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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
四章 王族の少女と豊穣の魔導具
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4-14 鶏は、斬り合いの中でも頭の位置を固定していた。

「アントレティア、準備は出来たか」

「はい」

「では行くぞ」


 陛下が鍵を取り出し、鉄格子の扉を開ける。

 月兎さんが侵入した際に一部が破壊された鉄格子は、そのままの状態で残されている。

 その代わりに警備の兵が常駐しており、私たちが通り過ぎるのを直立姿勢で見送った。

 沈黙を保ち、先頭を進む陛下。その後ろにお兄様が続き、最後尾を私が追う。

 お兄様は初めて入る遺跡の中に興味津々なのか、あちこちをきょろきょろと見回していた。

 数分ほど歩いたところで扉が出迎える。

 この先が儀式場。本来ならば、私の人生の終着点。

 その運命を、月兎さんは変えてくれると言っていた。最高のハッピーエンドを見せてくれると。

 緊張、恐怖、そして期待。

 複雑に感情が入り混じった状態で、私は扉を潜った。

 ――誰もいない。

 不思議な模様の浮かび上がる儀式場は、静寂に包まれていた。


「ふむ、儀式場は問題ないようだな」

「良かったですね父上」

「賊の侵入を許した時はどうなるかと思ったが、これでまた我が国は五十年の安息を得ることができる」


 陛下はホッとした様子で幾何学な模様の浮かび上がる儀式場を眺め、視線を私へと向けた。


「アントレティア、君にはすまないと思っている。だがこれもこの国のためだ。分かって欲しい」


 お父様のはずなのに、その言葉はどこまでも他人行儀だった。

 だがそれは私も同じだ。陛下のことをお父様だと思ったことはない。

 お母さまによれば、私と陛下が顔を合わせたことがあるのは今回を含めてたった三回だけ。一回目は私が生まれた時、二回目は私が贄として決まった一歳の誕生日、そして今日。私は物心ついてから一度も陛下のお姿を見たことはなかった。

 親子の情を作らず、王族の使命のために必要なことだというのは分かっているし、それに寂しいという気持ちはなかった。

 陛下もきっと同じ気持ちなのだろう。


「これまでありがとうございました。私は私の使命を果たしたいと思います」

「こちらこそありがとう」


 覚悟を決め、儀式場へと上がった。

 そんな時だ。どこからともなく不思議な音が聞こえてきたのは。

 何かが動いているような、聞いたこともないような音。それは、儀式場の先から聞こえてくる。

 お父様たちも警戒したように周囲を確認し、お兄様は腰の剣に手を掛けていた。

 そして部屋にベルを鳴らしたようなチーンという音が一際大きく響く。

 同時に、目の前の壁がゆっくりと動き、中からフードを目深にかぶった人が現れた。おそらく男性。だが、羽織ったマントの脇の部分がやけに膨らんでいる。何かを持っているのだろうか?

 男性はそこから出てくると、儀式場へと当然のように昇ってくる。


「よかった、間に合った。生きているのを探すのは苦労しましたよ」

「コケー!」


 マントの隙間から顔を出して元気に鳴いたのは、真っ赤なトサカの鶏だった。

 なんで鶏?


   ◇


 時間は少し巻き戻り、僕が鶏を抱えて遺跡へと降りるその日の早朝、僕は朝の賑わいを見せる市場を走り回っていた。


「売ってない!」

(全部絞められて血抜きもされちまってるな。ちょっと予想外だ)


 レイギスが儀式の決行日を調べてくれたおかげで、遺跡に行ったら全て終わってましたなんていう最悪の結末は回避できた。

 だけど、ハッピーエンドを見せるために必要な準備があるらしい。

 前日に準備をとも考えたけど、宿にペットを連れ込むのも臭いとかの問題がある。仕方なく、朝の市場で購入しようと考えていたのだが、想定外なことに生きた鶏が売っていない。

 食肉用は全て加工済みであり、露店の軒先に吊るされているものばかりだ。

 店主曰く、その日に使うものだから、前日から血抜きなどを済ませてすぐに使えるようにして売っているのだとか。

 仕方なく、王都にあるいくつかの市場を回ってみても、生きた鶏は売っていなかった。


「どうすればいいんだ……」


 途方に暮れている僕に助けを出してくれたのは、肉屋のおじさんである。


「そんなに生きた鶏が欲しいんなら、養鶏場に行ってみたらどうだ? 一羽ぐらいなら売ってくれるかもしれんぞ」

「そうか、卵用の!」


 僕たちが欲しいのは食肉としての鶏じゃなくて、とりあえず生きている鶏だ。

 なら別に食肉用にこだわる必要はない! まあ、あとで食べることを考えると食肉の方がいいのかもしれなけど、この際背に腹は代えられない。

 おじさんに養鶏場の場所を聞けば、外壁の近くだという。そこからなら、すぐにエレベーターの場所まで行ける。

 全速力で外壁へと向かい、教えてもらった養鶏場へとむかい扉を叩く。


「すみません! すみませーん!」

「はいはい、どうしました?」


 出てきたおばさんに、僕は生きた鶏が欲しいことを告げる。

 すると、卵を産まなくなった老鶏でもいいのなら売ってくれるという。

 即座に了承し、食用よりも遥かに安い価格で生きている鶏を手にれることができた。

 懐に抱えると温かく大人しい。


(よし、遺跡に急ぐぞ!)

(うん!)


 早くしないと儀式が始まってしまうかもしれない。

 外壁内部へと侵入し、エレベーターの場所までやってくる。


(どうすればいいの?)

(待てば勝手に来る、ほら)


 耳をすませばエレベーターの昇ってくる音が聞こえた。

 チーンというどこか聞きなれた音と共に扉が開く。僕は即座に乗り込んで下へのボタンを押す。

 フードを深くかぶって、顔を隠す。今からやるのは王国への喧嘩だ。顔はバレない方がいいだろう。

 そしてエレベーターが到着した。

 儀式場にはすでにアントレティアがいた。けどまだ儀式自体は始まっていないみたいだ。


(間に合ったみたい)

(堂々とふてぶてしく行け。相手を威圧する必要はねぇ。優位なのは俺たちだ)


 見たところ、後ろの男性二人は素人だ。年配の方が武器すら持っていないし、若いほうの男性も、剣に手を掛けているだけ。明らかに敵対者がいるのならば、少しできる者ならば問答無用で抜いている。

 居合いなんてものは、一部の達人が極めなければ意味がないとアルメイダさんは言っていた。彼にその技量があるとは思えないし。

 僕はゆっくりと歩みを進め、儀式場へと昇る。そして対面したティアに余裕を持って話しかけた。


「よかった、間に合った。生きているのを探すのは苦労しましたよ」

「コケー!」


 鶏がひと鳴き。場に微妙な空気が抜けるのを感じる。

 その空気を掃うように声を上げたのは、年配の男性。おそらく彼がこの国の王様だろう。後ろにいる若いほうが皇太子か。


「お前が先日侵入した賊か」

「はい。お初にお目にかかります」

「その挨拶はフードを外して言うべきだな」

「すみません、これからやることを考えると、顔を曝すのは抵抗がありまして」

「儀式を妨害するつもりか」

「妨害と言えば妨害ですし、ちがうと言えばちがいますね。私は正しに来たのです。歪められた理解から哀れな少女アントレティアを助けるためにね。ティア、あなたの望んだ英雄が助けに来ましたよ」

「月――」


 僕の名前を呼ぼうとしたティアは、慌てて口を閉じる。

 今僕とティアの関係が知られると、ちょっと面倒だしね。それに僕の名前は個性的だ。後々探されても面倒だし、助かったよ。


「正す?」


 陛下が眉をしかめる。


「そう。この遺跡の使い方に人の贄などはいらない。ただ魔道具を維持させるための認証が必要なだけ。その少女が無意味に殺されると知れば、助けたくなるのが人の情というもの」

「その情報をお前がどこから聞いたのか知らんが、この儀式は二百年前から続けられてきたもの。お前ひとりの言葉、信じられると思うか?」

「いいえ」


 そうだろうね。ポッと出の不審者がいきなりそんなこと言ったって信じてもらえるわけがない。まして、これまでのやり方で上手くやれていたのだから、別の方法に変える理由がない。

 もしそれで魔道具が動かなくなれば、数千人規模の死人が出るのだ。そんな選択を国のトップが選べるわけがない。


「ですから僕はここに来ました。申し訳がありませんが、あなた方が選ぶものではないのです。今日この儀式は、僕の手によって進められるのですから」

「賊が好き勝手を言うな!」


 皇太子が動いた。

 剣を抜いて舞台へと駆け上がり、ティアの隣を抜け僕へと斬りかかってくる。

 

「お兄様!」


 僕は鶏を抱えたまま片手で自身の剣を抜き、その斬撃を受け止める。

 思ったよりも力は強いがそれだけだ。

 技術がないから、技を繋げられていない。

 繋げられていないから、隙が生まれて――ほらここ!

 剣から力が抜けた瞬間を狙って、相手の剣の鍔を叩く。

 衝撃で剣が手から離れ、無防備になった体に回し蹴りを入れた。おっと危ない。フードが外れるところだった。

 指でフードの先を摘み、位置を直す。


「ぐっ」

「すみませんが、今はあなたの相手をするつもりはありません。邪魔なのでどいていてください」


 ちょっと強めに蹴ったおかげで、皇太子は舞台から転がり落ちる。

 そして僕は悠々と舞台の中央、魔道具の装置がある場所までやってきた。


「陛下、なぜ王家には王族の贄などという習慣が生まれたのですか? 魔道具には贄を要求するものなど存在しません。これを最初起動させるときだって、そんなものは必要なかったはずです」

「口伝のみで伝えられていることだ」


 陛下は皇太子の様子を確かめながら話す。

 それによれば今から二百年前、飢餓の酷い年にこの儀式場で老齢だった初代の王が豊作を願い自らの命を捧げたそうだ。それによって魔道具が起動し、この国に不作と飢餓というものが存在しなくなった。だけど五十年後に再び不作が発生した。

 当時の王は初代の孫であり、父から祖父の話を聞いていた。だがまだ若く、子供も幼かった当時の王は自らの命を捧げるわけにはいかなかった。そこで、王の妹が身代わりとなり命を捧げた。それによって翌年から不作はなくなり、王族の命を捧げるべきと決められたらしい。

 五十年前の三回目には、陛下の弟が贄としてこの場で自らの命を絶ったそうだ。


(始まりから間違ってたんだな)

(そうみたいだね)

(おそらく初代が自殺した際に流れた血で、魔道具が認証されたんだろう。それを命を捧げることと勘違いした。魔導具の研究者にこの遺跡を調べさせれば残された文字から何かが分かったかもしれないが、生憎と物が物だけに、王族が秘匿するしかなかったってことか。不幸が不幸を誘発させちまったんだな)


 初代の自殺で魔道具が起動しなければ。二回目の更新で、血を流すに留まっていれば、研究家が一人でも中に入っていれば。

 そんな多くの救われた可能性を、偶然が拒絶してしまった結果の今。

 けどそこに僕とレイギスが現れた。


「分かりました。けどもう、そんな辛いだけの歴史は終わりにしましょう。正しく使い、正しく反映する。それがグロリダリアの意思です」

「君は何者だ」

「ただの探索者であり、賊であり、古代の知識を持つ者ですね。では始めましょうか」


 謎も分かったし、これ以上ここにいる理由もない。

 さっさと魔道具を更新させて逃げるとしよう。

 剣を掲げ、勢いよく鶏の首へと振り下ろす。ティアが慌てて目を逸らし、王様は逆に目を剝いた。

 すっぱりと斬れた首からあふれ出した血がぼたぼたと零れて儀式場を濡らしていく。


「なんということを!」

「この魔道具に必要なのは、五十年ごとの使用認証。微量の魔力さえ含んでいれば、人の血である必要はない。動物の血でも問題ないんですよ」


 滴る血は魔道具の上にも零れ、それに反応してキューブが光を放つ。

 魔法陣全体に強い光が満ちて、それは遺跡の壁へと伝播し部屋全体を明るく照らす。

 そしてキューブの上にスクリーンが現れた。


・・・system connect

――承認プログラム起動

――識別魔力――――クリア

――周辺データ収集開始――――

――完了――――効果範囲確定――

――コード7655起動――完了

――システムチェック――クリア

――発動完了


 最後の文字が現れるとともにスクリーンは消滅し、魔法陣は再び元の光量へと戻っていく。

 問題なく魔道具は起動した。これで五十年後までこの国の土地は豊作に恵まれ続ける。

 繁栄が約束されたようなものだ。


「さあ、魔道具は正しく道を進みました。陛下、あなたはどの道を進みますか?」

「……アントレティア、こちらへ」

「え、あ、はい」


 陛下はアントレティアを呼び戻し、皇太子に肩を貸して立ち上がらせる。


「この遺跡の監視は続ける。それに学者を動員してこの遺跡を調べさせる。お前の意見を全て正しいと思うことなどできない。我々は独自にこの遺跡の正しい使い方を見つけて見せる」

「期待していますよ。では僕はこれで」

「待ってください! あの、――」


 僕が奥のエレベーターに入ったところで、ティアに止められた。

 僕は振り返り、口元で人差し指を立てる。


「あなたはあなたの幸せを見つけてください。それがこれからを生きていく者の義務です」

「――はい。ありがとうございます」


 扉が閉じてエレベーターが上昇を始める。

 僕はフードを取って深くため息を吐いた。


「はぁ。何とかなった」

(しばらく王城の様子は監視するが――ま、大丈夫だろ)

「だといいね」


 今後ティアがどんな扱いになるのか少し不安だからそこはサポートするつもりだけど、とりあえず魔道具関連はこれで完了。肩の荷が下りた感じだね。

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