4-2 王都に到着したけど、昨日とやること変わってない……いや、本番は明日からだから!
やや考えさせられながら夜を過ごし、僕たちは翌日王都へと到着した。
王都はやっぱり大きい。これまで見てきた中で一番大きな外壁に、何を通そうとしたのか分からないほど大きな街門、人の数も桁違いだ。
たぶん、この中の多くは祈祷祭目当ての人たちなのだろう。
街門が飲み込むように人を入れ、僕たちの乗った馬車もその流れの中に混じって門をくぐった。
町の風景としては、他の町とあまり変化はない。だが一点だけ違うもの。
それが、王都の外からも見えていた巨大な王城の存在だ。
「あれが王城」
幌馬車から顔を覗かせ、王城を見上げる。
まさに見上げるというのは相応しい表現だ。ちょっとした山がそこに鎮座しているのだから。
高層ビルとはまた違う威圧感があるのは、きっと底と横の面積が段違いに広いからだろう。
裾野には貴族のものだろう豪邸が立ち並び、その先には王城を守る城壁、その上に顔を見せる王城は、聳え立つように天を目指している。
あの城の先端にある塔から見下ろせば、王都はおろか、昨日いた町だって見ることができそうだ。
(月兎は城を見るのは初めてか?)
(うん。写真とか映像なら何度も見たけど、やっぱり本物は凄いや)
西洋風のお城には、日本のお城とはまた違う壮大さがある。
まあ、そう思ってしまうのは、今の日本の有名なお城のほとんどが町中にあるからかもしれないけど。
(しかも実際に王族が住んでるんだよね)
あそこに人が住んでいると思うと、どんな暮らしをしているのか気になってしまう。
ちょっと移動するだけでも大変そうだし、意外と生活スペースはコンパクトにまとまっていたりするのかな?
(見学してみる価値はありそうだな。今の王族の暮らしってのは確かに興味がある)
(流石に無理でしょ)
文化財の見学コースじゃあるまいし。
(ま、それもそうだな。むしろ遺跡の方にも入れるかどうか。そっちが問題だな)
(確かにそうかも)
後三週間で祈祷祭。祈祷祭では王族が遺跡に入り儀式を行うという。
つまり、王族の向かう予定である遺跡に、一般人が立ち入ることができるのかという不安もあるのだ。
警備のために祈祷祭の終了まで立ち入り禁止ならまだいい。もともと祈祷祭も見学する予定だし。だけど、王家管理でもともと立ち入り禁止とかにされていたら厄介だ。
(そのあたりも調べてみないとな。とりあえず今は宿の確保だが)
(うん)
馬車が停留場へと入り、足を止める。
御者が旅の終わりを告げ、馬車に乗り合わせていた者たちも、思い思いの方向へと歩き出した。
これまでの町では、ただ宿に泊まるだけだったが、みんな王都に何かしらの目的があってやってきているのだ。もう団体行動をとる理由もない。
(ちょっと寂しいかも)
別の馬車に預けてあった自分の荷物を背負い直し、僕は少し離れたところで馬車から離れていく人たちを見送る。
(なに言ってんだ。少なくとも、一人は似たような目的のやつがいるだろ)
(あ)
肩を叩かれ振り返れば、シビルドさんがいた。
シビルドさんの荷物はキャリーカートに乗せられ、紐で縛られている。
「長旅お疲れさん。宿行こうぜ」
「そちらこそ、お疲れ様です。どこか当てがあるんですか?」
「色々と下調べしたって言ったろ。もちろん宿も探してある」
「連れ込み宿とかじゃないですよね?」
疑いのまなざしを向けると、シビルドさんは大きく笑い声を上げた。
「流石に娼館通ってさらに連れ込むほどの元気はねぇわ。むしろ、しっかりくつろげるところを探してあるさ」
「なら安心ですね。お願いできますか?」
「おうよ」
シビルドさんと共に、僕たちは停留所を出て王都の中を進んでいく。
どこも人通りが多く、活気に溢れている。
露店も立ち並んでおり、お祭りのようだ。というかもしかすると――
「これもしかしてもうお祭りが始まってます?」
「気の早い連中はそうだろうな。露店なんかは、観光客目当てだ。あの店を見てみろ」
シビルドさんが露店の一つを視線で示す。
そこは指輪やネックレスなどを扱っているいわゆる小物屋というところだろう。
その店主は、道行く人たちに笑顔で声を掛けていた。
「王都観光にピッタリ! 今話題の願いのネックレスだよ! ペアで付ければ将来結ばれ、夫婦で付ければ円満人生。気になるあの子にプレゼントなんてのも効果的! 今なら祈祷祭価格でお値打ちだよ!」
そんな謳い文句で人を引き付けている。
何と言うか、すごくお土産屋さんしていた。
「あんなのがそこらかしこに店を開いてる。けど、偽物だから信じるなよ」
「本物があるんですか?」
むしろあれは、偽物であることを知っていて買うものなのでは?
「あるぞ。修行を積んだ神官なんかが魔法を込めたネックレスや指輪だ。ま、本物はあの値段の千倍はするだろうけどな」
(レイギス! 魔法的にそれは行けることなの!?)
(将来を確定させられる魔法なんてあるわけねぇだろ。あったら、俺はここにはいねぇ)
それもそうか。レイギスは未来の姿が見たくてこの世界に残ったんだし。
(じゃあその神官が売ってる物って――)
(能力的には偽物だな。ちょっと魔力を込めて、魔道具の電池になる程度の代物だろう。けど、そんなもんを買える連中なら将来的にも安泰だろうし、プレゼントされれば財力の証明になる。この時代なら、それはある意味幸せってことじゃねぇの?)
(夢をぶち壊された気分だよ)
(プレゼントしたら必ず落ちるネックレスや指輪なんて、R-18まっしぐらじゃねぇか。それとも月兎君はそんなアイテムが欲しかったのかなぁ?)
(そんなわけないし! ちょっと気になっただけ!)
レイギスとの会話を打ち切り、シビルドさんとの会話に戻る。
そう言えば、神官は魔法を使えるんだ。もうこの世界だと魔法を使える人っていないと思ってた。
「神官の方たちは魔法が使えるんですね」
「神官の中でもごく一部らしいがな。後は貴族の一部とか。噂じゃ、血統を保つことで魔法を使えるようにしているらしい」
(潜在的に魔力の高い奴ってのはいるからな。月兎もある意味そうだろ。その血統を濃くすれば、必然的に魔力量も増える。まあ、予想はしていたが、やっぱりかって感じだな)
つまり、僕――というかレイギスだけじゃなくて、この世界にも魔法を使える人は普通にいるというわけだ。
しかも相手は貴族であり、その希少性から権力も強い。
相手にすることになるとかなり面倒だし、やっぱり貴族にはなるべく関わらない方向で動いたほうが良さそうだね。
まあ、そんな貴族にほいほい関わる様な事は無いと思うけど。
「さ、着いたぞ。この宿だ」
しばらく歩いたところで、シビルドさんが到着を告げた。
目の前にあるのは、ややこじんまりとした建物。というか、周りの建物に比べて明らかにここだけ少し見劣りする。
「本当にここですか?」
「そうだ。穴場の宿らしくてな。うちの客も何人かここを使っている。そいつらから聞いた情報だから間違いないぞ」
「はぁ」
一抹の不安を覚えながらも、僕たちは宿へと入る。
「いらっしゃいませ!」
そんな不安を払しょくするように、元気な声がフロアに響いた。
発生源は、カウンターに立っていた少女のようだ。少女は若葉のような艶のある髪を靡かせ、僕たちのもとへと駆け寄ってくる。
「お泊りですか?」
「ああ。こっちとは別客だから二部屋だな。空いてるか?」
「シングルが二部屋ですね。はい、空いてますよ。お日にちの予定はお決まりですか?」
「俺は一カ月。月兎はどうするんだ?」
「僕もとりあえず一カ月で」
料金やシステムなどの簡単な説明を受け、自分の懐と相談する。王都や祈祷祭前というだけあって少し高い料金設定になっているようだ。まあ、懐的には問題ない金額だが。
遺跡の調査がどうなるか分からないけど、祈祷祭まではいるつもりだし、延長は後からでもできるしね。
「承りました。部屋は305と306になります」
「俺は305を貰うな」
「じゃあ僕は306を」
何気なく受け取ったけど、この宿はちゃんと鍵があるんだ。
今までのマヌアヌの宿や、一拍だけしてきた宿は内鍵はあっても外から締められる鍵って無かったからなぁ。
(これなら荷物を置いて出かけられるかも)
(移動は多くなるだろうし、助かるな)
シビルドさんと別れ、部屋へと入る。
荷物を置いてベッドへと座ると、ふわりと柔らかい感触が返ってきた。
「ベッドも軟らかい。スプリングじゃないみたいだけど」
スプリングのように弾力があるわけではないが、包み込むような柔らかさがある。
たぶん敷布団の方に綿がたっぷりと詰め込まれているんだ。
「この辺り、ものの豊富さを感じるよね。フレアと暮らしていたころの生活とは大違いだ」
(辺境と首都を比べるのはさすがに酷だろ。日本だって、首都と田舎の生活レベルの違いは月兎の記憶を見る限りこの世界と大差ないぞ?)
言われて確かにと気づく。
日本でも、ドが付くほどの田舎へ行けば、かろうじで電気が繋がり、ガスはプロパン、トイレはぼっとんなんてところはまだ残っている。それを東京のビジネスホテルと比べたら、今の僕と同じ心境になるのかもしれない。
(誰かの不幸を想うのはいいが、あんまり抱え込みすぎるのも問題だぞ。前にも言ったが、人助けをしたいなら、自分の手の届く範囲をちゃんと把握しろよ)
「うん、そうだね」
考えすぎも良くないか。
そうだね。現実的に不可能なことをいくら悩んだって答えなんか出てこない。
なら、すっぱりと将来に任せて、僕は今出来ることを楽しもう。
とりあえずやることは――
「じゃあ王都のグルメを満喫しに行こうか」
(屋台街だな!)
夜も更けてきた。本格的な活動は明日からするとして、今は腹ごなしだ!




