6-10 未発見の遺跡に眠るのは、守護者
「ではお二人とも、準備は良いですか?」
案内役として雇ったスードさんが先頭に立って振り返る。
僕とステラさんは、それぞれの馬に跨り頷いた。
昨日一日で遺跡周辺の情報を集めた限り、やはり案内役が必要だという結論に至った。
山道は険しく、細かく分岐しているせいでどの道を使えば山を登れるのか、下れるのか、谷の下に降りられるのかなどが分からないのだ。
そこで町の人に案内が出来そうな人を聞いてみたところ、このスードさんという人物に行き当たったわけだ。
昔はこの近くの鉱山で働いていたらしく、輸送経験も豊富でありこの周辺の山に詳しいのだという。
鉱山が閉鎖されて以降はこの町で色々な仕事をしているのだとか。お金を払えば、命にかかわるもの以外は大体受けてくれるという。
なので道案内を頼んでみたのだが、すんなりと受けてくれた。
「月兎さん、地図の場所はここで間違いないですね」
「はい」
「おそらく谷の下になります。廃坑を使って谷の下に降りるルートを取りますので、お二人とも自分から逸れないように気を付けてください。廃坑の中は山道以上に迷路になってますんで」
「分かりました。よろしくお願いします」
「お願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。では出発しましょう」
町を出発して十五分ほどで山道へと入って行く。
山と言っても、木の生い茂る様な自然豊かなものではなく、岩肌と土がむき出しになった荒れた土地だ。地面は踏み固められており、馬も比較的安定した足取りを維持している。時々滑る様な感触があるようだが、馬自身が勝手に注意してくれているのでこっちは楽なものだ。
そしてさらに進むと坑道の入り口が見えてきた。
「この坑道に入ります。中は暗いんで、明かりをお願いします」
言われた通りに僕は魔力ランプを付け、ステラさんは普通のランタンに火を入れる。
スードさんも同じようにランタンへと火を入れ、馬の荷物の一つに吊るしていた。
「月兎君のはランタンじゃないんですね」
「王都で購入した魔導具のランプです。不良品として売っていたので安く買えました」
魔力の扱いが分からないこの時代の人にとっては、魔力を注いで灯りをともすこのランプは完全にゴミとなってしまう。まあ、装飾がいいので、インテリアとしての使い道はあるかもしれないが、実際に使えないとなるとやはり値段はかなり落ちてしまうようだ。
レイギスに教えてもらってすぐに使い方が分かったので、僕はすぐに購入したけど。
今回初めて使ってみるが、明かりの強さと時間を魔力の量で調整できるのでかなり使い勝手がいい。しかも、火を使わないから坑道の中でも安心だし。
まあ、前後の二人が火を使っているからあまり関係ないけど。
「そんな道具が。やはり魔力前提の魔導具もかなりの数があるようですね」
「そうですね。あとはまだ気づかれていない隠し機構なんかもあるみたいですよ。一度洗いなおしてみるのもいいかもしれませんね」
「その反応は何か知っていますね。ぐぬぬ、すぐにでも戻って調べなおしたいけど、この奥の魔導具も気になります!」
「まあ、急いでどうにかなるようなものでもないですし、ゆっくり調べればいいと思いますよ」
などと会話を続けつつ、坑道内の分かれ道をいくつも抜けていく。
最初のうちは道を覚えてみようなどと考えていたけど、三、四個超えるころにはすっかり諦めてしまった。上下もあれば左右もあり、本当に迷路だ。なんで迷わないのか不思議なぐらいである。
そして暗闇の中を進みどれぐらいたったのか、不意に光が現れた。
「谷の下に到着ですよ」
光から外へと出ると、深い谷の底へと出た。
両側には見上げるほど高い土の壁。空がいつもより遠くに感じる。
「とりあえずここが谷の下ですが、遺跡の場所はお分かりで?」
「いえ。とりあえずこの辺りということしか。とりあえず谷の中を探してみようかと」
谷は緩やかなカーブを描いており、先はあまり見えない。
「分かりました。この谷にはいくつかの坑道が繋がっています。迂闊に入るとすぐに道が分からなくなるので、絶対に入らないでください」
注意を守りながら、三人で谷の中を探していく。
それらしいものを見つけても、スードさんのそれも坑道ですという無慈悲な回答を聞くこと数回、ステラさんが怪しい場所を見つけた。
「月兎君、ここだけ岩の感じが違いませんか?」
ステラさんが見つけたのは、壁面の一角。そこは確かに言われてみると別とは違っていた。なんというか、土の色が違うのだ。地層の中でその一部だけが違う色になるというのは考えにくい。ならばそこが怪しいと思うのは当然だろう。
念のため元鉱山夫であるスードさんにも聞いてみたが、こんな形の変化は初めて見たという。
扉ではないが、怪しいものは調べてみるしかない。
馬に括り付けてあったツルハシを取り出し、その土へと振り下ろす。するとカキンと明らかに土を叩いた時とは違う感触が返ってきた。さらに、衝撃によって叩かれた部分が大きき剥がれ落ちる。
「ステラさんお手柄です。当たりみたいですよ」
剥がれ落ちた一部から覗くのは、遺跡の扉と同様の紋様。どうやら長年谷の下で放置されていたため、砂などが張り付いて入り口を塞いでいてしまったようだ。
ガリガリと張り付いた土を剥ぎ落し、入り口を完全に露出させる。
他の遺跡に比べてかなり地味な入り口だ。片開きの扉は、何と言うか民家の入り口を思い出させる。
(レイギス、ここでいいのかな?)
(間違いないな。この遺跡は発見されることが目的じゃねぇ。別の理由で作られた遺跡だから、入り口の仕様も違っているんだろう)
(そうなんだ)
確かに今までの遺跡では、豪華な扉で探索者を迎え入れるような雰囲気を醸し出していた。しかしここの扉にはドアノブすら存在しない。
軽くノックしてみるが、何も反応は帰ってこない。
「どうやって開けるんでしょう?」
ステラさんも興味深そうに扉の隅々を調べていた。
(レイギス、開け方は?)
(魔力流し。俺と変わってくれ)
(了解。本当に今の人を入れるつもりがない遺跡なんだね)
「ステラさん、扉を掛けるので少し離れていてください」
「あ、はい」
ステラさんが数歩下がったのを確認して、僕は腕輪のスイッチを押して人格を入れ替える。
レイギスは素早く手を扉に触れると魔力を流し込んだ。
手の触れている部分から紋様が光りだし、それが扉の縁へと流れ込んでいく。
そしてガタガタと扉が震えたかと思うと、そのまま地面の下へと吸い込まれて行ってしまった。
「うし、完了。月兎、戻るぞ」
レイギスがさっさとボタンを押して人格を元に戻す。
「じゃあステラさん、行きましょうか。スードさんはすみませんがここで待機をお願いします」
「はい。ドキドキします」
「そういう契約ですからね。問題ありませんよ。私に未発見の遺跡の探索技能なんてありませんし」
僕たちはランタンをもって遺跡の中へと入って行く。
すぐ階段になっており、地下へと降りていくと広場に当たった。
その先には奥へと続く通路が見える。だがそれよりも激しく目を引くものが僕たちの目の前に聳え立っている。
それは巨大なゴーレムだった。パワードスーツのような無骨なゴーレムは、ゆっくりとその顔を動かしこちらを見る。
「ココヨリ先ハ立入禁止区域トナッテオリマス。直チニ退去シテクダサイ。モシクハ許可証ノ提示ヲオ願イシマス」
(レイギス、これはいわゆるガードロボットっぽいけど、大丈夫なの?)
(大丈夫じゃねぇな!)
(え!?)
(重要施設護衛用のガードロボだ。武力行使も許可されてる。いったん階段まで引け、すぐに排除しに来るぞ)
言うや否や、黄色だったゴーレムの一つ目が赤く輝いた。
「排除シマス」
「ステラさん! 逃げるよ!」
「え!?」
慌ててステラさんの手を掴み、階段まで駆け戻る。ゴーレムは階段の直前まで追いかけて来たが、階段には腕一本入らない。守備範囲が広場からなのか、強引に追いかけてくることもなく元の位置へと戻っていった。
(あれ倒せるの!?)
(お前らじゃ無理だ。装甲は徹甲弾だって防ぐし、熱にも強い。剣なんざ傷一つ付かねぇよ)
(じゃあ)
(おう、俺がやる。魔法ならぶち抜けるからな)
「ステラさん、レイギスがあれは対処してくれるそうです。少し待っていてください」
「あ、あれは何!? グロリダリア時代の兵士か何かなのかな!? できればそのまま確保とか無理かな? 研究とかしてみたいんだけど!」
「ちょっと難しいですね。というか、この時代には完全なオーバースペックですよ。無用の長物というか、あっちゃいけないものっぽいので、完全に破壊します」
「そんなぁ! せめて部品ぐらいは持ち帰っても?」
「まあそれぐらいなら」
どうせ調べることもできないだろうし。
(じゃあレイギス、お願いね)
(俺からの提案だからな。任せとけ)
腕輪を使用し、僕は人格を入れ替える。
そして俺は、階段から全力の魔法で開戦の合図を送るのだった。




