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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
六章 考古学者の少女とグロリダリアの魂
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6-5 タイムリミット・アンスザクト

 僕は重たい瞼を擦りながらベッドから起き上がる。

 テーブルの上には昨日渡された大量の質問用紙。それらの回答に時間をとられて寝るのが遅くなってしまったのだ。

 けっこうな時間を費やしたはずなのだが、出せる情報と出せない情報を確認しながら答えを書いていたため、まだ半分以上が手付かずになっている。

 まあ、いつまでにという期限も決めていないし、しばらくはここにいると思っているのでそこまで急ぐ必要はないのかもしれないが、僕は夏休みの宿題を後半に残すタイプではないので、こういうのが残ったままというのが落ち着かないのである。


(目が覚めたか。おはようさん)

(おはよう、レイギス)

(今日はどうするんだ? また港に行くか?)

(昨日の今日で物事が動いているとは思えないよね)


 おじいさんもミレイナさんもかなり頑固そうだったし、簡単に説得ができるとは思えない。

 昨日は尾行や船のことがあってこの町を見て回ることもできなかったし、そっちに時間を費やすのもいいかもしれないな。


(とりあえず朝ごはん食べながら考えようか。基本は観光方面で)

(いいな。港町なら美味い飯も多いだろ)


 着替えて宿の食堂へと向かうと、すでに朝食を始めている宿泊客の姿が多い。

 ほとんどのテーブルは埋まっているが、僕は上手く空いているカウンターへと滑り込むことができた。

 そして食事を注文すると、しばらくしてパンとスープが出てくる。

 パンは焼きたてで温かく、スープは具沢山のものだ。港町らしく、魚介がふんだんに使われているのか、ブイヤベースのようないい香りがしている。

 一口飲めば、魚や貝のうま味が口いっぱいに広がった。

 僕も、僕と感覚を共有していたレイギスも思わず唸る美味しさだ。


(いい味だね。出汁が効いてて食べやすい)

(宿の朝でこのレベルだ。レストランも期待できそうだな!)

(そうだね。後は日持ちするものも少し買っておこうか)


 干物みたいなものがあれば、たき火で炙るだけでもかなり美味しいし日持ちもする。

 一人暮らしでもそうだけど、どうしても手間のかからない料理となると肉や根菜になっちゃうからなぁ。こういうのは食べられるときにしっかり食べておかないと。

 人も多いので手早く朝食を終え、僕は宿を出る。

 町中をぶらぶらするだけでも、生活習慣の違いが如実に現れていて面白い。

 川の増水を警戒してから建物は軒並み三階以上あるし、土台はがっしりとした作りになっている。

 水はけも考えられているのか、一階部分は裏口まで通り抜けられるような構造が目立っていた。


(食べたばかりなのに食欲を刺激される匂いがいっぱいだ)

(パッと見た感じ網焼きが多いな。後はスープ系か?)

(港町の定番だよね。その分肉類が少ない?)

(あるにはあるが、そこまでこだわってる感じはしないな)


 内陸の町だと、串焼き一つとっても店ごとに様々な味付けがあった。

 だがこっちだとそこまで違いはなさそうだ。というか、むしろ塩を振っただけの串焼きも多い。その分魚の串焼きには様々なバリエーションがあるが。

 そもそも魚自体の種類も多く、全てを制覇するなら一週間は掛かりそうなほどである。

 だがそれに引き換え、アクセサリーなどの小物やお土産になりそうな商品を扱っている店は凄く少ない。

 露店で怪しげな宝石を並べている定番な人達の姿も見られない。


(ちょっと期待してたんだけど)

(龍のキーホルダー的な奴か? 確かに欲しくなるディテールだな)

(でしょ?)

(まあここら辺は商業メインっぽいからな。川沿いで遊べるような場所もないから、観光としては不向きなんだろ)


 舟渡に特別な船が必要なように、すぐ横に流れている国境の川は流れがおかしい。

 そのため、海水浴のような水遊びの場所が存在しないのだ。お土産屋が少ないのはその影響だろうとレイギスは言う。


(なら仕方がないか。次はどこ行く?)


 昼過ぎまでぶらぶらと町の散策を行い、大方の場所は見れた気がする。後残っているのは港か町の外ぐらいだ。


(なんか港のほうが騒がしくねぇか?)


 言われてみれば、先ほどから港へと掛けていく姿をちらほらとみている気がする。


(お祭り――ってわけじゃないよね。見に行ってみようか)


 野次馬根性。他の人を否定できないなと思いつつ、僕たちは港へと足を向けるのだった。


 到着した港は騒然としていた。

 いたるところで怒号が飛び交い、多くの人たちが不安そうな顔で川を見ていた。

 人の壁で見えないが、川で何かがあったのは間違いなさそうだ。

 僕は建物の側にあった木の箱へと昇り、その様子を確かめる。

 川には一隻の大型船が浮いていた。いや、浮くというにはあまりにも喫水線が高い。少しの波で甲板上に水が入り込んでいた。大型船であの高さは普通ならば考えられない。ということは――


(沈んでる)

(間違いないな。例の定期便を抱いているところじゃなさそうだ。となると修理した船の試験運転ってところか)

(そこで問題が発生したわけだね)


 聞こえていた怒号は、出せる船はないのかというものだ。救助が必要な状態なのだろう。


(助ける方法はある?)

(俺たちだけだとちと厳しいな。飛んで救助するにも時間が足りねぇだろ)


 一人ずつ陸まで運んでいる時間はない。船を浮かせられるほどの魔法もレイギスの反応から考えると難しそうだ。

 となると、周りの人が言っている通り別の船を用意するしかない。


(けど今出せる船って)

(例の三隻だけだな。ま、頼んでも無理だろ。試験運用の船が沈むなんて普通じゃない)

(作為されたってことだね)


 卑劣すぎる行為に怒りが湧く。自分たちが儲けるためなら、人が死んだってかまわないって言うのか。


(おそらく他の大型船は間に合わない。けど、すぐに出せそうなのは一隻だけあるな)

(うん、行こう。ロンドルさんのところへ)


 僕は木箱から飛び降りると、人の壁をかき分け港の片隅に設置された倉庫へと向かうのだった。


   ◇


 僕が倉庫へと駆け込むと、そこではロンドルさんとステラさんが言い争っていた。

 というよりも、必死にステラさんがロンドルさんを止めている様子だ。


「何があったんですか?」

「月兎君! ロンドルさんを止めて! 壊れたこの船で助けに行くって言うのよ!」

「止めるな! あの船にはミレイナが乗っておるんじゃぞ! このまま見殺しになんぞできるか!」

「ミレイナさんが!?」

「けど推進器が壊れているこの船で出ても何もできませんよ! むしろ二次被害を起こすだけです!」

「帆を張れば途中までは行けるはずじゃ! この川で生きてきたワシを舐めるな!」

「そう言う問題ではありません!」


 確かにこの船には推進器以外にも帆船として使うための帆が用意されている。これを使えるならば、川に出ることも可能だろう。だけど、救出までは可能だろうか?


(レイギス、おじいさんの言うことは本当かな?)

(出るだけなら可能だろうよ。けど、戻ってこれない可能性は高いな)


 沈みそうな船に横付けし、人員を移動させて再び陸に戻る。そこまで細かい操作を帆だけで行うのは難しいかもしれないとのことだ。

 推進器がいるほどの川の流れに加えて、今回は船が沈没する可能性もある。その際に発生する波にのまれれば、中型船では転覆する可能性もあるというのがレイギスの予想だ。


「ロンドルさん。川の船は後どれぐらい持ちそうですか?」

「あの沈み方は船底に穴が開いておる。そこの区画を閉じたとしても、入ってくる水は完全には止められん。あの沈み方では持って二時間じゃ」

「二時間」


 救出する時間を考えれば、リミットは一時間だろう。


(レイギス、行ける?)

(余裕っ! 俺を誰だと思ってやがる)

(グロリダリアの天才科学者でしょ。期待してるよ)

「ロンドルさん、僕に船を直す許可をください」

「何を言い出す! ミレイナが死ぬかもしれんのだぞ!」

「だからです! 一時間。一時間で船の推進器を直します!」

「そんなことができるわけなかろうが!」


 ここで押し問答をしている時間はない。

 僕は腕輪のスイッチを押し、人格を入れ替えた。


「できるんだなぁ! グロリダリアの技術をもってすればよ!」


 入れ替わった()は魔法を発動させ、じいさんの体を拘束する。

 驚く爺さんとステラをしり目に、推進器へと手を伸ばす。


「さあ、パパッと仕上げてちゃっちゃと助けに行くぞ。ステラ、お前も手伝え」

「え、え?」

「お前の見たいもんを見せてやるっつってんだよ」

「分かったわ!」


 突然の俺の変化に混乱していた様子のステラだったが、俺の言葉で吹っ切れたようだ。さすが科学者。欲望には忠実だな。


「んじゃ始めるぞ。アナリズィズマシーナリー・アンスレム。ディスィパラティオレ・アンスレム。イリベラルフーガ・セティモランジェ・アンスザクト」


 まずは解析、そしてパーツの分解、分解したパーツを浮遊魔法によって浮かせ、修理が必要ないくつかのパーツを取り出す。


「ステラ、そこらへんに捨ててある金属片持ってこい」

「はい! 凄いわ! やっぱり古代人だったのね!」


 ステラは興奮した様子で俺の魔法を見ていたが、指示を出せばすぐに倉庫内を走り回り錆びだらけになった金属片を集めてくる。

 故障の原因は強烈な力を叩きこまれたこと。おそらく鉄パイプなどで何度もたたかれたのだろう。表面がやや変形し、衝撃で中のギアに破損があった。

 俺はそれを変質魔法で金属片とパーツを混ぜ合わせ成形しなおし、新品同様のパーツを作り出していく。


「ついでだ。少し出力上げといてやるよ」


 そして魔導具の核となるコアに俺が修正を加えたプログラムを上書きし、全てを元通りに組みなおした。

 時間にしてジャスト三十分。要望した時間よりもだいぶ余らせちまったな。


「おら、じいさん直してやったぞ。さっさと助けに行くんだろ」


 じいさんを縛っていた魔法を解除し、俺は船を衝撃の魔法で川へと突き飛ばした。

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