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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
二章 探索者の少女と無価値の魔導具
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2-8 近場に煙が無かったので、料理の湯気に巻いてみる

 助けてもらった恩はあれど、最初は月兎のことを疑っていた。

 なにせ、深い森の中。あるのは探索され尽くした遺跡だけだ。そんなところに三グループも探索者が集まるわけがないと思っていた。

 それに事情を説明したらすぐに協力してくれるなんて言うし。

 本当はあいつらの中まで、私をあいつらの元まで誘導するために来たんじゃないかと考え、気を許した振りをしながら月兎のことを観察していた。

 観察してみて分かったのは、月兎は色々なことがちぐはぐだったということだ。私と同じぐらいの年齢なのに、持っている装備は使い古されたものばかり。だけど、ただ古いだけじゃなくてちゃんと良いものだ。

 師事していた人からもらったものかもしれないけど、それだったら普通はお師匠様がもっといい装備を与えてくれるはずだ。探索者の装備は命に係わることも多い。誰かに教えることができるぐらいの人だったら、そんなことは常識として知っている。

 話してみた感じ頭の回転は悪くなさそうだが、探索者としては行動力が少し足りない。遺跡は辺境にあることも多くて、ロープ渡りなんて誰だってやるようなことだ。けど、月兎は凄いビビっていた。ロープを掴んだ時なんて、腰が引けていたし足は震えていた。思わず笑いそうになっちゃったわよ。

 川に飛び込む気概はあるのに、ロープを渡るのは怖いってどういうことなんだろう?

 他にも、やけに薬草や毒草のこと、遺跡に関しては詳しかったりするのに、探索者としての基本的なことは抜けていたりする。

 探索者の集まる酒場なんて色々な町にあるのに、そのことを知らないぐらだし。

 けど、少し観察すれば私たちを捕まえようとした男たちとは無関係なことは分かった。そもそも、私が探索していた遺跡がそこにあるということすら知らなかったみたいだし。

 たぶん、道に迷ったというのも本当なんだろう。

 ちぐはぐだけど信じてみてもいいかもしれない。それが私の結論だ。たき火に当たっているときも、私をあんまり見ないようにしていてくれたしね。他の探索者だったらきっとマジマジと見てきたはずよ。

 私の判断は正解だったと言えた。

 毒草や遺跡の知識を使って、男たちを戦うことなく遺跡から遠ざけてしまったし、隠し通路のヒントも驚くほどのひらめきで答えを見つけてしまった。

 その時の私は隠し通路が見つかったことがうれしくて気づかなかったけど、後になって考えると月兎の指摘はやけにピンポイントで当たり過ぎていた。もしかしたら、私よりも早く隠し通路の見つけ方を知っていたのかもしれない。

 それは、財宝を見つけてもそうだ。

 無価値の魔導具。探索者の間では嫌な意味で有名な道具だ。隠し部屋や遺跡の奥に安置されているくせに、それの利用方法が全く分からなかった魔道具。

 月兎はそれの使い方を見つけてしまった。

 羊皮紙を挟んで五回スライドさせるなんて、普通気づかなわよ。ただでさえ魔道具はどんな効果が発動するのか分からなくて、最初は慎重にならざるを得ないのに、さも当然のようにつまみをいじってしまえる。

 魔道具のことをほとんど知らないからできると思っていたけど、あれは違う。

 魔道具のことを熟知しているから出来たんだ。それをやっても安全だと分かっていたから。

 月兎は、私の中でさらに分からない存在となっていった。けど同時に、時々言い合う軽口が面白くて、危ない橋を渡っているはずなのに、とてもリラックスできていたと思う。


 あって半日しか経ってないけど、もしかしたら私は月兎に恋し始めていたのかもしれないわね。


 完全に好きってわけじゃない。けど気になる存在。何となく目で追ってしまうような、そんな感じ。

 だから、その光景は私にとってすごく辛いものだった。


「月兎戦って! 私のことは気にしなくていいから!」


 遺跡を出たところで、私たちは男たちの罠にはまってしまった。

 あいつらもただの探索者崩れじゃなかった。リーダー格の男だけは、考えられる奴だった。

 そのせいで私たちは戦う羽目になり、月兎が奮戦してくれたのに私は敵に捕らえられ、月兎に対する人質にされてしまった。

 今日あったばかりの子なんて放っておいて、戦えばいいのに。自分の命を一番に――探索者ならそれが当たり前なのに、月兎は男の言うことを聞いて剣を下げてしまった。

 なんで!って叫びたかったけど、私の口は男に押さえられ声が出せない。

 そんな間にもリーダー格の男が月兎の元へと歩み寄り、その拳を振りぬいた。

 まるで人形のように月兎がその場に崩れ落ち、剣が手から離れる。


「んんっ! んんっ!」

「うるせぇ! 良かったじゃねぇか。お仲間さんも仲良く売り飛ばしてもらえるってよ! 運が良けりゃ、どっかの貴族様に仲良く買ってもらえるかもな!」

「ま、その前に仲間をやられた借りは返さないとな。あいつの前でたっぷり使ってやるから覚悟しておけ」



 私と戦っていた男たちがなにか下種なことを言っているが、私はそんなことに構っていられるような余裕はなかった。

 なんとか月兎だけでも――必死に頭を動かそうとするんだけど、混乱していて自分が何を考えているのかも分からない。

 

「そう言うのは後だ。お前ら、キャンプに戻るぞ。男の方も回収しておけ」

「うっす」


 リーダー格の男は月兎から離れていく。残った男が月兎へと近づいていた。

 どうしよう。誰か助けて。お父さん、神様、この際悪魔だって魔物だってかまわない。せめて月兎だけでも。

 そんな時だ。この場の空気に似合わない軽い声が森の中に響いたのは。


「痛ってぇ。口ん内切ってんじゃねぇか。しっかり食いしばっておけよな」


 全員が驚き、その音源を見る。

 あれだけ綺麗に顎を殴りぬかれていたというのに、月兎が平然と立ち上がる。

 ちょっと転んでしまったかのようにパンパンと服に付いた砂を掃い、髪を両手で掻き上げた。


「仕上げはお母~さんってな。嬢ちゃん、ちょっと待ってろ。秒で片づけてやんよ」

「なんだとてめぇ!」


 印象が百八十度変わった。

 軽薄な笑みを浮かべた月兎は、迫ってきた男に向かって指を伸ばす。


「あなたは――誰?」


 姿は月兎だ。月兎のはずなのに、まるで別人のような彼に、状況も忘れ私は疑問を呟くことしかできなかった。


   ◇


「トゥルニイーシェ・ダーゾインペリウム」


 直後、まるで雷でも落ちたかのような轟音と共に、男の胸が吹き飛ぶ。

 そのまま地面へと倒れた男の胸元には、こぶしほどの大きさの穴がぽっかりと開いている。どう見ても即死だ。

 まず一人。秒で片づけるっつったし、さっさとやっちまおう。数を相手にするときは、やっぱりあれが一番だ。


「兄さん言ったよな。殺すつもりのない技は読みやすいって。なら殺すつもりしかない技は読めるかな? トルポール・クウィエインペリウム! コイツは熊すら一撃で屠るぜ!」

「女はいい! 奴を殺せ!」


 嬢ちゃんを押さえていた男とがリーダーが剣を抜く。

 おいおい、良いのか? 不純物満載の鉄の剣は、雷の恰好の餌食だぜ?

 生き残りはリーダー含めて二人だけだが、月兎が寝かせた連中も纏めてやっておくか。後から起きられても面倒なだけだ。


「クウィエ・レリーズ!」


 手の平の雷球を掲げ、五本の雷を放つ。

 マルチロックオンのように正確に放たれた雷は、二人の剣と寝ている男たちの体に直撃、その肉体を内側から破壊する。

 一瞬にして五つの死体が出来上がり、周囲に静寂が戻ってきた。


「おう、嬢ちゃん。大丈夫か?」

「私は大丈夫だけど――あなたは誰?」

「お、やっぱ気づくか」

「気づかない方がおかしいと思うんだけど」

「そりゃそうだ。俺は月兎の母だ」

「…………母? え、母親ってこと? いや、でも確かに仕上げはお母さんとか言ってたし。でも、俺ってどう見ても男口調よね? そもそも母親がなんで月兎の体にって話に。いえ、この若さで探索者をやっていたのなら、親が探索者でもおかしくないわね。なんかの事故で体が一つになっちゃったとか。だとしたら装備の古さとかも納得がいく部分もあるわね――」


 なんかスゲー真剣に考察始めたけど、全部嘘なんだよなぁ。意外と真面目ちゃんか?


「なるほど、納得したわ」

「そうかー、納得しちゃったかー」

「え、なに?」

「全部嘘だからな」

「なっ!?」


 一瞬にしてレオラの顔が真っ赤になった。


「別人であることは確かだけどな。月兎が意識を失うと表に出てこれる人格だ。レイギスと名乗ってる。よろしくな」


 差し出した手は、プルプルと震えるレオラによって掃われてしまった。


「よろしくするつもりなんてないわよ! さっさと月兎を返しなさいよ!」

「おいおい、あんだけ派手に殴られたんだぜ。しばらくは寝かせといてやれよ」


 怪我自体はすでに直したが、心に負ったダメージってのは簡単には消えないからな。しっかりと治ればまあ勝手に目を覚ますさ。

 それまでは俺の自由にさせてもらうけどな!


「月兎は無事なの?」

「気絶してるだけだ。しばらくすれば目を覚ますさ。それよりも腹減った。飯にしようぜ」


 俺は勝手に歩き出し、近くの川へと向かう。さっきから音は聞こえてきているからな。森の中をちょっと進めば――ほらあった。月兎たちが流された川だな。けどだいぶ流れは大人しいところみたいだ。河原も広いし、ここならちょうど飯が食える。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 追ってきたレオラをスルーして、ちょうど良さそうな場所にリュックから薪を取り出す。


「火なら私が付けるわよ」

「いらねぇよ。プルニス・アンスアクト・アンスインペリウム」


 指先から火の魔法をちょろっと出して薪に引火させる。そのまま火を大きくして、たき火を作った。

 んで次は食材だ。


「クーリジェンス・イヴィインペリウム」


 川に向かって収集の魔法を発動すれば、中で泳いでいた川魚を四匹ほど引き寄せた。


「な、な、なにが、どうなって!?」

「嬢ちゃんも食うか?」

「頂くわ――じゃなくて、なによそれ! そう言えばさっきの雷も! まるで遺跡の文献に出てくる魔法――みたい……な…………」

「見たいじゃなくてマジもんだけどな」

「そ、それってあなたまさか」


 獲った魚に串を刺しつつ答えると、レオラはアワアワと震え始めた。そんなレオラに視線を向け、俺はキザったらしくポーズを決める。


「気づいたか」

「じゃああなたは!?」

「そう! 我こそはグロリダリア時代の天才科学者にして世界を眠りに導きし者! 我が復活した今、文明は色欲に溢れ、淫靡な世界へと誘われるであろう!」

「クッ、なんて酷い世界なの! こうなったら私が刺し違えてでもここで!」

「貴様には出来ぬさ! この体の男に惚れている貴様にはな!」

「な、なななな」


 いやぁ。頑張って俺の話題に乗ったのはいいけど、図星突かれてショートしてますわ。

 顔真っ赤にしちゃって、もしかして初恋かな?


「残念だったな。我と月兎は深く深く、肉体よりも深くつながっているのだ! 貴様に入り込むスペースなどない!」

「言い方! ああもう何なのよ! ほんと調子狂うわ!」


 おっと、塩を振るのを忘れていた。パラパラーッと掛けて遠火にかざす。後はじっくり焼けるのを待つだけ……いや無理だわ。たき火で魚焼くとかスゲー時間かかるし。


「ヒーティング・イヴィレム、セクードインペリウム」


 四匹の魚にささっと加熱魔法を使って中まで火を通す。

 瞬く間にふっくらとして湯気を出し始めた魚たちを一匹手に取り、噛り付いた。

 ふわりと柔らかな歯ごたえに程よい塩味。脂もなかなかいい感じだ。美味だな。


「ほれ、嬢ちゃんも食いな」

「もうできたの? いただきます。あむっ――美味しいわね」

「ま、俺のことはどうでもいいのさ。月兎が寝てる間に出てきてる人格とだけ分かっとけばな」

「はぁ……もうそれでいいわよ」


 これは煙に巻いたって言うのかね。

 ま、どっちにしてもこれ以上追及されることはないだろ。グロリダリア時代の人間なんてこの(リリム)時代には必要ないんだ。残されたものをどう発見し、どう考え、どう使うか。それは全てこの時代に生きている人間が考えることだからな。

 俺はあくまでそれを観察したいのだから。

 緊張が解け、腹も減っていたのだろう。すでに二匹目に手を付けるレオラの様子を見て、俺はもう数匹川から取り寄せるのだった。


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