以上、こちらから動くしかない。
僕は一歩踏み出し様子を窺う。機械の体だけあってピクリとも動かない。けど、反応が悪いわけではなさそうだ。相手の目は常にこちらにピントを合わせている。
フェイントは意味がなさそうだ。なら真っ直ぐに!
身体強化を全力で乗せた踏み込み、一歩でイーゲルの足元へと飛び込み首元目掛けて剣を突き出す。
イーゲルは体を傾けそれを躱すと、左手で僕を掴みに来た。とっさにしゃがんで腕を躱し、足に蹴りを叩きこむ。
ガンッと重い音が響くが、足元は少し横にずれただけだ。バランスを崩す様子はない。さらに、蹴られた足を上げ、こちらを踏みつぶしに来た。
転がって避けると、踏み抜かれた後の床がひしゃげている。
あんなので踏まれたら一たまりもない。
「これは――ちょっと大変かもね」
これまでとは全く違うタイプの敵に対して、気づけば僕は舌なめずりをしていた。




