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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
三章 貴族の少女と魔道具のペット
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EX-2 少女は追う。彼の者の影は良く動く

 マスダ村からひたすら馬で駆け、たどり着いた先の村では、少年の情報を手に入れることができなかった。

 誰もそんな人物は見ていないとのことだ。つまり、この村には寄っていないということ。

 だがおかしい。ここまではほぼ一本道。道中には分かれ道もあるが、その先は探索され切った遺跡が一つあるだけのはず。


「まさかあの遺跡にいったの?」


 でも何のために。いや、私の知らない知識と魔道具へ干渉する謎の紋様を持っている少年だ。探索されたと思われている遺跡にも、なにかがあると分かったのかもしれない。

 なら向かうのは、その遺跡。

 ここからならば、来た道を少し戻って道を曲がれば行けるはず。

 私は村で一番いい馬と、連れてきた軍馬を交換してもらう。質としては明らかにこちらが上だ。むしろ、馬の主が恐縮するぐらいだったが、私はそれよりも時間が惜しい。

 新しい馬に乗って遺跡へと向かうと、夜になってしまった。

 辺りは暗く、ランタンの明かりだけを頼りに道を進むと、馬が何かを蹴った。

 驚いた馬が後ずさりするとこで、それが明らかになる。


「こんなところに死体?」


 それも見たところ探索者らしき死体だ。所々焦げているようにも見えるが、一体どのような戦闘がここで行われたのか。いや、それよりも重要なのはここで戦闘が行われたという事実だ。

 探索者同士の争いは稀に発生する。それは財宝の分配だったり、他チームとの諍いだったりと様々だ。そしてここが遺跡の近くであったこと、五つの死体が全て同じような殺され方をしていることを考えるに、一人の相手と戦い敗れたと考えるべきか――

 よほど強い探索者が、探索済みの遺跡へ? そんなことは考えない。ここにあの少年が訪れた可能性が高い以上、これも少年の仕業と考えたほうがいいだろう。

 遺跡で何かを回収し、横取りしようとした者たちを倒したのか。それともその逆か。

 村を救った少年が、殺して奪い取る様な事をするとは考えたくないが……


「断定は危険ね。とにかく先へ」


 再び馬を走らせると、すぐに遺跡へたどり着いた。

 中に入れば、等間隔に配置されている明かりのおかげで中は明るく、夜であっても問題なく探索できる。

 ここは三階層の簡単な遺跡だったはず。

 そのまま一階層へとたどり着くと、まるで生活していたかのような痕跡を発見する。

 たき火跡に、道具の一式。数は数人分以上だろう。

 探索者崩れという言葉が頭をよぎった。

 遺跡を根城にする、半盗賊の集団。


「彼らが崩れの連中だったみたいね」


 そのまま下へと降りていく。

 二階へ、そして三階層へ降りたところで、私は足を止めた。


「これは――」


 この遺跡は三階層に降りた時点で行き止まりだったと資料にはあった。

 だが、私の前にはさらに下へと続く階段がある。

 知られていない四階層。この遺跡にはまだ探索されていないエリアがあったんだ。

 あの少年はそれを知っていてここに来たの? だとしたら、この奥には何があったの?

 好奇心に惹かれるまま、階段を降りる。

 そこは全く別の様相を呈した部屋。真っ白な壁に美術品を展示するようなケースが安置されている。その中身は空だ。

 だがそこに何があったかぐらいは、これまでの資料から予想できる。

 無価値の魔導具。

 私も実物を譲り受け研究したことがあったが、結局使い方の分からない代物だった。

 それをわざわざ回収した? ならきっと、あれにも意味がある!


「ああもう! 謎が解けると謎が増える!」


 意味があると分かっただけでも大発見なのに、少年はきっと使い方を知っている!

 跡を追わないと!

 少年がここに寄った理由は分かった。後はここからの行き先だ。

 あの男たちの死体があったのは、分かれ道の少し前。分岐ルートから考えて、向かったのはマヌアヌね!

 マヌアヌはここから距離があるから補給無しでは厳しいと思ったけど、二日ならいけない距離でもない。

 私は遺跡から飛び出し、馬へと駆け寄る。


「ちょっと無理させちゃうかもしれないけど、ごめんね」


 首筋を撫で、私は手綱を振るった。


 馬にかなり無理をさせたおかげで、一日半でマヌアヌへと到着することができた。

 門番に馬を任せ、私は町へと入る。

 主要都市の一つだけあって、規模も大きく賑やかだ。だがそれが、足跡を追うのを困難にさせている。

 探索者として活動しているなら、まずはどこに向かうかしら?

 宿の確保はするとして、次に欲しいのは遺跡の情報のはず。

 たしか探索者には、引退した人が情報共有の場として酒場を経営していると聞いたわね。

 ならそこに向かいましょう。

 町の人に何度か尋ね、探索者の集まる酒場を見つけた。

 だが早朝に来てしまったため、酒場の扉にはクローズの文字。


「ははっ、私急ぎ過ぎたわね」


 気持ちが空回りしていた。

 一度落ち着こうと、宿を取りそこで仮眠を取る。

 疲労が蓄積していたのだろう。思ったよりもぐっすりと眠ってしまった。

 そして起きた時にはすでに日が沈み、辺りは夜の賑やかさに包まれている。

 慌てて酒場へと向かうと、ただの酒場とは思えないほどの多くの人で溢れていた。

 入り口には行列が出来ており、見物客だろう人たちが道の反対側から店内をのぞき込んでいる。

 私も見物客に混じって中を覗き込んでみると、店員は忙しそうにフロア内を動き回り、テーブルに料理を運んでいる。

 そして客たちは、情報交換をする様子もなく、ひたすらドンブリから何かを食べていた。

 結局何が起きているのか分からず、隣に立っていた人に声を掛けてみる。


「ここのお店、いつもこんなに並んでいるんですか?」

「ん、あんた知らないのかい? 一昨日ぐらいから、この店でフンボッフェっつう古代の料理を再現したもんを出してんだよ。それがまた美味いらしくてな。探索者以外の連中も、ああして並んでいるわけさ」

「古代の料理ですか」


 そう唄って新作料理を出し注目を集める手法は無いと言えば嘘になる。

 だがそのほぼ全てが自分のアレンジ料理をそう言っているだけであって、兵士たちが少し調べればすぐに嘘だったことが分かる。

 だがここは仮にももと探索者が営む店。

 本当に再現したのかもしれないと思うと、私の考古学者としての魂が燃えてしまった。

 教えてくれた彼にありがとうと告げ、私は店の列へと並びなおす。

 すると、列の形成を行っていた店員が近づいてきた。


「ただいま一時間待ちとなっておりますが大丈夫でしょうか?」

「ええ、大丈夫よ」

「ご提供できる料理が、現在混雑に付きフンボッフェに限定させていただいております。ご了承ください」

「それが古代の料理なんでしょ?」

「はい。私もお昼に食べさせてもらいましたが、とても美味しかったですよ」

「それは楽しみね」


 酒場なのに、人気過ぎてそれ専門店になるってどんだけ美味しいのよ。

 かなり気になるじゃない。

 ワクワクとしながら、ゆっくりと列が進んでいく。

 私の後ろにもどんどんと列は伸びていき、短くなる様子はない。

 確かにこれだけの人数に料理を出すなら、専門店になるのも仕方がないかもしれないわね。けど、それ探索者の酒場として大丈夫なのかしら?


「次のお客様! お席が空きましたのでどうぞこちらに!」


 私の番が来て、席へと案内される。

 相席はちょっと嫌かもと思っていたが、運よくカウンターの一番奥に座ることができた。

 そしてすぐに提供される、噂のフンボッフェ。

 温かいスープに浸された半透明な麺の上に、色々な具材が乗っている。

 スープは――あっさりしているわね。独特の風味は香草かしら? けど香草にも負けないぐらいはっきりと味が出ている。

 このスープだけでも初めて食べる味。領主様の元で生活している私が初めてなんだから、きっと今までこんな料理はなかったはず。

 麺は少し平たいのね。タッリアテッレみたいだわ。けど小麦粉じゃなわね。こんな透明な色は出せない。

 食べてみれば、モチッと弾力のある食感。こんな食感の麺は初めてだわ。スープともよく合う。

 乗っている具材もどれも美味しく、私はあっという間にスープまで飲み干してしまった。

 体が少しだけ熱くなっているのは、ピリッとした唐辛子のせいね。

 食べて分かった。これは確かに現代の料理ではない。今の主流は野菜と肉を煮込んだスープをベースにしたものが主流だ。だけどこれには、きっとそれが使われていない。

 全く別の方法でベースを作っている。

 こんな発想を探索者ができるとは思えない。レシピをどこかで見たことは間違いなさそうね。

 けど例の少年とはあまり関係なさそうかしら。確かに美味しかったから、また食べたいけど。


「ごちそうさま」


 会計を済ませ、店を出る。

 結局足跡は見つからなかった。店がこんな状態では、情報収集もままにならないだろう。

 貴族の方々なら何か情報を得ていないかしら?

 思うままに大通りを進み、貴族区への門を潜る。身分証は、領主様の食客となっているので簡単に通ることができる。

 さて、来たは良いけどこれからどうしようかしら――

 貴族に当てがあるわけでもないし、アポイント無しで会えるような立場でもない。そもそも質問が、少年知りませんかでは、叩きだされるのが落ちだろう。

 そんなことを思っていると、私と同じように平民区から二人のメイドが歩いてきた。

 なにかのお使いだったのだろうか。二人とも手に籠を持っている。

 だが私の目に留まったのは、そのうちの片方。その顔にわずかな違和感を覚える。


「ねえ、あなた」


 思わず声を掛け、そのメイドの側まで駆け寄りその眼の中を見つめた。

 やっぱりだ。


「あの、どちら様でしょうか?」

「アテネになにか御用で?」

「あなた、アテネというのね。何者? 人間じゃないわよね」


 二人に緊張が走る。


「あ、別にだからどうこうってわけじゃないわよ。私はこういうもの」


 考古学者で、領主の食客であることを示す身分証を提示する。


「ちょっと所要で人を探してるんだけど、偶然あなたを見つけてね。研究者気質なせいか、スルーは出来なかったのよ」

「そうでしたか。確かに私は人間ではありません。ホムンクルスと呼ばれる人工生命です」

「やっぱりね。文献に目を見ればわかるって書いてあったの」


 ホムンクルスの目には、視力補助のほかに遠視能力のためのズーム機能が搭載されている。これが、至近距離から瞳の中を覗くと、焦点を合わせるために自動で僅かに動くのだ。それが、瞳孔内で円が回っているように見えるという。

 アテネの瞳の中はまさにそれと同じだった。


「見たところメイドをしているようだけど、どこの家かしら?」

「ヒュルッケン家のお嬢様にお仕えしております」

「ありがとう。もしかしたら今度色々話を聞かせてもらうかもしれないから、その時はよろしくね」

「この場でお約束はできませんが、その時が来ましたら是非」


 メイドたちは私に一礼すると、そのまま近くの屋敷へと入って行った。

 ある意味貴重な出会いだった。まあ結局少年を見つける手がかりは無かったわけだが。

 そして、内門に設置されていた鐘が鳴る。二十時を知らせる音だ。


「今日はここまでね」


 この鐘が鳴ると、人通りは一気に減ってしまう。これ以上探し回っても無理だろう。

 後はこの町の代官のところに寄って、情報収集でもしてもらいましょう。

 そのまま貴族区を進み、私は代官の館で情報収集をお願いした後、自分の取った宿へと戻るのだった。


 翌朝。朝一で代官から情報が届けられた。その情報収集の速度に驚くばかりであると思ったが、ちょうど昨日、私のあげた特徴と一致した少年の存在が報告に上がっていたらしい。

 なんでも、修理不可能と思われていたホムンクルスの部品を直し、遺跡の機能を使って心臓部に燃料補給を行ったとかって――!


「昨日会ったホムンクルスじゃないの!」


 なんでその時に教えてくれないの! まあ、聞いてないから仕方がないかもしれないけど!

 その少年はすでに町を出発しており、王都行きの馬車に乗ったとのこと!

 自分の間の悪さに泣きたくなってくる。

 ホムンクルスから情報を聞きたい。けど、少年の行き先も分かった。

 行ってやろうじゃないの! とことん追いかけて、絶対に捕まえてやる!

 私は宿を引き払い、即座に代官に王都への馬車を手配してもらうのだった。

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