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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
六章 考古学者の少女とグロリダリアの魂
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6-6 未熟者の夢追い人

 突然川へと飛び出してきた中型船に、港にいた野次馬たちの視線が集まる。

 激しく水しぶきを上げて着水した船は、波に大きく揺らされながらもその船体をしっかりと浮かべていた。

 なお、俺たちはまだ倉庫の中である。つまりあの船はまだ無人だ!


「おい! あんなところに浮かべちまってどうすんだ! 乗り込めないだろ!」


 爺さんが声を荒げるが、俺だってんなことは分かってる。


「爺さん、ステラ、俺に捕まれ。一気に飛ぶぞ」

「え、ええ!?」

「何をする気じゃ!?」


 動揺する二人を掴みよせ、飛翔の魔法を発動させる。倉庫から一気に飛び上がり、そのまま船の甲板へと着地した。

 外から見れば、勢いよくジャンプしたようにも見えたかもな。


(目立つのはほどほどにね)

(大丈夫だって。どうせあいつらの注目は船に向けられるだろうからな)

「ほら、じいさんさっさと助けに行くんだろ」

「お、おう」


 突然の出来事に、じいさんはその場に座り込んでいたが、俺に言われると慌てて立ち上がり操舵室へと駆け込んでいった。

 そして同様に座り込んでいたステラが俺の裾を掴む。


「す、凄いです! 古代人は全員が魔法を使いこなせると言われていましたが、本当だったんですね!」

「まあな。この体で使えるのはちょっと訳が違うが、ま似たようなもんだろ。あと古代人ってのはあんま好きじゃねぇな。グロリダリア人と言ってくれ」

「グロリダリア! それが反映を極めた遺跡の文明の作った時代の名! 凄い! やっぱりあなたを追ってきて正解でした!」

「詳しいことは――まあこのゴタゴタが解決したら答えてやるよ。どうせしばらくは着いてくるんだろ」

「もちろんです! 国境だって超えて見せます」


 だろうと思ったよ。


(月兎、少しの間は大所帯になるかもな)

(のんびり一人旅が楽だったんだけどね。まあ仕方がないか。向こうの時間に振り回されることはないだろうから良いけどね)

(たまには賑やかな旅もいいもんさ)


 そしてエンジンが始動する。

 重低音を水中に響かせ、船尾から勢いよく白波が立つ。


「じいさん! 出力が二割増しになってる! 操作ミスるなよ!」

「それほどか!」


 ぐっと浮き上がる感覚と共に船が進み始めた。それに合わせて、川岸に集まっていた野次馬たちから歓声が上がる。

 大半の連中はこの船の魔導具が壊されていることを知っていたのだろう。

 船はあっという間に大型船へと接近し、ピタリとその横に付けた。

 喫水線が上がっていたため、向こうからならそのまま飛び移れる高さになっている。


「バンス! まだ生きておるか!」

「その声はロンドルか! お主、その船は!?」

「話は後だ! 早く船員を避難させろ!」

「う、うむ!」


 背の低いおっさんが甲板からこちらを覗き込んだ後、船員たちに声を掛ける。

 それを皮切りに、大型船から次々と人が飛び降り、こちらの甲板へと着地していく。

 さすが川の男たち。多少の高さはものともせず、船の揺れも全く気にしていない。上手く受け身を取りながら、すぐさまその場から離れ後続の着地を邪魔しないように移動している。

 さらに怪我人を乗せた担架が運び込まれ、その後に治療道具なども投げ込まれていく。

 飛び移ってきた男たちは、ホッとした様子で壁際に寄りかかり座り込んでいた。全身びしょぬれで船の中にもかなりの量の水が入り込んでいたことが良く分かる

 そして飛び降りてきた船員たちの中に、俺たちの探していた人物がいた。


「ミレイナ! 良かった! 無事だったのね!」

「ステラ。ありがとう。助かったわ。月兎君もありがとうね」

「おうよ。しっかり感謝しろよ」

「月兎君、性格変わった?」

「テンション上がると性格変わるんだ」

(適当なこと言わないでくれる!?)

(気にすんな。どうせ川を渡るまでの関係だ)

(そうだけど!)


 そして全ての船員がこちら側への移動を完了すると、最後にバンスと呼ばれていた小さいおっさんがこちらの船に飛び移りロンドルへと声を掛ける。


「避難完了じゃ!」

「なら離れるぞ」


 中型船がエンジンを吹かせ、波にのまれる大型船から離れていく。

 半分以上が沈んでいる大型船の船体のせいで川の流れがおかしくなっている。だが、俺が改良したエンジンはそんなことを気にもせずぐいぐいと船を押し、多くの人たちが待つ桟橋へとたどり着くのだった。


   ◇


 戻ってきた()たちを歓声が出迎える。

 桟橋へとたどり着く前に僕たちは人格を戻していた。レイギスも自由に出入りできるようになったとはいえ、不必要な時にまで出てくるつもりはないらしい。

 仕事が終わればさっさと戻る。まるで職人だね。

 まずは怪我人が運び出され、次に船員たちが。そしてロンドルさんと向こうの船長さんバンスさんが一緒に降り立つと、ひときわ大きな歓声が上がった。

 そんな中で二人ががっしりと握手を交わす。


「ロンドル、すまんかったな。お前が船を出してくれなきゃ、預かってたミレイナすら助けられなかった」

「無事だったんだ、もう気にするな。それにそっちだって被害は大きいだろ」


 借金してまで修理した船が沈んでしまったのだ。これからは舟渡として稼ぐこともできない。

 別の方法で借金を返さなければならないのだ。


「俺は何とでもなる。まずは部下をちゃんとしたところへ流してやらんとな」

「手伝えることがあれば協力しよう」

「感謝する。それとロンドルも舟渡を再開するなら気を付けろ。俺の船は謎の爆発で船底に穴が開いた」

「奴らの仕業か」

「はいはーい、ちょっといいかい」


 二人の会話の間に、突然軽い女性の声が割り込む。

 それは野次馬の壁の向こうから聞こえてきていた。

 何事かと彼らは振り返り、その女性の姿を見て慌てて道を開けた。

 そこに立っていたのは、王国兵の礼服を着崩した赤い髪の女性だ。なぜか意識を失った男がその襟首を掴まれていた。


「ピスミス隊長!?」

「ステラさん、知り合い?」

「知り合いも何もペレオーレさんの上司。特務隊の隊長ですよ」

「あの人が」


 へらへらと笑みを浮かべながらピスミスさんが桟橋を渡ってくる。


「ステラ、こんな危ないこと勝手にされちゃ困るよ。私たち、一応君の護衛なんだから」

「す、すみません」

「後この男、そっちの人の船を爆破した犯人ね」

「なに!?」


 投げ捨てられるようにバンスさんの前へと転がされた男の顔には、はっきりと殴られた後が残っていた。


「昨日面白いことを聞いたからちょっと探ってたんだよね。そしたら面白いように情報が出てきてさ。国が関わってこないと判断したせいで、情報統制が雑になってたんだろうね」


 ピスミスさんが言うには、昨夜酒場で陰謀の話を聞き、そのまま港で調査を開始したらしい。そして今朝方、バンスさんの船が出航した直後にこそこそと逃げようとする怪しいこの男を発見し、話を聞こうとしたところ突然逃げ出したようだ。

 何かあると分かり、男を捕縛して少々手荒に尋問したところ、船底に爆薬を仕掛けたことが判明したと。


「確かに物流に影響がないから国は動かないかもしれないけど、明確な殺人ともなれば国も動くさ。ちょっと雑にやり過ぎたよね」

「ということは国が動くのじゃな」

「まあ主犯格も分かってるけど、多少お灸をすえるだけになると思うけどね」


 主犯格が大商会三社であることは明白だ。ピスミスさんが彼らの悪だくみを聞いているらしく、問い詰めればすぐに白状するだろうとのこと。

 だがそれで三商会が傾くことはない。適当な責任者を切り捨てて、各舟渡の被害を弁償すればこの話は終了するだろうとのことだった。


「そこまですればしばらくは大人しくなると思うけどね」

「そうじゃな」

「うちは被害額を弁償してくれるならありがたいもんじゃ。こいつのこともあるし、もしかしたら船をもう一度用意できるかもしれん」

「そのあたりはこの町の兵士に任せるよ。私には別の任務があるからね。多少の口利きはしておくけど」

「それで十分だ。感謝する」


 その後、町の兵士たちもやってきて簡単な聴取を受け解放された。

 むしろ、あの人だかりの中から詰め所まで移動させてもらったのは助かったかもしれない。どうやって飛んだのとか説明できないし。

 そしてステラさんたちとはまた夜に落ち合う約束をして僕たちは宿へと戻るのだった。


   ◇


「おじいちゃん、ごめんなさい」


 私は深く頭を下げる。

 今回のことで、おじいちゃんやステラや月兎君にすごく迷惑をかけてしまった。

 それが申し訳なくて、すごく恥ずかしい。


「もういい。お前が無事だったんだ」


 おじいちゃんは桟橋に停泊している自分の船を窓から眺めつつ、そんなことをつぶやいた。


「こんなんじゃ、四代目なんて継げるわけないよね……ごめん、わたしちゃんとべつの道を――」

「諦めるのか?」

「え?」

「少し他人に迷惑をかけただけで、お前は夢をあきらめるのか? 確かにその程度の夢ならば、諦めたほうがいいかもしれんがな」

「それは……」


 本心じゃ諦めたくないに決まっている。でもそんなことを言えるわけがない。


「おじいちゃんは分かってたんでしょ? 船を修理すれば、また商会の連中が工作を仕掛けてくるって。だから船を直さなかった。私はそれすら分からなかったんだよ?」


 バンスさんのところは傭兵を雇うことでそれを防ごうとした。今回はその傭兵の一人に商会の息がかかった男が潜り込んでいたことが原因だった。

 うちじゃ傭兵を雇うなんて無理だし、そうなれば今度は修理した船自体をバンスさんのところのように沈められるかもしれなかったんだ。その可能性すら全く気づかず、私はただ川に出たい一心で修理することを考えてしまっていた。


「確かにお前は多くの人に迷惑をかけたし心配させた。ワシの考えが分からなかったのもお前が未熟だからだ。だが未熟だから夢をあきらめなければならないのならば、誰も自分の夢を追いかけることなどできなくなる」

「それは……そうだけど」

「今回の責任は商会の連中ということで全てが片付いた。お前のミスはまだ取り返せるものだ」

「それって……わたしは四代目を目指してもいいの?」

「目指すことは構わん。だが簡単に継がせてやるほど甘くはないぞ?」

「うん! 私頑張るよ! 誰よりも頑張って、いっぱい勉強して、誰よりも凄い舟渡になって見せる!」

「ふっ、最初の客は彼らになるだろうな。しっかり準備をしなくては」

「そうだね!」


 私は二人の姿を思い浮かべて、大きく頷くのだった。

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