5-2 子供に継がせるっていうけど、お前その前に結婚できんの?
「これが、地図の魔導具?」
シェリスさんの声には落胆が混じっていた。
壁一面に描かれた世界地図には、確かに色々な場所に赤い点が光っている。そこに遺跡があるということなのだろう。
探索者からすれば、この世界地図は喉から手がでるほど欲しい物なのかもしれない。けど、今シェリスさんが求めていたのは、もっと身近な持ち運びできる地図。
どれだけお宝であっても、探し求めていたものと違っては落胆するのは当然かもしれない。
(月兎、壁面の前。なんかあるぞ)
(前?)
壁いっぱいの絵に注目していて気づかなかったが、レイギスの言う場所には小さな台座のようなものがあった。
「シェリスさん、あそこ何かありませんか?」
「えっ!?」
僕が指さすと、シェリスさんは慌ててそちらを見る。そして台座の元へと駆け寄った。
「これは――何かしら?」
困惑するシェリナさんの横から台座をのぞき込んでみる。そこにあったのは腕時計のような形をした物体だ。
お店に並んでいるように、丁寧に展示してある。
(大当たりじゃねぇか。本来は世界地図と同期させるために用意したもんなんだろうが、これ単体でも十分使いもんになるぞ)
(もしかしてこれがレイギスの言っていたカーナビ?)
(おうよ。スクリーン投影型方位デバイス。昔は魔力リンクで地図を随時更新させてたが、歩いた場所の地形を自動で登録もしてくれる。シェリスがつけて一度歩いた場所なら、全部マッピングしてくれるわけだな。しかも音声案内付きだぞ)
それは大当たりだ。
遺跡内ではもちろん、一度町を訪れれば、通った場所の地図が完成する。
最悪でも、帰り道が分からなくなることはない。
新しい場所は自分で歩いて登録しないといけないかもしれないけど、向かう場所が決まっていれば、大きく外れることもないだろうし。しかも音声案内付きなら、地図の読めない勢のシェリスさんでも安心である。
「シェリスさん、着けてみたらどうです?」
「大丈夫だろうか? つけた瞬間手首が飛んだりは」
「そんな物騒な魔道具ありませんよ。ほら」
僕は躊躇しているシェリスさんを見て、魔道具をひょいととりあげると僕の腕に巻き付ける。
ベルトは金属製のものだが、長さの調節機能もついている。
(どうやって動かすの?)
(正面下部のボタンを押してみろ)
言われるままにボタンを押し込むと、画面が光りだしその上に見慣れたスクリーンが投影された。
僕はわざとらしく驚きながら、シェリスさんにそのスクリーンを見せる。
「シェリスさん、これ地図じゃないですか? これなら持ち運べますよ!」
「う、うむ! これなら確かに!」
僕は腕から魔導具を外し、シェリスさんに手渡す。
シェリスさんは僕を真似て腕に魔道具をはめた。
「これは凄いな。みろ、絵に触れると地図が動くぞ。お、拡大もできる!」
興奮したように魔道具を弄り回す。
何かが起こるたびに、見ろと言って僕に見せてくれるが、ズームだったりルート表示だったり、カーナビや地図アプリで使える機能ばっかりなのでいまいち感動が薄い。
シェリスさんはひとしきり弄り回した後、その魔導具を見下ろして眉間にしわを寄せた。何か不満でもあったかな?
「こんな便利なものを貰ってしまっていいのだろうか。ここまでこれたのは月兎のおかげだ。ならば、これは月兎が持つべきものでは……」
「いえ、僕は普通に地図も読めますし、特に必要ありません。金銭も早急に困っている訳でもありませんし」
売ればかなりの値段になりそうな魔道具だが、僕としてはこの腕時計型の魔導具よりも壁面の地図の方が重要だったりする。
「僕の収穫はこれからです」
「収穫と言っても、ここには世界地図しかない」
「その世界地図が大切なんですよ」
「一体どういうことなんだ?」
この世界地図には赤い点が散りばめられている。そして右の壁面にはこの世界地図の意味もグロリダリア語でしっかりと記されていた。
遺跡の地図と。
つまり、この赤い点はグロリダリア人が残した遺跡の場所が記されているのだ。
しかもご丁寧に、赤い点に触れることでそこにどんな魔道具があるのかも表示されるようだ。
これがあれば転移の魔導具の在りかが分かる!
(レイギス、一気に帰りが近づいたね)
(だな。ま、真っ直ぐにそこに向かう必要もねぇわけだけど)
(旅はのんびりってやつ?)
(それもあるが、直進で行けるとは限らねぇしな)
山あり谷あり、深い森の中を一人で歩けるわけでもないし、そこに行くまでにも街道を使って色々な町を回ることになる。
確かに、気持ちばかりはやらせても意味がないね。
困惑するシェリスさんの視線を背に、手近にあった赤い点に触れてみる。
すると、魔導具と同じようにスクリーンが浮かび上がり、誰が作ったのか、どんな魔道具が保管されているのか、その機能などが詳しく表示された。
まさに案内板。役所的な魔道具だ。
「まさか月兎、君はその文字が読めるのか!?」
「ええ。他の人には秘密ですよ」
「分かった。この魔道具を融通してもらった恩もある。この秘密は墓場まで持って行こう」
「別にそこまで重い秘密でもないんですけどね」
(あ、ここってレイギスの遺跡じゃない?)
地図の中に光っている赤い点。その周囲の地形に見覚えがあった。
方角的にも、たぶん合っているはずだ。
(みたいだな。どんな風に書いてあんだ? 見てみようぜ)
(うん)
点に触れてスクリーンを出現させる。
そこに表示された文字に、僕もレイギスも絶句した。
・遺跡製作者 レイギス・ウッドワース
・保存魔導具 不明
・機能 提示情報が正しければ、レイギスの魂を遺跡のコントロールキューブに接触した者に感染させる魔導具。多数の魂を内包した肉体にどのような影響が出るかは判明しておらず、統一政府の見解としては使用することは非常に危険であると判断している。
・備考 統一政府の判断により、完成後この遺跡は外部からの侵入が出来ないように改造を施した。
感染とか書いてあるんだけど……
非常に危険とか判断されてるんだけど!?
遺跡自体に封印施されてるんだけど!?
(レイギス! これどういう――)
僕がなにかを言う前に、レイギスの怒りが爆発していた。
(ふっざけんな! 俺の研究を理解できなかったぼんくら連中の戯言じゃねぇか! 俺は魂の隔離と安全性に関して懇切丁寧に千五百ページ以上の論文書いて提出してやったんだぞ! どうせ読みもせずに適当に流しやがったんだろ!)
いや、論文千五百ページは僕もちょっと嫌だな……
(しかも言うに事書いて封印しやがっただと! どうりで俺の遺跡だけ発見が遅れるわけだわ! おかしいと思ってたんだよ! やけに他の遺跡は探索済みばっかだし、すぐ近くに村があんのに、全く発見された形跡がなかった! そりゃそうだよな! 隠ぺいされてたんだからよ!)
(あー、レイギス大丈夫?)
壮絶な怒りが僕の方まで流れ込んできてたんだけど。
僕の感情や考えがレイギスに流れることはあっても、向こうから流れてくるなんてことは今まで一度もなかった。それだけレイギスが怒っているってことだ。
(すまん、取り乱した)
(いや、まあ、怒る理由は分かるし)
現地人が接触できないように封印は酷いね。仮にもレイギスの魂が保存されているところなんだし。しかもレイギスの主張を信じるならば、安全性もちゃんと考慮してあったみたいだ。
それは今の僕とレイギスの共存状態を考えれば、レイギスの考えが正しかったことは間違いない。
まあ、レイギスがたまに勝手に歩き出すのは問題と言えば問題かもしれないけど。
(くそう、あいつら絶対許さねぇからな)
(て、言ってもこの人たちはみんな昇華しちゃってるわけだよね?)
(別次元に行こうが、ちょっかい掛ける方法ぐらいはあるさ)
まあ、最終的に僕の旅が終わればレイギスも昇華するんだろうし、その後ならいくらでも文句を言いに行けるしね。
(腰折っちまったが、そろそろ本題に戻ろうぜ。転移の魔導具を探すぞ)
(あ、でもあんまりシェリスさんを待たせるのも悪いかも)
(それもそうか)
この無数にある赤い点を一つ一つ調べていくにはかなり時間がかかりそうだ。一時間じゃすまないだろうし、その間ずっとシェリスさんに待ちぼうけをくらわせるのも良心が咎める。
(なら夜のうちに俺が調べといてやるよ。今は新ルートと魔道具の発見でお祝いでも行くか)
(そうだね)
「シェリスさん、お待たせしました」
「もういいのか?」
「こっちは時間が掛かりそうなので、数日掛けてやるつもりです。これだけの量ですからね」
「確かにそうだな。では新ルート発見の報告だけしてしまおう。ルートの発見者として名前を載せれば、国の管理下に置かれても調査する権利が与えられる」
発見者に優遇制度があるのか。まあ、それが無いと誰も王国管理の遺跡なんて入りたがらないか。見つけたもの全部王国に持ってかれちゃったらやる気も削がれるし。
僕たちは元来た道を進み、遺跡の出口へと向かう。そして、管理者の人たちに新しいルートを見つけたことを告げた。
彼らは驚くとともに大慌てで上へと報告に向かい、同時に確認のために僕たちにルートを聞いて遺跡へと入って行った。
しばらくして戻ってきた管理官は、確かに新しい道であることを証明し、僕たちを発見者としてその名前を管理帳に記してくれる。
今後は、発見されたルートが立ち入り禁止になり王宮から調査員が来るらしいが、僕たちはそれに混じって調査を行うことができるというわけだ。
そして発見者の報酬として金一封が与えられる。
それを手に、僕たちは酒場へとやってきた。せっかくなのでパーッと行くつもりだ。飲めないけど。
「じゃあ、私たちの成功を祝して」
「「乾杯!」」
シェリスさんは普通にお酒を、僕は果実水の注がれた木製のジョッキを打ち合わせる。
今日はシェリスさんも普通に食べられるということで、僕たちは気になる料理を色々と頼み、摘まんでいく。
そんな中でふと今後の話になった。
「シェリナさんは魔導具が見つかりましたけど、今後って何か決まってるんですか?」
「特に決めていなかったのだが、この魔道具を着けてふと思った。旅をしてみようと」
「旅?」
それなら今もしているようなものでは? かなり生死を賭けた旅をしていると思うけど。
「コイツのおかげで、私は帰れなくなるということが無くなった。だが、行きたい場所にいくことはまだできない。ならば、地図を全て埋めてしまえばいいのではないかと思ったんだ」
「なんかすごい発想ですね」
確かに地図を埋めれば行きたい場所に行けるようになるかもしれないけど、それってどれだけの時間がかかるんだろう。
まあ、シェリナさん自体はまだ凄い若いから、旅をすることは可能かもしれないけど。
「それ、一代で終わります?」
「難しかもな。だが私の子供に受け継がせるのもいいかもしれない」
世界規模のマップ埋めを手伝ってくれとか、子供泣くぞ。
だけど、楽しそうに夢を語るシェリナさんに突っ込むことはできなかった。すまん、将来のシェリナさんの子供よ。
「まずは王都の地図を埋めるところからだな」
「身近なところからコツコツとですか。気長な旅になりそうですね」
「うむ、だが目標があれば生きているのも楽しいからな」
「手伝いはできないかもしれませんが、応援はしていますよ」
僕は僕でやらなくちゃいけないことがあるからね。
「うん。月兎がどんな夢を持っているのか知らないけれど、私も月兎のことを応援している」
「じゃあお互いの夢の成就を願ってもう一度乾杯しますか」
「うむ」
「「乾杯!」」
ジョッキを打ち鳴らし、僕たちは残っていた中身を一気に飲み干すのだた。
◇
深夜。俺は予定通りこっそりと遺跡の中へ戻ってきていた。
「さてと、どこにありますかねぇ」
検索機能ぐらい付けとけよな。全く役にたたん統一政府だ。
片っ端から赤い点に触れ、その内容を確認していく。
伝文機にカメラ、幸運の壺にレシピ集、果ては録音した自伝の音読データ――なんでこんなもん残そうと思ったんだ?
パッパパッパと手早く確認していく中、俺の手が無意識のうちに止まった。
「おいおい、マジかよ」
そこに表示された文字に、俺は表情を引きつらせる。
あの野郎、面倒なもん残しやがって。
・遺跡製作者 セフィリア・シュトラール
・保存魔導具 睡眠カプセル
・機能説明 特殊睡眠による長期保存カプセル。この中で眠ったものは一時的に時間から切り離され、永遠を眠り続けることができる。
・備考 睡眠カプセルにはセフィリア・シュトラールの希望により自身が眠っている。




