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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
二章 探索者の少女と無価値の魔導具
27/83

2-11 悲しい別れは必要ないというか、たぶんまた明日会う

 宿から酒場へと戻ると、レオラは酒場の娘をやっていた。


「あ、お帰り!」

「ただいま――なのかな?」

「ちょっと時間かかりそうだから、月兎も座って何か食べててよ。夜ご飯まだでしょ」

「じゃあそうしようかな」


 料理に拘っているってレオラも言っていたし、少し楽しみだったりする。

 席は、カウンターの一番端に案内された。

 そこから店内の雰囲気を窺う。

 さっきレオラと戻ってきた時よりは落ち着いており、賑やかではあるがよくある酒場のにぎやかさだ。

 ちょっと耳を傾けて会話を盗み聞きしてみると、やはり探索者が多いからか遺跡に関する情報が多い。

 どこどこの遺跡で何が出た。今回の探索はダメだった。あそこにまだ何かあるって噂が。

 そんな話題が聞こえてくる。そこにレオラが新しい情報をもたらしたものだから、意見交換が活発化しているようだ。


(面白れぇな。情報交換が人づてがメインの時代だ。酒場が重要な情報源になるのも良く分かる)

(レイギスの時代にはネットみたいなものもあったの?)

(もちろんあったぞ。マギネクトってシステムだが、やってることはほとんどインターネットと変わらないな。通信機能に魔力波を利用したことで、無線接続してたぞ。感覚的にはWi-Fiと一緒だ)

(VR的なものはなかったの?)


 地球よりも技術的に発展してたのなら、VRどころかフルダイブタイプがあってもおかしくはない。なにせ、魂に干渉する技術があるんだし。

 けど、予想とは違って意外な答えが返ってきた。


(あったっつうか、昇華自体がVRシステムの延長線上の技術だ。VRから意識をマギネクトに移動させる技術の開発、そこから意識と魂の研究に発展して昇華の技術が生まれたからな)

(え、じゃあもしかして地球でもフルダイブが発展すれば昇華になる可能性もあるの!?)

(あるだろうが、数世紀じゃ足りないだろうな。その前に考えられるとすれば人工的な肉体を使った転移システムだろ)

(え、なにそれ)


 レイギスの想定では、VRからフルダイブに移行する過程で記憶と意識、それらの電子化システムが発展すると予想していた。そして、電子化、電気信号化できるということは、その情報を別の肉体へ移動させられるということ。本来の肉体から遠方にあるホムンクルスなりアンドロイドなりにその電子データをネット経由で挿入すれば、疑似的な転移になるというものだった。


(人間の全データ化には膨大な容量が必要になるから、そっちの移送や保存の技術も必要になるが昇華よりは早く実現するだろうな)

(流石にその時までは生きてないだろうけどね。けど夢のある話かも)

(それまでに倫理関連の法整備とか大変だぞ。グロリダリアも色々とそれで色々と揉めたからな)


 それもそうだろうなぁ。人の魂に触れる技術なんて、宗教とか色々と禁忌に触れそうだし。

 まあ、僕の生きている間にはまだまだそういう考えを真剣に討論する機会はなさそうだけどね。

 そんな風に酒場の景色を眺めていると、レオラがお皿を持って現れた。


「お待たせ。うちの名物シチューよ。一日煮込んだ柔らかチキンシチュー」

「おお!」


 よくある黒いビーフシチューのチキンバージョンかな?


「あとパンね」

「ありがとう。いただきます」

「ごゆっくり」


 まずはシチューを一口。トロリと濃厚な味わい。野菜のうま味も溶けだして、すごく美味しい。これはパンに付けたり、普通に焼いた肉にかけてもいいと思う。

 そしてわずかに舌に触れるのは、繊維状にほどけてしまった鶏肉だろう。そこまでじっくり煮込んであるということだ。

 だけどちゃんとカットされたお肉も入っている。この風味は炭火焼き!?


「これは名物になるのも頷けるね。すごく美味しい」


 美味しいシチューに舌鼓を打ちつつしばらくすると、お客さんの数が減り始めた。

 時間的には八時ぐらいかな? 酒場としてはまだまだこれからな気もするけど。

 そして人が減ったからか、レオラがエプロンを外してフロアへと戻ってくる。


「ふぅ。今日も一段落ね」

「酒場にしては落ち着くのが早くない?」

「うちは酒場だけど探索者専門なところもあるからね。明日に備えてみんな早く帰っちゃうのよ。だからうちの営業時間はランチから夜ご飯まで」

「随分健全なお店だ」


 八時に閉店する酒場。酒場というよりも食事処。お酒も飲めるレストランみたいだな。

 そしてさらに一時間もするころには客足はなくなり、のんびりとお酒を飲んでいるお客さんだけが残った。もう追加注文を受ける気もないのか、レオラのお父さんが厨房から出てくる。


「お前ら、そろそろ店閉めるから帰れよ」

「今日は早いじゃないの」

「娘の宝が気になってな。これでも頑張ったほうだ」


 本当なら、すぐにでも全員叩き返したかったんだろうなぁ。それを耐えて、客足が引くまで待っていたんだから確かに頑張ったほうだろう。

 お客さんたちもしょうがないなと苦笑して帰っていく。


「待たせたな。んじゃ、お宝ってのを見せてもらおうか」

「持ってくるわね」


 レオラが自室から例の魔導具を持ってくる。それを見て、マスターの顔が少しだけ歪んだ。


「レオラそいつは……」

「大丈夫よ。無価値の魔導具でしょ。けど今日からこれは無価値じゃなくなるもの!」

「どういうことだ?」


 レオラはふふふと笑いながら、羊皮紙を魔道具へと挟む。そして僕がやったように魔道具のつまみをスライドさせて、羊皮紙に情報を転写する。


「これを見て」

「コイツは!?」


 レオラから羊皮紙を受け取り、マスターの顔に驚愕が浮かぶ。


「無価値の魔導具はもう無価値じゃなくなるわ。これは情報の塊になるのよ!」

「だが個人では使えなさそうだな。翻訳するにも国の力が必要になるだろうし、なら国に売るのがいいかもしれん」

「そんなお父さんに朗報よ。これを見て」


 今度は別の羊皮紙を取り出しマスターに渡す。あれは僕が翻訳したほうかな。


「こ、これは! 翻訳出来ているのか! いや、それ以上にこいつはレシピなのか!?」

「ええ、そうよ。古代のレシピなの!」

「いったいどうやって。あのメモだけではここまで詳しい翻訳はできないはずだ」

「そこが月兎の凄いところよ!」

「君が!?」


 ちょっと怖いレベルでこちらを見るマスター。僕は苦笑しながら頷く。


「情報源は僕も探索者なので話せませんが、グロリダリア語だったらほぼ翻訳できますよ」

「国でも今だ出来ていない翻訳を……きみはいったい――いや、それを聞くのはマナー違反だな」


 探索者として、他人の素性を根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だ。彼らはその知識がそのまま探索者としての価値になる。

 情報源を大切にするのはそのためでもあるのだろう。

 マスターも意識を切り替えて、今あるレシピへと目を落とした。その内容を吟味していく。


「ふむ、かなり複雑な工程があるな。だが再現は可能だろう」

「じゃあ作ってよ。これをうちの新しい名物にするのよ!」

「ふむ。やって見るか。君もそれでいいだろうか?」

「ええもちろん」


 僕も再現した料理が食べたくてここに来たわけだしね。


「分かった。必要な食材は明日揃えるとして、今出来ることは進めておこう」


 マスターは早速厨房へと戻り、食材を探し始めた。

 それを見送り、僕は立ち上がる。


「じゃあ僕はそろそろ戻るよ」

「え、もう戻っちゃうの?」

「ここにいてもやれることもないしね。マスターに楽しみにしてるって伝えておいて」

「分かったわ。しばらくはこの町にいるんでしょ?」

「そのつもり」


 ここの町もなかなか大きな町だしね。そろそろ何か稼げる仕事を探しておかないといけないし。


「じゃあまた一緒に探索できるかしら?」

「どうだろう。機会が合えばそういうこともあるかもしれないけど、僕も探している遺跡があるから」


 一、二週間程度なら同じ町に留まるのもいいと思うけど、一カ月や半年ほど留まるつもりはない。となると、ちょっと約束するのは難しい気がする。


「そっか。じゃあどこかの遺跡であったらよろしくって感じかしら」

「そうだね。その時はよろしく。レシピがあったらまた翻訳するからさ」

「それまでに私だって言語の解読進めて見せるわ。あのレシピの翻訳だけでも多くのとっかかりになりそうだし」

(基本的な法則性が分かれば、慣用句みたいなもん以外は大体解けるからな。もしかしたら嬢ちゃんは大物になるかもしれないぞ)

「楽しみにしてる。グロリダリア語の翻訳家になれば、遠くにいても名前が聞こえてくると思うし」

「うん、頑張る!」


 なんかお別れみたいな雰囲気になってるけど、僕まだこの町にいるし、料理が完成したら食べさせてもらうつもりだからなぁ。

 それにシチューも美味しかったし、そもそも遺跡の情報収集のためにここはなるべく毎日来るつもりだ。


「じゃあまた明日」

「え、明日も来るの!?」

「ここ探索者の情報の場でしょ!?」


 レオラ、ここがどんなお店だったか忘れてる!? それとも僕が探索者だってこと忘れてる!?


「そうじゃん! じゃあまた明日ね!」


 先ほどまでの雰囲気を吹き飛ばし、僕たちは手を振って別れるのだった。

とりあえず二章は終了となります。

三章はどの魔道具にしようか――その間に閑話を一つ入れる予定です

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