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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
二章 探索者の少女と無価値の魔導具
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EX-1 少女はまだ、彼の影すら踏めずにいる

 部隊の集結を行ってから五日。私たちは白の厄災を退治すると伝えてきた村まで半日の距離まで近づいてきていた。


「もうすぐか。少しでも生き残りがいればいいが」

「あまりいいものは見れないと思いますよ。わざわざステラさんが来る必要もなかったと思いますが」

「私も考古学者の端くれ。少しでも情報があるのならば、そこを調べるのが仕事ですから」


 私は領主様の兵士ではない。領主様から援助を受けて古代の遺跡や魔道具について調べている考古学者だ。領主様に食べさせてもらっているようなものなのだから、領主様の助けになる可能性があるならば動くのが当然だ。

 もともと白の厄災が領主様の村々を襲っているという情報は得ていた。そのため、行商達に協力を依頼し、もし白の厄災が村へ近づいているのが分かれば避難を手伝ってほしい旨を伝えていた。

 そのおかげもあってか、今までに三つの村が潰されたが、最初の一つ以外は人的被害は最小限に押さえられている。

 今向かっているマスダ村という辺境の村も、行商たちからの情報によって白の厄災が近づいていることを知った村の一つだった。

 当然行商は避難を進めたそうだが、それに従ったのは村の中でもわずかな者たちだけだったらしい。

 多くは村に残り、白の厄災と戦うことにしたようだ。

 だがその結果は見なくとも分かる。

 これまで白の厄災がどれだけの被害を出し、人々の憎しみを受けながらも自由に空を飛んでいるのがその証拠だろう。

 領主軍や国軍ですら敵わなかったのだ。それに戦う知識も碌な武器もない村人がどうやって歯向かうというのだ。

 戦うことを提案したのは、一人の少年だったようだ。

 若い無謀な考えが多くの民の命を奪う。愚かなことだと吐き捨てたくなる。

 その少年はあの世で後悔しているだろうか? 自分の身勝手な提案で知人の多くを殺してしまったことを。

 ――いかんな。気持ちが暗くなってしまう。

 せめて今後役立てる情報が何かあればいい。それが村人たちへの手向けとなるはずだ。

 そう思って進んでいたのだが――


「これは……どういうことだ?」

「襲われなかったのか?」

「そんなはずは……飛行経路から考えてもこの村は間違いなく襲われているはずですが」


 この部隊の隊長と、情報担当の兵士たちが困惑した表情で相談している。きっと私も同じような顔をしているはずだ。

 当然だろう。襲われたはずの村では、今も普通に人々が生活しているのだから。

 幻でも見ているのだろうかと頬を抓ってみるが、しっかりと痛い。村人たちにも足があり、話し声も聞こえる。


「とりあえず情報収集だ。誰か捕まえて代表者の元に案内してもらうぞ」

「ハッ」


 兵士が一人、村の中へと入って適当な村人に声を掛ける。

 村人は最初すこしだけ驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻し村の中では大きな建物を指さした。

 兵士はそれに頷いてこちらへと戻ってくる。


「村が白の厄災に襲われたことは間違いないようです。今から五日前に襲撃を受け、撃退したと」

「撃退だと!? ただの村人たちがか!?」

「はい。詳しく話を聞きたいと言ったところ、村長が準備をしているので代表者はそっちに行って欲しいとのことでした。おそらく私たちが来ることも想定していたのかと」

「なるほど。その村長とやらは話の出来る相手のようだな」


 こちらの動きを想定して、村人たちに情報を予め伝えていたとなれば、相応に頭は回る人物だろう。白の厄災に関しても、色々と分かるかもしれない。


「私も同行してよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。ステラ殿には村長から詳しく話を聞いてもらわなければな。部隊はとりあえず待機だ! 村の邪魔にならない場所に野営の準備を進めておけ!」

「了解」


 部下たちに指示を出し、私と隊長が改めて村の中へと入る。

 平和な村は、代わりのない日常を過ごしているようだが、遠くの家がいくつか倒壊しているのが見えた。壊れ方から、自然なものではなく、何か強力な力で無理やり破壊されたものだと想像できる。


「白の厄災と戦ったというのは本当そうですね。これまでの村の被害と酷似しているものがいくつかあります」

「そうか」


 緊張した面持ちのまま、家の前に到着する。ノックをして声を掛けると、中から恰幅のいいおばさまが現れた。

 おばさまは驚いたように目を見開いた後、すぐに理解したような表情で口を開く。


「いらっしゃい。領主様の兵士さんですかね?」

「ああ。領主軍厄災対応即応隊隊長のフィオルドだ。こちらは領主様の元で遺跡等の古代物研究を行っているステラ女史だ」

「始めまして。考古学者のステラと申します」

「これはご丁寧に。マスダ村村長妻のオリナと申します。夫から、兵士の方が来たらすぐに通すように言われておりますので、ご案内いたしますね」

「ありがとうございます」


 そのまま村長の部屋まで案内され、奥様が部屋の中へと私たちが来たことを告げる。するとすぐに「中にお通ししろ」と返答があった。

 奥様が扉を開け、私たちに道を譲る。


「失礼します」「失礼します」


 私たちが入ると、村長が立ち上がり私たちを出迎えてくれた。すぐにテーブル席を進められ、言われるままに腰かける。


「ようこそおいで下さいました。マスダ村村長のマスダと申します」

「始めまして」


 私たちは何度目かになる自己紹介を済ませ、早速本題へと入る。

 白の厄災と戦ったのか。結果はどうなったのか。厄災はどこへ行ったのか。どうやって撃退したのか。

 聞きたいことは沢山あったが、マスダ村長もそれは最初から分かっていたのだろう。まるで用意していたかのようにスラスラと答えてくれた。

 その結果に、私たちは開いた口が塞がらない。


「撃退ではなく正確には破壊……」

「白の厄災が古代の魔導具……しかも狂っていたなんて……」


 罠を貼り、拘束し、破壊する。言うだけならば簡単だ。だがそれを行おうとした者たちにどれだけの被害が出たことか。

 その上、二重の暴走を止めるだけの実力を持った少年探索者の存在。

 話を聞けば聞くほど、聞きたいことが増えていく。

 どうやって行動パターンを割り出したのか。見たこともないであろう魔道具を完璧に罠に嵌められた理由。なにより、少年の右手にあるという魔道具にアクセスするための紋様。

 そんなものは知らない。マスダ村長は探索者の中にはそんな紋様を持っている人がいると思っているようだが、そんな情報は聞いたことが無い。領主様のお力を借りて最優先で最新の情報を受け取っている私が知らないのだ。そんなもの、この国のどこを探してもあるはずがない。

 ならその少年は何なのか

 遺跡の事故で転移してきたらしい少年。白の厄災が魔道具であることを知っており、行動パターンや能力を把握しており、魔道具へのアクセス権を持つ。

 そんなことをできるのは――


「……グロリダリア人?」

「ステラ女史、グロリダリア人とは?」


 私がぽつりとつぶやいた言葉に隊長が首を傾げる。

 探索者の中ではこの意味を知っているものもいるが、遺跡に係ることのない一般人では知らないのも当然だろう。


「グロリダリア人とは私たちが古代人と呼ぶ者たちのことです。私たちよりも遥かに進んだ文明を持ち、多くの遺跡を残し、そして突如として消滅するように消えてしまった古代の人々。噂では魔法を使い空すら飛べたと言います」

「そんな者たちがいたのか?」


 隊長は私の言葉に懐疑的だ。当然だろう。魔法なんて、貴族の中でも本当にごく一部。選ばれた素質ある者たちがその才能を磨き上げた末に行える奇跡の御業。手から火を放ち、何もないところに水を生み出し、大地を隆起させ、風を操る。他にも多くのことができると言われているが、それは国によって秘匿されている。だが空を飛べる魔法などがあるなら、噂ぐらいはたつものだ。だがそんな噂は聞いたことが無い。


「遺跡に残る壁画や、過去の本などにそれらの情報がありました」

「そうか。ステラ女史はその少年がグロリダリア人だと?」

「可能性はあるかと。その少年は今どこに?」

「元の国に戻るためと言って、白の厄災を退治した後すぐに旅立ってしまいました」


 この村長が少年の重要性に気付かなかったとは思えない。

 村長は分かっていて少年を旅立たせたのだろう。ならば、村長からこれ以上少年の情報を聞き出すのは難しいか。すぐに追いかけたいが、気になる物がこの村には残されている。


「ですが、白の厄災の残骸ならばそのまま残されております。何かお役に立てればいいのですが」


 そう、白の厄災の残骸。戦った後の魔導具がそのままこの村の外の森に放置されているらしい。

 魔道具の研究者でもある私としては、そちらも同じぐらい調べたい情報の塊だった。


「それらはこちらで回収させてもらおう。幸い、馬車は多く持ってきている」


 元は死体や遺品、金品や白の厄災の残留物を運び出すためにもってきた馬車だったが、思わぬことで役に立った。


「ステラ女史はいかがしますか? 回収だけならば我々だけでも可能です。その少年も気になるのでしょう?」

「後ほど馬を一頭お借りできますか? 私は彼の足跡を追いたいと思います。ただ厄災の現場も見ておきたいと思います」

「分かりました。では村長、その場所へ案内してもらえるだろうか?」

「承知しました」


 村長に案内されてやってきたのは、聞いていた通り村の外にある森の中。周辺の木々が激しくなぎ倒されており、戦闘の激しさを物語っていた。

 こんな中で厄災と正面から戦える。そんな人物が物語の中以外にいるだろうか?


「ここです」


 それは突然現れた。

 白――というよりも銀に近い体を横たえ、ピクリとも動かない白の厄災。

 近づけば、それは動物が腹を見せて眠っているような状態だと分かった。


「ステラ女史、あまり近づきすぎるのは」

「問題ありません」


 隊長の静止を振り切って、私は白の厄災へと触れる。金属的な硬さと冷たさが手の平に伝わった。

 そのまま腕をよじ登り、厄災の上に立つ。

 

「これは!?」


 その光景に私は目を見開いた。

 横からでは見えなかったが、白の厄災は腹をこじ開けられ、その中身を激しく損失していた。

 動物でいえば内臓を抜き取られた状態だろう。こうなってしまえば、さすがの白の厄災と言えども死んでしまうらしい。いや、これが魔道具であるのだとすれば、中身がないこれはただの外装だけの状態であるとい言ったほうがいいかもしれない。

 だがどうやってこれほどまでの破壊に成功したのか。

 やはりグロリダリア人の魔法が一番説得力のある仮説となってしまう。

 もはや疑いようがない。謎の鍵はその少年だ。

 厄災から飛び降り、隊長の元へと駆け足で戻る。


「隊長、やはり私はすぐにでも足跡を追います。隊長はこれの回収と領主様への伝言をお伝え願えますか?」

「なんとお伝えすれば?」

「真実を知る者を追うと。定期的に町からは連絡を入れますので」

「分かりました。部下から馬を受け取ってください。それとこれを」


 隊長が腰に下げていた袋を私に差し出す。それは今回の遠征費だったはずだ。


「後は回収して帰るだけです。食料も十分ありますので、それはもう必要ありません。持って行って使ってください。領主様もお許しになると思います」

「ありがとうございます」


 私自身が持ってきたお金はほんの少しだった。この資金は凄く助かる。


「行ってください。急ぐのでしょう?」

「ありがとうございます。では失礼します」


 私は受け取った袋を握りしめ、部隊の人たちが野営の準備をしている場所へと駆け足で戻るのだった。

 

   ◇


 兵士さんたちが白の厄災を回収して帰っていく。

 それを見送っていると、気配を感じた。振り返ればフレアがいる。


「フレアちゃん、どうかしたかね?」

「月兎さんは大丈夫でしょうか」


 彼のことを考えるフレアちゃんは、恋する乙女そのものだ。その恋を叶えてやれなかったのは残念だが、フレアちゃんならきっと新しい出会いを手に入れることができるだろう。


「大丈夫さ。彼はこの村の英雄だからね。それに、彼の強さはフレアちゃんが一番よく知っているんじゃないのかい?」

「知っていますが不安要素が多くて」


 あの隊長さんの隣にいた女性。考古学者だと言っていたが、おそらく探索者としての面も強い。あれだけのヒントで月兎君の重要性に気付いていた。

 白の厄災の死体があれば、そちらに気を持っていけると思ったのじゃが、その死体で何かを確信した様子じゃった。

 頬に手を当て「ほぅ」とため息を吐くフレア。なにやらフレアは、ワシも知らない月兎君の秘密を知っているらしい。だから兵士さんたちには会わせなかったが、その選択は正解だったのだろう。


「きっと大丈夫じゃよ。それよりもフレアちゃんは引っ越しの準備は大丈夫かい? 明後日には出発じゃったろ」

「はい。ほぼ完了しています。後は明日にでも畑から株分けした薬草を持っていくだけです」

「そうか。月兎君に負けないぐらい頑張るんだよ」

「もちろんです。月兎さんにいい薬を高く売るって約束しましたから」


 月兎君、フレアは逞しく頑張っておるよ。

 君も今頃は、どこかで誰かを助けておるのかな?

 純粋な心を持った少年に思いを馳せ、ワシはじっと兵士たちの進んでいった道の先を見つめるのだった。

村長が思いをはせているころ、月兎はレオラに騙され酒を飲んだ挙句意識を失い、レイギスが暴れまわってます。

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