1-11 竜は鎌首をもたげ、空を見上げる
口元がにやりと吊り上がるのを感じた。
「仕方がねぇなぁ!」
目を開ければ、涙目でこちらを見下ろすフレアの姿。
俺はその目尻に溜まった涙を指で拭いさる。
「あ、あなたは」
「よう。太陽が出てるときに会うのは初めてだな」
驚くフレアをよそに、俺は勢いを付けて立ち上がりパンパンと服に付いた土を掃う。
「まあまあよくもまあこんなにボロボロにしちまって」
地面を転がったせいか、木にぶつかったせいか、月兎の来ている服はいたるところが破れてしまっている。こりゃ、下手すると動いた時に引っかかるな。こうなりゃ無い方がましか。
おもむろに服を脱ぎだすと、フレアが驚いたように目を覆った。
おうおう、随分初々しい反応しちゃって。数カ月前までは、男に下着姿見せてもなんとも思わなかったような子が。
「レイギス……ですよね」
「おうよ。月兎が気絶しちまったからな。俺が出てきた」
「月兎さんは大丈夫なんですか!」
「ま、大丈夫だろ。コンパイルセット・アンスぺス」
治療魔法を発動させれば、擦り傷や切り傷打撲なんかも回復していく。骨に異常があるようでもないし、痛みもすぐになくなるはずだ。
月兎の無意識の身体強化が役に立ったんだろうな。普通なら骨の数本折れていてもおかしくない。
「俺はとりあえずあのオンボロ魔導具ぶっ壊してくるから、フレアは女連中の安否確認頼むな。怪我してたら広場の方で治療してやれ。あれは森ん中で決着付ける」
「できるんですね」
「俺を誰だと思ってんの? あんなん朝飯前よ」
んじゃ行くとしますか。
「イリベラルフーガ・メドゥムサクト・アンスペス」
魔法を発動させると同時に、足もとにふわりと風が舞う。そしてまるで重力の縛りから解放されたかのように、俺の体は中へと浮き上がった。
「う、浮いてる」
クルリと体を反転させ、後ろで驚いているフレアにニヤリと笑みを浮かべる。
「驚いてないでちゃんと仕事しろよ」
「なっ!?」
反論が返ってくる前に、勢いよく空へと昇り木々の上に出る。
さて、ryuの姿は――いた。何かを追いかけている様子だ。ありゃ誰か見つかったのか。とりあえずこっちに引き付けねぇと。
村の近くだし火は不味いな。周りの連中に魔法が見えないと巻き込みかねないし風も不味い。水は量を間違えると溺れさせかねない。なら!
「ハスタムイーシェ・ダーソレム!」
俺の周辺に生み出された三本の槍。
それは空中の水分と魔力を凝固させた人の身長ほどある氷の槍だ。
「セクード・レリーズ!」
そのうちの二本をryu目掛けて放つ。
放たれた氷の槍は二本ともryuの背中を強打して砕けた。
やっぱりあの表面装甲硬てぇなあ。そのうえ耐熱耐寒耐電防塵機能まである。よくあんな合金生み出したもんだわ。
だが衝撃はしっかりと感じたようで、なにかを追うのを止めこちらを向く。脅威とは感じてくれたようだ。
咆哮が聞こえるが、今のryuは空を飛べない。羽を捥がれたryuなんて、グロリダリア人からすればただのトカゲだ。しかも尻尾すら取れない。
ちゃっちゃと片付けて、ryuのプログラムを調べるだな。さっきの停止命令からの暴走は明らかに人為的なプログラムが組まれていた。
何者かがコイツをわざと暴走させている。
どこのどいつか知らねぇが、そんなことをできるのはグロリダリア時代の人間しかいない。
グロリダリア人の不始末はグロリダリア人で付けねぇと。
「とりあえずプログラムの破壊は無しだな。んじゃ、腸ぶち撒けさせて止めるのが一番か」
そういやぁ、月兎が装甲の間に剣ぶっ刺して折ってたな。あれを始点にすれば中にもダメージ入れられるか? いや、電気系だとプログラムが飛びかねん。物理的にぶち撒けさせるには――下だな。
上空から一気に降下しryuの目前へと飛び込む。噛みついてくるが、飛んでる奴を咥えるなんてできるはずねぇじゃん。ひょいと躱して腹の下へと潜り込んだ。
「やっぱな」
腹の下の装甲は、一部が開いたままになっていた。穴の中で暴走した際に、強引に開いて内部機構のどこかが歪んだのだろう。
ここから破壊していくか。
「アンス・レリーズ!」
残しておいた一本の氷の槍。俺の急降下にもピッタリとついてきたそいつを腹の下から叩き込む。
魔導具に痛みはない。だからむやみに叫ぶことも怯むこともないが、その分破損はダイレクトに機能の低下へと影響する。
「っと、あぶね」
ボロボロと腹からパーツを零しながら、手足の力を失ったryuが地面へとへたり込む。
危うく数トンの下敷きになるところだったが、飛翔魔法の瞬発性を利用してスッと腹下から逃げることに成功した。
けど、腹を隠されちまったな。面倒だけどひっくり返さねぇと。
ryuの正面に立ち、新たな魔法を発動させようとするとryuが突然大きく口を開いた。
ゲロ吐きかととっさに横に飛ぶと、直後俺のいた場所をレーザーのような何かが通り過ぎ、後ろの木々を薙ぎ払った。その威力は明らかにゲロのそれではない。
薙ぎ払われた木々を見れば、切り口に水が付着している。これはもしかすると。
「水まき用の噴射か!? プログラムで攻撃的に変更されてんのかよ!?」
こんなプログラムまで用意されてるなんて、よっぽどコイツをいじった人物はコイツに人殺しをさせたくて仕方がないらしいな。
もう遠慮は無しだ。こんな本来の目的から捻じ曲げられた存在、さっさと破壊する。あれを村の方角に向けられても不味いしな。
「テーラムクルムラ・イヴィレム!」
地面に向けて手をかざす。すると、小さな振動の後にryuの底面が盛り上がり木の高さほどの四本の柱を生み出した。ちょうど、四本の柱がryuの体を支える形だ。そうすれば腹の下はがら空きとなり、俺の射線にばっちり入る。
「ぶっ壊れろ。ハスタムイーシェ・イリキスレム! レリーズ!」
生み出された九本の氷の槍。その全てががら空きとなったryuの腹へと叩き込まれた。
衝撃と共に何トンもあるはずのryuの体が吹き飛び、中身を激しく飛び散らせながら地面へと叩きつけられた。
叩きつけられた後もバチバチと火花を上げて暴れていたryuだが、やがてその動きは緩慢なものとなり、最後には手足を小さく動かして完全に停止した。
「ここまでぶっ壊せば流石に止まるか」
仰向けになったryuの腹はほぼ空っぽになっている。動かすシステムがなければ、どれだけプログラムが暴走していても止まる。
道具なのだから当然なのだが、当時はこいつと戦うなんて想像もしていなかったからな。いやまあ究極のかかしってキャッチコピーでお値段もハンディーラジコンなみのコイツとガチンコで戦うと想像する方が無理な話か。
ま、そんなことはどうでもいいや。とりあえずさっさと調べちまおう。こいつをこんな風にしやがった張本人、分かるかな? さすがに厳しいだろうが。
倒れたryuを腹ばいに戻し、首もとにあるキューブに触れる。電源が死んでいるので、俺の魔力を流し込みキューブのみを起動させた。
「ふむ」
プログラムの基礎行動パターンの部分を参照すれば、すぐにそこがかなり改変されていることが分かる。防衛対象と排除対象が入れ替えられ、害獣を守り人や畑を破壊するように設定されている。燃料も捕食した人間の魔力を取り出すように変わっている。
全体的に攻撃的な行動パターンに変更されており、この時代の人間じゃどうあっても対処できる存在ではない。
そして問題の部分。
コントロールキューブからの操作で停止命令を受けた時に発動するプログラムが仕込まれていた。
確実にこちらを狙ったプログラムだ。
「人物像はさすがに分かんねぇが、だいたいの絞り込みは出来たな」
これを行ったのは間違いなくグロリダリア時代の人間。変更跡の癖から、そこまで科学には精通しているようには見えなかった。基礎教育を受けた程度だろう。そしてグロリダリア時代の終焉までしっかりと見届けた人間だ。そうでなければ、未来のグロリダリア人を狙うプログラムなんて入れることは不可能。
そこまで絞り込めば、これを行った人物の所属していた団体の名前が浮かぶ。
「ナチュラリスト」
科学を否定し、今を生きるリリム人の祖先となった存在。それがなぜ自分たちの子孫を狙うようなプログラムを入れたのか。動機は全く分からねぇが、これはちっと面倒なことになりそうだな。
◇
「音が止まった?」
レイギスの言うとりに女性たちを連れて村の広場へと移動し、そこで怪我の治療を行っていた私は、不意に森の中に響いていた激しい音が鳴りやんでいることに気付いた。
けど、まだ怪我人は一杯いる。女性たちの中では森の中で転び骨を折ってしまった人や、男性陣の中にもロープで両手をすりむいたり、転んだ拍子に腰を痛めてしまった人たちがいる。月兎さんやついでにレイギスのことも気になるけど、今は治療を優先しないと。
額の汗を袖で拭い、治療の続きをしようとすると不意に肩を叩かれました。
「フレアちゃん、ここはもう大丈夫だから」
「あんたは月兎さんを探してきてあげな」
「治療が一番上手いのはフレアちゃんだからね。月兎君を頼んだよ」
治療を手伝ってくれていた人たちや、怪我をしている人たちにまでそんなことを言われてしまった。そんなに顔に出ていたでしょうか?
けどありがたい申し出です。
「ごめんなさい。あとお願いします!」
持っていた包帯を押し付け、森へと走る。
後ろから、青春だねぇなんて聞こえてきて、頬が少しだけ熱くなるのを感じました。
森の中は酷い有様でした。
木々は何かによって薙ぎ払われ、土が大きく抉れています。
巨大な氷が何本も突き刺さっていて、ここで何があったのか訳が分かりません。
けど、音は以前鳴りやんだまま。私は恐怖を押し殺して森の中を進みます。すると、足元に小石ほどの硬い物が当たりました。
「これは」
たぶん白の厄災の一部。それが辺り一帯に散らばっています。
そしてその少し先に月兎さん――いえレイギスを見つけました。
レイギスは白の厄災を椅子代わりに、足を組んで堂々と座っていた。空を仰いで鼻歌のようなものを歌っている。
「レイギス」
「お、フレアか。わざわざ探しに来てくれたのかな?」
「ええ。大切な月兎さんの体ですから」
「ハハハ! 相変わらずつんけんしてんねぇ。ま、いいや。とりあえずryuは倒した。もう動かないから安心しろ。月兎の体も無事だよ」
「良かったです」
本当に良かった。白の厄災を倒したかどうかは正直二の次。月兎さんが無事だったことが何より嬉しい。
「んで、月兎もそろそろ目を覚ましそうだし後頼むな。俺は引っ込むから」
「えっ」
レイギスがそんなことを言った直後、月兎さんの体が傾きそのままコテンと厄災の上に横たわってしまった。
慌てて駆け寄り呼吸を確認する。呼吸は安定しており、普通に寝息を立てていた。
レイギスが引っ込んだということは、月兎さんが目を覚ますということでしょうか?
分からないが、このまま冷たい鉄の上に寝かせているのは問題の気がします。
私は月兎さんの頭を持ち上げ、膝を下に滑り込ませる。
不思議と胸が高鳴り、そっと月兎さんの目にかかっている髪を避けた。
「聞かなくちゃいけないことができちゃいましたね」
レイギスが出てくる直前、月兎さんは確かにレイギス後をお願いと言った。聞き間違いではないはず。それにこたえるように、レイギスも仕方がないと言っていた。
つまり月兎さんはレイギスの存在を知っている。レイギスも嘘をついている。
「教えてもらいますからね。早く目を覚ましてくださいよ」
そのことを怒るつもりはない。きっと知られたくないことが沢山あるのだと思う。月兎さんもレイギスも秘密の多い人だ。このことを問い詰めたら、もしかしたら二人は私の前からいなくなってしまうかもしれない。
そもそも二人は故郷に帰るための準備で村に住んでいただけだ。いずれは旅に出てしまう存在。
それでも――
――それでも私は、月兎さんを好きでいてもいいでしょうか?




