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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
四章 王族の少女と豊穣の魔導具
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4-4 人の噂も七十五日だが、その間噂は誇張され続ける

 朝が来て目が覚める。

 当然のことだと思う。けど、もし目覚めた場所が自分の知らない場所で、知らない人たちに囲まれていたら、どんな反応になるだろうか。


「良かった! 目が覚めてくれました! 殺しちゃってたらどうしようかと思いましたぁ!」


 しかもそのうちの一人が物騒なことを言いながら、涙ぐむほど僕が起きたことを喜んでくれるのだ。周りの人達も、ホッとしたように息を吐いている。

 僕は体を起こして周囲を見回した後、そっとベッドへと潜った。

 答えは現実逃避だ。


「あ、あの! お客様!」


 布団の外から声がかけられるが、カタツムリのように布団へと籠った僕は顔を出さずに答える。


「ちょっと待ってもらっていいですか? 現状を整理しますので」

「はぁ」

(さて――レイギス!)

(おはよう月兎君、大変なことになっちゃったなぁ!)

(状況説明!)


 僕が寝ている間に何をやらかした! 見た限り、ここには女性しかいなかったぞ! しかもやけに露出の多い!


(俺も完全には把握しきれてねぇが、ここは娼館の一室だな)

(その時点で完全にアウトだよ! レイギス、僕の童貞奪ったの!?)

(俺の穴に突っ込んだみたいな言い方するな! 魂に鳥肌立ったわ! とりあえず童貞はそのままだ。悲しいことにな。ヤル前に気絶させられたし)

(良かった……いや、現状は全く良くない状況だけど、とりあえず僕の初めては守られてたんだね)


 いや、でもヤル前に気絶させられるって何!? 異世界の娼館ってそんな物騒なところなの!?


(月兎に最初に声を掛けてきたのがその張本人だ)

(なんか殺すとか凄い物騒なこと言ってた子?)

(そうそう。名前はネルちゃんだ。根はいい子だぞ。ちょっと不幸が連鎖するだけで)

(殺害まで行く不幸はもはやテロだよ……)


 とりあえず状況は分かってきた。

 つまりレイギスは、僕のお願いを無視して娼館へこっそりと突撃した挙句、面白そうというだけで不幸体質の子を指名した結果、その子の事故に巻き込まれて気絶させられたってことなんだね。

 バカじゃないの?

 正面から罵倒してやりたいところだが、残念ながらレイギスは僕の体の中にいる。鏡を見ながら罵倒すると、自分にダメージが入りそうなので止めておこう。

 さて、じゃあいつまでも待たせても悪いし、そろそろ出ようか。

 のそのそと布団から這い出し、改めて周囲を見渡す。

 僕が使っているベッドの周りには全部で三人の女性。一人はレイギスを気絶せしめた不幸少女。その横に、困った表情のお姉さん。凄い色気で、たぶんこの人が女の子たちのまとめ役かな?

 そして少し年を召された――というか老女は、ここのオーナーかな?


「すみません、お待たせしました」

「お客様、この度はうちの子が大変なことをしてしまい申し訳ございません」

「すまなかったねぇ。お客さん、体は大丈夫かい?」


 お姉さんが深々と頭を下げ、ネルちゃんが同じように頭を下げる。

 そして老女が僕の腕を取って脈を図りながら尋ねてくる。


「ええ、特に痛むことろもありませんし」

「若いってのは凄いねぇ。ネルに聞いた話じゃ、内臓が破裂しててもおかしくない打ち込み方みたいだったけど」


 そんなレベルだったの!? それなら確かに殺していてもおかしくない……

 割と危機一髪だったんじゃない?


(とっさに体捩じって腹筋固めたからな。ダメージは響いたが、直撃は免れた)

(なんで娼館のベッドでそんな生死を分ける戦いしているのさ)

(俺にも分からん)


 とりあえず、僕の体は身体強化に伴ってすでに異常もなくなっている。

 これ以上、ここにいる理由もない訳だ。


「特に問題ないみたいなので、そろそろこの辺で」

「いえ、私たちの店でお客様を気絶させたのです。責任は取りませんと」

「気にしないで――とは言い得ませんが、そこまでしていただく必要はないですよ」

「しかし、お客様にはご来店いただいた本来の目的も果たせておりませんし」


 本来の目的ってあれか!?

 頭の中でレイギスが大興奮してるけど、僕はするつもりはないよ!?


(んだと!? 一発やってスッキリしようぜ! 今ならみんなで相手してくれるぜ! そのお姉さん、本来の値段で買うならクッソ高いぞ! それをいただけるんだ。拒否する理由はない!)

(拒否しない理由もない! ということで帰るよ)

(のぉぉぉおおおおおおお)


 ああもううるさいなぁ。人の体借りといて何言ってんだ。

 そんなにヤリたいなら自分の体を持ってくればいいでしょ。ホムンクルスでも使って。


(その手があったか)

(いや、真面目に考えないでよ)


 それができるんなら最初からやってるでしょ。

 ともかく、ここは何としても撤退するよ。


「見たところ、もう日も昇っちゃったみたいですし、予定もありますから僕は宿に戻らないといけないので」

「そうですか……ではこちらだけでもお持ちください」


 お姉さんが胸の谷間からチケットサイズの何かを取り出す――どこから出してんだ。

 受け取って見ると、少し暖かかった……じゃなくて、それはここのサービス券だった。いわゆる、次回無料という奴だ。


「本来は高級サービス用の会員限定で誕生日などにお渡ししているチケットですが、そちらをお譲りします。ご来店をお待ちしておりますので、いつでもご利用ください」

「はい」


 要はプレミアムチケットという奴だ。いつでもだれでもご指名無料と。

 たぶん僕が使うことはないと思うけど。

 頭の中でレイギスが飛び跳ねてるし……


「ではお世話かけました」

「この度は本当に申し訳ございませんでした」


 お姉さんに合わせて、二人も頭を下げる。

 三人に見送られ、僕はそそくさと人通りの少なくなった花道を抜けるのだった。


 宿へと戻ってくると、ちょうど朝食の時間だ。

 フロアは多くの宿泊客で溢れている。

 そんな中から声を掛けられた。


「おーい、こっちだ」

「シビルドさん、おはようございます」

「月兎もおはよう。こんな時間まで外出してたのか?」

「ええ、少し」


 まさか娼館で気絶していたとは言えない。

 シビルドさんの隣に座ると、昨日の子が料理を持って現れる。


「お待たせしましたー。朝食セットです」

「おお! 待ってたよ。チャフネちゃんは朝から元気だね」

「看板娘は元気じゃなくちゃね。お客さんもおはようございます。遅い朝帰りになりましたね」


 分かってる分かってるというような笑みを湛えながら、昨日の受付の少女チャフネさんに頷かれる。

 なんだか非常に納得いかないが、いちいち説明もしていられないので、曖昧にほほ笑んでおく。


「僕もご飯をお願いします」

「はーい、少々お待ちを」


 チャフネさんが戻っていき、シビルドさんが一足先に朝食に手を付ける。


「月兎は聞いたか?」

「何をですか?」

「なんでも昨日、娼館で気絶した奴がいるらしいぞ」

「ぐふっ」


 突然の話題に思わず咽てしまった。

 何故そのことを知っている!?


「……どこでその話を?」

「娼館仲間さ。繚乱亭にいた奴が、個室が騒がしいのに気づいて少し調べたんだと。そしたら、女の子と二人っきりの状態で気絶した奴がいるって話らしい。オーナーとか代表も来てけっこうな騒ぎになってたらしいぜ。知らないのか? 今朝はいったいどんなプレイをすりゃそうなるんだって話題で持ちきりだ」

「うーん、初耳かなぁ」

「そうか。朝帰りだし、月兎も花街に行ってたと思ったんだけどな」


 当てが外れたかとパンをかじるシビルド。

 悲しいことに、その当ては的中している上に、娼館で気絶したのは君の隣にいる人物だ。

 そして変な方向に噂が飛躍していることに絶望した。

 おかしなプレイで気絶してしまったと思われているらしい。本当は、女の子に鳩尾を打ち抜かれて気絶しただけなんだけど……


「ま、月兎も娼館行くなら気絶には気を付けろよ。噂になるからな」

「参考にさせてもらうよ」


 乾いた笑いを浮かべていたら、朝食が届いた。

 いい味のはずなんだけど、なんだか苦いな……


 朝食を終えた後、僕は部屋へと戻ってきてベッドに寝転んだ。

 寝ていたはずなのに、凄い疲れてる。これは――心労……


(月兎、ちょっといいか)

「なに」

(ネルちゃんのことだ)

「またその話」


 割ともう女の子の話はうんざりなんだけど。


(いや、買う買わないの話じゃない。あの子の不幸、少し様子がおかしい)

「どういうこと?」

(あまりにも連鎖しすぎてる。慌てているにしても、あそこまで事故が続くのは本来あり得ない。作為的なものすら感じるレベルだったからな)

「つまり」

(調べたい。場合によっては魔道具が絡んでいる可能性がある)


 魔道具かぁ。それなら確かに僕としても気になるところだけど。


(けど魔道具に幸運にする力がないなら、不幸にする力もないんじゃないの?)


 幸運にする不幸にする。それは未来を確定させるのと変わりない。

 そんなことはできないと、昨日レイギスが言っていたばかりだ。


(そうだな。幸運や不幸を直接操作することはできない。だが、不幸の原因に対してアプローチすることは可能だ)

(どういうこと?)

(例えば財布を忘れて不幸だってやつは、出かける前に財布に気付けば回避できる。タンスの角に指をぶつけるのは、指とタンスの距離に気付ければ回避できる。そういう気づきを意図的に発生させる魔道具は存在した)


 なるほど。事故の原因を予め取り除いておけば、それによって発生する不幸は発生しないということか。確かに幸運にはなっていないかもしれないけど、不幸にもなっていない。


(もしその魔導具が故障していたり、あまつさえryuのように歪められていたら)

「不幸に導きかねないわけだね」


 僕は体を起こす。

 もしそれが事実であれば、見過ごすことはできない。

 王都で最初の魔導具チェックが決まったわけだ。


(俺たちはあの子の家を知らない。今夜もう一度あの娼館に行ってあの子と話すぞ)

「そう言うことなら分かったよ。ならお昼の内に軽く王都の観光しておこうか」

(だな)


 一日じゃ全部回り切れないし、どっちにしろ何日かはかかる。とりあえず今日は近場をぐるっと回ってみるとしよう。

 僕は財布と剣を持って、部屋を出るのだった。


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