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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
六章 考古学者の少女とグロリダリアの魂
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6-8 ただ川を渡るだけ。そんな日もあるさ

 一連の騒動から二日後、僕は荷物を纏めて宿を発った。

 そのままの足で港へとやってくると、そこにはステラさんたち一行の姿がある。

 港町に兵士の集団が集まっているのは目立つなぁ。あまりあの中に行きたくはないが、待ち合わせをしている以上行かないわけにはいかない。


(いや、むしろ一人だけ船に乗っちまうのも面白くないか)

(全員おいていくの!?)

(冗談だ。ほれ、さっさと行けよ。向うは気づいてるみたいだぞ)


 港の入り口で立っていた僕に、背の高い兵士に囲まれたステラさんがぴょんぴょんと跳ねながら手を振っている。

 二十歳過ぎとは思えない無邪気さだ。あの無邪気さがそのまま行動力に変換されているんだろう。

 僕は軽く頭を下げて集団の元へと向かう。


「おはようございます」

「おはよう月兎君。今日からよろしくね」

「ええ、よろしくお願いします」


 今日港にやってきたのは、この町を出発するためだ。

 昨日の昼にミレイナさんが宿にやってきて船の準備ができたことを教えてくれた。さらに、どのタイミングでも優先して乗れる優待チケットを貰ってしまった。

 準備に二日かかったのは、放置していた間に付いた錆びや汚れを落としていたり、他の設備も異常がないか改めて確認していたようだ。

 そしてチケットを受け取った僕は、同じくチケットを貰っていたステラさんと相談して今日出発する予定を決めたのだ。


「月兎殿、ステラ女史を頼みます。女史は興奮すると目の前のことしか見えなくなってしまうので、月兎殿が押さえてくれると助かります」

「興奮する原因の大半が僕になりそうな気もしますが、出来るだけのことはします」


 ペレオーレさんと握手を交わすと、その手をステラさんがチョップで解いた。


「なんでそうなるんですか! 私だって色々と旅はしてきたんですよ。むしろ年下の月兎君をサポートする立場でしょう!」

「ステラ、現実を見よう」

「んなっ!?」


 ステラさんが絶句している中、桟橋から声が掛けられる。


「みんな! 準備出来たから乗り込んでぇ!」

「じゃあ僕たちは乗船しますので」

「私たちは許可が下り次第国境を越えてお二人を追いかけます。待ち合わせの場所はヌムルスで間違いありませんね」

「ええ」


 ヌムルスは昨日のうちに決めておいた待ち合わせの町だ。そこはヌワラーエ王国の中で最大の大きさを誇る大都市である。

 大都市だけあって周辺にもいくつか遺跡があるらしく、そこをステラさんと回りながら時間をつぶそうということになったのだ。レイギス曰く、その遺跡の中に面白いものがあるらしい。

 詳しくは話してくれなかったが、なにやらステラさんが答えを出すヒントにはなるだろうとのこと。

 それならば寄らない理由はない。


 僕とステラさんが船へと乗り込み、他にも一般の客が次々の乗船していく。

 ロンドルさんの中型船は大体三十人程度まで一度に運ぶことができるらしい。大型船の場合は百人を超えるので、効率は段違いだ。だが、それでも家業としてやっていくには十分な儲けになるのだとか。

 桟橋から手を振ってくれる兵士の人たちにステラさんと手を振りつつ、船が陸から離れていく。


「風が気持ちいいですね」

「潮風じゃなのでべたつかないのも嬉しいですね」


 ここは広大だがあくまでも川。真水なのでべたつく心配もない。

 時折水しぶきがパラパラとかかるが、気にするほどでもないので僕たちは甲板に出たまま離れていく岸を見送るのだった。


 船は真っ直ぐに川を横切り、複雑な流れも何のその、十分ほどで対岸へと到着した。

 渡ってしまえば短いと思えるほどの時間しかなかったが、それを超えるためだけに魔道具が必要なことを思うと、この川が国境になっている意味も理解できる。

 着岸した中型船と桟橋にミレイナさんが板を掛け、乗客が次々と降りていく。

 そして僕たちも桟橋に降り立つと、ミレイナさんから声を掛けられた。


「月兎君、ステラ、お疲れさま」

「あっという間でした。国境越えと言うにはちょっと物足りない感じですね」

「この後は入国管理局に行けばいいんでしたよね?」

「そうそう。そこで入国の登録をしないと違法入国になるから気を付けてね。犯罪者を入れないようにするための簡単なチェックだけだから、そんなに時間は掛からない思うよ」


 本来ならばチケットを買う時にも簡単なチェックがあるらしいが、僕たちはミレイナさんから直接チケットをもらったのでそんなものは無かったからな。

 ちょっと緊張してしまう。


「分かりました」

「二人とも、今回はありがとうね。私も色々と考えさせられたよ」

「けど四代目を継ぐんですよね?」

「もちろん。こっちに帰ってくるときはまた使ってね。今度は有料だけど」

「ふふ、ええ。利用させてもらいますね」


 僕はたぶん利用することはない。

 転移の魔導具の場所がヌワラーエ王国にあると判明しているからだ。だからその場は笑ってごまかしておく。

 そう言えばステラさんはどこまで付いてくるつもりだろう? まさか地球に来るとか言い出さないよね?


(大丈夫じゃねぇの? そこまで付いてきたら、こっちの世界に情報を残せないしな。ステラの希望と矛盾する)

(そっか)


 なら大丈夫かな。

 僕たちはミレイナさんとがっしり握手を交わし、船に残っているロンドルさんにもさよならを告げて桟橋から離れる。

 人の流れに乗ってそのまま入国管理局へと入った。

 中の印象はプアル王国側とさほど変わらない。まあ、川を渡っただけで人種や文化が変わるわけでもないから当然だろう。

 登録用の窓口へと並び、順番が来るのを待つ。

 前の人の様子を見ながら待っていたが、簡単な質問と手荷物チェックをするぐらいのようだ。


「そう言えば兵士の人はダメだったけど、ステラさんは大丈夫なの?」


 何と言うか、付いてくるのが当然みたいな雰囲気だったので気にしなかったが、ステラさんも王国の依頼で動いていたはずだ。部類的には国家公務員に近いものじゃないんだろうか。

 となると、国を渡るには色々と許可か連絡が必要なんじゃ。そう思ったのだが、どうやら杞憂のようだ。


「大丈夫ですよ。国から依頼を受けてはいますが、私の身分はあくまでも依頼を受けた一考古学者ですからね。遺跡調査のために他国に行くことも多いですし、探索者である月兎さんとさほど変わりません」

「そうなんだ」

「探索者が国から魔導具探索の依頼を受けることもありますし、それとさほど変わりません。その分給料も安定しませんが」

「世知辛いね」

「自営業の辛いところですね」


 そんな話をしていると、順番が回ってきた。


「ようこそヌワラーエ王国へ。お名前と職業、入国の理由を教えてください」

「名前は月兎。職業は探索者です。理由は遺跡探索のためです」

「ステラ。職業は考古学者です。同じく遺跡調査のために来ました」

「確認しました。では隣の部屋で手荷物検査をお願いします」


 流れ作業のようにとなりへと移動し、そこで持っていた荷物をどさりと降ろす。

 何人もの検査員が部屋のいたるところで検査を行っており、僕もその中に混じって検査を受ける。

 ステラさんにはちゃんと女性の調査員が付いて荷物の検査を行っていた。

 そして五分ほどで検査を終え、荷物を纏めて部屋を出る。

 僕よりも荷物の少ないステラさんは、先に部屋を出て待っていてくれた。


「これで完了なんだ。なんだか味気ないかも」

「あくまでも確認のための作業ですし、人数も多いですからね。よっぽど怪しい人でないと止められませんよ」

「そっか」


 確かに今回は中型船で来たから数十人だが、大型船が頻繁に行き来すれば百人単位で検査を受けることになるのだ。いちいち丁寧にやっていては日が暮れてしまう。


「じゃあ行きましょう。今日のうちに町を移動するんですよね?」

「そのつもり。目的の遺跡はヌムルスからも少し遠いからね。ここから真っ直ぐに迎える馬車があるといいけど」


 王都地下にある世界地図には遺跡の場所が鮮明に描かれている。だがそれはグロリダリア時代の地図であり、今の村や町がある場所とは事情が異なっている。

 場合によっては近くの町や村から数日歩かなければならない可能性もあるのだ。

 とりあえず近場の村まで移動するにしても、直通がなければ一度どこかの町を経由しないといけない。まずはそれを調べないと。

 港を出て馬車の停留所へと向かう。

 そこに設置されている案内所で調べることにした。案内所には地図が張り出されており、どこの町に行けばいいのかなどがひと目でわかるのだ。


「えっと、今僕たちがいるのがここだよね」

「そうですね。目的の遺跡はどのあたりなんですか?」

「確か内陸に向かっていった山の麓――この辺りだっけ」

(もう少し下だな。小さく川が描かれてるだろ。その上だ)

「ああ、ここかな?」

(そうそう)


 レイギスの補足もあり、細かい位置の割り出しには成功した。


「ここだと最寄りの町はヒュウエイですね。馬車はあったかな?」


 地図の横には行き先を示した経路図が張り出されている。それを見て、ヒュウエイへの行き方を探す。


「直通は無理そうですね。けど、乗り換えは一回で良さそうですよ」

「ヌムルス行きの途中で乗り換える感じか。覚えやすくていいね」


 場所と経路は確認できた。後は時間だ。

 ヌムルス行きは頻繁にあるだろうけど、辺境に向かう馬車ってほとんどないからな。場合によっては一週間に一回とかになってしまう。となると、自分たちで馬車や馬を借りるのも考えなければならない。


「ヒュウエイ行きは……やっぱり少ないですね。週一回火の日だそうです」

「火の日かぁ……」


 最悪のタイミングだった。この世界の一週間は地から始まり水、火、鉄、風、草、命となっている。そして今日は水の日であり、乗り換えの町までは最短でも一日かかる。つまり確実に乗り遅れることになり、一週間町での待機が必要になるのだ。


「仕方ありませんね。お金は掛かりますが、馬を借りましょう」

「それしかないか」

「お金は安心してください。経費で落とせますから!」


 無邪気にサムズアップするステラに、お金を気にしなくてもいいほどの強大な支援力が羨ましくなるのだった。

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