九十二話 全滅
障子を突き破って次の空き家へ
建物を陰に逃げ惑う谷下達だが 魔神の一振りの前にはあまり意味を成さない
榊葉の両手による挟撃は刻一刻と逃げ場を無くし
入り組んでいた桃源郷も隠れ場所を失う程 立てる足場も僅かでしかない
そして残っている魂も谷下達三人と一匹のみ
カタは体力を消耗して元の姿に戻っている
「南野雪花神はまだか?!!」
「もうそろそろだと思うんだけど……」
満身創痍に漏れ出る余計な無駄話は隙を生んだ
適当とも言える榊葉の殴打の内の一つが 谷下達に目掛けて降り注ぐ
「三木ちゃん!! カタ!!」
「お前もだ希!!」
二名を庇う谷下と それを丸っと突き飛ばすキャリーは巨大な拳の下敷きに
体の一部を擦った谷下自身も三木に覆い被さったまま動かなかった
「お姉ちゃん?!!」
「うぅ……」
三木の隣には疲弊しているカタが横たわっている
次の攻撃が来るであろう榊葉の掌底が宙で踊り 絶望の淵に立たされた三木
独りになった途端に隠れていた恐怖が一気に込み上てきて
取れる行動はただ自分より大きな存在に縋るのみ
「起きてカタ…… ……お姉ちゃん!! …………キャリーさん!!!!」
初めて三木は この黄泉の国という場所が 息の詰まりそうな冷たい場所だと気付いた
人一人が来る場所では無いと悟った 静寂の言葉など 可愛らしい雪など降らない極寒の地
ーー……寒い ……寒い! 人間が誰一人として求めるような場所じゃないわ
そう気付いたのは自分と同じ生ある者が一気に消えた瞬間だった
人の温もりに 人が隣にいることに 心底感謝を覚えさせられる拷問
「助けて…… 助けてお姉ちゃん……!!」
「……」
その時 谷下の身体から半透明な肝っ魂がフヨフヨと浮き上がってきたではないか
「っ…… ダメェェ!!!!」
必死に魂を身体に戻そうとするが 当の魂に触れる事は出来なかった
それは既に五蘊が抜けた谷下希の姿となり そのまま留まる事が出来ない桃源郷より遙かしたの海へと落ちていく
「どうすればいいの…… もうどうすれば……」
泣き崩れる三木が助言を与える者はいない
亡骸をしばらく見てると 彼女はようやくその肉体を見て再認識する
榊葉の最後の一撃で桃源郷は跡形もなく消えるだろう
そんな極限の状態で雪花神は現れる
さっきとは様変わりの光景を見て彼女は鬼の形相で榊葉を睨んだ
〝 よくもワシの可愛いサクラとピロシキと人間達を…… 許さん!!!! 〟
借りてきた矛を構えると 的を自分へと集中させて残骸として残っている桃源郷から注意を引いた
三木は必死に谷下を起こそうとする それは姉の方ではなく
「お願いします!! 起きて下さい〝谷下先生〟!!!!」
魔神の榊葉と雪花神との戦いは長くは続かない
圧倒的な力の前ではいくら同じ神と呼ばれる彼女でも 持ちこたえることさえ不可能な話
「お願い…… お願いですから起きて下さい!!!!」
必死に胸ぐらを掴んで揺さぶり もうこれでもかという勢いで呼びかける
「貴女しかいないんです…… もう貴女しか……」
小さな妖精は銀の羽根をもがれ 暗黒の海へと崩れ落ちていく
神秘を纏う小柄なベールは灰となって水面に染まる
荒れ出しては渦を生み出す 彼女の怒りの表現など目もくれず 残るは三木と榊葉のみ
〝 やっとだ…… これで膿は全て…… 〟
ざっくばらんに拳を叩きつける怪物は
三木の残骸など気にせず完膚無きまで目の前の景色をぶち壊す
完璧主義者の如く緩める手を知らない彼が見たのは かつて桃源郷が浮いていた筈の何も無い空中だった
〝 さて…… 正しき楽園を創ってそれから…… 〟
壊して創り直す まるで子供
さっきと瓜二つの浮島に似たような建物をバカ正直に再構築すると
満足気に裂けた口から 満面の笑みを見せている
次にその者が向かう先は現世だ
〝 地球を生き物に戻さねば…… 次は人間のせいで病魔に悩ませることなど無いように 〟
黄泉に残るは地獄と周辺の空虚 そしてまだ誰もいない 名に無縁を感じさせる極楽の地
榊葉が降り立つは蛹島
彼はまた何を考えているのか ここから新人類を生み出していくつもりだった
とある場所【???】
特別摩訶不思議な世界って訳じゃない
ここは茶の間の一室 来たことも無い場所だけど コタツがあってとても快適
テーブルの上には煎餅とお茶と蜜柑の山盛りとラジオが置かれている
ごくごく普通の ありふれた一間で自分は 温々とコタツから出られないでいた
「ハァ~~…… ここはどこなんだろう……」
外も気になるが台所にすら行く気が起きない コタツのせいだろう
障子で室内は密閉されており 丸窓からは微かに冷気を感じるが気にしてもコタツから出たくはない
「何をしていたんだっけ私…… ……ダメだ眠い」
テーブルの上におでこを乗せてそっと目を閉じると
不意に襖が開かれて 一人の男性がコタツに相席してきた
「うぅ寒い寒い…… おっ初めまして!!」
「初めまして…… でしたっけ?? 染さんですよね??」
「ありゃぁ? ここは一体いつの場所だろうか?」
「……染島さんはお初で ……私は既に知っている」
何も考えなくていいのだと思っていたのに
何故か頭の中が曇っていく 曇っているのに 靄に差し込む光が気になってしょうがない
「今ってどの季節でしたっけ?」
「冬じゃないかと思うけどね~~」
「私は何を忘れてるんでしょう?」
「さぁな~~ 未来とかじゃねぇかい? 大事な人 大事な思い出はそうそう忘れねぇしなぁ」
「ホントですね…… 大事な人を忘れるなんて事あるんですかね~~」
続いて障子が開かれて新しい人が入ってきた
「そりゃド忘れもするさ!! なんたって君は我々とまだ出会ってすらいないんだからね!!」
「高山課長…… あれ? 課長?」
「口は馴染んでるようだが 故意に発言してるようだね谷下君!!」
蜜柑の皮を剥いて丸ごと口に入れる高山もまたコタツに入って温まる




