4-9 ほんの出来ごころだったんです。それがこんなことになるなんて(一族追放)
料理を食べ終え宿で仮眠を取った僕は、夜中にむくりと起き上がる。
(準備はいいか?)
(うん。とりあえず、持ってる服の中から見つかりにくそうなのにはしてみたけど)
なるべく濃い色をと選んでみたけど、探索者用の服しかもってないから、普通に汚れたシャツとズボンになってしまった。
結局最後にはフード付きのマントを羽織るから何色でもあんまり関係ないんだけど。
宿を出て、薄暗い町の中を歩く。
こうしてマントで体を隠しフードを被っていると、凄く不審者に見える気がする。
横切る人が、あの人なんだみたいな目で見ている気がする。
(我慢だ! 路地に入れば影に隠れられるぞ!)
(うん……)
速足で王都を進み、目的の路地へと戻ってくることができた。
途中、酔っぱらったお姉さんたちに囲まれ攫われそうになったが、なんとか逃げることができた。酔っ払い怖い……
裏路地へと入ると、途端に王都のにぎやかさから隔離されたような静寂に包まれる。
道に寝そべっていた男たちも、夜の間にはどこかに行ってしまうのか見当たらない。
(アジトの位置は把握してるな?)
(だいたいはね。あの男が正しいことを言っていればだけど)
昼の間に聞き出した情報を頼りに路地を進んでいく。
しばらく進むと、数人の話し声。僕は物陰に隠れて様子を窺う。
男たちは数人のグループでこの辺りを巡回しているようだ。ランタンを持ってダラダラと歩いている。おしゃべりに夢中で、とても見回りをしているようには見えないけど。
「リーダー、どうしちまったんだろうな」
「あんなガキ相手に日和るなんてよ。最近様子もおかしいし、ちょっとヤバいかもな」
「抜けるのか? バレたら殺されるぞ」
「分かってるって。けど、このまま潰れるのを待つなんて俺はごめんだぜ」
「あのガキもそうだが、少し前からおかしくなかったか? やけに苛立ってるっつうか」
「分かる。ミスった連中だって殺されるレベルじゃ無かったろ」
「おっかねぇ。俺たちもちゃんと見回りしないと殺されちまうかもな」
「「ハハハハ」」
案の定、男たちは僕の隠れている物陰をスルーしてそのまま路地を進んでいってしまった。
(リーダーの様子がおかしいんだって)
(ここ最近らしいな)
(まあ、今考えても意味ないか。先を急ぐよ)
見回りが戻ってくる前にアジトへとたどり着かないと。
再び路地を進み、途中に何度か巡回に遭遇した。やけに警備が厳重な気がする。どこかのマフィアと抗争の予定でもあるのだろうか。
そして目的地へと到着する。
五階建ての集合住宅だ。各窓から明かりが零れているところを見るに、なかなかの人数が中にいそうだ。潜入は難しいかもしれない。
(バレないように入れる場所はあるかな?)
(そこから屋上に登れないか?)
レイギスが示したのは、集合住宅の壁面に取り付けられた非常脱出用の緊急梯子だ。だが、二階より下の部分は取り付けられていない。
(行けるかも)
けど僕の身体能力なら。
少し助走を取って、飛び上がる。壁を蹴って腕を伸ばし、梯子の一番下へとしがみつくことに成功した。
そのまま腕力を頼りに、階段を上り足が付いたところでホッと息を吐く。
階段を使って屋上まで登り、そこから下を見下ろした。
周辺にぽつぽつと巡回している者たちの光がある。だが、それ以外の光はほぼないに等しい。
たまに小さなたき火がある程度だ。
その中に、小さな空間があることに気付いた。
そこだけが周りの建物に邪魔されず月の明かりを浴びている。つまり、周りの建物と間が空いているのだ。
(レイギス、あそこ)
(ああ。明らかに他と様子が違う。一軒家がこんなところにあるとすれば、それは噂の)
(貴族の家)
(場所は覚えたか?)
(暗いけどだいたいの位置は把握できた。近くに行けば分かると思う)
(ならオーケーだ。今はこっちを優先するぞ)
(うん)
屋上からは、最上階へと入る階段がある。扉を少しだけ開き、中を確認する。誰もいない――
これなら大丈夫そうだ。
体を滑り込ませて室内へと侵入。踊り場でマントを脱いだ。
建物の中はランタンである程度明るさが確保されている。この黒いマントは逆に目立つからね。
マントを踊り場の隅へと隠し、下へと降りる。
さて、ブリジットはどこにいるか。
(とりあえず隠れられそうな場所を探せ。あと屋根裏への入り口だ)
(了解)
廊下を進みながら、言われた通りに探していく。
夜更けということもあり、廊下を歩いている人がほとんどいないのは助かる。ある程度自由に動きながら順番に部屋を探っていくと、物置のような部屋を見つけた。
その天井には、点検用だろう屋根裏へと入る蓋がある。
物置の中も、道具が乱雑に配置されており、隠れられそうな場所も多い。
(ここは良さそうだね)
(ああ、屋根裏に入って各部屋を回ってみよう)
「よっと」
窓の冊子を足場にして、屋根裏へ侵入する。
立ち上がることはできないが、中腰なら何とか歩ける程度の高さを保った屋根裏は、ややじめっとしている。
室内の明かりに慣れてしまっているせいで、ほとんどなにも見えない状態だ。
(これは、探索は厳しいかな?)
(少し目を凝らしてみろ)
(あ、うん)
言われた通りに目を凝らすと、薄っすらと暗闇の先を視認できるようになる。
さらに続ければ、ぼんやりとした輪郭がかなりはっきりと見えるようになった。
(もしかしてこれも身体強化?)
(その副作用みたいなもんだな。瞳孔の収縮が起こりやすくなってる。その分次明かりを見るときは気を付けろ。かなり眩しいぞ)
(分かった。気を付けるよ)
そりゃ、全くの暗闇の中でも視界を確保できるほどに瞳孔が開いてるんだから、この状態で光なんか見たら大変なことになりそうだ。
その分慣れるのにも早いみたいだけど、それが致命的な隙になりかねないし。
慎重に足音を立てずに屋根裏を進む。
多くの部屋は、ファミリーの幹部が使っている個室のようだ。一人で熟睡しているものもいれば、部屋に酒を持ち込んでいるもの、女と楽しんでいるものと様々だが、その中にブリジットの姿はない。
(いいもんが見れたな!)
(気まずいだけだよ)
連れ込んだ女性と楽しんでいるシーンなんて見ても、どう反応すればいいのか困るだけだし。
(素直に喜べばいいんだよ。女の肌を見て嬉しくない男はいないからな!)
(レイギスは大っぴらにし過ぎなんだよ。少しは慎みを持ってさ)
(月兎はむっつりすぎだって)
(そ、そんなことないし!)
頭を振って気を取り直す。
結局、最上階にブリジットの姿はなかった。
そのまま下の階へと降りて、同じように捜索を続ける。
そして三時間ほど。
結局、ブリジットの姿を見つけたのは、建物の地下だった。
(一番遠いところから探してたんだね……)
(見つからないわけだわ)
ブリジットは、地下の部屋で一人佇んでいた。
「やっと来たか」
ブリジットが呟く。
「気配で分かる。昼のガキだろ。隠密の訓練はしてないみたいだな」
これは完全に僕のことがバレている。
けど、それで仲間を呼ぶ気配はない。
「出て来いよ。知りたいんだろ?」
(どうする?)
(行くしかねぇ。話してくれるみたいだしな。聞こうじゃないか)
頷いて、僕は天井の板を一つ外し、そこから飛び降りた。
剣に手を添えつつ、警戒をしたままブリジットの後ろへと歩み寄る。
「お前が知りたいのはどっちだ。先々代のことか? それとも貴族のことか?」
「両方関係があるんじゃないですか?」
「ま、それもそうか」
ブリジットが振り返り、対面する。
「この地下には誰も入ってこない。俺がそう命令したからな」
「なぜこんなことを?」
「秘密を知る人間は少ない方がいい。つうか、あいつらだと酔った拍子にべらべらしゃべって、国からこの地区ごと焼き払わねかねないからな」
「そんなレベルの秘密なんですか?」
ちょっと、想像を超えるレベルの話しになっているんですけど。僕としては、一貴族のちょっとした秘密だと思ってたから、いきなり国が出てきて結構困惑している。
「今となっちゃそこまで問題はない。先代なら――まあ、内戦が起きてたかもな」
(王家が絡んで内戦の可能性。貴族家へ続く隠し通路に王族の直轄管理。その上実効支配はインテリファミリー。噂は取引。なるほど、読めてきた)
(どういうこと?)
(王様は女好きだったって話だな)
「女好き……」
「はっ、気づいたか」
思わず声に出てしまっていたらしい。
というか、女好きが答えって――
(王様と貴族妻、秘密の密会ってやつだな)
ああ、やっと理解できた。
つまりはこういうことか。
ブリジットファミリーが来る前、ここの管理をしていた貴族の妻と当時の王様が浮気していた。その為の通路がおそらくさっき見つけたあの屋敷の地下にはある。貴族の取り潰しは、それが夫に発覚してしまったからだろう。脅迫されたか、それとも非難されたか、それの対応が面倒になって消されたってことか。そして、即座に入ったブリジットファミリー。たぶん、ブリジットのおじいさんは王様の差し金。ここを押さえて、秘密の通路を他の貴族に知られないようにするために実行支配したんだ。だから国は積極的には動かなかった。
あれ――先代のころだったら内戦が起きてたって、もしかしてその浮気相手の妻に王様の子供がいたってこと!?
今は問題ないみたいだけど、確かにそれは不味いよ。
(おい、月兎。こりゃちょっとヤバいことになったぞ)
珍しく動揺するレイギスの声に、僕は思考から浮上する。
(なにが?)
(ティアは秘密の通路を使ってここに来た。おそらく、ブリジットが捕まえようとしたのは、ティアの正体を知っていたからだ。安全のために確保しようとしたんだろう)
(……通路を使ってきた)
(そうだ)
(じゃあティアは王族!?)
(家も分かりやすいはずだよな! この国で一番高くてデカい建物じゃねぇか!)
「おい、ガキ、どうした?」
僕とレイギスが、ふたりであわあわしていると、ブリジットが気味悪そうに尋ねてきた。
「あなたはティアの正体を知っていたんですね」
「ああ。王家の連絡員から話は来てたからな。部下に確保させようとしたら逃げられたとかいうから、こっそり楽しむために隠してんじゃねぇかって疑って尋問したが死んじまったけどな」
殺したのはそれが理由か!
「お前、まさか知らなかったのか?」
「偶然巻き込まれただけですからね! ああ! けどティアを見つけるって約束しちゃったし!」
「災難だな。秘匿の贄に目を付けられるとはよ」
「秘匿の贄?」
「それも知らねぇのかよ……」
当たり前だ。最近辺境から出てきたばっかりなんだぞ!
「ティア……アントレティアは妾の子供だが、その存在は秘匿されている。なんでも、今度の祈祷祭の儀式に使うための子供だとかでな。祈祷祭の儀式の内容は国の中でもトップクラスの秘密らしいが、公開されない子供の時点で、あんまいい儀式じゃないことは予想がつく」
「じゃあティアは儀式の贄にされるってこと!?」
だからティアは英雄を求めたのか! 誰かが自分を助け出してくれると信じて。城の中で秘匿され贄になるためだけに育てられながら、生きたいと願って!
僕にその可能性を見た? それとも、たまたま僕があの場にいたから?
そんなことはどうでもいい。助けてほしいと願われたなら、僕は助ける。
それに――
(魔導具に贄を要求するもんなんて存在しねぇ! 狂ってんならぶっ壊す! 違うもんなら、ぶっ潰す! グロリダリアの歴史、俺たちが築いてきたもん、簡単に歪められてたまるか!)
レイギスも気合十分だ。
やることは決まった。
(レイギス! 僕たちはティアの命を助けるよ!)
(おうよ。国だろうが何だろうが、邪魔するなら俺がぶっ飛ばしてやるよ!)
気合十分、僕たちはブリジットに別れを告げ、旧貴族の屋敷へと突撃するのだった。




