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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
四章 王族の少女と豊穣の魔導具
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4-6 スマートなやり方とは、自分のペースに追い込んで後はなし崩しに逃げるべし!

 さて、ティアを探すと決めたところで、やらなければならないことは何か。

 ティアの素性を調べることと、彼女の居場所の把握。そしてそこへたどり着くための道を考えなければならない。

 ティアが僕に残してくれたヒントはいくつかある。

 一つは彼女の素性に関して。

 貴族なのは間違いない。その中でも、彼女と周りのやり取りを見る限りかなり高位の貴族に部類されそうだ。家は見つけやすい場所にあると言っていたし、貴族区の中でもかなり大きい家とみて間違いないだろう。

 だが、それなのに彼女を迎えに来た馬車には家紋が付いていなかった。

 借り物という線は考えにくい。大貴族であれば、自家用車が何台もあるはず。わざと家紋の付けていない馬車を使ったとみていいだろう。

 つまり、彼女の存在はその家では伏せられている可能性がある。一貴族の娘を探すよりも、貴族の噂を探ったほうがティアへたどり着く答えが見つけやすそうだ。

 そしてティアはなぜ裏路地で襲われていたのか。

 こんなところに貴族の少女が気晴らしに来るとは思えない。どうせなら、賑やかな市場や大通りを散策したいと思うだろう。

 ならば、ここにいた理由は一つ。ここを通らなければならなかったから。

 家の者たちに内緒で来たということは、この裏路地のどこかに彼女が秘密に移動した道があるはず。それを見つけることができれば、ティアの元へはたどり着ける。


(考えはまとまったか?)

(うん。何となくね。僕は酒場とかで貴族の噂を集めながら、この路地を中心に隠し通路を探していこうと思うよ)

(なるほど。いい線行ってると思うぜ)


 レイギスからのお墨付きももらった。

 じゃあ後は行動に移すだけ……と言いたいところなのだけど、僕には――正確にはレイギスにはやらなければならないことがある。


(そろそろ日も暮れるし、一旦宿に戻るよ)

(あいよ。なら夜は俺の番だな)

(あんまりやり過ぎないようにね)


 レイギスの頭と魔法があれば、失敗するってことはあんまり考えられない。けど、やり過ぎるってことはありそうな気がした。

 人探しをしないといけないんだし、あんまり悪目立ちはしたくない。


(分かってるって。スマートに解決してやるさ)



 そして夜がやってくる。

 起き上がった()は、軽く体の動作を確認してから部屋を出た。


「今日もお出かけですか?」

「ちょっと用事が違うけどな。ま、朝には帰るさ」

「違う用事?」


 受付の子が首を傾げる中、俺は宿を出て昨日の娼館へと向かう。

 中に入ると、すぐに入店待ちしていた少女が話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。お席へご案内しますね」

「あ、その前にさ。今日ネルちゃんって出てる?」

「ネルちゃんですか? そう言えば今日は見てないような。あ、お席でお待ちください。ちょっと確認してまいりますので」

「よろしく」


 席で少し待つと、先ほどの子が小走りに戻ってくる。その後ろにはまとめ役のお姉さんがついてきていた。お姉さんは俺が軽く手を振ると小さく一礼する。


「お客様、ごめんなさい。今日はネルちゃんお休みしているみたいです。あ、こちら私たちのまとめ役のスズネさんです」

「いらっしゃいませ。スズネでございます。本日はネルをお望みで?」


 その顔には、昨日のことがあったのにという疑問が見え隠れしていた。


「あ、ちょっと席外してもらっていい? お姉さんと内緒話があるからさ」

「分かりました。何かあればお申し付けください」


 少女を席から話し、俺はお姉さんを隣へと座らせる。


「今日はネルを買うために来たわけじゃないんだ。あの子の不幸、ちょっとおかしかったからな。少し調べてみようと思ったわけ」

「あの子のまわりをいたずらにかき回すようなことは止めていただきたいのですが」

「これまでも俺みたいな奴が何人かいたのか?」

「ええ」


 お姉さんから話しを聞く限り、どうやら俺のように不幸な少女がいると聞いてやってきた男たちが何人かいたようだ。

 そいつらは、呪いや魔法、果ては自分が原因などと言って、不幸な体質を治す代わりに自分のものになれと迫ってきたらしい。要は、新手の詐欺師だな。


「ネルから相談され、早々に追い返したり兵士に突き出したりしましたが、今も時々そのような人たちはやってきます。あの子ももう疲れちゃってるんですよ」

「じゃあ今日休んだのってもしかして」

「少し体調を崩しています。昨日のことがだいぶ堪えたみたいで」


 俺を気絶させたのが原因で精神的に参ってそれが体にまで影響しちまったか。

 それなら尚更、さっさと解決してやらないとな。


「なら余計に帰るわけにはいかないな」

「なっ、あなたは!」


 お姉さんが思わず立ち上がり大声を上げそうになる。だが、ここが店のフロアであることを思い出して、グッとこらえた。

 そして座り直しながらこちらを睨みつけてくる。


「あの子をどうしたいんですか」

「助けるんだよ。呪いにも魔法にも、未来を変える力なんてねぇ。ネルちゃんの不幸の原因はもっと明確なもんだ」

「まるでわかった様な事を言いますね」

「天才だからな。だいたいの原因はもう分かった。とりあえずネルちゃん家行くぞ。そこに原因がある。心配ならついて来な」


 そう言い残して俺は店を出る。

 そして入り口でしばらく待つと、私服に着替えたお姉さんが出てきた。

 お姉さんは俺を見つけると、驚いたように立ち止まった。

 俺は笑みを浮かべながら、手を振ってその驚きに応える。


「何故まだここに?」

「だって俺、ネルちゃん家知らないし。ここで待ってれば追ってきてくれると思ってたぜ」

「あなたという人は……」

「ハハハ。んじゃ、案内よろしく」


 もともとここに来たのはネルちゃんの家の場所を知るためだったからな。

 適当な奴に聞こうかと思ってたけど、お姉さんがそこまでネルちゃんのことを心配しているっつうなら、付き合ってもらおうじゃねぇか。


「はぁ……わかりました。けどネルに変なことをしたときは」

「懐のナイフで刺せばいいさ」

「ついてきてください」

「そう来なくっちゃ」


 お姉さんの後を追って花街の間を抜けていく。

 そして角を曲がり花街を抜ければ、住宅の密集した細く入り組んだ路地が現れた。


「俺一人なら迷っちまいそうだな」

「ここの出身でない人がたまに迷い込まれるそうですよ。娼館で遊び、酔っぱらって迷い込むと抜けられなくなるそうです」

「そりゃこえぇ。俺も気を付けないとな」


 入り組んだ道は何本も分かれており、振り返っても同じ景色ばかり。空も建物のせいでわずかしか見えず、確かにこれは迷い込んだら出られそうにない迷路だ。

 昔はこの迷路が都市の防衛のためなんかに使われていたのだろう。細い道は兵士が大量に流れ込むことを防ぎ、平衡感覚を失った兵士たちは、知らぬ間に王都の出口側へと誘導される。

 火なんて放とうものなら、道自体が無くなりそうだしな。


「ここです」


 そんな道を少し進んでいき、お姉さんが一軒のアパートへと入って行った。

 階段を上って三階へと来ると、そこにある扉をノックする。


「ネル。スズナです。大丈夫ですか?」


 問いかけた後、しばらくして中から物音がした。

 そして扉が開き、少し疲れた様子のネルちゃんが顔を出す。

 ネルちゃんは、お姉さんのほかに俺がいることに気付くと、慌てて扉を締めようとする。俺はサッと間に足を挟み込んで、扉が閉じるのを防いだ。


「帰ってください! もう私に係わらないで!」

「こりゃだいぶ来てんねぇ。ネルちゃん、天才魔法使いの俺様が助けに来てあげたぞ」


 手を入れて扉を強引に開ける。するとネルちゃんは奥へと逃げて行ってしまった。

 俺とお姉さんがその後を追う。


「もういいんです! もう嫌なんです! 私のせいで誰かが不幸な目にあうのは」

「ハハハ。自分の不幸より他人のことか。追い詰められてんのに、随分と優しい考えなことで」

「それがネルのいいところですから」


 そのまま部屋の奥へと入る。そこは寝室になっており、ネルはベッドの上で布団に閉じこもっていた。

 室内には所せましと色々な物が置かれている。ネックレスに指輪、変な仮面やお札に人形。本当に方々手を尽くして不幸体質を治そうとしたのだろう。

 けどそれが間違いなんだ。


「ネルちゃんの不幸体質、その始まりは偶然だ。二カ月ぐらい前から、娼館もだいぶ客が増えてたんじゃないか?」

「ええ、祈祷祭が近づいて、ちょっとずつ商人のお客さんが増えてたわね」

「その疲れが注意力を削いで、ちょっとした事故を連発させた。それを不幸なことが連続したのと勘違いしたのが始まりだ」

「私の不幸はただの偶然だっていうの!?」


 ただの事故。そんな風に言われれば、辛い思いをしてきた本人なら苛立って当然だ。

 布団から顔を出したネルちゃんが、涙目で睨みつけてくる。俺はそんなネルちゃんに笑みを返しながら、部屋に鎮座しているある物へと近づいていく。


「違う。最初だけが偶然だ。後は必然。こいつの影響だな」


 ポンと手を置いたのは、俺の腰ほどの高さがある壺だ。

 表面に施された幾何学模様は遺跡の扉なんかにも使われているのと同じもの。つまり、魔道具ってわけだ。


「それは――不幸になり始めてから買った幸運になれるっていう壺よ。けど何の役にも立たなかった」

「やっぱり気付かなかったんだな。コイツは魔道具だ。しかも狂ってやがる」

「狂った魔導具!?」


 ああ。触ってるだけで腹立たしくなってくる。

 コイツは本来、所有者の気づきを促すための魔導具だった。

 視界に入る物の中で、人は無意識下に不要と判断した情報を切り捨てる。この魔導具は、そんな切り捨てられた情報の中から、有用だと判断したものを気づきとして提供するものだった。

 タンスの角の位置、雑誌に隠れたリモコン、出かける前のガス栓の向き、そんな些細な情報を教えることで未然に不幸を防ぐ魔道具だった。

 だからついた名前は「幸運の壺」

 だけど今のこれはちがう! 歪められている!

 あの時と同じだ!


「ログイン。プログラム開示」


 紋章によって開示される魔道具のデータ。その中には、この魔道具のプログラムとして相応しくない文字の羅列。気づきを抑制し、意図的に情報を排除する悪意に満ちたプログラム。

 その表記法には、ryuを歪めた奴と同じ匂いがする。


「この壺は、所有者の意識を意図的に逸らさせ、事故を誘発させるように歪められている。だからネルちゃんは事故に遭い続けた」

「そんな……」

「もう大丈夫だ。魔道具としての機能は今停止させた。これでネルちゃんは不幸な体質から解放されたわけだ。つっても簡単には信じられないだろ?」

「そうね。私も信じられないわ。その壺が魔道具で原因だったなんて」


 お姉さんが言葉を失っていたネルの代わりに頷く。


「だからしばらく様子を見りゃいい。俺は祈祷祭までのんびりするつもりだからな。ネルちゃんが今までと同じなのか、それとも不幸体質から解放されているのか。それが判断出来るまでは、こいつを預けとくぜ」


 ポケットから取り出した皺くちゃになったプレミアムチケット。それをお姉さんの胸元へと突っ込む。

 どさくさに紛れてちょっと触ったが、まあ事故だろ?


「それとネルちゃん。不幸体質は治ったが、あんたが不幸なままだと思い込んでりゃ、ちょっとしたことすら不幸に感じる。楽しかったこと、幸せな出来事をちゃんと受け止めろ。そうすりゃ、世の中もっと楽しくなる」

「は、はい――」

「んじゃ、俺の要件は済んだから。またしばらくしたら顔出すからよろしくな!」


 部屋を後にし、路地へと出る。後ろからお姉さんが追ってくる気配があったが、即座に魔法で建物の屋上へと飛び上がった。

 迷路も上から見ればただの道だな。

 俺の足元では、お姉さんが俺を探している。


「ま、色々突っ込まれるのも面倒だしな」


 魔道具だと分かったり、魔道具をいじったり、勢いで押し通したが、冷静に考えれば不思議なことをやってるしな。

 冷静になられる前に撤退するのが一番だ。

 後は、体質が治ってれば、俺に対する謎なんて恩義でいくらでも塗りつぶせる。

 月兎にはしばらく童貞のままでいてもらうことになるが、仕方がないな。

 スッと浮かび上がり、俺は王都の上空を宿目掛けて飛翔するのだった。

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