6-18.
「メイ、いくぞ」
「う、うん!」
一回目、トナカイからのプレゼントを受け取って、俺たちはすぐさま近くの建物に駆け込む準備をする。
速すぎても、遅すぎてもダメだ。固定化するには、トナカイの背中が見えなくなるまでの数秒、タイミングは、今!
チリッと指先に閃光が走る。
コントローラーを素早く操作した途端、会場がざわめいた。
当たり前だ。このトナカイ固定化は、俺たちが見つけた必殺技なんだから。このRTAを知っている人たちは、タヌキの店へと向かわずに近くの建物へと入った俺たちの行動がミスに見えたのだろう。
でも。
俺は入った役場からすぐさま出る。
「いけ!」
圭介の声が聞こえた気がした。
「かませ!」
大斗の声が聞こえた気がした。
俺と明の画面、暗転が終わる。
これで、トナカイが同じ場所にいれば――
「決まったぁ! でましたぁ!」
翔太の熱烈な大声と同時、会場のあちこちから「うぉぉっ!」と歓声が聞こえた。盛り上がりは最高潮。俺と明は、目の前にいるトナカイに向かって喜々として駆ける。
「亮ちんとメイくんの最強必殺技! この日のために合宿までしました! 遅くまで町を駆け巡りました! トナカイくんと話すこと何百回! ここにきて! その苦労が、実を結びます!」
翔太の声に、全身がぶわっと熱くなる。血液が心臓から一気に押し出され、体中にくまなく送られていくのがわかる。
「最強のランダム要素として、借金返済RTA界隈で恐れられてきました。今までは、完全な運要素として、数々の走者を泣かせてきました! そのトナカイくんを、ついに固定化! 決まりましたぁ!」
翔太が再度俺たちを称えるように声を上げ、俺たちは会場の熱気に包まれる。
二回目のトナカイ攻略。
俺と明は同時にトナカイに話しかけ、そしてプレゼントをもらう。
ついに、来た。
あとはタヌキの店まで走って、プレゼントを売り、金を手に入れて、役場のATMで借金を返すだけだ。
あと、少し!
俺は無我夢中で駆ける。
タヌキの店までは少し距離があり、先ほどまでは気にならなかったその距離でさえもどかしく感じるほど。
タイマーが刻一刻と世界記録に向けて時を進めていく。
俺と明が必死に走っている間に、翔太は観客に向かって固定化の解説を行っている。
こうして技をあえて開示することで、RTAをやる人が増え、また新たな仲間が増え、新たなライバルが増え――そして、新たな記録が生まれていくのだと、明が合宿最終日に教えてくれたことを思い出す。
見えない道がずっと、ずっと、長く伸びていって、いつか歴史になるのだと。
俺はタヌキにプレゼントを売りつけ、店を出る。
町には帳がおり、木々には電飾が瞬いている。
俺はその中を必死で駆けた。
役場の明かりが見える。だんだんと近づいて、雪を踏む足音が役場前の石畳を蹴る音に変わる。
役場の扉を開け放つ。駆け込んで、右側、俺はATMに滑り込み、持っている金すべてをその中へとたたきつけた。
決定ボタンを押す。
同時、借金完済を喜ぶキャラクターが踊り――
「タイマーストップです!」
俺の画面に映し出されていたデジタルタイマーが、ピタリと時を止めた。
シン、と会場が静まりかえる。
俺はいつの間にか、呼吸することすら忘れていたらしい。一気に力が抜け、深い息が漏れ出た。
それどころか、俺はどうやらまばたきすらも忘れていたらしい。
目を閉じると、目頭がカッと燃えるように熱くなった。
翔太が大きく息を吸う音だけが、マイクを通して会場中に響き渡る。
「メイくんの記録、十二分五十六秒! 亮ちんの記録、十二分五十九秒! 世界新記録はメイくん! そして、亮ちんは二位です!」
会場中に大きな拍手が沸き起こる。
「やっぱ、二位かよ」
俺は無理やり笑顔を作る。気を抜くと、涙がこぼれてきそうだった。
でも、それは、一位になれなかった悔しさなんかじゃなくて――やり切ったって、俺はやってやったぞって達成感からくる涙で。
明に拳を突き出す。
「亮くんは、一番だよ」
控えめな、ハスキーな声とともに、コツンと拳がぶつかった。
「亮くんがいなきゃ、この記録は出なかったんだよ」
見れば、明も目にいっぱいの涙をためて、必死に笑っていた。
ああ、そうかよ。
俺は泣きそうになるのをぐっとこらえて、今度は自然とこぼれてくるままに任せて笑みを浮かべる。
「まじで、最高だった」
「うん」
「色々、教えてくれてサンキュな」
「うん」
「んで……、次こそ、お前の世界記録塗り替えてやるから」
そう。俺は、一番じゃないし、だから、明とゲームが続けられる。いや、そんな口実なんかなくたってゲームするけど。俺は、一番じゃないから、ずっと夢を見続けられる。
そう考えたら、別に一番じゃなくたっていいし、一番を追いかけ続けるのも悪くないって、素直に思った。
いや、それも本当はどうだってよくて。
お前とゲームができるなら。
俺、これがいい。
「また、ゲームしようぜ」
明からは満面の笑みと一緒に涙がこぼれる。
会場のあたたかな拍手が、俺と明を包み込んだ。




