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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
四章 王族の少女と豊穣の魔導具
45/83

4-10 通路の先の花園。王様限定なんですけどね

(たしかこの辺りのはず!)

(おい、あっちじゃねぇか。十時の方向)

(あれか!)


 ブリジットファミリーのアジトから飛び出した僕たちは、そのままの足で貴族の館へと向かっていた。

 暗闇の路地裏は非常に見通しが悪い。建物の上から見た時の方角を頼りに、ひたすら走って僕たちはたどり着いた。

 路地裏の中に突然現れた空白地帯。それは、四方を塀に囲まれたボロボロの屋敷だ。

 塀は蔦に覆われ、正面のフェンスは留め金が外れ地面へと倒れている。

 人の手から離れた庭は、芝が好き勝手に伸び、花壇は雑草に塗れている。

 館の正面へとたどり着くと、扉が開いていた。おそらく、ティアが出た時のままになっているのだろう。そこから屋敷の中へと入れば、埃の被ったエントランスが出迎えてくれた。

 ガラスは割れ、壁紙は乱雑に剥がれ落ち、カーペットは虫に食べられてしまったのか、ところどころに大きな穴が開いている。


(どっち)

(足元よく見てみろ。ティアの足跡がないか?)

(そうか、埃)


 長年積もった埃は、しっかりと目に見えるほどの厚みがある。だが、ティアが移動した後だけは、埃がつぶれているはずだ。


(見つけた)


 しゃがんでみなければ分からないほどだが、確かにティアの足跡が残っている。

 それは屋敷の奥へと続いていた。

 老朽化した床板はギシギシと音を立て、今にも踏み抜きそうだ。

 屋敷の奥には廊下が続いており、外から月明りだけが僅かに先を照らしている。

 跡を追って廊下を進むと、一つの部屋へと続いていた。

 そこも扉は開けられたままで、そのままでも中の様子を見ることができる。

 もともとその部屋が何に使われていたのかは分からない。家具が全てなくなった部屋に、備え付けの暖炉だけが残されている。

 となれば、考えられるのは一つ。


(あそこだね)

(一方通行ってことはないはずだ。何か動かす仕掛けがあるはず)

(探してみる)


 暖炉へと近づき、その底を確かめる。

 埃が全て取り除かれており、明らかに動いた形跡があった。ここから地下に通じているとなれば、近くに動かすための何かがあるはず。

 横には――何もない。

 上は――埃が被ったまま。


(技術的にスイッチやレバーみたいなカラクリは難しいだろ。となれば、もっと物理的に引っ掛けて外すみたいな方法も考えられるぞ)

(物理的な――火掻き棒とかかな?)

(それなら暖炉の横にあったな)


 火掻き棒を手に、暖炉の底を何度か叩いてみる。


(流石にそりゃねぇだろ。この先に門番がいるわけでもなし)

(わ、わかってるし!)


 ちょっと試しただけだし。それよりも、これが引っ掛かりそうな場所は――

 暖炉の中へと体を突っ込み、ぐるりと回りを確認してみる。すると、横の壁に不自然な穴を発見した。ちょうど、外から見ると壁に埋まっている場所だ。

 そこに火掻き棒を差し込んでみると、その先端が棒のほぼ全てを入れたところで何かに触れた。

 少し強く押し込んでみると、カチリと音がする。


(なにも起きないね)

(だから技術的にスイッチは難しいんだって! その状態で捻るか回すかしてみろ)

(あ、そうか)


 なんかそれっぽい穴だったから、差し込めば行けると思っちゃったよ。

 少し手首を捩じってみると、手をついていた床から同じようなカチリという音が響いた。


(今の感じ、なんだか鍵を開けたような)


 ちょっとした重さの後に勝手に動く感じは、鍵を開けた時を連想させた。


(ロックが外れたのか? 床はどうだ?)

(うーん)


 火掻き棒をそのままに、僕は暖炉の底を触ってみる。すると、今まで自分の乗っていたタイルがグラついているのに気づいた。


(ここだ)


 タイルの浮いた隙間に指を差し込み、一気に持ち上げる。

 その先にあったのは、地下へと続く階段だった。


(よっしゃ、突撃じゃ!)

(え、このまま行くの?)


 見つけたのはいいけど、この先は王城なんだよね? このまま進んだら、僕は不法侵入で確実に捕まるだろうし、この通路のことも露見するから、僕の首が物理的に飛ぶ気がするんだけど。

 それに、もう夜明けが近い。潜入するにしても明日仕切り直しにするべきじゃない?


(夜明けならちょうどいい。モーニングコールとしゃれこもうぜ! ついでにティアの寝顔もゲットだ!)

(レイギス、ただティアの寝室に入りたいだけじゃないよね?)

(ンンン? んなわけないしー)

(もの凄く嘘くさいよ)


 さっきまでは、勢いに任せてここまで来ちゃったけど、ここから先はさすがに勢いだけじゃ危ないよ。準備とかして、明日の夜に改めて侵入しよう。


(おいおい、準備っつったってなにを用意するんだ? 毒ガスでも準備するか? 作り方なら知ってるぞ?)

(テロでも起こすつもり!?)

(つっても、他に準備するもんなんて無いだろ。城ん中じゃマントだって意味ねぇぞ?)

(う、それは……そうだけど)

(ならやることさっさとやっちまおうぜ。秘密通路の先なら、人通りは少ないはずだしな)


 まあ、人通りの多い場所に入り口なんて作ったら、入るところを誰かに見られるかもしれないしね。となると、この先は王城の中でも人があまり来ない場所か、王様以外が使わない場所に繋がっているはずだ。


(分かった。行くよ)

(そう来なくっちゃ)


 ゴクリと生唾を飲み込み、僕は階段を降りていく。

 一階分ほど降りたところで、階段は終わりずっと先へと整備された道が続いている。

 明かりはない。だけど、この通路には暗吸苔が群生していた。明かりを用意することができないから、どこかの遺跡に生えていたのを取ってきたのかもしれない。


(な、アングラなところにはよく使われてるだろ)

(その割には、レイギスの遺跡以外ではあんまり使われてなかったけどね)

(あの遺跡はロマンを理解してねぇんだ)


 レイギスのいうロマンは、夜空に花火を打ち上げるようなやつだし、きっと誰の共感も得られなかったんだろうな。

 それはともかく、通路を進む。一本道の通路はほぼ直線になっており、分かれ道などもなく僕たちを導いた。

 二十分ぐらい歩いただろうか。真っ暗だから、あまり時間感覚は分からないけど、それぐらいは歩いた気がする。そんなところで、通路は終わりを迎えた。

 壁際に設置された梯子。その上からは四角形の光が零れている。あそこの板が外へ繋がっているのだろう。

 梯子を上って板の正面までくる。そっと耳を当ててみても、音は聞こえない。


(開けるよ)

(おう。注意はしておけよ。最悪この道で一気に逃げるぞ)

(うん)


 ゆっくりと板に手を当てる。すると、板がぐらりと揺れ向こう側へと倒れていく。

 慌てて手を伸ばすも届かない。傾いた板は勢いを増して、バタンと大きな音を出して倒れた。


(何やってんだ!?)

(いきなり倒れたんだよ!)


 慌てて板を持ち上げ、通路の入り口を閉じる。

 部屋の中には人がいなかったが、外から来ないとも限らない。すぐに逃げられるよう、梯子から飛び降りる準備を整えて様子を窺う。

 少ししても、誰かが入ってくるような音はない。

 気付かれなかったのかな?


(気を付けろよ)

(うん、ごめん)


 改めて板をゆっくりと地面におろし、部屋の中へと入る。

 そこは殺風景な寝室だった。

 大きなベッドはシーツが敷かれておらず、布団も置かれていない。タンスやテーブルにも飾り気がなく、この部屋が空き部屋だと判断できる。


(ここ、王城のどのあたりだろう?)

(窓の外は何が見える?)


 窓際へと近づくと、テラスが広がっていた。その先にはサンルームが設置されており、一人の女性がサンルームの中で植物たちに水を与えていた。


(ティア?)


 後ろ姿に見えたピンク色の髪にティアを連想する。だけど、背丈が違う気がした。

 ティアはもっと小さかったはずだ。


(ティアじゃなさそうだな。だが、無関係ってわけでもなさそうさ)

(もしかしてお母さんかな?)

(たしか情報だと妾だったな。ならここは後宮か)


 後宮って確か、王様の奥さんが暮らしている場所だよね。

 男は王様以外入っちゃいけない場所なんだっけ? 人も少ないだろうし、隠し子を隠すには一番いい場所かもしれない。

 

(じゃあささっと探しちまうぞ。長居は無用)

(そうだね)


 窓際から離れようとした瞬間、サンルームの女性がこちらを見た。

 咄嗟に壁へと隠れる。そしてこっそりともう一度覗くと、女性はそのままこちらを見ていた。

 ばっちりと目が合う。

 女性は驚いた様子もなく、微笑みを湛えてちょいちょいと手招きする。


(もしかして、板が倒れたの気づかれてた?)

(かもな。行くしかねぇだろ。最近こんなんばっかだな)


 今度隠密の練習もしなきゃね!

 壁際から出て、窓を開ける。そのまま枠を超えてテラスへと出た。


「おはようございます。こんな早朝からめずらしい来客ですね」

「なぜ人を呼ばないんですか?」

「ここは私とアントレティアの家だもの。誰も呼べないわ。アントレティアのことは知っているのでしょう?」

「隠し子の存在がバレてしまうから?」

「そう」


 女性はくすくすと笑い、持っていたじょうろを近くにあったテーブルへと置く。


「私はシルフェスティ・ファー・アリエス。アントレティアの母よ」

(アリエス。アリエス地区のことか?)

「アリエス地区?」

「そう。私はあの地区を管理していた貴族の生き残り。追放され、そこで生まれた子供の子供。私の母は王族の血を継いでいた。そして私も」

(ブリジットがもう大丈夫っつってたのはそう言うことか)


 僕にも分かる。追放した当時の貴族、その子孫を妾として王家の末席に加えたのだ。だからもうどこかで知らないうちに王の血筋が増えることはない。


「あなたがアントレティアの言っていた英雄さん?」

「ええ。ティアを助けに来ました」


 僕は断言する。するとシルフェスティさんは悲しそうな顔をした。


「それはできないわ。アントレティアはこの国のために贄とならなければならない。それはすでに定められたことなの」

「そんなことはありません。そのために僕はここに来ました」

「アントレティアを助ければ、この国が亡びるとしても? あなたは一人の命のために、この国全ての人を殺すことができるの?」

「なっ!?」

(んだと!?)


 シルフェスティさんの口から紡がれた言葉に、僕とレイギスの思考は停止した。

 

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