2-7 財宝とはなにも、即座に換金できるものばかりではないのだ
「こんなの見たことが無い! え、どうやったの!?」
「あの黒い面は、何かを写すためのものだったんだよ。おそらく、黒い面とプレートの間にこれと同じものが仕込まれていて、さっきの仕組みを動かすと写すようになってたんじゃないかな」
「新発見だよ! 月兎君凄いじゃない! なにを写したのかしら!? 早速調べてみましょう!」
羊皮紙に転写されたものは、明らかに規則ただしい文字の並びだ。それに、多少の絵が添えられている。
絵は転写のためそこまで精巧というわけじゃないけど、何を意味しているかはすぐに分かった。
野菜の切り方、下ごしらえの方法、投入する順番――――
これ、料理のレシピだ。
レオラは自分の羊皮紙と見比べながら、なにが書かれているのかを必死に解読しようとしているが、たぶん無理じゃないかな。これまでの遺跡の文字とは確実に別物だろうし。
ちなみに僕が読むとこうなる。
麺料理・フンボッフェの作り方
材料・米粉、牛肉、レモングラス、玉ねぎ、唐辛子、ニンニク、etc、etc
調理手順・1、麺の製作、etc、etc
――
完全にレシピなんだよなぁ。料理名こそこの世界の固有名詞みたいだから聞いたことが無いけど、材料自体は似た種類のものなのか、はたまた同じものがあるのか、僕の知る食材が並んでいる。
これ米粉って言ってるし、フォーとかそのあたりの料理だよね。レシピ読んだせいで、久しぶりに食べたくなったかも。
(で、レイギス。これがお宝?)
(グロリダリア人が滅びるその時まで考え続けてきた食の娯楽だぜ? それを一発で再現できるんだから、ある意味お宝だろ)
(まあそうかもしれないけど)
料理の歴史は長いからね。本来受け継がれてくるはずのものが途絶えてしまったこの世界では、確かに料理レシピもお宝かもしれない。今このレシピを完成させれば、古代の料理として話題性も抜群だろうし。
その儲けを考えれば、確かにお宝だ。
「ぬぁぁあああ! 分かんない! 全然わかんないよ!」
けどそれはちゃんとグロリダリア語が読めて、レシピを再現できればの話だよね。
頭を抱えて唸るレオラを見てそう思う。
読めなければ、これはただの紙切れでしかないのだ。まあ、いずれ言語学者みたいな人たちが文字を解読するだろうし、そうすればこの羊皮紙にも価値が出るのかもしれないけど。
(教えてやればいいさ。せっかく初めての探索で手に入れたお宝なんだ。しっかり使わせてやれ。幸い、嬢ちゃんの親父は酒場やってんだろ? フンボッフェなら簡単に作れるだろうしな)
(そっか、レイギスは食べたことがあるんだよね。どんな料理?)
(牛のスープがベースで、レモングラスのさわやかさと唐辛子のピリッとした刺激が美味いぞ。確かにベトナム料理に似てるな)
僕の知識から地球の情報を得ているため、レイギスは分かりやすい例を上げてくれる。
やっぱりフォーとかに近い料理らしい。ピリ辛だから、フォーよりも刺激は強いだろうけど、それは美味しそうだ。
(酒の後とかにもつるっと行けるからな。酒場ならランチから夜の〆まで対応できる)
(それはいいね)
問題はどうやってこの文字を伝えてあげるかだ。まあ、それを考えるのは後にしよう。
「レオラ。これ以外には何もないみたいだし、そろそろ遺跡を出よう。あんまり長居しても、男たちが戻ってくるだけだ」
「ぐぬぬ、悔しいけどそうね。無価値の魔導具と思われていた物に使い道があったと分かっただけでも収穫よ。これはお父さんに自慢できるわ」
「じゃあ行こうか」
銀のプレートと羊皮紙をレオラのリュックへとしまい、僕たちは部屋を後にする。
階段を上り三階層へ。そのまま二階層、一階層と上っていく。
男たちはまだ戻っていない。これなら大丈夫だ。
そう思ったけど、最後の最後で問題が発生した。
遺跡の入り口。その付近に男たちがたむろしているのだ。僕たちはそれを、遺跡の扉を少しだけ開けて窺っている。
「まだ効果は出ているみたいだけど」
「でもだいぶ落ち着いてきちゃってるわね」
「吸った量の違いかもしれない。見たところ七人か」
「他は川かしら?」
これぐらいなら強引に突破もできそうだ。相手は手負いだし、僕たちのダッシュには付いて来れないはず。
「レオラ、道は大丈夫?」
「うん。私が来た道を使えばいいよ。川もないから、落ちる心配もないしね」
「それは安心だね。じゃあ321で一気に飛び出すよ」
「うん」
「3、2、1、今!」
ダンッと勢いよく扉を開き駆け出す。
突然の音に驚いた男たちが一斉にこちらを見るが、そんなことは気にしない。
レオラを先頭に、森の中の道へと掛けていく。
後ろからは追いかけろという声が聞こえてきた。ちらりと振り返って見ると、数人が追いかけてきているがその足取りは明らかに重い。
行ける。そう確信した時、前方の茂みがガサガサと揺れた。そして数人の男たちが武器を手に道を塞ぐ。
「挟まれた!」
「待ち伏せされていたの!?」
茂みから出てきた男たちの中には、リーダー格だろうと思っていた男の姿もある。
リーダーは剣を肩に担ぎながら、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「崩れた橋にタイミングのいい毒の症状。まさかとは思ったが、マジで来やがったな」
「荷物を取られっぱなしは嫌なのよ。下着なんて売られたくないもの」
「そこまで聞いてたのか。まあいい。獲物がわざわざ戻ってきてくれたんだ。しかも、いい感じに売れそうな仲間まで連れてな」
え、いい感じに売れそうって僕のこと!?
(女顔だしなぁ。好きな奴はいるだろ)
(あー! あー! 聞きたくなーい!)
(現実逃避は後だ。ここを切り抜けないといけねぇ。突破するしかねぇぞ)
(うん)
剣を抜いて構える。その間にも追ってきた男たちにも追い付かれてしまった。
「さっきとは違うし。今度は私も暴れるわよ」
「ハッ、ガキ二人で何ができる。こっちとしてもあんま傷は付けたくねぇが、確保が優先だ。お前ら、多少は見逃してやる」
リーダーの合図で男たちが動き出す。
前から四人、後ろから二人。まずは後ろの弱っている二人を潰そう。
「レオラ、後ろからやるよ」
「ええ!」
レオラもクルリと反転して駆け出し、僕に合わせて敵へと斬りかかる。
「ぐあっ」
「くそっ」
後ろの二人はそもそもまだ症状が抜けきっていない状態だ。まともにぶつかって勝てない道理はない。
相手が振るってきた剣にこちらも合わせて鍔迫り合いをする。体調不良に僕の強化も合わさって、一気に相手を押し込みたたらを踏ませた。
その隙を突いて懐へと飛び込み、鳩尾に柄を叩きこむ。
男は白目をむいて崩れ落ちた。その横では、格闘技で背後へと回り込んだレオラが首筋に剣を振り下ろしていた。
鮮血が舞い、周囲に飛び散る。レオラの顔と服にも男の血が付着した。
僕はその光景に思わず足を止めてしまう。
(月兎! 戦いの最中だぞ)
(ハッ、ごめん)
レオラがあまりにも簡単に人を殺してしまったことに茫然としてしまった。
そうだ。この世界じゃ命の価値が安い――いや違う。命の価値はいつだって同じだ。ただ地球にいる人たちよりも必死なんだ。自分が生き抜くことに。
けど僕にそんな覚悟は――
(気にする必要はない。月兎の実力なら無力化できる)
(う、うん)
殺さない。それは手加減だ。手加減をするには相手との実力差が必要だとアルメイダさんが言っていた。
レイギスは、彼らと僕にそれだけの力の差があると言っている。
なら自信を持って。
「行く」
反転して迫る四人と対峙する。
二対一は初めてだけど、アルメイダさんより強いとは思えない。
レオラは――ちょっと厳しそうだけど、防御に専念すれば何とかなりそうだ。
「レオラ、少し耐えて」
「行けるの?」
「大丈夫」
手短に答えて、相手へと踏み込む。
二人相手の方法は、知識だけは教えてもらった。大切なのは相手に同時に攻撃させないこと。
常に一人がもう一人の邪魔になる様に立ち回る!
細かくステップを踏んで位置を変えながら切り結ぶ。どのタイミングで仕掛けるか。相手を観察していると、もう一人が明らかに苛立っていた。
そこだ!
苛立ちから、味方に邪魔されていた男に隙が生まれる。直接対峙していなかったから気も逸れたんだろう。
正面の男に斬りかかるフェイントを入れて、そのまま脇の下を通り抜ける。
驚く男の正面に出て、その顎にアッパーを叩きこんだ。
脳を揺さぶられ、膝から崩れ落ちる男。即座に反転して振り下ろされた剣を受け止める。
力を込めて相手を押し返し、ちらりとレオラをチェック。少し距離が離されてしまったけど、耐えれている。
一対一なら怖くもない。
強引に力で押し込み、体勢が崩れたところに拳を入れる。ワンパターンだけど、弱い相手にはこれが一番だ。
二人を無力化して、レオラの元へと向かう。
が、その間にリーダーが割り込んできた。
「ここまでやる奴がいるとはな」
「どいて!」
「お前を止めればあいつは時間の問題だ。お前ら、早く女を捕まえろ!」
「あんたらみたいな落ちこぼれ連中に捕まるわけないでしょうが!」
レオラも探索者として成功しているお父さんに訓練を受けていたのだ。そこらへんの探索者崩れよりも遥かに戦い方が上手い。
だから僕は、レオラを信じてリーダー格の男を叩く。リーダーを潰せば、探索者崩れなんて逃げ出すはずだ。
「勝負だ」
「お前は殺す。惜しいが女だけでも金にはなるからな」
初めて感じる明確な人からの殺意に体が強張るのを感じた。
(大丈夫だ。お前ならできる)
(ありがとう)
レイギスの声に震えが止まった。そうだ。僕は一人じゃない。いざとなればレイギスがいる。
即死さえ気を付ければ、何とかなるんだから心強い。
「ハッ!」
踏み込んで剣を振るう。男もタイミングを合わせて剣を打ち合わせてきた。だが鍔迫り合いはせずに、すぐさまステップで引いていく。
僕の戦い方から、見た目以上に力があると判断したんだろう。このリーダー格だけはやっぱり別物だ。
と、男の左手が動く。撒かれたのは砂だった。隠し持っていたようだ。
とっさに目を瞑ってしまう。けど僕の耳が男の踏み込む音を聞いた。とっさにステップで後ろに下がりながら目を開けば目の前を剣が通り過ぎていた。
さらに振り上げられる剣を、自分の剣で受け止める。
「あれを躱すか」
「卑怯な」
「殺し合いに卑怯もくそもあるかよ」
押さえ込んでいた剣の先端が地面へと刺さる。そして剣の腹を蹴り上げ、土が舞った。
「また目つぶし」
「有効だろ」
けど角度が深くて目には入らなかった。
口に入った土を唾と一緒に相手の顔に飛ばす。
驚いた男がとっさに躱す。けどそれは隙だ。
踏み込んで相手の腹部を狙う。
「やっぱりお前、殺しをしたことないだろ」
腹部を狙った拳は、差し込まれた手で受け止められていた。完全に読まれていた。
「無力化狙いの奴は分かりやすい。さっきお前が倒した連中みたいにな」
「きゃっ!?」
リーダー格の後ろから悲鳴が聞こえた。
「レオラ!」
見れば、レオラが一人の剣を受け止めきれずに転倒していた。そこにもう一人の男が乗り掛かり拘束されてしまう。
「これでお終いだな」
「くっ」
「抵抗すれば女がどうなるか――分かるな? 女が苦しむ姿を見たくなければ剣を下せ」
僕は無言で構えていた剣を下す。
「月兎戦って! 私のことは気にしなくていいから」
レオラは僕に戦うように言うが、こんな状況でそんなことはできない。僕は困っているレオラを助けたくて手を貸したんだ。それなのにレオラを差し置いて自分だけ助かるなんてことはできない。
それに――
「作戦変更だ。お前も捕まえるとしよう」
レオラを先に捕まえたことで、僕が無抵抗になった。それを好機と取ったのか、男は当初の僕たち二人を売る方向に作戦を戻したようだ。
けどこれは、僕たちには救いだった。
「しばらく眠っていろ。暴れられるのも面倒だからな」
(レイギス、後は任せたよ)
(おうよ。まだまだ訓練は必要だな、もっと強くなるぞ)
(うん)
ガンッと激しく殴られ、僕は意識を落とすのだった。




