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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
四章 王族の少女と豊穣の魔導具
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4-5 失敗続きは自信を無くすよね。だからって雑魚狩りはどうなの?

「助けてくださいまし!」

「ようやく追いついた」「もう逃がさんぞ」「兄ちゃん、そいつは俺らの得物だ。横取りはいけねぇなぁ」

「あ、うん」

(そこはかっこよく「お嬢ちゃん、もう大丈夫だよ」だろうが!)


 僕はそんな突発的なアドリブができるようなタイプではない。心の中で思いつつ数分前を振り返る。

 突然なんでこんなことになってしまったのか。

 まあ、簡単に考えれば裏道なんかに入ったのが間違いだったんだろうなと。


 ちょっとした好奇心から、王都の探索途中に暗がりへと続く横道に入って見た。

 そこが偶然王都でも治安の悪い場所に繋がっていたらしく、少し道を進んだとたんに助けを求める少女が前から走ってきた。ふわふわなピンクの髪とフリルをふんだんにあしらった豪華なドレスは、薄汚い裏路地にはこれでもかというほど浮いていた。

 その後ろには、身なりの悪い男たち。

 なんかテンプレ過ぎて逆に疑いたくなるシチュエーションだった。


「君はなんで追われているの?」


 男たちの動きに警戒しつつも少女へと尋ねる。


「分かりませんわ。ここの路地を歩いていたら、いきなり襲い掛かってきましたの」

(そりゃ、こんないいところのお嬢様ですなんて恰好した奴が歩いてりゃ襲われるわな)

(なかなかの世間知らずかもね)

「それであなたたちは――あー、人攫いで間違いない感じですか?」

「間違いじゃねぇな」


 男たちが懐からナイフを取り出す。キラリと光るナイフに、少女がヒッと喉を引きつらせた。


「素直に渡せば見逃してやる。拒むなら、お前は殺す。その女ならしばらくは遊べる金が入るからな」


 一人が目くばせすると、左右の二人がじわりじわりと通路を防ぐように広がり、距離を詰めてくる。

 正直に言えば怖い。けど、ここでこの子を見捨てるなんて選択肢はない。


「とりあえず、刃物を抜かれた以上はこちらも対処しますよ」


 鞘のロックは止めたまま、柄に手を掛ける。


(丁度いいな。月兎はそろそろ勝つことを知るべきだ。こいつらぶちのめしちまえ)

(勝てるかな?)

(余裕余裕)


 レイギスはなにやら呑気なことを言っている。けど相手も刃物を持っているんだ。隙一つでこっちの命が危ない。

 相手の動きをよく見て――動き始めを逃さずに――意表を突くように――今!


 男の一人が踏み出した瞬間を狙って、僕も同時に踏み込む。

 その男は、僕がほぼ同時に動いたことに驚いたのか、焦ったようにナイフを突き出してくる。

 単調な突きだ。フェイントも何もない。そんなものじゃ、避けてくれって言ってるようなものだ。

 顔だけを傾けて相手のナイフを躱しそのまま懐へと飛び込む。そして鞘にしまったままの剣で相手の腹を殴りつけた。

 男は腹を抱えてその場に倒れ込む。

 他の二人は動いていない。警戒しているのか? だったら僕もいったん引いて体勢を――


(違う。驚いて動けないだけだ。一気に畳みかけろ!)


 言われ、咄嗟に近い相手へと踏み込むと、そこでやっと男に動きが戻ってきた。

 本当に動けなくなってただけだったんだ。

 フェイントもない簡単な振り抜きが男の顎を軽くたたく。

 そして最後の一人は、二人目が倒れた時点で逃げ出していた。


(追ったほうがいいのかな?)

(いらねぇだろ。所詮路地裏のチンピラだ)


 三対一の戦いは、あっけないほど簡単に片付いてしまった。

 今までの戦いはずっと苦戦してきてただけに、拍子抜けだ。


(仮にも今までの相手は探索者だったろうが。生き残るために戦いを学んだ連中と、そこらへんのチンピラを一緒にしてやるなよ)

(もしかして僕って意外と強いの?)

(剣技だけなら中堅。魔力強化も相まって達人とまではいかねぇが、そこそこ強い部類には入ると思うぞ)

(そうだったんだ)


 今までがずっと負けだっただけに、実感が湧かなかった。

 勝つ経験。確かにレイギスの言う通りかもしれない。手に残った相手を倒す感触は自信になる。


「あの」


 僕が自分の手を見つめて握ったり開いたりしていると、後ろから声がかけられた。それで、少女のことを思い出す。


「あ、ごめん。もう大丈夫だよ」

「危ないところを助けていただき、ありがとうございますわ」

「いえいえ。けど、君みたいな子がこんなところに来ちゃ危ないよ。連れの人とかはいないの?」


 見たところ、一人っぽいけどこんな貴族然とした子が、一人で行動するものだろうか?


「その……家の者には内緒でわたし一人で来ましたの」


 なるほど、秘密の探検ですか……攫ってくださいって言ってるようなものだね。


「とりあえず路地から出ようか。大通りに出れば安全だから。僕は月兎。君は?」

「アントレティアですわ。ティアとお呼びくださいませ」


 僕はティアを連れて大通りを目指す。その間にティアが問いかけてきた。


「月兎さんは、とてもお強いのですね。どのようなお仕事をなさっているのですか?」

「探索者と言って分かりますかね? 遺跡などの調査をしているのですが」


 探索者の名前を聞いた途端、ティアの目が輝いた。


「聞いたことがありますわ。危険な遺跡をその身一つで踏破するプロフェッショナルですね! 家にいる頭でっかちな考古学者の者たちとは大違いですの!」


 ティアはどうやら探索者に物語の主人公像を重ねてしまっているようだ。

 けど、実際の探索者なんてほとんどが腕っぷし頼りの荒くれものだからなぁ。


「何か探索者が出てくる本でも読んだのですか?」

「何冊も読みましたわ。私日ごろは読書ぐらいしかやることが無いのです。だから、お家にある物語はほとんど読みつくしてしまいましたの。そこには、沢山の探索者様が出てきて、危険な罠を華麗に回避したり、財宝を守る番人と激闘を繰り広げたり、悪人をばったばったと倒しておりました。そんな姿を想像して、憧れておりましたの」

「現実の探索者なんてそんな凄いものじゃありませんよ」


 暗くてジメジメした遺跡の中をビクビクしながら進んだり、魔物なんていませんようにと願っていたり、他人の宝をかすめ取ろうとしたり。

 そもそも現実の探索者なんて、一攫千金を狙うような人たちだし。尊敬される様な存在じゃないでしょ。


「でも月兎さんは私を助けてくださいましたわ。まるで物語のようでしたわよ。きっと優秀な探索者様なのですわね」

「たまたまですよ」

「物語の探索者様たちも、皆たまたまの積み重ねで大事を成しましたもの。私はそれを運命と呼ぶと思っていますわ」


 ティアが僕の側から離れ、少し先へと駆け出す。

 そこはもう大通りだ。

 そこで足を止め、ティアは振り返る。


「月兎さん、今日はありがとうございましたわ。お見送りはここまでで大丈夫ですわ」

「え――ああ。そう言うことですか」


 大通りには、数人の兵士と執事が待機していた。

 彼らはティアの姿を見つけると、そろって頭を下げる。


「アントレティア様、お探ししました」

「ごめんなさい。けど楽しい時間だったわ」

「貴重な御身です。そのこと、お忘れなきよう」

「分かっているわ。そんなことは私が一番」


 ティアの表情が一瞬だけ陰る。

 だが、次僕の名前を呼ぶ瞬間には、その陰りは消え去っていた。


「月兎さん、今度はかくれんぼをしませんこと?」

「かくれんぼ?」

「私を見つけてくださいまし。私の英雄ならば、きっと見つけられるはずですわ」

「難しそうだね」


 この王都に今何人の人がいることか。その上、僕は平民。貴族区への立ち入りはよっぽどの用事がない限り禁止されている。

 つまり、普通に考えればもう会うことはできないはずなのに。


「とても大変だと思いますわ。だから私を見つけられたらご褒美を用意しておきますの。とっても珍しい魔道具ですわよ。探索者なら気になりませんこと?」

「それは――とても魅力的なご褒美ですね」

「アントレティア様、そろそろ」

「分かりましたわ。では月兎さん、ゲームスタートですわ」


 ティアが馬車へと乗り込み、兵士たちが回りを囲んでゆっくりと歩き出す。

 そして王都の町の中へと消えて行ってしまった。


(レイギス、どう思う?)

(英雄を求めた――ようにも見えるが、どこか諦めてる雰囲気もあったな)

(挑戦するなら一筋縄じゃ行かなそうだよ)

(けどやるんだろ)

(求められたからにはね)


 あの子は助けを求めていた。心のどこかで諦めていながらも、それでも英雄という存在を、自分の諦めてしまった現状を打開してくれる存在を探していた。

 だから僕にあんな提案をしたのだろう。

 見つけてくれと。

 それすらできなければ、そこまでの話。けどもし見つけられることができたら――そんな人になら、頼めるかもしれないと。

 だから僕がティアを見つけることができたらこう言ってあげよう。

 あの子の望んだ英雄らしく――


 ――助けに来たよって。

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