3-5 ブラック企業も真っ青の労働条件。労基などありません!
小さなブザー音と共に、補充が完了した。
スクリーンを出してみても、百パーセントになったロード画面と完了の文字が浮かんでいる。
(このまま回収しても大丈夫なのかな?)
(回収用の選択があったはずだ)
(えっと――これか)
画面を進めていくと、コアを取り外すかの選択があったので「はい」を選ぶ。
すると、カプセル内に詰まっていた溶液が排出され、カプセルの一部が開いてそこからコアが出てきた。
それをお嬢様が受け取り、大事に抱える。
「これを元の位置に戻せば目を覚ましますよ」
「月兎様、本当にありがとうございますわ」
「いえいえ。じゃあさっさと戻っちゃいましょうか」
補充が完了した以上、もうここに用はない。
さっさと外に出て新鮮な空気が吸いたいよ。ちゃんと換気システムが働いているとはいえ、やっぱり石壁の閉そく感って強いから。
再び兵士たちに囲まれ、僕たちは元来た道を進み遺跡の外へと出てくる。
待機していた馬車へと乗り込み、のんびり半日の旅。すぐにでもホムンクルスを復活させたいお嬢様にとっては長い旅かもしれない。
ソワソワと落ち着かない様子で外を見たり、まじまじとコアを見たり、そんなことをしている間に、歩き詰めで疲れていたのか、ウトウトとしだしてやがて眠ってしまった。
ミリアルさんの膝を枕に、深い寝息を立てている。それでもコアだけはしっかりと抱きしめている当たり、本当に大切なホムンクルスなのだろう。
「月兎様、少々お伺いしたいことが」
「はい、なんでしょう?」
「月兎様はどのようにしてあの遺跡を操作なされたのですか?」
来たか。そう思った。
お嬢様は気づかなかったようだが、流石にミリアルさんまではごまかせないか。
そもそも、ホムンクルスが動作を停止した時点で、何らかの解決策を模索するために改めてあの遺跡を調査していてもおかしくはない。
その時には何もできないのだと判断したのだろうが、今日僕はそれを使ってコアに魔力を補給した。
つまり、これまで誰もできなかったことができてしまったことになる。
これは出発前にレイギスからも言われていたことだ。
誤魔化すか、素直に話すか。慎重に人となりを見極めておいた方がいいと。
個人的にはミリアルさんは信用できる人だと思う。けど、その信用はお嬢様のためであって僕のためではない。
そこが難しい。
「見ていたところ、その手の甲にある紋様が何かしらの鍵になっているのかと思いましたが」
そこまで分かっているのであれば、誤魔化しは効かないか――
(そうだな。素直に話しちまえ。最悪牢屋にぶち込まれても、夜には俺が逃げ出してやるさ)
(ある意味安心かな?)
今この世界で、レイギスほど個人の武力で優秀な存在もいないからね。やっぱりグロリダリア人の魔法は反則的だ。
「そうですね。この甲にある紋様は、遺跡の機能に介入するためのものです。これとパスワードを遺跡に読み込ませることで、遺跡の停止していた機能を作動させることができるんです」
「その紋様は他の方に付けることも可能なのでしょうか?」
「いえ。僕にこの紋様を付けた遺跡は、すでに倒壊してしまっていますので。他に同じような遺跡があれば可能かもしれませんが、僕は聞いたことがありません」
そう言えばリフトアップした後、あの遺跡ってどうなったんだろう?
(山頂でモニュメント化してるぞ。ただの置物だ)
(あ、そうなんだ)
凄くどうでもいいものになってしまっていたようだ。
ミリアルさんは、僕の説明を聞いて少しがっかりしたように肩を落とした。
「そうですか。その紋様があれば、またアテネが停止した時には自力で修理できるようになると思ったのですが」
「ちょっと難しいかと」
それに各パーツの新規製造も魔法が使えるレイギスじゃないと出来ないことだったし。
って、そう考えるとまた十年ぐらいでアテネは停止しちゃうんだよね。
(レイギス、どうにかならないの?)
(流石にどうしようもないな。まあ、ちっと気になることもあるし、お人形さんが起きたら直接聞いてみることだ。だがたぶん問題ないぞ)
(そうなの?)
それ以上レイギスは答えてくれなかった。
けど、レイギスが大丈夫だという以上は何かしらの根拠があるのだろう。
それよりも、今は僕のことだ。
遺跡を操作する機能を有している僕を、ヒュルッケン家としてはどうするつもりなのか。
「ミリアルさんは、僕のことを報告しますか?」
「……おそらく誤魔化すのは不可能でしょう。どれほど高名な学者であっても、アテネを起こすことは不可能でした。そのことは旦那様もご存知です。それを一介の探索者が行ったとなれば、素性は調べられるでしょうし――ただ私としましては、お嬢様のためにここまでやっていただいた方に恩を仇で返すようなことはしたくないという気持ちがあります」
つまり、嘘は付けないけど、積極的にどうこうするつもりはないということかな。
まあ、それで十分かな。
「それで十分です。あとできれば、少しだけ報告を遅らせていただけると嬉しいですが」
「それぐらいでしたら喜んで」
その間に町を出てしまおう。
この情報の少ない時代に、町を出た探索者一人を探すのは至難の技だろうし。
(レオラと別れちまうのは名残惜しいけどな)
(いつまでも同じ場所にはいられないからね。僕たちにも目的はあるから)
(んだな)
途中休憩を挟んで用意してもらった軽食を食べたり、水を補給したりして半日。僕たちは屋敷へと戻ってきた。
馬車が玄関先に停止すると、セレスティーヌ様は扉を自分で開けて飛び出していく。
驚く執事たちにミリアルさんが一礼し、僕たちもお嬢様の後を追って部屋へと向かった。
「月兎様! 早く早く!」
「はい」
アテネの眠るベッドの横で飛び跳ねているお嬢様の姿に苦笑しつつ、アテネの背中を開ける。
そしてお嬢様からコアを受け取り、心臓としてはめ込んだ。
背中を閉じてミリアルさんに衣服を整えてもらう。
「こ、これで目を覚ますのよね!」
「今、枯渇していた全身に燃料を行き渡らせている最中です。それが終われば勝手に目を覚ましますよ」
お嬢様は今か今かと待ち遠しそうにアテネが目覚めるのを待つ。
そして数分後、アテネの瞼が僅かに動いた。
「アテネ!」
「お嬢――さま?」
ゆっくりと目を開いたアテネが、セレスティーヌ様を視界に収めてそう呟く。
(記憶は無事なようだな。メモリに破損が無かったから大丈夫だとは思っていたが、ちょっと心配はしてたんだ)
(そうだったんだ)
(メモリを最優先に保護して、他を酷使してたからな)
アテネが体を起こし、状況を確認するように周囲を見回す。
そして、自分の肉体の変化に気付いたのか、体を見下ろしていた。
「私は――なぜ?」
「月兎様が直してくださったのよ! アテネ、目覚めてくれてよかったわ」
お嬢様は涙を湛えてアテネにしがみ付く。
アテネもニッコリと笑みを浮かべ、お嬢様の頭を撫でた。そして視線がこちらへと向く。
「あなたが月兎様ですか?」
「はい」
「この度はありがとうございます」
「肉体は大丈夫ですか? 一応老朽化したパーツは全て取り替えましたが」
「はい。全盛期と同等の性能まで回復しています」
やはりパーツの老朽化に伴い、アンドロイドとしての能力も低下していたようだ。
パーツの破損具合を思うに、最後の方は動くのもやっとだったのだろう。
(月兎、少し確かめたい。質問を頼む)
(あ、うん)
レイギスから伝言を頼まれた。僕はそれをそのまま口にする。
「アテネはなんで自己メンテナンスをしなかったの? 遺跡に行けばアテネだけでも魔力の回復ぐらいはできたはず。他のパーツへの魔力を絞って起動時間をかさ増しするなんて、サポート用アンドロイドの判断としては不合理的すぎるけど」
どうやらアテネは、自己メンテナンスをほっぽり出してお嬢様に仕えていたらしい。その影響で、自身の体を酷使させ、最終的に僅か十年という短い期間で活動を停止させてしまったようだ。
「目覚めた時、私に指示を成されたマスターはお嬢様の旦那様でした。マスターからの指示は、お嬢様から片時も離れず、家族として、護衛としてお嬢様の成長を補助することでした。私はその指示に従うために、自己メンテナンスを排除し養育に全システムを活用しました。おかげでお嬢様は十年の間に逞しく成長され、ミリアルと共に歩いていけるだけの存在となりました。そこで限界に来ていた私はシステムを停止させ、眠りについたのです」
「え、じゃあお父様のせいってこと!?」
アテネから聞く初めての事実に、セレスティーヌ様は驚いていた。
まあ当然だよね。身を粉にするなんて言うけど、本当に活動できなくなるまで全力でサポートし続けるとか、ホムンクルスじゃないとできないことだよ。
「まあ、お嬢様のお父さんもこんなことになるとは思ってなかっただろうけどね」
そもそも色々と未知数の魔導具なのだ。まさか、指示を出した結果自分の機能維持を顧みず働き続けるとは思わなかったんだろうなぁ。過労死じゃあるまいし。
それに、片時も離れずって指示がミスだったのだろう。メンテナンスは遺跡に行かなければできないし、整備の時間も考え得れば最短でも二日は掛かってしまう。それは命令に反する行為だ。
「ああもう! お父様のバカ! 今度アテネの服一杯買わせてやる!」
そこで自分の欲しいものじゃなくて、アテネ用のあたり、本当にアテネが好きなんだなぁ。
「アテネのマスター登録は今どうなってるの?」
「現在はセレスティーヌ様お嬢様に変更されています」
「じゃあお嬢様が命令の変更を指示すれば、定期的にメンテナスはできるようになるわけだね」
「そうなの!? じゃあ命令よ! ちゃんとメンテナンスして、少しでも長く私と一緒にいなさい!」
「命令、承りました」
これでもう大丈夫だろう。
ホムンクルスと積もる話――があるかどうかは分からないけど後は当人たちに任せるとしよう。
僕はこっそりとミリアルさんに合図を送り、部屋を出る。
「月兎様、この度はありがとうございました。あれ程嬉しそうなお嬢様の姿を見るのはアテネが眠って以来初めてです」
「力になれたのならよかったです。僕はそろそろ帰らせていただきますね」
「ではこちらを」
ミリアルさんはエプロンドレスのポケットから、折りたたまれた羊皮紙と紐の付いたペンダントを取り出し差し出してくる。
僕はそれを受け取って中を開いた。
書かれていたのは、ゼロの並んだ数字。そしてヒュルッケン家の家紋の捺印である。
「こちらを国内の銀行に提示すれば現金化できます」
なるほど、いわゆる小切手という奴だろう。この世界の貨幣は全て硬貨だからなぁ。桁が大きくなると、それだけ重さも大変なことになるし、こういうシステムがあっても当然か。
(銀行システムの歴史は意外と古い。それこそ、貨幣の誕生と一緒に育ってきたようなもんだからな)
それが国の管理か別の管理かの違いはあるだろうが、貨幣がある以上どこかが管理しないといけないからね。
それにしてもなんかすごい数のゼロが並んでいたと思うんだけど……もう一度見るのが怖い。
(やったな。一夜にして大金持ちだ。今後は遊びながら旅ができるぞ。娼館行こうぜ。女遊びだ!)
(行くわけないでしょ。何言ってんの)
このお金は旅のために大切に使わせてもらおう。
「それとこちらのペンダントはヒュルッケン家の関係者であることを示すものです。何かあったときに身分を保証するものとしてお使いください」
「いいんですか?」
これは僕を信頼してもらっているということだが、そのリスクは相応に大きいはずだ。もし犯罪にでも使われようものならその家の信頼は崩壊する。
「これぐらいしかお返しできるものがありませんから。それに、家としても遺跡を稼働させられる方と繋がりを持てるのは重要です」
(後者はたぶん後付けだな。前者がメインの理由だろう。ありがたく受け取っとけ)
「分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」
ペンダントを受け取り、首にかけて服の中へとしまう。
そして玄関を開けて待っていた馬車へと乗り込む。宿まで送って行ってくれるらしい。貴族区に探索者が歩いていると怪しまれるからね。
「ではこれで」
「はい。これからのご活躍、お祈り申し上げます」
扉が閉じられ、馬車が動き出す。
ふと屋敷を見ていると、その窓からセレスティーヌ様とアテネが手を振っている。
その姿は、僕から見えなくなるまでずっと続いていた。




