後日譚
俺と明の借金返済RTAは、あの後伝説になった、らしい。
らしい、というのは、俺は自分の映っているRTA大会の配信を見返す気にはなれなくて、翔太から聞いた話でしかないから、なのだが。
ネットでも騒ぎになったようだが、俺と明は、どうぶつの町借金返済RTAを引退し、次なるゲームに勤しんでいたし、そもそも明は配信活動もやめて、俺も表舞台から完全に消え去ったことで、その話題に触れる機会はなかった。
情報だってどんどん入れ替わる。一か月も過ぎれば、俺たちの話題もすっかり落ち着いて、春休みを迎えた今、俺たちを追いかける者もいなくなりつつあった。
そんなわけで、俺と明は相変わらず親からの「勉強しなさい」なんて圧に耐えながらも、俺の家に集まってはコントローラーを握っている。
「え、そこ通れんの?」
「う、うん。む、難しいんだけど、コツ掴めば通れるよ」
「まじかよ。てか、それどこ情報?」
「な、なんか、海外の人に教えてもらって……」
「相変わらずすげえな、お前」
「え、えへへ……」
今は、この冬発売されたばかりの新作ゲームのやりこみ中で、俺と明はやっぱりRTAにこだわってプレイしている。
「ねぇ~! そろそろ休憩しようよぉ!」
熱中する俺たちを画面から引き剝がすように、翔太が俺の脇に手を入れる。
「おい、やめろ、バカ!」
「えっへへへぇ~、亮ちん、くすぐったがりぃ!」
嫌がる俺を見て、明がクスクスと笑う。
「おい、助けろよ」
「えっ⁉ む、無理だよ!」
「相棒だろ」
「そ、それでも、無理!」
明に助けを乞うた俺が悪いのか? 俺は翔太にくすぐられ、身をよじって笑いを耐える。明はそんな俺と翔太を楽しそうに見ながら、コントローラーを置いて圭介と大斗に餌付けされていた。おい。
仕方なくコントローラーを離せば、翔太がようやく手を止める。
「はぁ……まじで、お前、覚えとけよ」
翔太と明を睨みつければ、二人は顔を見合わせて「こわぁい!」「ねぇ」とうなずき合った。まじでお前ら、覚えとけ。
「まあまあ、休憩も大事だし。てか、このシュークリームめっちゃうまいよ。明のお母さん、料理うまいよなあ」
「圭ちゃん! 食べ過ぎ! 俺の分はぁ⁉」
「翔太の分とかあんの?」
「信じらんない! ねぇ、亮ちん、ヒロがひどぉい!」
「お前を助ける義理はねえ」
俺は翔太を置いて、明が持ってきてくれたシュークリームを口に放りこむ。明の好物らしい。
部屋で騒いでいると、ノックの音が聞こえた。
やべ。うるさくしすぎたかも、と俺たちは全員口をつぐむ。びしりと姿勢を正して扉を見れば、うっすらと開いた扉の向こうから、兄貴が顔を出した。
「ただいまー。賑やかだったから、つい」
「わりぃ」
「いいよいいよ。はい、これ、差し入れ」
俺が謝ると同時、兄貴は爽やかな笑みで俺たちにお菓子とジュースの入った袋を差し出す。
「え、まじで。サンキュ」
「ゲーム頑張ってってのも変だけど。あ、四人とも、亮と仲良くしてくれてありがとね」
「どういたしましてぇ!」
「おい、恥ずいからやめろ。てか、兄貴もさっさと部屋戻れよ」
「はいはい。それじゃ、みんな、ゆっくりしていってね」
もらった差し入れを片手に、兄貴を部屋から追い出す。
扉を閉めれば、みんなのニヤニヤとした顔が目について、「うぜぇな!」と俺は顔をしかめた。
「仲良くしちゃってぇ」
「す、すっかり仲よし、だよね!」
「いいお兄ちゃんだよなあ」
「まじそれ。亮にはもったいなくね?」
「うざ! これやんねえぞ!」
「あ、うそうそうそ! ください、ごめんなさい、ちょうだい!」
身代わりの早い翔太たちに苦笑しつつ、俺はまた五人の真ん中に袋を下ろして座る。
一人部屋は狭くて、ギュウギュウになりながら、五人で固まってお菓子やジュースを好き好きにつまんでいく。
部屋にはゲームのBGM。
そのBGMの変わり目で、俺と明は反射的に顔をあげる。
今練習中のRTAで技を出すタイミング。
顔を上げたら目が合って、俺と明は同時にフッと笑みをこぼした。
「あ、また脳内RTAやってる」
圭介に気づかれ、大斗からも
「まじで二人ともきめぇ」
とからかわれる。唯一気づいていなかった翔太だけが「へ?」とシュークリームを口いっぱいに頬張りながら首をかしげた。
「なんでもねえよ」
俺が笑うと、明も大きくうなずいてごまかす。
「これ食い終わったらゲームすっか」
「えぇ! またぁ? ほんと好きだねぇ」
翔太からの悪態も気にせず、俺と明は手を拭いてコントローラーに手を伸ばす。
瞬間、指先にチリリと閃光が走る。
高鳴る鼓動と、上がる体温。
「明、ゲーム、やろうぜ」
もはや口に馴染んだそのセリフに、俺と明は笑いあった。
俺は一番になれない。
でも。
明と、みんなと、一緒にいられれば、それ以上に幸せなことなんてなかった。




