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クーデレ生徒会長が授業をサボって校舎の屋上で密会するようになってしまったため責任を取らされそうです  作者: 剃り残し


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 学校内で一番静かな場所を探していたら、ここに行き着いた。旧校舎の屋上。給水塔の裏側にある隙間だ。


 俺はそこに、廃棄処分寸前の長椅子を引きずり込み、仰向けになって死んだように目を閉じていた。


 瞼の裏には、五月の鮮やかすぎる青空が焼き付いている。


 遠くでチャイムが鳴った気がしたが、それは対岸の火事よりもどうでもいい音だった。俺の意識は、眠気という名の泥沼に半分沈んでいる。


 その泥沼から強制的に引きずり出したのは、無機質な金属音だった。


 ガチャリ、と重たい鉄の扉が、軋みながら開く音がしたのだ。


 俺は弾かれたように目を開けた。心臓が早鐘を打つ。


 ……ミスった。


 内側から施錠していなかったか? いや、南京錠はポケットの中だ。風で扉が開いたのか、それとも見回りの教師か。


 俺は息を殺し、給水塔の陰から様子を窺う。


 そこに立っていたのは、生活指導の鬼教師でもなければ、ジャージ姿の体育教師でもなかった。


 長い黒髪。銀縁の眼鏡。そして、校則の擬人化のような完璧な着こなしの制服。


 生徒会長の百道ももち深冬みふゆだった。柔らかそうな名前に反して、その中身は冷徹。クールな美少女生徒会長として名を馳せている。


 そんな彼女は不思議そうな顔で、開け放たれた鉄扉と、自分の手にある鍵を見比べている。


「……あら」


 彼女が小さく呟いた。


「鍵が開いてるわ。ここ、自動ドアだったかしら?」


 そんなわけがあるか。


 一人で真顔でボケる彼女に対して俺が心の中でツッコミを入れている間に、彼女は迷うことなく屋上へと足を踏み入れた。


 コツ、コツ、とローファーの音がコンクリートに響く。


 まずい。ここは進入禁止の場所。見つかれば停学もあり得る。


 俺は息を止め、気配を消してやり過ごそうとした。彼女がこのまま、給水塔の裏になんか気づかずに――


「――そこに誰かいるの?」


 一瞬だった。


 彼女は迷いなく、俺が隠れている給水塔の裏へと視線を向けた。まるで、最初からそこに誰かがいると確信しているような、透徹した眼差しだ。


 観念するしかない。俺は諦めのため息をつき、ゆっくりと身を起こした。


「……野良猫だと思って見逃してくれませんかね」


「残念ながら、うちの学校では猫に入学許可は出してないわ」


 深冬は俺を見ても驚きもせず、冷静に眼鏡の位置を直した。


「一年C組、黒崎くろさき牙也きやくん。貴方ね、最近授業中に姿を消すと噂になっている『忍び』は」


「忍びじゃありません。ただのサボりです」


「堂々と言うことではないわ。……で、どうやって入ったの? ここの鍵は錆びついていて、用務員さんでも開けるのに苦労するはずよ」


「気合いで回したら開きました」


「嘘ね。貴方のポケットから、針金のようなものがはみ出しているわよ」


 俺は慌ててポケットを押さえた。ピッキングツール代わりのヘアピンだ。


「……で、どうするんですか。連行します?」


「本来ならそうするべきね。貴方の首根っこを掴んで職員室に引きずり込み、『校舎の屋上に不法侵入した野生動物を捕獲しました』と報告するのが私の義務だわ」


 深冬はそう言いながら、俺の目の前まで歩み寄ってきた。


 そして、俺が座っているベンチの、空いているスペースをじっと見つめる。


「……でも、今は少し忙しいの」


「忙しい?」


「ええ。重大な任務があるのよ」


 彼女はスカートの裾を払い、あろうことか俺の隣にすとんと腰を下ろした。


「……あの、会長さん?」


「静かにして。監視中よ」


「監視?」


「ええ。貴方のような常習的なサボり魔が、ここから飛び降りたり、屋上でバーベキューを始めたりしないように、私がマンツーマンで監視を行うことにしたの。これは公務よ。生徒会長としての、極めて真面目な業務の一環だわ」


「……それ、一緒にサボりたいだけじゃ」


「違うわ」


 深冬はきっぱりと否定した。


「これは『戦略的休息』を兼ねた監視活動よ。貴方はそこにいなさい。私が『よし』と言うまで、一歩も動いてはダメ」


 そう言うと、彼女はおもむろに銀縁の眼鏡を外し、ベンチの上に置いた。


 途端に、彼女の雰囲気が変わる。

 張り詰めていた糸が切れたように、肩の力が抜け、大きな瞳がとろんと微睡むように細められた。


「……ハァ」


 深すぎるため息が、風に乗って消える。


「……疲れたわ」


「本音が漏れてますよ」


「ああ、風が気持ちいいわね」


 深冬は俺の指摘を無視して、背もたれに身体を預け、空を見上げた。


 五月の風が吹き抜け、彼女の長い黒髪を乱暴に撫で回す。普段なら手櫛で直すであろう彼女は、今はされるがままになっていた。


「黒崎くん」


「なんすか?」


「貴方、いつもここでこうしてるの?」


「まあ、天気がいい日は」


「……ずるいわ」


 彼女はぽつりと呟いた。


「下界では、私が教師たちと予算委員会で自販機のラインナップの更新に関する不毛な会議をしているというのに、貴方はこんな特等席で、空の青さを独占していたわけ? おしるこなんて誰も飲まないから早く撤去して欲しいのに……」


「早い者勝ちっすよ。あと、俺はおしるこが好きっす」


「ふぅん……何にしても不公平だわ。富の再分配が必要ね」


 深冬は俺の方を向き、視力の悪そうな目を細めてじっと見つめてきた。


「……ねえ。貴方が持ってるそれ、何? お汁粉?」


「これですか? 微糖のコーヒーですけど」


「通行税として徴収するわ」


「はあ? 飲みかけですよ」


「構わないわ。カフェインが足りてないの」


 彼女は俺の手から強引に缶コーヒーを奪い取ると、躊躇いもなく口をつけた。


 そして、顔をしかめる。


「うぇー……苦い」


「だから微糖だって言ったんすよ……」


「泥水みたいね」


「飲んでる人に失礼っすね!? 返してくれます!?」


「嫌よ。一度徴収した税金は返還されないの」


 深冬は缶を両手で包み込むように持ち直し、ふふ、と自嘲気味に笑った。


「でも……目が覚めたわ。これ、貴方の人生の味?」


「俺の人生はそんなに苦くないっすよ」


「そうなのね」


 彼女は遠くの空に視線を戻した。


 その横顔は、校舎内で見せる完璧な「氷の女王」よりも、ずっと幼く、そしてどこか壊れそうに見えた。


 俺はため息をつき、ポケットからヘアピンを取り出して弄ぶ。


 どうやら、厄介な先客に見つかってしまったらしい。それも、俺を突き出すどころか、ここを自分の巣穴か何かだと勘違いし始めた猫に。


「……会長」


「なにかしら?」


「次からは、来る前にノックしてくださいよ。心臓に悪いんで」


「あら。次があると思ってるの?」


「ないんですか?」


「……さあね」


 深冬は眼鏡を手に取り、レンズ越しに空を透かして見た。


「この場所の居心地が良すぎたから、考えなくもないわ。コーヒーは美味しくないけど」


 美味しくないなら飲まなきゃいいのに。


 彼女は、また俺のコーヒーを一口啜り、大きく鼻から息を抜いた。


「いちいち間接キスとか気にしないのはいいところね。気に入ったわ」


「ただ口がついたかどうかの違いじゃないっすか」


「ね。本当にそう思うわ」


 会話はそこで途切れる。屋上の風が、二人の間の沈黙を優しく埋めていく。


 こうして、俺たちの奇妙な共犯関係は、錆びついた扉が開く音とともに、唐突に始まったのだった。


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