5-5 過去を振り返る1 割とろくでもない出会い
ガタゴトと揺れる馬車は、ゆっくりとした足取りで目的の町へと近づいていた。
王都を発って早数日。僕たちは港町であるメロウ――ではなく、そこから少し離れた町であるシェンブルへと向かっていた。
ヌワラーエ王国へ向かうならば、国境となっている大河を渡らなければならない。その為には、メロウへ行くことが正しいのだが、王都を発つ少し前、レイギスから頼み事をされたのだ。
◇
「シェンブルに行きたい?」
(おう。そこにある遺跡に行きたいんだ)
「何かあるの?」
シェンブルは、王都から東へと向かった先にある町だ。国境は南にあるため、進路としては大きくずれることになる。本来ならば寄ることのない町だが、どうやらレイギスはその遺跡へと行きたいらしい。
自分からどこかへ行きたいなんて言い出すことは初めてだったので、思わず問いかけてしまった。
(俺も基本的には無干渉で行きたかったんだがな。ここの遺跡はどうも俺がらみの因縁が残ってるっぽいんだ)
(レイギスがらみの因縁? って言うと、科学者の恨みとか、過去の怨恨とかそんな感じ?)
(なんでマイナス方向に振り切ってんのかはあえて聞かねぇが、まあ近いな)
だってこれまでのレイギスの行動パターンと性格を合わせれば、末代までたたられていてもおかしくはないでしょ。
それはそれとして、僕としては特にレイギスの要望を突っぱねる理由はない。
(じゃあその町に行ってみようか)
(いいのか?)
(急ぐ旅でもないし、これも人助けじゃない?)
(まさか月兎に助けられることになるとはなぁ)
◇
そんな感じで僕たちは王都からシェンブルへとやってきたのだ。
シェンブルの町は、今まで見てきた大きな町とは違い、周囲に畑の広がるのどかな雰囲気だった。
外壁などもなく、町の周囲には腰ほどの高さの柵が設置されているぐらい。当然、町への出入りへの門はあるが、完全にフリースルーである。
(のどかな町だね)
(いい雰囲気だ。どっかからパンの匂いがするのもポイント高いな。また美味いパンを探すぞ)
(ティアのパンも美味しかったからね。あのレベルってなかなか無いと思う)
王都を出発する日の朝。ティアのお店によって別れの挨拶と一緒にいくつかパンを購入したのだ。
丁度朝の焼きたてが並んでいたので、店の前で買ったうちの一つをすぐに食べてみたのだが、想像以上に美味しかった。おかげで、店に逆戻りする羽目になった。
ティアには笑われたけど、あのパンの味は買い溜めするだけの価値があったと思う。
まあ、買い溜めしたパンもすでに数日の旅で食べきってしまっているんだけど。
(ま、ほどほどの期待しつつだな。遺跡はここから少し離れたところにある。今日は休んで明日の朝向かうぞ)
(そう言えばそこには何があるの?)
前に聞いた時は上手くはぐらかされてしまっていた気がする。
あんまり教えたくないものなのかな? けど、僕が遺跡を探索するわけだから、結局は知ることになるんだし、心の準備ぐらいはしておきたいんだけど。
(あー、そうだな。簡単に行っちまえば知り合いだ)
(知り合い? もしかしてレイギスみたいに魂の状態で保管されているとか?)
(いや、王都の地下地図を見た感じ、肉体のまま冷凍睡眠状態で保存されているみたいだ。統一政府にも正式に届出を出してあるらしい)
(レイギスよりも信用はあるみたいだね)
(天才は理解されないもんだからな)
それ以前に言動の問題だと思うけどね。
(それで、その人を起こしに行くの?)
(おう。無関係ってわけでもないしな)
(どういう関係の人だったの? レイギスの知り合いってことは科学者だよね)
(関係か――良く分かんねぇんだよな。なんかよく俺の研究に突っかかってきたけど、最終的には論理的に捻りつぶしたし)
(へぇ)
でも問題行動の多かったであろうレイギスにあえて突っかかりに行くなんて、きっと聖人みたいな人だったんだろうな。それか委員長タイプ。
研究に没頭するレイギスと、それに小言を言う委員長。うん、いい組み合わせだと思う。
(ま、無関係ってわけでもないし、俺が目覚めたついでに起こしてやろうと思ってな。俺みたいに秘匿はされてないだろうが、冷凍睡眠の解除は結構難しいはずだ。素人が下手に壊してそのまま死亡じゃ浮かばれねぇだろ)
(確かに)
新しい時代で目覚めることを期待して眠りについたのに、目覚めることなくその時代の人間に殺されたとなれば、むしろ化けて出そうだ。
特に、執着の強い科学者なら。
(そういえば、レイギスの過去って全然知らないな。なんか異端の科学者ってイメージしかないや)
(ついでだし、少し話すか? どうせなら、これから会う奴のことも教えてやるよ)
(是非聞きたいな)
(そうだな。まずあいつと初めて会ったのは、昇華のシステムが完成するよりも前の話だ)
そう言ってレイギスは過去を語りだした。
◇
あいつは俺がいつも通り自宅の研究室に引きこもって新しい魔法の研究を行っていた時にやってきた。鳴らされるインターホンにAIが対応する。グロリダリア時代のAIは地球のものよりも発展しており、人と同じレベルの会話や質疑応答が可能になっていた。
俺は自宅の管理AIに対して、基本的には誰も入れるな。帰らせろと命じている。研究を邪魔されるのは不快だし、そもそも俺の家に来る連中は碌な奴がいないからだ。
自分の研究が反証明された逆ギレ、俺の研究をよく理解もせずただ結果だけを使いたいとかほざく企業家、俺に彼女を寝取られたとかいう、意味不明な難癖。俺は買いしかしてねぇ!
そんな感じで、今回も同じくさっさと追い返すと思っていたのだが、なぜかAIがそいつを客室に通してしまったのだ。
管理AIが通すのは、家主に対して必要と判断された人物のみ。それを家主が拒否するのは人としておかしな行動だというのが常識だった。いわば、友人を客室に待たせて、普通に私生活を送る様なものだ。
仕方なく研究を中断し、俺は客室へと向かう。
扉を開けたそこにいたのは、真っ黒な髪の少女だった。
「あなたがレイギス・ウッドワースね」
「あんたは誰だ? 知り合いじゃねぇだろ」
「ええ。私は科学者、セフィリア・シュトラール」
「セフィリア……」
「思い出した?」
「いや、ぜんぜん」
全く記憶に心当たりがなかった。
俺の答えは、セフィリアには気に食わなかったようだ。額に青筋を浮かべながら、勢いよく立ち上がる。
「あなたに天動性環境循環システムの基礎理論の論文を反証明された科学者よ!」
「ああ、あの新興宗教の聖書か。読み物としては面白かったぞ。科学としては零点だけどな」
「んなっ!」
言われて思い出す。つい最近発表された論文で、内容は天動説を応用した無重力空間で人工太陽による四季の製作とそれに付随する環境整備の基礎理論だった。簡単に行っちまえば、太陽の光が遠い惑星でのテラフォーミングである。
まあ着眼点は良かったんだが、製作と維持が魔法前提だったのと、コストパフォーマンスに希望的観測が入りまくってて、論文としては話にならない内容だった。
そこを徹底的に指摘して、現実性のない空想論と切り捨てた論文だ。
あの筆者か。なるほど、見た目からして二十を超えていない程度。俺よりも下ならあの稚拙さも理解できる。
年齢が分かってりゃ、もう少し優しく結論出してあげたのにな。匿名で出すんなら、そりゃ叩き潰されるさ。
正面から言われて、顔を真っ赤にして震えてやがる。
にしても理解できん。AIはなんでコイツを家に上げた? こんな逆ギレかます奴は、これまでもごまんといたのに――――
いや、それはAIが正常に働いて入ればの話だ。
「お前」
「なによ」
「家のAIにハッキング掛けたな」
セフィリアの肩がびくんと跳ねた。
そして視線がツーっと横に逸らされる。
こりゃ図星か。
「他人の家へのAIハッキングは重罪だ。空き巣と同じだからな。けどそんなことはどうでもいい」
「どういうことよ。私を警察に突き出すんじゃないの」
セフィリアのことをどうでもいい虫けらのような存在だと思っていたが、少しだけ評価を改めよう。こいつの魔法プログラムの能力は俺と同レベルだ。
「お前、俺の強化したAIのプログラムを抜いたってことだろ。その技術力には興味がある」
これまでだって、当然AIにハッキングを掛けてきた馬鹿は何人もいた。けどそいつらは、俺の強化したAIを突破できず、逆に経路からウイルスプログラムを逆流させて相手の魔法をぶっ壊してやった。主に爆発する方向に魔法を書き換えてやったので、だいたい玄関で爆発していた。んで、そのままブタ箱行き。けどこいつは爆発することなく突破してきたわけだ。
「ふん、あんな土壁みたいな魔法壁抜けるに決まってるじゃない。あなたこそ、もう少しましなプログラム書いたらどうなの? それとも、反証明に夢中になり過ぎて、魔法の書き方忘れちゃったのかしら?」
自信を取り戻したのか、セフィリアはこともあろうに俺を呷ってきやがった。
だから俺はコイツを試すことにしたのだ。
俺は家のシステムに接続し、開発途中だったプログラムを呼び出すと、それをセフィリアの端末へと強引に送り込む。
本来は端末側の許可がないと送信はできないのだが、セフィリアのやったハッキングとおなじだ。端末に強引に認証させてプログラムを送り込む。
「なによこれ! 私の端末に何入れたの!?」
「試してやるよ。ハッキングは見逃してやるから、今度はそれ解いて来な。開発途中だが、基礎理論は完成してる。それがどんな効果の魔法か分かったら――そうだな、土下座でもなんでもしてやるよ」
「いいわ! 言質取ったからね! 土下座させてやるから待ってなさい!」
セフィリアは端末から俺の作ったプログラムを開きながら、ドタドタと部屋を出て行った。
あいつ、本当に何しに来たんだ?
これが俺とセフィリアの出会い。割とマイナス方向に振り切った出会い方だったと思う。




