九十一話 これは家族の問題
伝えられるだけ伝えた白井は手持ちの大鎌を担いでその場を撤退する準備を図っているが
「よいですか? ここは既に仏の国です
本来ならば生きとし生け終えた者の五蘊…… 個性と呼ぶに近い色は無くなるのですよ
あなた方が持ち込んできた私の目に映る中途半端な肉体は汎神に抗う行いで
今キャリーさん以外がされていることですが
それは七福神や観音様やキリストさんといった極めて特別な方々が行えるものです」
「その仏さんはどこにいる? 何故こんな状況でも姿を見せない?」
「〝我々〟の問題だからです
仏とは三千世界の一つに降臨し その世界が複数あってそれは宇宙と呼ばれます
その広い宇宙の数ある一つ 青い地球に干渉されることなど滅多にあらず
我々の世界は我々が何とかする 既に教化は広まり その定められた理の中で導かれる」
「つまり?」
「聞けばソトースは我々を抹消して 新しい人間を創造するのが狙いと聞きました
力ある者が世を制するなど 分かりきった言葉を投げかけますが
順ずるか 抗うかは 全部私達この小さな世界の住人が取り決めなければならないということです」
「内輪揉めは内輪で解決しろと?」
「仏がいらっしゃる頃にはソトースによる新しい世界になっており
むしろ我々の存在が外なる存在として飽和していってしまう可能性がありますね
残酷なことに仏がその〝新世界〟を良しとしてしまえば
たかが数億の命など塵となって 無限に近い仏の世界に吸収され
現世でよく耳にした 生き物全てが仏さんになってしまうって事になり兼ねませんね」
「勝手なんだなぁ……」
腕を組んで呆れかえるキャリー
他三名に関してはついて行けてない表情で呆気に取られていると
不意打ちで自分達がいる桃源郷の断片が一瞬にして崩壊してしまった
その勢いで吹き飛ばされる全員は何かに捕まって凌いでいるが
崩れる瓦礫から見えたのは言うまでもなく榊葉の黒い腕だ
〝 クソォ!! ……クソォ!! 〟
先ほど刺さったままの槍で激痛を感じながら暴れ狂っているのだろう
そこにいたであろう複数の魂達は何の表情の歪みもなく 死海へと落ちていく
「あの武器だけじゃぁ屁でもねぇのか?」
「相手は一にして全 全にして一の存在ですから~~」
近場にしがみつきながらヘラヘラしている白井にキャリーは暴風に負けじと怒鳴り散らす
「笑ってねぇで何とか出来ねぇのか?!! あんたら死神の身も危ないんだろぉ?!!!
……大体なんで神様の一人も助けに来ねぇんだよ!!! 毘沙門天のおっさんも武器しか渡さなかったしよ!!!」
「受け入れているって事ですね~~ おそらく諸外国で信仰されていた神達もご意志が一致したのでしょう!!」
「……クソ!! なんだってソトースなんて奴がこうも暴れてるんだよ!!
世界を入れ替える程の事でもしたのか俺達は!!!!」
「そこは私共も不可解に思っていたんですよね~~!!!!
もしかしたら暴走の原因は思わぬ動機が絡んでいるのかもしれませんねぇ~~!!!!」
「というと?!!!」
轟音の中での会話はお互い息を切らす始末
やっと風も止んで一同は 一旦冷静に目の前の黒い魔神の考察に入った
「動機ってのは? どうせこういうのは人間の常識を遙かに超えているパターンなんだろ?
神話絡みの映画で見てたぜ」
キャリーのやっつけ文句に返答を出したのは白井ではなく谷下だった
「……友達タイプの意思ってこと」
「だと思いますよ ソトース自身も完璧には程遠い まるで自制の効かない未完という印象も謎ですが
行動の全ては見るからに人間味を帯びた自暴自棄 何かに当たってる子供の様にも見えますよね!?」
「……淋しかった ……が正解?」
「……私達もそろそろ身支度の用意をしますかね~~ 死神という職業は異動が可能なので! では!」
その場でクルクル回り出し あっという間に姿を消した
「結局はなんだ? 俺達親が止めなきゃいけねぇって事か?」
「そうみたいね…… 成仏したら生まれ変わるまでゆっくり出来ると思ってたけど……
親ってのはどこまでも子供の面倒を見なきゃいけないみたいね……」
景色一面に不規則に暴れ踊る榊葉相手に 目を背ける事をやめた二人
その後ろをカタに隠れて三木も必死にしがみついていた
「わ…… 私の甥でもあるんだよねぇ…… クローンだけど……」
「俺の飼い主の息子でもある……
いつか無邪気な子供に 毛を逆撫でされたり暴力を振るわれたり
多少は我慢しなければいけない時期があるって覚悟を決めていたが
……思ってたのと かなり違うな」
「私達で彼を救って上げなければならない 私達家族が……」
谷下の腹を括った一言で キャリーも気合いを入れ直す
榊葉の次の攻撃を食らう前に全員がカタに乗って桃源郷の高い場所へと飛び移る
日本の古風なデザインに顕現された現地は崩壊の一途を辿っているが もはや気にしてられない
存在する全人類の命を救う為 という目的を放り投げ
一世一代の家族の大喧嘩が 黄泉の国という摩訶不思議な世界にて勃発するのであった
焦点は天国よりも遠い場所へ
地獄と呼ばれる火の海のとある大きな洞窟の入り口は開かれ
真っ暗な奈落を下っていく雪花神は
地獄よりも悍ましい うめき声のする扉の前に立ちはだかる
〝 ワシを覚えておるか…… 〟
〝 ウァァァ…… ウァァァァ………… 〟
もっと近づこうとしたが両端で共鳴するかのように居座る醜女達に阻まれる
〝 噂とは 真実を心に緩急を与える助走じゃな
醜いもんじゃのう…… 大分カグツチにしてやられたが 産まれてきた子を恨むでないぞ 〟
〝 ダレ…… ダレ…… 〟
〝 ハァ… 〝天之瓊矛〟を借りに来ただけじゃ
イザナギがお主を迎えに来たと聞いているが元気だったかの? 〟
〝 イザ…… イザ…… ウゥ…… ヒドイ…… ヒドイ…… 逃ゲル…… なんて…… 〟
〝 ……ワシらは救えない家族じゃな そこらの一般家庭と何も変わらない問題だらけの一家じゃ 〟
目が慣れれば その醜いウジ虫の集ったイザナミの姿が 薄らと 薄らと
だけど雪花神は目を逸らそうとはしなかった 自分にとって唯一の母親なのだから
〝 ワシは女々しいのう…… そのような姿をしていようとも つい抱き付きたくなってしもうてる 〟
〝 ゥゥゥ…… ゥゥゥ…… 〟
〝 じゃぁの…… ママン…… 〟
一度背を向ければ振り返りもせず 醜女の一体が抱きしめていた天之瓊矛を剥ぎ取った雪花神は
そのまま出口に向かって飛び上がっていく 欲を言えば父親のように追いかけて欲しかったが叶わない
〝 ゴメン…… ゴメン…… 〟
〝 っ…… 〟
〝 アナタハ…… 貴イ子…… ゴメン…… ゴメン…… 捨ててごめんね…… 〟
微かに聞こえる声を 今更と反抗期を解けずに前に進む雪花神の耳は塞がっていた
取り返しのつかないことをしたのは双方どちらなのか 神のみぞ知る
自分は神故に 決断の後は後悔を生むことになる




