4-13 ここだけの秘密だよ。の連鎖が鎖のごとく
遺跡のエレベーターが繋がっていた先は、王都外壁の中だった。
と言っても壁の中にいる状態ではない。エレベーターの扉がひらくと、外壁内に作られた通用路に出てきたのだ。
幸いにも周囲に兵士の姿はなく、僕はそそくさとその場から離れる。
(ちなみにここのエレベーターってまた使えるの?)
(大丈夫だ。月兎の魔力に反応して自動で開くようになってる)
(無駄にハイテクなエレベーター……)
ボタンでも付けておけばいいのに、なんでわざわざ魔力感知式なんかに。
とりあえず僕は兵士に見つからないように壁内を移動し、見つけた窓から外へと飛び出した。
王都外壁の一番近くは、工場というほどではないが何かの作業場が多く、色々な臭いが充満している。
服に臭いが移るのも嫌なので、足早にその場を離れ、僕は宿へと戻ってくる。
受け付けの子に「朝帰りですね、むふふ」と変な勘繰りを受けたが、まあシビルドが進めている宿だし、客の大半がそんな感じなのだろうと諦める。
言い返すのも面倒で、さっさと部屋へと戻りベッドへと倒れ込んだ。
「はぁ。疲れた」
(お疲れさん。今日は俺も動かねぇから、しっかり体を休められるぞ)
「助かるよ」
ふかふかベッドというわけではないが、柔らかい感触は僕を一気に夢の世界へと誘うのだった。
◇
目が覚めると、昼を過ぎたころ。お腹もすいていたので、屋台街へと向かう。
王都の屋台街はいくつかあるが、どこも大体同じような料理を出しているのでそれほど変化はないらしい。
適当に麺料理を注文して、空いているテーブルへと座る。
この世界だと、麺を啜るのはマナー違反だ。それ以前に、箸が無いのでフォークで食べないといけない。
パスタのようなツルツルとした麺は、けっこう食べにくい……
くるくると巻き付けて一口で行くも、熱々の汁に口内を火傷した。
「ぬぅ」
「どうしたんだ。そんな唸って。相席いいよな?」
声を掛けられ見上げると、シビルドがいた。
「ちょっと火傷しちゃって。どうぞ」
ああ、口内の皮が剥がれてる……
気になる部分を舌先でつついていると、シビルドは向かい合うように座る。
「月兎覚えてるか? 前話した娼館で気絶した奴のこと」
「あ、うん」
僕のことなんでよく覚えてますよ?
「あれの続報なんだがな、なんでも気絶させた客が翌日にその嬢の家に乗り込んだらしい」
(レイギス! スマートなやり方って何だったの!?)
(流石に俺も予想外の方向に噂が流れてんな! ちゃんとまとめ役に許可もらって、一緒に行ったんだぞ!?)
あ、そうなの?
てっきり扉を壊して押し入ったのかと思ったよ。
(俺のことなんだと思ってんだ)
「そこまではまず間違いない確定情報だ。んで、ここからが噂なんだが、その嬢の家で一通り暴れまわった後、嬢を奴隷商に売り払おうとしたらしい。けど、そこに娼館のまとめ役の子が助けに入って事なきを得たんだと」
(レイギスさん、僕が知らない間に凄い悪人にされてしまっている訳なんですが)
(事実無根であり、こちらとしてもなぜこのような事態になったのか、困惑しているところであります)
「その客は、今も王都に潜伏してるらしい。どこの娼館も、今は警戒を強めてるって噂だぜ。月兎も、娼館巡りするならそこんとこ知っとくといいぞ、荷物チェックとかされる可能性もあるからな。協力的だと相手側への印象も良くなる」
「あー、うん。そうするよ」
誇張と誤解に捻り込みを咥えた噂が花街に飛び交っているらしいけど、そもそも僕が直接花街に行くことはないし、関係ないかな?
若干一名、変に憤っている子がいるけど
(この俺が嬢の敵だと!? 許さんぞ! 俺が娼館に入店拒否されたらどうするつもりだ!? 絶対に犯人を見つけ出してやる!)
(祈祷祭まで近いんだからほどほどにね)
ここまで怒ってるレイギスを止めるのも無理だろうし、僕はほどほどにするようにだけ言っておく。
「シビルドは王都の娼館を楽しめてる?」
「おうよ。五件ほど回ってみたが、どこもレベルが高いな。うちの店でも何個か取り入れてみたいシステムもあったし、参考にもなる。今夜はちょっと高級な店に行くつもりだ」
「なんか仕事と両立って純粋に楽しめなさそう」
楽しんでいる最中にも、仕事のこととか考えちゃって興が削がれたりしないのかな?
「オンオフは切り替えてるからな。とりあえずヤリ切った後に仕事のことは考えるようにしてる。ピロートークに混ぜたりしながらの情報収集さ。そうすると意外と女の子たちもしゃべってくれるんだよ」
「なにそれ怖い」
なんかスパイとかの手口じゃん。
だからシビルドはやけに噂話とかに詳しかったわけか。ピロートークの最中に、王都の情報なんかも集めていたのだろう。
「あ、そういえばこんな情報もあったな」
「なに?」
「祈祷祭は、地下の遺跡で王族が儀式をするってのは前話したよな?」
「うん」
「あの儀式、今年は早まる可能性があるらしい」
「どういうこと」
僕はその噂に前のめりで食らいついた。
儀式を速めるってことは、ティアを生贄にする時期を前倒しにするってことだ。
そんな話、昨日潜入した時には聞かなかった。シルフェスティさんがわざと黙っていたのか?
「詳しくは知らねぇが、嬢の子が相手した城の兵士から聞いたらしい。城に族が入って、遺跡に侵入した可能性があるから、儀式の妨害を懸念してそっちだけこっそりやっちまうらしいぜ。ま、祭りを予定通りやってくれるなら、俺たちには関係ない話だがな」
(くっ、僕たちのせいだったのか。詳しい日にちが分からないと、対応ができない可能性がある。もう一度王城に忍び込む必要があるかもしれない)
(ならそっちは俺に任せろ。あの通路ももう潰されてるだろうし、魔法で上から入る)
(分かった)
それにしても、娼婦の情報網も侮れない。
というか、城に賊が入った当日にその城の兵士が娼館に来てしかも情報を漏らすってそれはそれでどうなの……
(スッキリした後はつい口も軽くなっちまうもんさ)
(レイギスは秘密の塊みたいなものなんだから気を付けてよ)
(安心しろ。俺は天才だからな)
全然安心できないんだけど……
「月兎も毎日朝帰りしてるんだろ? テオリアちゃんが言ってたぜ、あの子は見た目とは裏腹にやり手だって」
「テオリア?」
そんな名前の子は知り合いにはいなかったと思うけど。
「受付の子だよ」
「ああ、あの子」
そんな名前だったんだ。というか、客の情報ばらすなよ! この世界、ほんと個人情報に関してずぶずぶだな!
(この時代ならまあこんなもんだろ。拡散する方法もないから炎上の心配はないがな)
(ちなみに、レイギスの炎上の経験は?)
(過去三回ほど、口論の末に家を焼かれております)
(物理的に!?)
(いやー、危うく研究中の資料が焼け落ちるところだったぜ。対策に反応装甲を仕込んどいて正解だった)
(家に!?)
なんでも、地下の資料室を炎上させないために、建物の壁が燃えた際に吹き飛ぶようにしていたらしい。
ちなみに、燃やした犯人もそれに巻き込まれて吹き飛んだのだとか。
グロリダリア時代、意外と物騒だったようだ。
(口論系の炎上なんて、数えきれいないほどやってるからな。論文には信者がつきやすいし、反論すれば根拠なんぞ関係なく叩きに来る連中はいくらでもいる。んなもん、いちいち付き合ってらんねぇよ)
まあ、根拠もなく罵倒だけを浴びせてくる人って、外から見てても良く分かるよね。
その後、僕とシビルドは料理を食べ終え解散した。
僕は宿に戻ったが、シビルドはどうやら娼館巡りに出かけるらしい。この時間からやっているお店もあるんだと。元気なことで。
◇
「夜は俺の時間だ」
昼まで寝てたから、月兎が寝るのも少し遅くなったが、まあ時間的には深夜二時。忍び込むにはちょうどいい時間だろう。
宿を出た俺は、近くの物陰へと入り飛行魔法を唱える。
空へと飛びあがり、一直線に王城を目指した。
外壁の上に見張りの兵が何人かいるが、あいつらが見張っているのは下だ。目線が空を向くことはほとんど無く、暗い空の中暗色系を着ている俺をみつけることはできないだろう。
俺は飛行魔法を維持したまま、城の外側をぐるりと回る。
窓から中の様子を確かめ、ティアたちがいる部屋を探していく。
「お、いた」
個室ですやすやと眠っているティアの姿を見つけた。
隣の部屋にはシルフェスティの姿も見える。やはり後宮から移動していたか。
ま、後宮に隠し通路が見つかれば、封鎖と安全確認のためにしばらくはそこから出されるのは当然だな。
さて、んじゃササッとお邪魔しますか。
窓は鍵が掛けられている。窓枠どうしを中央のネジで固定するタイプだ。魔法で開けられればいいのだが、魔法と言えど万能ではない。
魔法はあくまでも自然法則に対する介入。今使っている飛行魔法も、重力と空気に対する介入で体を浮かせているにすぎない。
だから、こういう物理的なロックには意外と弱いのだ。
電子や魔力のロックだったら、簡単に介入できるんだけどな。
まあここは仕方がない。原始的な方法で協力者の力を借りよう。
コンコンと何度か窓をノックする。
その音に反応して、ティアが目覚めた。寝ぼけ眼で起き上がり、俺のいる窓を見る。
そう、中から明けてもらうのだ。
ティアは窓の外にいる俺を見て固まっていた。
うーん、ネグリジェからずり落ちた肩紐と華奢な肩のバランスが素晴らしい。これでもう少し胸があればなぁ。
俺がティアの寝巻をじっくりと観察していると、ティアは何度か目を擦った後、そのままベッドへと横に――って!
「ティア! 寝ぼけてんじゃねぇ!」
「夢じゃありませんでしたの!?」
ベッドから跳ね上がり、ティアが慌てて窓を開ける。
「え、なんで浮いてますの!?」
「ちょっとした魔法だ。んなことより、ティア儀式の日取りが変わったって本当か?」
「儀式のこともご存じなのですね。ええ。明後日、もう日付は変わりましたし明日ですわね。その日に儀式を行うことになりましたの」
ずいぶんと急いだもんだ。
まあ、あの遺跡のシステムを考えれば、あながち間違いでもないのかもしれない。根本的な部分がおかしくなってるけど。
「あの、月兎さん」
「んあ?」
「私、覚悟は出来ていたつもりでしたの。なのに――」
ティアが自分の胸元をぎゅっと握りしめる。
「なのになんで死にたくないと思ってしまうのかしら」
「生きてるなら当然だ。死にたくないってのは、人間だけじゃない生命全ての根源だ。それを否定する必要はねぇ。ティアが生きたいと思ったのなら、生きればいい」
「けどそれは、多くの人を不幸にしますの」
「んなもん自己責任だ。誰かにすがって幸せにしてもらおうなんざわがままにもほどがある。幸せになりたいんなら、自分の幸せがなにかを見つけて、そこに向けて努力するしかねぇんだよ。誰かのせいで不幸になったなんていうのは、怠け者の言い訳に過ぎない。ティア、お前の幸せってのはなんだ」
「私の幸せは――パンを、パンを焼いて食べてもらうことですわ」
「なら死ぬ必要はないな。俺と月兎が助けてやるよ。ま、それでも他の連中のことを気にするなって言われても無理だろ」
「ええ。ずっとそう言われてきましたもの」
教育ってのは怖いねぇ。教え方を一つ間違えれば、簡単に洗脳に入れ替わる。
王族として――というよりも、ティアの根底には贄になるための教育が施されている。自分が誰かのために死ぬことを当たり前とする。そんな教育が。
だがその必要はない。
明日、全てが解決する。
「安心しろ。全部まるっと俺たちが解決してやる。何のあとくされもなく、スッキリしたハッピーエンドを見せてやるよ」
「やっぱり月兎さんは私の英雄ですわね――けど、あなたは月兎さんとは別人のような気がしますわ」
「おうよ。俺は月兎のお手伝いさんだとでも思っとけばいいさ。お前を助けるのは月兎だ」
「それを聞いて安心しましたわ。やっぱり私の英雄は月兎さんでないと」
「はっ、月兎が英雄なんて玉かよ。あいつはただのお人よしだ。んじゃまた明日な。面白いもんを見せてやるよ」
俺は窓枠を蹴って空へと昇る。
ティアは俺に一度手を振ると、部屋の中へと戻っていった。
さて、儀式の日取りは分かった。準備するものも、月兎が起きてから買えばいい。
準備は万端だ。
盛大に喧嘩売ってやろうぜ、王国とやらによ。




